必要とされる限り、いつまでも患者さんを支え続ける

DOCTOR’S
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必要とされる限り、いつまでも患者さんを支え続ける

術前から術後まで、患者さんに寄り添うことを大切にする桂川 陽三先生のストーリー

国立国際医療センター  整形外科 診療科長
桂川 陽三 先生

家族の願いを受け継ぎ、医師になることを決めた

私が医師を志したのは母の影響が大きかったと思います。1932年生まれの母は、第二次世界大戦中、焼夷弾の降り注ぐなかで少女時代を過ごし、戦後の食糧難を耐え忍んで受験勉強に励んだそうです。大阪大学の薬学部を卒業し、薬局を切り盛りして子ども4人を育て上げた母のことは“日本一のオカン”だと思っています。その母も、薬剤師としては医師に対するコンプレックスがあったのか、私を含めた兄弟全員に「あんたたちは医者になりなさい」と小さい頃から言い聞かせていました。それがきっかけのひとつで、4人中3人が医師になりました。

また、高校生のときに叔父から「お前は“赤ひげ”みたいな医者になれ」と言われたことで、医師になることをよりはっきりと考えるようになりました。赤ひげといえば、貧しい患者さんに寄り添って献身的に働く名医の代名詞で、具体的なイメージが湧いてきたのです。そして、4歳年上の兄に続くように、医学部への入学を決めました。

整形外科医になることを選んだきっかけ

学生時代、スキー部に所属し、長野県の菅平(すがだいら)にある診療所に1週間泊まり込みで、実習を兼ねたアルバイトをしていました。スキー場が近いという理由で参加したのですが、偶然そこで出会った整形外科の先生と縁があり、「お前も整形外科に来るか」と誘っていただいたことが整形外科の道に進むきっかけになりました。

そして、医局に出入りしているうちに知り合った当時の医局長が、「今後医者が余るようになったとしても、整形外科医が余ることはまずないだろう」とおっしゃるのを聞いて、整形外科に入局することにしました。整形外科と一般外科のどちらにしようかと一度は考えましたが、けがや骨折の患者さんが多い整形外科のほうが、患者さんが元気になって帰る姿を見られる機会が多そうだと魅力を感じたのです。

医師としての転機となった出来事

医師になって5年目に赴任した世田谷の病院で、田渕 健一(たぶち けんいち)先生(現・田渕整形外科クリニック院長)にお世話になりました。田渕先生は、今でもお付き合いがある私の恩師です。

当時、人工関節の患者さんを診る機会が増えていたので、「治療以外にも人工関節の患者さんに対してできることはないでしょうか」と田渕先生に相談したことがあります。田渕先生は「患者さんを集めて患者会をやるといい」とおっしゃいました。それを機に発足したのが、人工関節を入れた患者さんのアフターケアを行う“三土会”です。今でも定期的に開催しており、手術を検討している方を含めた患者さんの交流の場にもなっています。

田渕先生には、医師としての心得をいろいろと教わりました。その中でも特に、「手術が成功して症状がよくなっても、それで終わりということではない。その患者さんが必要としてくれる限り、ずっと付き合うことを心がけなさい」という教えを大切にしています。

手術の1回きりだけでなく、その後もサポートしたい

患者会の発足以降、私は人工膝関節の手術を専門的に行っています。患者さんの多くは高齢の方で、中には90歳代の方もいらっしゃいますが、比較的若い方も診療に来られます。

以前、スキーのインストラクターをしているという50歳くらいの患者さんが受診されたことがあります。「何度もけがをして膝の関節が悪くなってきた。雪の中に立っているだけでもつらい」ということでしたが、私は、比較的若く、活動的な方に人工関節の手術をしてよいものかと悩みました。そして悩みつつも最終的には、本来の膝の動きに忠実に動くよう設計された、安定性の高い人工関節を入れる手術を行うことにしたのです。結果的に、無事に仕事へと復帰していただくことができました。あのとき手術をしてよかったと、今では確信しています。

ただし、人工関節を入れた後は定期的な検査が必要で、その手術1回きりで診療が終わるわけではありません。10年、15年と長い経過を追っていけるよう、田渕先生の教えである“ずっと付き合う”ということを心がけています。

