鼓膜穿孔(鼓膜に穴があいた状態)を治療せずにいると、難聴やほかの病気などにつながるため、なるべく早く治療を行うことが重要です。しかし、治療選択肢が手術となると、「傷が大きく残るのではないか」「早期回復が難しいのではないか」と不安な気持ちを抱く方もいらっしゃるのではないでしょうか。
今回は、山形大学医学部 耳鼻咽喉・頭頸部外科学講座において教授を務める欠畑 誠治先生に鼓膜穿孔に対する体の負担の少ない(低侵襲)治療である、TEES(経外耳道的内視鏡下手術)ならびに鼓膜再生療法を中心にお話を伺いました。
鼓膜穿孔とは、通常であれば数週間以内で自然と塞がる鼓膜にあいた穴(穿孔)が、閉じずにそのまま残っている状態を指します。この状態が3か月以上続いている病態を慢性穿孔性中耳炎と呼びます。
鼓膜穿孔の主な原因は中耳炎です。中耳炎は、細菌などが中耳に入り込んで炎症が起きる感染症ですが、進行度や病態によって区分されます。
急性中耳炎では、炎症によってたまった膿を外に出すために鼓膜が破れてしまうことがあります。急性中耳炎であいた鼓膜の穴を治療しないままでいると、鼓膜にあいた穴が残ってしまい慢性穿孔性中耳炎になることがあるため注意しなければなりません。
お子さんや高齢の方がなる場合が多い滲出性中耳炎では、中耳腔に滲出液と呼ばれる液体がたまり、聞こえが悪くなってしまうため治療を行うことが重要です。薬などの保存的治療で治らない場合には鼓膜にチューブを留置する治療を行いますが、このチューブが抜けた後に鼓膜穿孔を生じることがあります。滲出性中耳炎を患っている方は、治療が原因で鼓膜穿孔を引き起こす場合があると知っておくとよいでしょう。
日本人の場合、綿棒などの耳かきで鼓膜を傷つけてしまう“耳かき外傷”が、外傷の中で非常に多い要因です。それ以外にも、爆風や溶接の際に火花が鼓膜に飛ぶなどの外傷によって鼓膜穿孔を引き起こす例が報告されています。
耳には耳垢を外に出す自浄作用がありますので、耳掃除には耳かきを使用しないで、お風呂上がりにタオルで耳の穴の入り口を拭う程度で十分です。加えて、いかにご自身で気をつけていたとしても、耳かきで耳掃除をしている最中にお子さんやペットなどが急に抱きついてくるなどの予期せぬ衝撃によって、耳かき外傷につながる恐れは十分に考えられます。耳掃除はお風呂上りにタオルで拭う程度でよいということを知っていただき、耳かきによる鼓膜穿孔を防いでいただければと思います。なお、イヤホンや補聴器などを使っていて耳垢が奥に押されてたまってしまう場合などは、耳鼻咽喉科を受診し除去してもらってください。
通常であれば耳の中に入った音は外耳道を通って鼓膜を振動させて音を伝えますが、鼓膜に穴があいた状態では鼓膜がうまく振動しません。そのため、鼓膜の穴の大きさにもよりますが、鼓膜に穴があいていると伝音難聴を引き起こします。
伝音難聴とは、外耳から内耳に音がうまく伝わらないことによって聞こえが悪くなる難聴です。中耳炎などの炎症を何度も繰り返すと、ツチ骨・キヌタ骨・アブミ骨の3つの骨からなる耳小骨が、炎症によって肉芽や瘢痕に囲まれたり溶けたりして音をうまく伝えることができなくなってしまい、さらに難聴が悪化します。
鼓膜にあいた穴から耳の中へ水が入ってしまうと、細菌が入り込み感染の原因につながる可能性があります。そのため、鼓膜に穴があいた状態のままで洗髪したりプールに入ったりするときなどには、耳に水が入り込まないように注意を払わなければなりません。
中耳に細菌が入り込んで中耳炎を発症した場合などは、耳だれなどを引き起こすため抗菌薬を使ってその都度治療を行います。しかし、同じ薬を繰り返して使用するうちに薬剤耐性菌を引き起こすため、薬の効き目が悪くなったり効果が現れなくなったりする恐れがあるので、この点においても注意が必要です。
何度も中耳炎を起こしていると内耳にまで炎症が及び(内耳炎)、感音難聴と呼ばれる難聴になります。感音難聴とは、音を聞き取る部位である内耳で音をうまく感じることができないために生じる難聴です。
伝音難聴は手術で治療可能な難聴ですが、感音難聴の場合には手術では治療できないため、難聴を自覚したらなるべく早い段階で治療を行いましょう。
また、伝音難聴と感音難聴の両方が合わさった混合性難聴を引き起こすこともあります。混合性難聴では、どちらか一方の難聴を生じているときよりも、さらに音の聞こえが悪くなるため注意が必要です。
鼓膜穿孔の縁から二次性真珠腫性中耳炎と呼ばれる骨を溶かす病気になる可能性があります。また二次性真珠腫性中耳炎は、難聴に加え顔面神経麻痺やめまいなどのさまざまな症状を引き起こすことがあるため気をつけるべき病気です。したがって、単に鼓膜に穴があいた状態だと思い込まないことが大事です。
