医師と患者さんは、同じ目標を持つチーム同士

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医師と患者さんは、同じ目標を持つチーム同士

自己過信せずに学び続ける。外科医の姿勢を全身で伝える河野能久先生のストーリー

東京医科歯科大学 脳神経機能外科 講師
河野 能久 先生

「脳に関する仕事がしたい!」

中高生の頃から脳や心理学に興味を持っていました。当時は心理学や脳科学が世の中で多く取り上げられるようになり始めた時期で、その分野に関する本がたくさん出版されていたため、暇をみつけては手に取って読んでいたことを覚えています。そんな高校生活を送っていたある日、人体の構造と機能に関する特集番組がテレビで放映されました。これが非常に印象深く、“人体”というものに対して興味を持った私は、放映後に録画しておいた番組を何度も見返しました。
そのような体験から、「脳に関する仕事がしたい、脳に関わりたい」という思いが芽生えました。脳に関する仕事とは何かを考えたとき、真っ先に思い浮かんだ職業が医師でした。こうして私は医師への道を志し、弘前大学医学部に入学しました。

もともと心理学や精神医学に興味を抱いていたこともあり、入学当初は精神科医になりたいと思っていました。しかし学年が進み、臨床講義や臨床実習を受けるようになってから、その考えは変わっていきました。特に、実習で脳神経外科手術に触れたときの驚きは忘れられません。「外科ってこんなことをやっているのか!」という外科学に対する感動と、従来の脳に対する興味が合わさり、私はすっかり脳神経外科の面白さに魅了されてしまいました。医学部後半で大きく路線を変更し、脳神経外科医になることを決意しました。

徹底的に“個の力”を叩き込んだ7年間

2000年に大学を卒業後、東京医科歯科大学に入局したのですが、入局後間もなくして土浦協同病院に着任することが決まりました。そのとき私を迎え入れ、厳しく指導をしてくださったのが、当時の脳神経外科 部長だった(故)橋本邦雄先生です。橋本先生は、「食事中もトイレのときも、常に患者さんのことを考えなさい」というような方でした。それだけに非常に厳しい指導をなさる先生でしたが、橋本先生に徹底的に叩き込まれた医師としての心構えが私の職業人としての根幹を形成しており、今でも橋本先生は私にとって父親のような存在です。
もちろん手術手技に関しても、基礎中の基礎から教えていただき、必死に学びました。脳神経外科医には、頭の中という狭い範囲で手術を行うための技量が求められます。そのため、ハサミや鑷子(せっし)の使い方や手の動かし方など、ベーシックな部分を訓練することが非常に重要です。実際に橋本先生からも「狭い場所で自由に手を動かすための訓練を毎日しなさい」と教えていただきました。また、普段からの備えとリスクマネジメントに対する心構えに関しても、手術や診療に留まらず、日常生活レベルから意識付けをしていただきました。
土浦協同病院は三次救急病院であり、当時は脳神経外科医の人数も多くなかったところに、毎日のように脳卒中や頭部外傷の患者さんが救急で運ばれてきました。そのなかで私は、搬送されてきた患者さんの手術や全身管理を行いつつ、一方ではそれらの知見をまとめて学会活動にも勤しむ、とても忙しい日々を過ごしました。そのような状況下で厳しく指導を受けたおかげで、技術面でも精神面でもかなり鍛えられましたし、凄まじく忙しい期間を乗り越えたことが今の自信につながっています。土浦協同病院に務めた7年間は、自身の“個の力”を磨き続けた期間といえるでしょう。
土浦協同病院では脳血管障害と頭部外傷を中心に多くの経験を積み、日本脳神経外科学会認定脳神経外科専門医に加えて、日本脳神経血管内治療学会認定脳血管内治療専門医も習得していたため、当時は脳卒中の専門家としてこのまま歩んでいくのだろうと思っていました。しかし2008年に東京医科歯科大学に戻ることになり、そこで再び大きな転機を迎えます。

頭蓋底腫瘍でチーム医療を学んだ8年間

2008年、東京医科歯科大学に戻ってからは、脳神経外科、頭頸部外科、耳鼻咽喉科、形成・美容外科の4科が組んで手術を行う“頭蓋底外科チーム”の一員として、頭蓋底腫瘍の手術に関わることになりました。新しい領域の手術にチャレンジできることは嬉しかったものの、それまでに脳卒中や外傷の治療中心に携わってきた私にとっては当初、頭蓋底腫瘍手術は“未知の領域”で、分からないことばかりでした。頭蓋底外科チームでは、他院で治療が難しいと断られ、「何とかして病気を治してほしい」と頼ってこられた難治例の患者さんも受け入れ、治療していました。非常に複雑な症例の場合、手術時間が合計20時間以上にわたる事例も珍しくありませんでしたが、そのような手術を毎週のように、多いときには週2~3回行うことで、頭蓋底腫瘍に関する深い知識と技術を得ました。
それほどまでに大掛かりな手術ができていたのは、私たちがチームだったからです。手術は各科のリレー形式で、バトンタッチをしながら行いました。長時間におよぶ手術が無事に終わっても、その後の容体管理は手術と同じぐらい重要であり、これももちろん私たちの役目です。簡単な仕事ではありませんでしたが、状態の厳しい患者さんを何とか助けることができたときの達成感と喜びは、何にも代えがたいものでした。
土浦協同病院では“個の力”を蓄え、自身を鍛えるなかで基本的な手技を磨きましたが、東京医科歯科大学では外科的技術と知識に加えて、チーム医療を習得することができました。

