視神経脊髄炎スペクトラム障害は、体に備わっている免疫機能が自らの中枢神経を攻撃することで起こる自己免疫疾患です。どこに攻撃を受けたかによって現れる症状は千差万別であり、日常生活のふとした要因で悪化する可能性があります。視神経脊髄炎スペクトラム障害とはどのような病気で、どのような症状が起こるのでしょうか。また、治療によって症状を抑えることは可能なのでしょうか。視神経脊髄炎スペクトラム障害の病態や症状、治療と対策について、近畿大学 医学部 脳神経内科 准教授の宮本 勝一先生にお話しいただきました。
免疫は、細菌やウイルスといった外敵から体を守るために備わっている生体機能であり、私たちの健康を保つ重要な役割を果たしています。ところが、その免疫系に何らかの異常が起こり、自分の体の細胞を“敵”と間違えて攻撃を仕掛けてしまうことがあります。そのように、自らの免疫反応によって体の組織が障害されることで起こる病気を“自己免疫疾患”と呼びます。視神経脊髄炎スペクトラム障害(neuromyelitis optica spectrum disorders:NMOSD)はこの自己免疫疾患の一種であり、自らの免疫が視神経、脊髄、脳を含めた中枢神経を攻撃することで、さまざまな症状が現れます。
日本には、人口10万人あたり2~4人(約4,300人)の患者さんがいると考えられており、3歳という幼い子どもから80歳代というご高齢の方まで、幅広い年代での発症が確認されています。そのうち発症年齢のピークは30歳代後半~40歳代前半で、患者さんの9割以上を女性が占めます。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)が自己免疫疾患の1つであることは先に述べましたが、ほかの自己免疫疾患を合併することがあります。特に、橋本病(慢性甲状腺炎)やシェーグレン症候群は合併する頻度が比較的高いことが知られています。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は遺伝子の病気ではないため、親から子に遺伝することはありません。ただし、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)になりやすい体質が遺伝する可能性はあります。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の病態に関して、人種による差はほとんどありません。ただし過去の調査では、黒人は比較的発症年齢が若くて重篤な視神経炎を起こす頻度が高く、白人は発症年齢が高くて重篤な脊髄炎を起こす頻度が高いと報告されています。一方で日本人の場合、病気の現れ方は両者の中間型をとると考えられています。
一般的には、視神経炎による視力低下や視野障害、脊髄炎による手足の感覚障害や排泄障害、大脳病変によるけいれんや片麻痺などが視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の代表的症状とされます。
ただし、これら全ての症状が生じるのではなく、病巣(炎症が起こる場所)がどこにできたかによって実際に起こる症状は異なります。病変ができる場所や大きさは個人差があり、症状の程度も患者さんによって差があります。ただ、初発時には視神経炎による症状を自覚する方が比較的多いようです。
また、一度の発作で重篤な視神経炎や横断性脊髄障害(脊髄の断面全体に炎症が起こる)が起こって失明、運動麻痺などの障害をきたす場合もあります。
明確な誘因は不明ですが、感染症(かぜやインフルエンザなど)、睡眠不足、過度なストレス、疲労などは免疫系のバランスを乱すため、症状が増悪するきっかけになる可能性があります。
治療しないまま放置すると、年間あたり1~2回ほど再発するといわれており、再発のたびに障害の程度は段階的に大きくなります。障害された神経細胞が蓄積されていき、やがて限界を超えると、次の再発時に失明に至ったり、麻痺が起こって車椅子生活になったりと重篤な状態に陥る恐れもあります。そのため本疾患の治療では、再発させないことが何よりも大事です。
なぜ、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)では自分自身の細胞を敵と間違えて攻撃してしまうのでしょうか。視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)において、視神経や脊髄、脳などの特定の場所に症状が起こる理由としては、“抗アクアポリン4抗体(以下、抗AQP4抗体)”という物質が大きく関与しています。視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の患者さんの血液を調べると、ほとんどの場合は抗AQP4抗体が陽性になります。
抗AQP4抗体は“アクアポリン4(以下、AQP4)”という自分自身の体内にあるたんぱく質を攻撃するので、本来存在してはならないものです。しかし視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の患者さんの血液中には、何らかの異常によって抗AQP4抗体が作られてしまいます。このようなメカニズムで視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は起こります。
なぜ抗AQP4抗体が作られるのか、なぜ抗AQP4抗体がAQP4への攻撃を始めるのか、2020年6月現在では詳しいことは分かっていません。
抗AQP4抗体はAQP4を敵とみなして攻撃するため、AQP4がたくさん存在するところは多くの攻撃を受けるということになります。そして、AQP4は、特に脊髄や視神経などの中枢神経系の神経細胞を支える“アストロサイト”という細胞の足突起に多く存在します。
抗AQP4抗体によって足突起にあるAQP4が攻撃されると、アストロサイトが障害され、ついにはアストロサイトによって支えられている神経細胞そのものもダメージを受けてしまいます。このように、AQP4の分布に基づいて神経細胞が障害されることによって中枢神経系の至る所に炎症が起こり、症状が現れるのです。
