2021年2月、新型コロナウイルスのワクチン接種がスタート。そのなかで日本でのアナフィラキシー*の報告件数が海外よりも多いとの報道があり、不安を抱く人々がいます。しかし、そもそも当初の報告には、世界基準ではアナフィラキシーに該当しないものも含まれていたのです。「症例を比較・検証するうえで定義付けはとても重要」と話す池田早希先生(米国ベイラー医科大学テキサス小児病院)に、報告基準における日本と海外のギャップについて伺いました。
*アナフィラキシー:薬や食物が体に入ってから、複数の臓器にアレルギー反応が起こり生命に危機を与え得る過敏反応。特定のワクチンだけに起きるものではなく、さまざまな医薬品やワクチンの投与後に報告されている。
アナフィラキシーだけでなく、全ての有害事象において「症例定義(診断基準)」はとても重要です。なぜなら定義は共通言語であるから、同じものを使わなければそれぞれの症例を比較することも、検証することもできないからです。
新型コロナウイルスワクチンのアナフィラキシー報告件数が話題になっていますが、最初に報告された日本の報告基準は世界基準と異なります。現状、日本の報告数は医療機関からの報告数そのものであり、情報を精査した場合アナフィラキシーに該当しないものが含まれている可能性があるのです。
ここでいう世界基準とは、ブライトン・コラボレーション(Brighton Collaboration*)という専門家の団体が作成したアナフィラキシーの分類評価「ブライトン分類」を指します。BCは科学の専門家による国際的な協力の元2000年に設立され、ヒト用ワクチンの安全性に対する良質な情報の構築・普及を促進する団体です(その名称は、英国南東部の都市ブライトンに由来)。
BCは、ワクチンの安全性を評価するにあたり、標準化された国際的な定義を決めるプロジェクトを進めるなかでさまざまな病気の症例定義をつくってきました。たとえば「発熱」をどう定義するかという問題。ファイザー社ワクチンの検証において、海外ではBCに準じた「38℃以上」を発熱と定義していますが、日本では「37.5℃以上」と定義しています。これにより日本における発熱の発生件数は自ずと多くなる、というわけです。
写真:PIXTA
最近では、アストラゼネカ社のワクチンで血栓症(血の塊が血管に詰まること)が報告されるニュースがありましたが、この件についてもBCでは感染症、血液内科、救急医療などさまざまな分野の専門家が集まり、定義付けを早急に行ったとのことです。実際には血栓症は欧米では比較的多くワクチンを接種しなくても一定の頻度起こりますので、通常報告される血栓の発生件数と変わらず、WHO(世界保健機関)などはワクチンとの因果関係を示す証拠はないとしています。そもそも血栓症の定義がしっかりしていないと、発生頻度を比較し、このような議論や精査をすることはできないので定義付けはとても大切です。
世界基準となっているブライトン分類におけるアナフィラキシーの症例定義では、アナフィラキシーの診断必須条件として▽突然の発症▽徴候および症状の急速な進行▽2つ以上の多臓器の症状――が挙げられています。
そして、症例の確度(確かさ)は以下のように分類されています。このうち、レベル1からレベル3まではアナフィラキシーと定義されますが、レベル4、レベル5はアナフィラキシーとは定義されません。
レベル1:診断特異性が高い(アナフィラキシーであるという確実性がある)
レベル2:診断特異性が中位(アナフィラキシーの可能性が高い)
レベル3:診断特異性が低い(アナフィラキシーの可能性がある)
レベル4:分類のための十分な情報がない(アナフィラキシーだと判断できない)
レベル5:必須条件を満たさないことが確認済み(アナフィラキシーではない)
重要なポイントは、この分類はワクチン接種との因果関係を示すものではないということと、レベルは重症度を比較したものではないことです。
日本のアナフィラキシー報告件数をブライトン分類に照合させるとどうなるのでしょう。2021年3月9日までに発表された副反応疑いの中には、17例のアナフィラキシーの報告がありました。それらについて専門家がブライトン分類を基に評価したところ▽レベル1が2件▽レベル2が4件▽レベル3が1件▽レベル4が9件▽レベル5が1件――という結果になりました。つまり17件中、半分以上はブライトン分類では「アナフィラキシーとは言えない」症例だったということです。
一方、ブライトン分類で定義した場合でも、日本での報告件数が若干多いようです。その理由として、まだ確実には分かりませんが、米国では最初の接種対象者に医療者だけでなく施設の入居者、すなわち高齢の方が含まれていたことが影響した可能性があると思います。一般的にアナフィラキシーは高齢の方よりも若年の方に起こりやすく、接種対象者に高齢の方が多く含まれているならば、その分アナフィラキシーの発生頻度は低くなる可能性があるということです。しかしまだ分かっていないことが多いので、アナフィラキシーの頻度や原因について引き続き研究を行うことが重要です。
現状のように、国際的な基準でアナフィラキシーとは言えない症例が含まれたものをアナフィラキシーの件数として報告することは、ワクチンに対する国民の不安感を高めてしまう可能性があり、よい方法とは言えません。
日本でも国際的な基準でアナフィラキシーを定義して発生件数を集計し公表すること、また、現在の報告件数の中にはアナフィラキシーとは言えない症例が含まれているという前置きをきちんと伝えることが重要だと思います。これは、リスクコミュニケーションの視点においても、今後ワクチン接種の追跡調査を行う際に国内外で統一された基準で評価するためにも必要なことです。
アナフィラキシーは治療が遅れると命に関わることもありますが、早期に発見し適切に治療をすれば回復します。大切なことは、現場においてアナフィラキシーが疑われる場合にはすぐに診断し、必要に応じて治療を行うことです。
米国の場合、アナフィラキシーを疑う症状などがあった場合に報告できる「VAERS」というシステムがあります。これは主に医師などの医療者が報告をするシステムですが、患者さんやご家族が情報を入力することも可能です。報告されたものは公的機関の専門家が評価し、ブライトン分類に準じて分類されることになっています。
実は日本にも同じように予防接種による副反応疑いを報告する制度があります。基本的には医療者による報告が求められていますが、接種を受けた方や保護者が市町村に報告する制度がありますので、必要に応じて市町村の情報をご確認ください。
*予防接種法に基づく報告のお願いについて(厚生労働省)のページ
※池田早希先生が正しい医療情報の発信に尽力する理由と、米国における小児ワクチンの現状については次のページをご覧ください。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。