外科医に自己過信は禁物

これまで、開頭手術からカテーテル手術、内視鏡手術を含めて、技術的にはそれほど難しくないとされるものから非常に困難とされるものまで経験をしてきました。それらの経験をしたからこそ、脳神経外科医の心持ちとして大切にしているのは、“自分の腕を過信しないこと”です。
どれだけたくさん手術をしても、まったく同じ患者さんには出会いませんし、まったく同じシチュエーションが発生するということもあり得ません。もちろん、多くの経験を積めばパターン通りに手術を完遂できる確率も上がりますが、難しい手術になればなるほど、外科医には常に臨機応変な対応力が求められます。言い換えれば、外科手術には多かれ少なかれ不確定要素が含まれ、そのリスクマネジメントが手術の成否を左右します。
そのため、手術がうまくいった場合でも、それが全て自分の力によるものだとは思わないようにしています。うまくいった手術の中からも、自分の技術以外に、どのような不確定要素が潜んでいるのかを拾い上げる必要があります。
私に限らず外科医は皆さんやっていることだと思いますが、不確定要素があるからこそ手術の前にシミュレーションを行い、手術計画を立てたうえで手術に臨みます。そして、手術が計画通りにいった場合にも、私は手術後に必ずその録画映像を見返すようにしています。
映像を見ながら、「もしこのときこうだったら?」「こうじゃなかったら?」「このやり方は本当に正しかったのか?」と、今後の手術で想定できるリスクや改善点について徹底的に考える。うまくいった点といかなかった点を振り返り、次の手術の改善につなげる。その積み重ねが、手術時に臨機応変に対処できる能力を作り出すのだと思います。

自身の姿勢をもって次世代へ伝えたいことがある

2016年からはJAとりで総合医療センター脳神経外科に移り、地域医療への貢献を第一に、チーム作りと後進の指導を行ってきました。現在は再び東京医科歯科大学脳神経外科に戻り、恩師や先輩たちから受け取ったバトンを、私から後輩医師に手渡したいと思っています。
教科書や手術動画を見れば、ある程度の知識は身につけることができるでしょうし、ひとりで勉強しようと思えばできてしまいます。しかし、医療の本当に大事なところは教科書や映像ではなく、人を介さなければ伝わらないと思っています。
後輩医師たちと一緒に治療や手術を行うことで、自分を育ててくれた先輩方から教えてもらった大切なものを伝えていくのが義務だと思っています。私自身ももちろん、まだ完成した医師ではなく、成長する努力をしていますが、次世代へ伝えるべきものの中には、そのような姿勢を見せることも含まれるため、自分自身の研鑽にもより力を入れていきたいと考えています。

患者さんとチームになり、共に歩んでいきたい

一般的に脳神経外科は、患者さんが望んでいらっしゃる場所ではありません。けがや病気などのネガティブなことがあり、それを治療するために訪れる場所です。そのような気持ちを抱えた患者さんと医師がチームとなり、手を取り合って治療にあたる必要があると考えています。
医療は患者さんのためにあるもので、医療者側の独善であってはなりません。その一方で、病気の進行度や治療の必要性によっては、医師は専門家として、患者さんにとって何が本当に必要かを判断し、ときには患者さんにとって好ましくない話をしなければならないこともあります。そのような困難な状況になればなるほど、医師と患者さんがしっかりとした信頼関係を築き、相互理解に基づいて協力する必要があります。
本来、医療者と患者さんは“病気を治す”という同じ目標に向かって歩くチームであるという原則を忘れず、協力して病気と闘うことができれば、その結果としてよりよい医療が実現するのではないでしょうか。

私はこれからも脳神経外科医として、患者さん一人ひとりとチームになり、治療というゴールに向かって歩み続けていきます。

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  • 東京医科歯科大学 脳神経機能外科 講師

    脳腫瘍を中心とした脳神経外科領域の疾患を専門としている。弘前大学の医学部を卒業後、東京医科歯科大学医学部附属病院や市中病院などの脳神経外科にて臨床経験を積む。現在は...

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