更年期は誰もが経験することですが、ご本人にとっては初めてのことです。更年期を迎える前から「どういった症状が出るのか」と、更年期に対して漠然とした不安を感じている方も多いのではないでしょうか。更年期を迎える前から対策をしたり、治療選択肢の理解や心構えをしたりすることで更年期症状とうまく付き合っていく助けとしていただければと思います。
今回は、香川大学医学部附属病院 女性外来診療部の塩田 敦子先生に、女性が更年期を迎えるにあたって知っておいてほしい基本知識や対策、更年期障害の治療選択肢などについてお話を伺いました。
閉経を挟んだ前後約10年間を更年期と呼びます。この期間に現れるホットフラッシュや気分の落ち込み、めまい、動悸といった症状でほかに原因となる病気の見つからないものを更年期症状といい、それらの症状によって日常生活に支障が出る場合に更年期障害と診断されます。
2022年7月に発表された厚生労働省の更年期症状・障害に関する意識調査によれば、「医療機関への受診により、更年期障害と診断されたことがある/診断されている」女性の割合は40~49歳で3.6%、50~59歳で9.1%という結果でした。また、「診断は受けていないが、更年期障害の可能性がある/あった」と答えた女性は、40~49歳で28.3%、50~59歳では38.3%*にのぼることが明らかになりました。
*「医療機関を受診はしたことがないが、更年期障害を疑ったことがある/疑っている」、「自分では気づかなかったが、周囲から更年期障害ではないか、といわれたことがある」、「別の病気を疑って医療機関を受診したら、更年期障害の可能性を指摘された」を合計した数値。
多くの場合、35歳を過ぎた頃からだんだんと月経周期が早くなっていきます。月経周期にムラが出始めるのが閉経の4~5年前からで、そのうち月経があったりなかったりするようになり、最終的に12か月以上月経が来なければ閉経です。ただし、親しい方が亡くなったことなどをきっかけにぴたっと月経が止まってしまうこともあります。
平均的な閉経年齢は約50歳ですが、45歳から60歳までと閉経年齢やその迎え方には個人差があると理解しておくとよいでしょう。閉経年齢はお母さまやお姉さまの閉経年齢と近い場合が多いので、閉経時期の目安になります。なお、初経年齢や出産経験の有無とは関係ありませんが、喫煙習慣は血流を悪化させるため、閉経年齢を早めるといわれています。
エストロゲンという女性ホルモンが低下すると、脳(視床下部・下垂体)は卵巣に対してエストロゲンの分泌を促す命令を出すことで分泌量の調整を行います。更年期になると脳がエストロゲンを増やすように卵巣に命令を出したとしても、エストロゲンをうまく分泌することができなくなります。しかし、脳は卵巣に対して命令を出し続けるため、周囲にある自律神経や感情の中枢などの調節がうまくいかなくなってしまい、さまざまな不調が心身に現れます。これが、更年期障害(症状)が引き起こされる原因です。
完璧主義な方や真面目な方は更年期症状が出やすいといわれています。仕事や家事、子育て、介護などを1人で全てをこなそうと頑張り過ぎてしまう傾向がありますが、それができないと余計に気持ちが沈んでしまうこともあるため注意が必要です。
更年期は身体だけではなく、環境も変化を迎える時期にあたります。たとえば、職場で昇格したものの役職に見合う気力がない、若手社員の考えが分からずにストレスを感じているという方もいるでしょう。また、家庭においては思春期のお子さんと親御さんのダブルケアが始まった、退職された配偶者と過ごす時間が増えたという方もいるのではないでしょうか。このように職場や家庭での環境や役割の変化が更年期症状に影響を及ぼすと考えられています。
更年期症状は月経不順に加えて、心身にさまざまな症状が現れます。それはエストロゲンの受容体が身体のさまざまな臓器にあるからです。大きく3つに分けられる更年期症状について、詳しくご説明します。
血管運動神経症状とは、発汗、ホットフラッシュと呼ばれる症状です。「急に汗をかいたかと思うとすぐに冷える」、「顔だけ汗をかいて恥ずかしい」といった症状から更年期障害を疑って婦人科を受診される方が増えています。
頭痛や肩こり、動悸などをはじめとする諸症状も更年期症状の1つです。また、「お腹周りだけが太りやすい」、「髪が抜けやすくなった」とおっしゃる方もいます。最近は関節痛を訴えて受診される方も多いと感じます。
気持ちが沈む、イライラする、眠れないといった症状が挙げられます。誰かと会って話したり、出かけたりするのが億劫になったという方もいます。
