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第57回日本癌治療学会学術集会 会長講演 “胃癌と私の研究”レポート

第57回日本癌治療学会学術集会 会長講演 “胃癌と私の研究”レポート
吉田 和弘 先生

岐阜大学大学院腫瘍制御学講座腫瘍外科学分野 教授

吉田 和弘 先生

弦間 昭彦 先生

日本医科大学 学長、日本医科大学大学院医学研究科呼吸器内科学分野 教授

弦間 昭彦 先生

目次
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2019年10月24日(木)〜10月26日(土)の3日間にわたり、福岡国際会議場・福岡サンパレス・マリンメッセ福岡にて、第57回日本癌治療学会学術集会(以下、本学術集会)が開催されました。本学術集会では、“社会と医療のニーズに応える−TACKLING THE NEEDS OF SOCIETY AND MEDICINE−”をテーマに多数の講演やシンポジウムが行われ、これからのがん治療について、各会場にて活発な学術的議論が繰り広げられました。

本記事では、1日目の14:30から第1会場(サンパレス1階大ホール)にて行われた、第57回日本癌治療学会学術集会 会長 吉田和弘先生(岐阜大学・腫瘍外科)による講演“胃癌と私の研究”についてレポートします。

司会:弦間 昭彦先生(日本医科大学・第58回日本癌治療学会学術集会 会長)

演者:吉田 和弘先生(岐阜大学・第57回日本癌治療学会学術集会 会長)

私は、1984年に広島大学医学部を卒業し、がんの治療と研究に従事したいとの考えから、腫瘍外科に入局しました。その後、いくつかの関連病院で勤務し、1994年から1996年まで、英国オックスフォード大学への留学の機会をいただきました。そして、2007年より岐阜大学 腫瘍外科で教授を務めています。

臨床では、サージカル・オンコロジスト(腫瘍外科医)として、食道がん胃がん大腸がんや肝胆膵腫瘍、など消化器がんの手術、腹腔鏡、胸腔鏡手術を行い、現在は手術支援ロボット ダ・ヴィンチを用いた手術を行っています。特筆すべき点の一つとして、胃がん腹腔鏡手術での定型化を行い、ロボット手術に発展し、さらには食道がん手術では、安全で良好な手術を目指しています。すなわち、食道がんでは一般的な縫合不全率は10%程度であるのに対し、我々の成績は0.67%と極めて安全で優れた治療成績を残しています。また、研究では、大学院生のころを含めて、さまざまな遺伝子の研究に携わってきました。これらが基盤となり、ゲノム医療や分子標的薬の開発や腫瘍免疫の研究へ発展しました。現在、マイクロRNA研究とがんのスクリーニングやオートファジー(細胞の自食作用)の基礎研究および臨床研究に力を注いでいます。

岐阜大学 腫瘍外科は、食道、胃、十二指腸、小腸、大腸、肝臓、すい臓を中心とした消化器がん、および乳がんに対する外科治療、そして化学療法を含めたがんの集学的治療と研究を行っています。特に、腹腔鏡、胸腔鏡を用いた低侵襲(身体的な負担が少ない)治療の実現と、切除不能ながんに対して抗がん剤治療実施後に積極的にがんを切除することに力を注いでいます。

具体的には、食道がんでのVATS手術やロボット手術の妥当性の研究、そして、低侵襲手術の確立に向けた消化器がんの腹腔鏡手術を行い、中でも機能温存手術として、肛門温存のためのISR(括約筋間直腸切除術)、早期乳がんに対するラジオ波焼灼療法などを行っています。さらに、切除不能・進行再発がんに対する集学的治療として、手術と化学療法を組み合わせた肝転移、局所再発への外科治療にも挑戦しています。

さらに、切除不能・進行再発がんに対する集学的治療として、胃がん、直腸がん肝転移、腹膜播種、リンパ節転移、局所再発への外科治療に挑戦しています。特に胃がんではconversion therapyに関しても、stage IV胃がんにおける新たな分類を世界に向けて発表しました。これにより、どのような病態にconversion therapyが有用かなど、さらなる研究発展が期待されます。

私たちが目標とするのは、質の高い外科治療の提供と、新たな治療の開発です。そして、患者さんとご家族に「岐阜大学病院に来てよかった」と感じていただけるよう、日々の診療に取り組んでいます。

胃がんは、日本においてもっとも一般的ながん種の1つです。胃がんの研究は、これまでにさまざまな変遷を辿ってきました。1980年代にがん遺伝子の変化が発見され、1990年代には、がん抑制遺伝子やゲノム不安定性の研究が盛んに行われるようになりました。

私自身が胃がんの研究で最初に勉強したのは、オートクリン増殖(がんの増殖進展の分子機構)の解明についてです。1990年には、“胃がんにおけるがん遺伝子の異常とオートクリン増殖”というテーマで博士号を取得しました。

現在は、ARID1A(卵巣細胞がんや胃がんなど、アジア人に多いがんで高頻度にみられる遺伝子)の変異を認める患者さんに対する特異的な治療法の研究(岐阜大学 形態機能病理学、竹内保先生との共同研究)など、さまざまな臨床研究を行っています。

このように私たちは、腫瘍外科を専門とする施設として、臨床研究、治験を推進していく使命があると捉えています。そこには、標準治療を行うだけでなく、“標準治療をつくる”病院でありたいという思いがあります。

私たちは、ステージⅢの胃がんに対する新戦略の構築を目的として、2013年、認定NPO法人 日本がん臨床試験支援機構 (JACCRO)を通じて “治癒切除胃がんに対する術後補助化学療法としてのTS-1+Docetaxel併用療法とTS-1単独療法のランダム化比較第Ⅲ相試験”を開始しました。