主な検査は、脳神経内科(神経内科)で行う血液検査、MRI検査、脳脊髄液検査、そして眼科で行う眼科検査の4つです。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)を診断するうえで欠かせない検査は血液検査です。ここまで述べてきたとおり、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)には抗AQP4抗体の存在が非常に大きく関わっているため、血液検査で抗AQP4抗体が陽性であるかどうかをまずは確認します。
MRI検査により、脳や脊髄の中にある病巣の大きさや位置、状態などを観察します。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)における脊髄病変は、“3椎体以上にわたって起こる”という特徴があります。そのため、脊髄MRIでその所見が確認できれば視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)である可能性が高いと考えます。
また、脳にも病変が見つかることがあるため、脳のMRI画像も併せて撮影し病変の有無を確認します。
脳脊髄に炎症が起こっているかどうかを確認するために、脳脊髄液検査を行います。
脳と脊髄の周りには、脳脊髄液という液体が流れています。この脳脊髄液には、脳や脊髄に関する重要な情報が詰まっているため、病気の勢いや状態を詳しく調べることができます。脳脊髄液検査では、腰椎穿刺といって背中から背骨の間のあたりに長い針を刺してそこから脳脊髄液を抜き取ります。検査後はしばらくの間動かずにじっとしていなければならず、背中に針を刺すので人によっては痛みや不快さを感じるかもしれませんが、他疾患との鑑別を行ううえでも重要な検査の1つです。
近畿大学病院 眼科では、視力検査や眼底検査などの一般的な検査のほか、視神経炎を詳しく診断するための中央フリッカー(視神経の弱っている状態を示す値)検査や光干渉断層計(OCT)を用いた検査などを行うことができます。そのため当院では、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)が疑われる方には眼科も受診していただき、眼科にてより細かく視神経の異常の有無を調べています。
治療は以下の3段階に分けて実施します。
急性期治療の目標は病気の勢いを鎮めることです。まずは点滴でステロイドを大量に投与し、病巣の炎症を強力に抑制します。これをステロイドパルス療法といいます。通常は3日間連続で行い、これを1クールといいます。投与が終わっても効果が不十分な場合は、さらに追加で1~2クール、ステロイドパルス療法を行います。
ステロイドパルス療法を複数回行っても病気の勢いが収まりそうにないときは、血漿浄化療法の実施を検討します。血漿浄化療法は、血液をいったん体外に取り出し、悪い抗体を取り除いてから再び血液を体内に戻すという、透析に似た治療であり、週2~3回のペースで行います。
再発予防の治療では、第一に内服ステロイド薬を用います。最初のうち少なくとも半年間はある程度の量を使いますが、再発がなければ徐々に服薬量を減らしていき、最終的には1日に5mg程度(維持量)で病態のコントロールができるようになることを目指します。
ステロイドの量がうまく減らせない場合やステロイドの副作用が強く出てしまう場合には、免疫抑制剤をステロイドと併用して投与します。薬の種類によっては単独投与の有効性が示されているものもあります。
最近は視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)におけるさまざまな治療薬の研究開発が進んでいるので、そういった新薬の処方も念頭に置きながら、一人ひとりの患者さんの状態に応じた治療を検討し、実行していきます。
ただし免疫抑制薬は文字通り免疫反応を抑える薬であり、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の症状を抑える一方でウイルスや菌への防御力も弱めてしまうことから、ウイルス・細菌による感染症全般にかかりやすくなるというリスクがあります。そのため、基礎疾患をお持ちの患者さんや高齢の患者さんなどに免疫抑制薬を投与する場合は、全身の体調管理にも注意を払う必要があります。
病気がコントロールできている場合は、ひとまず病気の勢いが落ち着いた状態であると判断し、最小限の薬の量、すなわち維持量の服薬を継続します。
薬が維持量に入ってから重要なのは、引き続き脳神経内科(神経内科)で経過観察を行うことです。経過観察中は症状が出ているか否かにかかわらず定期的に血液検査やMRI検査を行い、薬の副作用が出ていないか、病巣が再発していないかなどをチェックしていきます。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の治療中でも妊娠・出産は可能です。視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)が原因で子どもの発達などに影響を及ぼすという目立った報告は2020年6月現在のところありませんし、実際に視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の患者さんの中には、病気と付き合いながら出産や育児をしている方も多くいらっしゃいます。ただし、妊娠前・妊娠中に比べて産後半年間は再発リスクが高くなりますから、妊娠・出産を望む方はまず医師に相談してください。
原則的に妊娠中も薬は服用していただきます。最近では妊婦さんに対するステロイドや免疫抑制薬の副作用・リスクが見直され、妊娠中でも薬を投与して病気の勢いを抑えることのほうが重要視されてきています。そのため、妊娠中に薬を飲むことに対して心配しすぎる必要はありません。それよりも、再発してしまうことのほうがよりリスクが大きいので、決して自己判断で薬をやめないでください。