聞こえにくいという症状には何らかの原因がありますから、耳鼻咽喉科できちんと調べて適切な治療をなるべく早く行うことが重要です。外傷や中耳炎などによって聞こえにくさ、あるいは耳が塞がった感じがして聞き取りづらい(耳閉感)など、いつもと音の聞こえが違うと感じた場合にはすぐに耳鼻咽喉科を受診しましょう。
鼓膜形成術は、破れている鼓膜を塞げば難聴が治る場合に適応となる手術です。日本において鼓膜形成術の中で多く実施されている接着法という術式があります。なお、接着法を開発された私の師でもある湯浅 涼先生のお名前からとって湯浅法とも呼ばれています。
接着法では、耳の後ろを少し切開して皮膚の内側にある結合組織を取り出します。その組織を鼓膜に貼り付けることで鼓膜にあいた穴を治す術式であるため、簡便な手術といえるでしょう。しかし、穿孔の位置や状態によっては、簡便ではあっても必ずしも簡単ではありません。
鼓室形成術とは、耳小骨の動きが悪くなったり、溶けたりしているなどの耳小骨の異常が見られる、あるいは耳小骨周囲に炎症があるために、鼓膜を塞いだとしても振動がうまく伝わらない場合に検討される手術です。鼓室形成術では、鼓膜形成術と同様に鼓膜の修復を行うとともに耳小骨を再建することで、聴力の回復を図ります。
鼓膜再生療法とは、細胞の成長を促すトラフェルミンという薬を用いて鼓膜の修復を図る治療法です。鼓膜形成術ならびに鼓室形成術では、鼓膜を塞ぐために鼓膜の材料にする皮下組織や筋肉を包んでいる膜などの自家組織が必要ですが、鼓膜再生療法では自家組織は必要ありません。そのため、耳の後ろなど見える箇所に傷をつけることなく治療できる点がメリットといえます。
ただし、鼓膜再生療法では一度の治療では鼓膜にあいた穴が塞がらず、複数回治療を行うこともありますので、その点は知っておいていただければと思います。
自己血清点耳療法とは、鼓膜穿孔の辺縁を硝酸銀などで処置した後に、足場となるキチン膜などを置き、採取したご自身の血液に含まれる成分を耳の中に滴下する治療法です。血液の中に含まれる再生因子により細胞の成長を促すことによって鼓膜穿孔の治癒を図るため、自己血清点耳療法も体に傷をつけることなく治療を行うことができます。
なお、当院においては自己血清点耳療法を鼓膜穿孔閉鎖術として保険適用していますが、ほかの医療機関では全額自己負担となる場合もあります。
鼓膜にあいた穴のみが難聴の原因となっているか否かによって鼓膜形成術か鼓室形成術かを決めています。そこで、鼓膜以外に問題があるかを調べるためにパッチテストと呼ばれる検査を実施します。
パッチテストとは、特殊な薄い紙を薬で湿らせて鼓膜にあいた穴の上に置いて、一時的に鼓膜が塞がった状態で聴力検査を行う検査です。パッチテストで聴力が元に戻る場合には鼓膜形成術の適応、パッチテストでは聴力の改善が見られない場合には鼓膜の穴以外に原因があると分かるため、鼓室形成術の適応となります。
鼓膜形成術であれ鼓室形成術であれ、入院での手術が基本です。しかし、お仕事の都合で入院ができない方や、医学的事情で麻酔を使用することができない方がいらっしゃいます。このような方々は、外来で実施できる鼓膜再生療法や自己血清点耳療法を検討されるとよいでしょう。
TEES(経外耳道的内視鏡下手術)とは、耳の穴から内視鏡を使って行う耳の手術です。耳の中は非常に狭いうえに、数mmの範囲の中に顔面神経や鼓索神経、アブミ骨など重要な神経や骨が存在しているため、鮮明な術野を確保して安全・確実に手術を行うことが必要不可欠です。内視鏡を用いることで大きく切開することなく広く鮮明な視野を確保できるため、TEESは従来の手術方法に比べて体の負担の少ない、安全な手術を実現できるといえます。
耳の中の手術は顕微鏡を用いて行われていましたが、顕微鏡では光の届く範囲が限られるため死角が生まれます。そのため、耳の後ろの皮膚を切開したり、骨を大きく削ったりしなければならないことが課題でした。顕微鏡下手術におけるこれらの課題を解決するために、広い術野が確保でき、死角の少ない内視鏡下手術の普及が求められたのです。
TEESを語るうえで、映像機器の技術革新は切り離せません。2000年頃は、SD画質*であったため、術野がはっきりと見えないという欠点がありました。しかし、それから映像機器がHD・フルHD・4K画質と技術革新するにつれて、内視鏡によって鮮明な映像を見られるようになったのです。現在は、フルHDのカメラを備えた内視鏡が普及したことで、鮮明な術野を確保できるようになったといえるでしょう。
* DVDが再生される画質がSD画質にあたります
TEESは、鼓膜穿孔以外にも、慢性中耳炎・真珠腫性中耳炎・中耳奇形など幅広い耳の病気に対して実施することができます。
【TEESの主な適応疾患】