20~30歳代であっても顔のほてりや動悸といった更年期のような症状が現れる場合があります。その要因の1つがストレスです。更年期症状が強く出る理由と同様に、頑張り過ぎてしまう性格であったり、環境の変化があったりすると、自律神経のバランスが崩れて更年期のような症状が現れることがあります。このような症状が出ている方は、ストレスをため込まないこと、そして頑張り過ぎないことを心がけてみてください。
もう1つの要因が、エストロゲンの欠乏によって40歳までに月経が止まる早発閉経によるものです。早発閉経は、100人に1人ほどの女性にみられます。
婦人科では、低用量ピル、向精神薬、抗うつ薬、漢方薬など、患者さんの症状などに応じて治療を行っています。閉経を迎える年齢ではないにもかかわらず症状がある方は、その要因を知るためにも一度婦人科を受診しましょう。
更年期障害(症状)は、睡眠不足や食生活の乱れ、運動不足などによって悪化している場合があります。具体的に改善すべき生活習慣をご紹介します。
更年期障害によって不眠の症状が起こっている方こそ、睡眠をしっかりと取ることが大切です。寝る直前までスマートフォンを見る習慣がある方や、夜ふかしをしている方は、できれば12時前にはベッドに入り、1時間ほどスマートフォンを触らずに目を休める時間をつくることをおすすめします。また、夕食を寝る直前にとると太りやすくなるばかりでなく、エネルギーを消化に取られるので眠りの質が落ちるといわれています。
更年期を迎えるにあたって、取り過ぎに注意したい食品、積極的に取り入れたい食品を紹介します。ただし、全てを取り入れようと頑張り過ぎず、バランスのとれた食事を心がけるとよいでしょう。
甘いものなどを食べて血糖値が急上昇すると、インスリンというホルモンをたくさん出して、血糖値を急激に下げます。血糖値の乱高下はイライラや気持ちの落ち込みにつながるので、更年期の精神的な症状を悪化させないためにも、朝食を抜いたり、間食で甘いものを食べ過ぎたりしないように気を付けましょう。
エストロゲンの低下に伴い、骨量が減少したり、コレステロールや中性脂肪が増加したりすることが明らかになっています。そのため、更年期以降は骨粗鬆症や動脈硬化などのリスクが高まります。これらの予防の一環としてカルシウムや、青魚などに多く含まれるEPA、DHAを積極的に取るとよいでしょう。
なお、カルシウムを取る際はキノコ類や、魚介類などに豊富に含まれるビタミンDを一緒に摂取するとカルシウムの吸収効率をよくするといわれています。
更年期の方におすすめしたい食品の1つが、イソフラボンを多く含む大豆製品です。イソフラボンから生成されるエクオールという成分はエストロゲンに似たはたらきをするため、更年期の諸症状を改善する効果や、骨量の低下を防ぐとともにコレステロールを抑制する効果が期待できます。
ただし、全ての方が必ずしも体内でエクオールをつくれるわけではありません。ですが、大豆は低脂肪かつカルシウムを多く含む良質なたんぱく質源であるため、大豆製品を積極的に取り入れることをおすすめします。
運動は良質な眠りにつながるだけでなく、骨密度を増やしたり、血管を柔らかくしたりする効果が期待できるため、ウォーキングなどの運動を取り入れていただきたいと思います。また、身体を動かすことによって心も動き、気持ちが上向きになることもあるため、少しずつでも構いませんから運動不足の方は身体を動かしてみてください。動くことで身体が疲れると、逆に心の疲れは軽くなるでしょう。
更年期障害を疑う症状が現れたときは、婦人科を受診いただければと思います。別の診療科を受診したほうがよい方、たとえば精神的な症状や関節痛が強い場合には、精神科や心療内科、整形外科などそれぞれ適切な診療科を紹介しますので、気になる症状がある方はまずは婦人科でご相談ください。
受診いただいた方には、問診と症状の訴えに応じた検査を行い、その症状が更年期障害によるものなのか、それとも別の病気(器質性疾患)なのかを鑑別します。なお、発汗やほてり、動悸といった症状は女性に多い甲状腺の病気でもみられる症状なので、鑑別のために甲状腺機能が正常かどうかを血液検査で確認するのが一般的です。
また、卵巣機能を確認するためにエストラジオール(E2)や卵胞刺激ホルモン(FSH)の値を測る場合もあります。ただし、検査のタイミングによってE2とFSHの結果は変わるため、子宮を摘出している方以外は必ずしも検査する必要はないと考えています。
更年期障害(症状)の治療は、ホルモン補充療法(HRT)、向精神薬、漢方療法の三本柱です。これらの選択肢を患者さんに示し、それぞれのメリットとデメリットを考慮しながら治療方針を選択します。なお、生活指導を併せて実施したり、必要に応じて複数の治療を組み合わせたりしながら治療を進める場合もあります。
