※2021年6月7日、添付文書改訂に合わせて一部を更新しました。
およそ4万人が参加したとてつもない規模の治験を経て、新型コロナウイルスワクチンの緊急的な使用が認められ、世界中でワクチンに注目が集まっています。日本でも2021年2月14日にファイザー社の新型コロナウイルスワクチンが特例承認され、ワクチン接種が開始されるようになりました。
添付文書*には医薬品を安全に正しく使用するために必要な情報が記載されています。しかし、添付文書は医療従事者向けの文書ため、一般の人が内容を理解するには難しい表現が散見されます。
そこで今回は新型コロナウイルスワクチンの添付文書には何が書いてあるか、千葉大学医学部附属病院 臨床試験部 助教、独立行政法人 医薬品医療機器総合機構(PMDA)定期専門委員の黑川 友哉(くろかわ ともや)先生にお話を伺いました。
*添付文書:医薬品の製造販売業者が作成する公的な文書です。用法・用量や取扱い上の注意点など、使用する患者さんの安全を守るために必要な情報が多く記載されており、届け出が必要な事項については法律で定められています。
ワクチンの接種を受ける方にとってもっとも関心が高いのは、自分はワクチンを接種できるのか、問題は起こらないかということでしょう。添付文書を読み解くにあたり、接種を受ける立場から関心が高いであろう項目から順に取り上げていきます(各項目の数字は添付文書での通し番号)。
今回の新型コロナウイルスワクチンに限らず以下に当てはまる方は、ワクチンの接種を受けることができません。これは予防接種法施行規則というルールに定められた一般的な注意です。
ワクチン接種は、ベネフィット(有益性)がリスクよりも大きいと判断された場合に行われなければなりません。以下に当てはまる人はワクチン接種によるリスクがやや高い可能性のある人です。もちろん、これに当てはまるからといって、「ワクチン接種を受けられない」というものではなく、そのときの状態についてかかりつけ医に相談しながら、接種を検討しましょう。
新型コロナウイルスワクチンは、12歳以上の方であればワクチン接種を受けることができるということです。
「有益性が危険性を上回る」と書かれても難しいですね。これはどういうことか考えてみましょう。今回このワクチンの開発のために海外で実施された治験では、妊婦さんは参加できないルールとなっていましたが、治験には約4万人の方が参加されていたので、「実は妊娠していていた」ということが後で判明することもあったようです。また、海外でこのワクチンが使用されるようになった後にも複数の妊婦さんがワクチン接種を受けています。PMDAの審査報告書によると、現時点(2021年2月時点)でこれらの女性において妊娠に対する悪影響は認められていないということです。一方で、やはり治験の中で妊娠への影響がしっかり確認できていないため、現時点では「接種して大丈夫ですよ」というメッセージは出しにくいという事情があります。
一方で、アメリカで妊娠中にmRNAワクチン接種をした約3万5千人の女性の追跡研究の結果からは、副反応の頻度などは非妊娠女性と同程度であり、胎児や出産への影響はなかったことが2021年4月に報告されています。こういった科学的な根拠を受けて、妊娠中のワクチンの時期に関して、米国、英国、カナダなどの産婦人科学会は妊娠中の初期を含めたどの時期においても接種可能としています。また、日本産科婦人科学会・日本産婦人科感染症学会は、現段階では妊娠初期での情報が限られているため、胎児の基本的な臓器ができてくる器官形成期(妊娠12週まで)はワクチン接種を避けることを推奨しています。
冒頭で紹介した第III相試験に参加された12〜15歳の有効性と安全性が追加で評価された結果、ワクチン接種の有効性は100%、安全性についても16歳以上と同様であることが示されました。以前は16歳以上を対象としていましたが、この結果をうけて対象年齢が12歳以上に拡大しました。
現時点では、12歳未満の有効性の評価は十分に行われていません。しかし、今後接種対象者が広がる可能性があります。
ワクチンは“病原体のようなもの”を体に入れて免疫反応を促すことで「病原体との練習試合」を行い、本物の病原体が体に入り込んだときにすぐに戦える状態を作り出すことが目的です。そのため、練習試合が盛り上がりすぎると、目的とは異なる反応が起こることもあります。安全性と有効性の項目では、このワクチンが体内に入ることでどのような反応が起こるか、どのような効果が期待できるのかといった説明も記載されています。
ワクチンによる副反応はゼロではありませんが、ほとんどが軽度または中等度です。症状は1~2日以内に治まりますが、症状がつらい場合には解熱鎮痛薬を使用しても構いません。入院が必要なほどの重症例は非常にまれです。報告されている主な副反応は、注射部位の痛み(72.6%)、疲労(55.5%)、悪寒(29.6%)、頭痛(46.1%)、筋肉痛(33.5%)、関節痛(20.5%)、発熱(13.6%)です。これらの症状は2回目の接種の後、比較的若い人に多いことが報告されています。また、日本国内での治験でも副反応の報告があるようですが、日本人だからといって特に注意しなければいけないものは今のところないようです。
ごくまれに起こる重大な有害事象にアナフィラキシーがあります。アナフィラキシーとは蕁麻疹(じんましん)、唇や喉の腫れ、咳、吐き気などのアレルギー症状のうち2つ以上が短時間のうちに急激に現れる状態のことです。国内治験ではアナフィラキシーは認められず、海外治験でもアナフィラキシーと判断された例が非常に少なかったため頻度不明と表記されています。しかし、海外市販後を含め、ごくわずかですがアナフィラキシーが報告されているため、注意を促すために重大な副反応として記載されています。
なお、海外で報告されたアナフィラキシーの頻度は100万回接種あたり5件となっており、74%がワクチン接種後15分以内、90%が接種後30分以内に症状が現れたとされています(2021年2月時点)。そのため、国内においても接種後15~30分は医療機関での観察を要します。万が一、アナフィラキシーが起こった場合でもすぐにアドレナリン(エピネフリン)という治療薬が投与され、適切な治療が行われます。