ただし、上記で挙げた病気であっても病態によってはTEESの適応にならない場合もあります。たとえば、耳の奥まで病気が進展している場合には耳の後ろを切って、耳の後ろからもアプローチしなければなりません。このような場合は、デュアルアプローチといって耳の穴と切開した耳の後ろの2か所から内視鏡と顕微鏡、あるいは内視鏡と外視鏡*を用いて手術を行っていきます。
顕微鏡は覗き込みながら手術をする必要がありますが、内視鏡および外視鏡であれば顔を上げて手術することが可能です。このような特徴から、顕微鏡の手術では医師が厳しい姿勢での手術を強いられることがありましたが、内視鏡および外視鏡であれば顔を上げた楽な姿勢で手術できるため、安全な手術の提供に結びつく点もメリットといえるでしょう。
*外視鏡:外から術野を撮影する機器で、術者がモニターに映った3D画像を見ながら手術することが可能。
鼓膜再生療法は、体に傷をつけることなく外来で鼓膜穿孔の治療ができるため患者さんの負担が少ない治療です。また、鼓膜形成術や鼓室形成術といった手術を行う場合には少なくとも数年の鍛錬が必要ですが、鼓膜再生療法であれば耳の外来処置ができる耳鼻科医が正しい施行方法のレクチャーを受ければ治療可能と考えられます。そのため、たとえば戦地や被災地において爆風で鼓膜穿孔を引き起こした方を、その場ですぐに鼓膜再生療法によって治療できることが期待されています。
耳と鼻はつながっているため、手術直後に鼻を強くかんだり、鼻をすすったりすると再び鼓膜に穴があいてしまう恐れがあります。そのため、鼓膜穿孔の手術後1か月間は鼻をすするのを控え、鼻をかむときは片方ずつ静かにかんでいただき、再発防止を心がけていただく必要があります。
鼓膜穿孔は、手術直後あるいは手術後しばらくしてから中耳炎を繰り返したり、修復した鼓膜に十分に栄養がいかない状態だったりした場合に、術後1年ほどで再発することもあります。
鼓膜穿孔は手術したとしても再発する可能性があるという点について、事前に知っておいたほうがよいでしょう。
鼓膜穿孔をそのままにしてしまうと難聴につながります。難聴は認知症の避けることができる最大のリスク要因ですから、鼓膜穿孔を放置せず治療に取り組んでいただきたいと思います。
慢性穿孔性中耳炎の状態であると、「この状態に慣れたからもう治療しなくてよい」や「もう片方の耳で聞けばよい」と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかし、鼓膜穿孔を放置して片耳だけで音を聞こうとすると、騒がしい場所でざわめきばかりを拾ってしまい肝心の声が聞き取れないことや、この先正常な耳も聞こえが悪くなってしまったときに不都合が生じます。また、耳だれを繰り返すことで内耳性の難聴が進行したり、難聴以外にも二次性真珠腫性中耳炎と呼ばれる骨を壊す別の病気になったりする恐れもあります。ですから、鼓膜に穴があいたままの状態にせずになるべく早く治療を行うことが大切です。
2021年7月現在、新型コロナウイルス感染症の予防という観点から、誰もがマスクをつけて社会生活を送っています。マスクで口を覆うと声が聞き取りにくいことに加えて、口元が見えません。こうした状況では、健聴者の方(聴覚に問題がない方)であっても聞き間違いをしやすいですが、難聴の方は健聴者の方以上に会話を聞き取れていないと考えられます。
難聴の方がどの程度聞こえていないかを相手に分かってもらうのは難しいことです。だからこそ、何度も聞き返すのは心苦しくて聞こえたふりをしてしまい、会話を十分に楽しめない場面に直面することもあるでしょう。
人生を楽しむためにも聴力の維持は欠かすことのできない要素です。そのためにも、聞こえづらさや耳閉感、耳だれが出るなどの何らかの異常が見られたときには、すぐに耳鼻咽喉科を受診しましょう。検査の結果、鼓膜穿孔と診断された場合には難聴もあるということですから、そのままにせずきちんと治療して聴力を維持することで、人生をよりいっそう豊かなものにしていただきたいと思います。
“できる限り患者さんの負担の少ない低侵襲な治療で1人でも多くの患者さんを笑顔にしたい”、というのが私たち医療人の願いです。鼓膜穿孔においても、“患者さんの負担を限りなくゼロに近づける”という目的においてTEESならびに鼓膜再生療法も開発されました。
「痛みや傷あとが少なく、早期回復が見込める手術が受けたい」という鼓膜穿孔に関する患者さんの願いを、低侵襲な治療をとおして実現すべく、これからも力を尽くしてまいります。
太田総合病院中耳内視鏡手術センター センター長、山形大学 名誉教授、東京慈恵会医科大学耳鼻咽喉科学教室 客員教授
欠畑 誠治 先生の所属医療機関
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