たとえば、ホルモン補充療法を行っても改善されない症状があれば、その症状に対しては漢方療法を試みることがあります。また、漢方薬で心身の不調に対応していても精神的な症状が強い場合には、向精神薬を併用することもあります。更年期障害の治療では、何よりも患者さんの症状が和らぐことが重要と考えて治療法を選択していきます。
ホルモン補充療法とは、更年期に減少するエストロゲンを補充することで更年期症状を軽減させる治療法です。ホットフラッシュや性交痛といった症状に対して効果が高く、また更年期以降の骨粗鬆症や動脈硬化の予防、肌の潤いにもつながります。エストロゲン製剤のみを使用すると子宮体がんや不正出血のリスクを高めるため、子宮内膜の増殖を抑制し、剥がす作用のある黄体ホルモン(プロゲステロン)製剤を併用します。ただし、子宮筋腫などで子宮を摘出している方はエストロゲン製剤のみで治療を行えます。
エストロゲン製剤や黄体ホルモン製剤は内服で体内に取り込む方法もありますが、吸収の過程で胃や肝臓などに負担がかかったり、静脈血栓症のリスクが高くなったりするため、現在は負担が少ない貼り薬や塗り薬を処方するのが主流になっています。なお、ホルモン補充療法を開始する前には血圧・身長・体重の測定、肝機能や腎機能、血糖の検査、婦人科がん検診、乳がん検診が必須であり、治療中もチェックしていくことが重要です。
乳がんや血栓症の病歴がある方などは適応外の治療となります。なお、閉経から10年以上経過してからホルモン補充療法を行うと血栓症のリスクが高まるためおすすめしません。
多くの方が心配される乳がんのリスクは、治療期間が5年以下であればほとんど問題ないとされています。また5年を超えても、肥満・飲酒・喫煙といった生活習慣関連因子によるリスクと同等かそれ以下ですので、大きなリスクではありません。黄体ホルモン製剤を併用する必要のある場合、その種類などによって乳がんのリスクは異なりますが、2021年に発売された天然型黄体ホルモン製剤ではリスクの低下が期待されます。
卵巣がんのリスクを高める可能性も指摘されているため、治療中は乳がん検診とともに婦人科がん検診を受ける必要があります。また、血栓予防のために禁煙するとともに水分摂取を心がけ、旅行や災害時に長時間座ったままになることは避けてください。なお、子宮筋腫や子宮内膜症の既往がある場合は、ホルモン補充療法によって悪化する恐れがあるため、その点も念頭に置いて治療方針を慎重に検討します。
気分の落ち込みや不安、不眠など精神的な症状が強い場合には、抗うつ薬や抗不安薬、睡眠導入剤などを処方します。SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という抗うつ薬は吐き気などが起こることもありますが、向精神薬の中では副作用が少ないといわれているため、更年期のうつ症状の治療薬として使用されることが多いです。脳内神経伝達物質であるセロトニンを増やし、心を安定させてくれます。なお、抗不安薬の中には依存性が高いものもあるので、使用する際は短期間の処方にとどめています。
躁(気分が高くなる)状態とうつ状態を繰り返している方や、生きることに否定的な思いのある方、婦人科でこれらの薬を一定期間内服しても症状の改善がみられない方などは、心療内科への紹介を行います。紹介状を書いたとしても心療内科へ行くことに抵抗感があって受診できなかった場合に、婦人科にもかかれず治療を途絶えさせてしまうことがないようにすることが重要だと考えています。そこで、当院では婦人科の次回予約を必ず取ったうえで心療内科に紹介するなどして、患者さんのフォローアップをしています。
東洋医学では、“心身一如”という考え方があり、身体の症状と心の症状はひとつと考え、 “気 ”(エネルギー)・“血”(体内に栄養を届ける血液)・“水”(唾液やリンパ液、尿など身体の中の透明な液体)という3つバランスが崩れると不調が現れると考えます。漢方療法は、 “気・血・水”が過不足なく、きちんと身体の中を巡っている状態かどうかを症状から類推し、乱れているところがあればそのバランスを整える治療といえます。
更年期は月経が止まることから、東洋医学的には血の巡りが悪くなる “瘀血”の状態と捉えます。ただし、更年期には気・血・水のいずれも乱れやすくなります。
“気”の乱れを例にあげてご説明しますと、通常であれば気は上から下に流れますが、閉経に伴って詰まったり(気滞)、下から上へと逆流したり(気逆)します。気滞になると喉のつかえ感、抑うつ感、気持ちの落ち込みなどが、気逆ではホットフラッシュやほてりといった症状が生じやすくなります。