2013〜2017年までの期間、137施設、951例の症例登録がなされ、第2回の中間解析の際、TS-1+Docetaxel 併用療法群の生存期間が、TS-1 単独療法群に比べ統計学的に有意に良好であることが判明。その結果を受け、2017年9月に“有効中止”が勧告されました。

Stage II, III胃がんでは、根治切除術後1年間のS1投与が標準治療でありましたが、Stage IIIの予後延長効果は低く、Stage IIIにおける新たな治療開発が望まれていました。本治療法は、切除不能・進行再発胃がんでの有用性のみならず(胃癌治療ガイドライン第14版に掲載)、stage III 胃がんの術後再発を抑えることが証明され(JACCRO GC-07 START2 trial, UMIN000031675) 、Journal of Clinical Oncology (IF: 28.245)に2019年3月に掲載されました(J Clin Oncol 37:1296-1304, 2019)。

この試験により、stage III 胃がんの新たな標準治療として、2019年9月9日付けで日本胃癌学会ホームページ ガイドライン速報に掲載され、我が国の胃がん治療を更新しました。

このように私たちは、臨床研究を通じた新たな治療の開発に積極的に取り組んでおり、岐阜大学病院として、“新たな標準治療を創生する病院”という目標の一つを達成することができました。

私たちが行う研究の中で、次世代につなげたいと考えるものをここでご紹介します。

その1つが、抗がん剤の耐性機序の解明です。たとえば、5-FU(一般名:フルオロウラシル)はどのようなメカニズムで耐性化するのか、どのように耐性を克服するのか、そしてどのような治療法が有効なのか。このような疑問を解明するべく、私たちは15年もの時間をかけて取り組んできました。

そして、チミジンホスホリラーゼ(TP:thymidine phosphorylase)阻害薬の併用によって5-FU耐性を克服することの有望性を明らかにしました。現在は、5-FU耐性に関して、オキサリプラチン(Oxaliplatin)やTAS-102を併用することの有効性について、研究を続けています。

私たちの教室は、毎年目標を掲げています。2008年の“さらなる飛躍。謙虚、誠実、そして信頼”から始まり、ある年は“体力温存、備蓄実力”でした。2019年には“八風吹不動(決意して歩むものに世界は道を開く)”を目標に掲げ、共に進んでまいりました。

今、私たちが患者さんから求められていることは、常に新しい医療を追究し、安心して治療を受けられる環境をつくりあげることであると認識しています。そして、他診療科と連携をとり、医療従事者が思いを一つにして、患者さんに尽くすこと。それが、医療を通じた社会貢献を実現すると信じています。患者さんやご家族に「岐阜大学病院に来てよかった」と喜んでいただくこと、それが私たちのやりがいであり、誇りです。

ここで、私の母の話をしたいと思います。

2001年、母は末期の胃がんを患いました。私は、当時の教授に許可をいただき、自分自身が主治医として治療を行っていました。病室の長椅子で、主治医、そして家族として、寝泊りを続ける日々。

ある夜、母のベッドを背にして、うとうとしていると、母と看護師さんの会話が聞こえてきました。「吉田先生も毎日こちらに泊まられて、大変ですね」という看護師さんの言葉に対して、母は、「だって、もうあとわずかしか一緒にいられないんだもん」と答えました。

私は、寝たふりをしていましたが、溢れる涙を止めることができませんでした。母が患者として全てを受け入れて、また、それを悟られないように、家族に心配をかけないようにしているという思いをひしひしと感じたのです。そして、これまでの感謝の気持ちと、「自分自身が専門とするように仰せつかった胃がんを母が患い、しかも手術のできない状態でしか発見できなかった」という思いと検診の重要性を改めて感じました。私は、患者さんやそのご家族にお話ししていたことを自分の家族にはしてやれなかったこと、まだまだ親孝行もできていないのに、という悔しい思いに、胸が張り裂けそうになりました。

母は、自分の死期を自覚していたようです。いつも、私が目を覚ますのを待って、「体を起こして」と頼みます。少しでも息子に無理をかけないようにという思いと、家族に心配をかけないようにという配慮からでしょう。誰がどう見ても余命幾ばくもないとわかるのに、「こんなに調子がよいなら、家に帰ることができるかもしれないね」と言います。

しかしながら、短い療養期間でも親子として、死というものを前提に感謝や思いをお互い伝えることができました。

それが故に、母の最期は、とても穏やかなものでした。私自身、患者の家族として、心穏やかに母の最期を見送ることができたのです。改めて、がんの患者を抱える家族として、これこそが重要であると理解することができました。「私も、こんな最期でありたい」と思いました。

母は、身をもって息子の進むべき道を示してくれました。今、一点の曇りもなく、医療を通じた社会貢献を行うことが私の使命であると確信しています。医師になってから、あっという間の35年間。多くの先輩方や医局員、友人たちに囲まれて幸せです。これからも、「自分の家族だったらどうするか」を念頭に置いて、手術を含めた集学的治療に従事し、岐阜大学 腫瘍外科では、医師としての仁術や哲学を伝えていきたいと考えています。

会長講演の最後には、第6代理事長の北川雄光先生より吉田和弘先生へ感謝状とメダルが贈られました。

このようにして、日本癌治療学会 会長 吉田和弘先生(岐阜大学・腫瘍外科)による講演“胃癌と私の研究”は、大きな拍手に包まれて終了しました。

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