参考として、以下の表にアナフィラキシーの発生頻度を比較しました。発生頻度の比較からもワクチンによるアナフィラキシーは非常にまれであり、安全性が高いことが伺えます。
その他の重い副反応が気になる人もいるかもしれません。しかし、国内の治験ではワクチンとの因果関係が認められたその他の重い副反応は報告されませんでした。
一方、副反応と似たような言葉に“有害事象”があります。実はこの2つの意味は異なるため、きちんと区別することが重要です。有害事象とは、薬と因果関係があるかどうかにかかわらず、薬を投与された人に起こる全ての健康被害のことをいいます。つまり、現段階ではワクチンが理由で生じている出来事かどうかは分からないということになります。
新型コロナウイルスワクチンでは以下の3つの効果が期待されています。
発症予防とは、ワクチン接種によって新型コロナウイルス感染症の発症を減らすことです。発症とは病気の症状が現れた状態のことです。
海外の臨床試験では発症予防効果が約95%と報告されました。発症予防効果とはワクチンを接種しなかった場合に比べて、ワクチンを接種した場合に発症をどれだけ減らすことができるかを表しています。
重症化予防とは、ワクチン接種によって症状の重症化(入院や死亡など)を減らすことです。これまでの治験のデータでは、重症化予防効果を確認できませんでしたが、これは重症にまで至った例がそもそも少なかったために十分な評価ができなかったからだと考えられています。
感染予防とは、ワクチン接種した人が新型コロナウイルスに感染しない状態になることです。このワクチンが日本国内で承認された2021年2月の段階では感染予防効果は臨床試験だけでは実証されておりませんでした。しかし、イスラエルで約60万人のワクチン接種者を解析した研究から、2回目の接種から7日以降では、無症状の感染を90%防ぐ効果が示唆されています。さらに、米国CDCが実施したワクチン接種後の医療従事者などを対象とした研究からも同様の感染予防効果が報告されています。
このようにワクチンによる感染予防効果が示されているとはいえ、その効果は100%ではありませんので、多くの方がワクチン接種を受け、互いに感染させあうリスクが十分に下がる「集団免疫」が達成されるまではワクチン接種後もマスク着用や手洗いなどの基本的な感染予防対策を続ける必要があります。
上述のようなデータがどのような方法で出されたかが気になる方は次の項目が参考になります。
臨床成績の項目には治験にどのような人がどのくらい参加し、用法・用量、どのような基準で有効性や安全性が評価されたかなどがシンプルに記載されています。
添付文書を読み解くにあたり、気になるワクチン接種の記述について分かりやすく解説します。
注意事項は基本的な予防接種と共通しており、今回の新型コロナウイルスワクチンに関しても同様にとらえて問題ないと考えられます。1点、分かりにくそうな記述があります。
これは、現時点では異なるワクチンを接種して同等の効果を得られるかどうかを証明するデータは得られていないことを表しています。
もう1つ気になる記述があります。
一般の人がこの文言を読むと、「予防効果が持続しない」と誤解してしまうかもしれません。実際は効果が持続するかもしれないし、持続しないかもしれないということです。ワクチンの開発が開始されてから時間があまり経過していないため、科学的に証明することが難しいという状況です。ワクチン接種後に免疫がどれくらい持続するかのデータがまだないことを示しています。
用法・用量には薬の使い方や薬の量が示されています。薬を安全に効果的に使用するためには、添付文書に書かれている用法・用量を守ることが大切です。
新型コロナウイルスワクチンは1回目の接種から3週間の間隔を空けて2回目の接種が行われます。十分な免疫を得るためには2回接種が必要です。接種は筋肉注射という方法で行われます。痛そうなイメージですが、とても細い針で注射するため、打った瞬間の痛みは思ったほどでもないという声が多いようです。
新型コロナウイルスワクチンは特別な温度管理が必要な医薬品です。医薬品を実際に扱うときの注意点が説明されています。当初は冷蔵庫(2~8℃)で解凍した後は5日以内に接種する必要がありましたが、冷蔵で1か月間保存できるようになりました。
今回の新型コロナウイルスワクチンはmRNAという非常に“壊れやすい”物質でできているため、接種の日程が狂うと貴重なワクチンが無駄になってしまいます。接種の予約を行った場合には、予約日に確実に接種できるように体調を整えておきましょう。
今回のワクチンは、通常の”承認”とは違って、”特例承認”というなんだか特別感のある承認がなされています。これはどういうことでしょう。
一般的な”承認”とは、お薬の有効性、安全性、品質が十分に検討され、科学的に証明されて初めて認められるものです。一方で、特例承認とは、今回のコロナウイルス感染症のような恐ろしい病気の蔓延などを防止するための方法がほかにないとき、日本と同レベル以上の薬事制度を持つ国(米国とかヨーロッパなど)で承認されている薬を「『応急的に』使えるようにする」ための特例制度です。
今回の新型コロナウイルスワクチンの特例承認では、長期間の有効性についてはまだ明らかになっておらず(2021年2月時点)、今後出てくる治験のデータによっては承認内容が変わる可能性もたしかにゼロではありません。しかし、ワクチン接種後の発症予防効果は約95%ととても高いことや、これまでに報告されている副反応のほとんどが痛み止めなどにより対処可能であることを考えると、このワクチンのベネフィットは副反応などのリスクを大きく上回ると考えられています。私たちの日常を取り戻す”第一歩”として、強く期待されるワクチンではないでしょうか。このワクチンのことを正しく理解し、納得したうえで判断することが大切です。
添付文書についてはこちらをご覧ください。
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