そのほか、加齢によって持って生まれたエネルギーが不足(気虚)してくると、疲れやすさや倦怠感につながります。さらに頑張り過ぎると、栄養不足(血虚)に陥り、不眠やめまいなどの症状が現れます。
漢方では2000年以上前から、女性は7の倍数で更年し、49歳で閉経するといった性差医療の観点があります。漢方療法は、ホルモンや環境、加齢などによって崩れた気・血・水のバランスを、その方の体質や歴史も踏まえて選んだ漢方薬によって回復させる治療といえます。
更年期障害に対しては、気や血の不調を駆逐する作用のある駆瘀血剤と呼ばれる漢方薬を多くの場合で処方します。駆瘀血剤には複数の種類があるため、どのような更年期症状が現れているかを伺ったうえで適切な漢方薬を処方します。なお、症状によっては複数の漢方薬を組み合わせて処方することも可能です。
複数ある種類の中から患者さんの症状、体質に応じて適切な漢方薬を選択できる点が漢方療法のメリットといえるでしょう。また、漢方療法は全身の状態を整える治療ですので、更年期症状の改善として服用していた漢方薬で、便秘や痔といった更年期症状以外の不調の改善につながることもあります。
ただし、胃腸症状が出たり、まれに肝機能障害、むくみといった副作用が起こったりすることがあります。これらの症状は服用を中止すれば治りますので、気になる症状が現れた際は医師にご相談ください。
患者さんに対しては、身体も心も安定するように規則正しい生活をできる範囲で送るように指導しています。きちんと睡眠を取ること、更年期に取るとよいといわれる食品を積極的に食べること、適度な運動を取り入れることなどをお伝えします。
また、気分転換をすることも重要です。頑張り過ぎてしまっている方には、今までよりも少しペースを落としてみていただきたいと思います。To Doリストを多く設定すると、「全部はできなかった」と落ち込んでしまう方もいるかもしれませんが、1つでもできたら、「こんなにしんどいのにできた」と自分を褒めてあげてほしいと思います。
人生を山登りに例えるならば、更年期はこれから下り坂に向かう道すがらといえます。更年期は誰もが通る道ではありますが、その道の始まる時期や険しさ、長さは人それぞれです。ましてや初めて通る道ですから、ご自身の今までの経験や周囲の方の助言などが役に立つこともあれば、役に立たないこともあって当然だと思います。更年期に差しかかってからはご自身のペースでゆっくりと人生という道を歩む意識を持っていただき、少し考え方をシフトさせて上り坂と違う景色を楽しめるとよいですね。
また、仕事も介護も家事もと全てを抱え込もうとせずに、周囲を頼ることも大切です。自分だけで持つのは重い荷物も、周囲の方と分担して持てば軽くなります。つらさを誰かと比較して、「自分はまだ音をあげてはいけない」と我慢する必要はありません。ここまで頑張ってきた自分に優しい言葉をかけてあげましょう。そして、つらいことや困っていることがあれば、1人で抱え込まずに周囲の方にSOSを出したり、医療機関を頼ったりしてください。婦人科医は女性の味方です。ご自身の更年期について話されるだけで楽になられる方もいますから、お気軽に婦人科を受診いただければ幸いです。
更年期をすこやかに過ごすためにも、気分転換はとても重要です。ご家庭や職場での役割を忘れるくらい夢中になれる趣味を持っている方はよいですが、そういった趣味がない方もいらっしゃるでしょう。「今から見つけるのは難しい」とハードルを高くしてしまいがちですが、気になる役者さんやアーティストさんを見つけることから始めてみてはどうでしょうか。現実は変わらないかもしれませんが、“女の子”に戻れる時間があるとひと息つけると思います。
更年期症状が出た際は、婦人科で相談したり、周囲の方にSOSを出して協力を仰いだりしたうえで、その症状にばかり目を向けるのではなく、ご自身の体調に気を配ってみてください。そうすれば、「今日はこんな感じか」とご自身の体調を客観的に捉えられることができると思います。症状にこだわり過ぎず、やりたいこと、やらなければいけないことをしていると、そのうち楽になっていると感じられる日が必ず来ます。
とはいえ、「症状を何も感じないまま、いつの間にか更年期が過ぎていた」という方もいらっしゃいますので、あまり若いうちから身構え過ぎないことも大切です。セルフケアとしてストレスをため込み過ぎないように気を付けたり、漢方薬を用いて体調を整えたりしながら、更年期を迎える準備をしていただくとよいと思います。
香川大学医学部医学科健康科学 教授、香川大学医学部附属病院女性外来診療部 医師
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