基本的に、日常生活での大きな制限はありません。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の症状を再発する誘因は、感染症、過労、ストレス、日焼け(過度)などとされています。病気とうまく付き合うためには、日常生活の中でこういった誘因を避けることが大切です。そのためには休息をしっかり取る、手洗い・うがいで風邪の予防をしっかり行う、体力を落とさないために適度な運動を行うなど、基本的な対策を心がけましょう。
運動の種類としては、ゆっくり目のウォーキング、水泳、ヨガなどがおすすめです。視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)に限らず、神経免疫疾患では体温が上がりすぎると一時的に症状が悪くなる傾向があります(ウートフ現象)。あまり激しい運動は体温を上げて症状を誘発させてしまいますから、体温が上がりすぎないように注意しながら、頑張りすぎない程度の運動を行いましょう。
どの程度障害が残っているかにもよりますが、体に障害が残っていて、かつ一定の基準を満たす場合は身体障害者手帳を取得できます(交付基準や手続きの方法などは市区町村によって異なります)。手帳を持っていることによって、障害者枠での就職を目指したり、ハローワークの難病患者就職サポーターから専用の就労支援を受けたりすることもできます。“身体障害者手帳を持つ”こと自体に抵抗を感じる方もいらっしゃるかもしれませんが、手帳を就労のためのツールとして使うことで就職の幅が広がる可能性があることは皆さんにお伝えしたいです。
また、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は厚生労働省が定める指定難病の1つです。そのため“重症度分類等”で病状が一定程度以上の場合は、医療費助成制度を利用して自己負担額を減らすことが可能です。そのほか、障害の程度に応じて生活費を支援するための障害基礎年金や、場合によっては生活保護など、国の公的支援を活用することも手段となり得ます。
お金や生活に関する相談を患者さんから受けた場合は、このような支援制度があることも併せてお伝えしたうえで、就労を望まれる方にはハローワークにある難病患者就職サポーターに相談に行くことをすすめています。
近年、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)に対する新しい治療薬が続々と研究開発され、その一部は臨床の場に登場してきています。既存の再発予防の治療ではうまく再発を抑えきれないという患者さんに対しても、新薬の登場によって治療選択肢が増えれば治療の可能性も広がるかもしれません。このことは大きな進歩だと考えます。
もう1つの進歩は、診断の細分化です。近年の研究で、血液検査で抗AQP4抗体が陰性であっても視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)と同様の症状がみられる方の中には、“抗MOG抗体”という抗体が陽性になる方が一定数いることが分かりました。このような発見もあり、現在の視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の国際診断基準では、抗AQP4抗体陽性と抗AQP4抗体陰性で、それぞれ別々に診断基準が設けられています。
もしかすると、抗AQP4抗体陰性の視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の中には、いまだ発見されていない自己抗体が関与する病態が複数存在するのかもしれません。
今後も視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)における診断基準や治療法、治療選択肢はさらに進歩を続け、よりよいものに変わっていくだろうと予測しています。
視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)は、再発を起こさなければ病気が自然に進行することはないと考えられています。つまり、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の治療ではいかに再発を予防するかが非常に大事であり、継続して治療を受けていただきたいと思います。
また、万が一再発した場合に備えて、あらかじめ“どういう場合に予約外で受診すべきなのか”を主治医と相談しておき、ルールを設定しておくことをおすすめします。たとえば“今までなかった症状が出てきたとき”、“もともとある症状が明らかに悪くなったとき”、“1日様子を見て、それでも回復していないとき”、“今まで経験したことのない強い症状があったとき”など、何らかの基準を決めておけば、もし突然調子が悪くなっても、慌てないと思います。
現状の治療効果があまり得られず、つらい思いをしている方もいるかもしれません。先ほど述べたとおり、視神経脊髄炎スペクトラム障害(NMOSD)の診断・治療は日々発展が続いており、新しい薬も次々と登場しています。今後さらに治療法が増えていけば、よりよい生活を送れるようになる日がくるかもしれません。諦めず、一緒に頑張っていきましょう。
河崎病院 神経内科
河崎病院 神経内科
日本神経学会 神経内科専門医・指導医・代議員・近畿地方会評議員日本内科学会 認定医・総合内科専門医日本内科学会近畿支部 評議員日本神経治療学会 評議員日本神経免疫学会 評議員日本アフェレシス学会 血漿交換療法専門医・評議員・理事日本臨床免疫学会 免疫療法認定医日本末梢神経学会 評議員
近畿大学医学部を卒業後、京都大学医学部や国立精神・神経センターでの勤務、ハーバード大学留学などを経て、2020年現在は近畿大学にて准教授を務める。脳神経内科疾患、特に神経免疫疾患を専門とする脳神経内科医。免疫疾患のなかでも多発性硬化症や視神経脊髄炎に注力して取り組んでおり、疫学調査・検査・鑑別診断・治療薬など多角的に研究を進めている。
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