患者さんから「手術してよかった」と言われるのは嬉しいことです。後日、「楽に歩けるようになった」「旅行に行けるようになった」などと聞くと、さらにまた頑張ろうという気持ちが湧いてきます。通院中の患者さんの中には「先生の顔を見られてよかった」と言ってくださる方もいらっしゃって、診療において大きなやりがいを感じる瞬間です。

患者さんに寄り添った診療を常に心がけている

私が診察するときは、患者さんの気持ちに寄り添うことを大切にしています。それとともに、患者さんの状態を踏まえたうえで、治療の効果は期待できるのかといった細かいことも、しっかりと説明したうえで治療にあたるようにしています。

たとえば、腰が痛いという高齢の患者さんがいらっしゃったとき、私は「骨がこれだけ悪くなっていますね。お薬や注射である程度はよくなるけれど、年齢のことを考えたらそれ以上の改善はできませんよ」とお話ししたことがあります。患者さんは驚いたように「ほかの病院では、よくなるとも悪くなるとも言われなかった。この歳だからもうだめだと言われたのは初めてだ」とおっしゃっていました。はっきりと伝えたほうが、かえって治療の方針をよく理解していただけるのだと実感した経験のひとつです。

また、患者さんに説明するときは、自分の家族に話すようにできるだけ分かりやすく、たとえ話を交えながら話すように心がけています。そして、患者さんが何を希望しているのかを察し、できるだけかなえられるように努めます。患者さんに寄り添い、患者さんの立場で考えるように心がけることが、私のポリシーです。

後進の育成にも尽力

桂川 陽三先生 アメリカ学会にて
桂川 陽三先生 アメリカ学会にて

若手の育成にも力を入れています。手術の技術を教えるときは、まずは私の手術を実際に見せて、若手の先生が手術するときは傍でチェックする体制を基本としています。たとえるなら、運転免許を取ったばかりの人の運転を、助手席で見守るような感覚に近いでしょうか。若手の先生は、学校で知識、病院で実技を学びますが、さらにスキルアップするためには先輩がマンツーマンで教えるしかありません。当院は教育病院のひとつでもあるので、時間をかけてしっかりと指導するようにしています。

診察室での心得を教えるときは、「患者さんの足元を見て診察するように」と話しています。文字通り、整形外科医は患者さんの歩き方を診断の材料にして、足が痛くて歩きにくいのか、別の病気があるのかといったことを見極めるからです。もっと抽象的な意味では、患者さんの背景を見るという意味もあります。年齢や家庭環境、仕事の状況などを考慮すれば、患者さん一人ひとりに最適な治療は違ってくるのだと伝えるようにしています。

桂川 陽三先生撮影 3日連続で見ることのできたオーロラ
桂川 陽三先生撮影 3日連続で見ることのできたオーロラ

私自身は元々、家の中にいるよりも出かけるほうが好きなタイプで、スキーや自転車、登山、旅行などが好きです。最近ではカナダに3日間滞在してオーロラを見てきました。海外の学会にも定期的に参加しており、手術見学も兼ねてほとんど毎年アメリカに行っています。

一方、日本人の若い先生を海外の学会であまり見かけなくなったことは、少し寂しく思っており、私が学会に行くときは、できるだけ若手の先生を連れていくようにしています。日本語が通じないという経験や、環境の違いを実感することもひとつの勉強です。もちろん、本人が希望する場合はどんどん行くようにと後押ししています。若手の先生には、ぜひ海外で積極的に学んでいただきたいと思います。

いつまでも、どのような形でも患者さんの役に立ち続けたい

桂先生

磨いてきた技術を手術に生かすとともに、若手の指導にも力を入れることで、さらに多くの患者さんの役に立てるよう、引き続き頑張ってまいります。年を重ねるほど繊細な手術が難しくなってくるかもしれませんが、そうなったら次は、積み重ねた知識や経験を生かして、小さなことでも相談できる相手として診療を続けていくつもりです。

患者さんの病気やけががどのようなもので、どのような治療法が適しているのか、また治療によってどの程度よくなるのかということを、ゆっくり時間をかけて説明する機会はなかなかありません。相談相手のような形で患者さんに寄り添える医師を目指し、できるだけ長くこの仕事を続けていければと思います。

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