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連載新型コロナワクチンを知る

ワクチンをめぐる諸問題―感染症の過酷さを知る中山久仁子先生の思い【前編】

公開日

2021年03月17日

更新日

2021年03月17日

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2021年03月17日

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世界中で混乱を巻き起こした新型コロナウイルス感染症。2021年2月にはワクチンの先行接種がスタートし、収束の兆しが見えてきました。しかし一方ではワクチンに関するデマや根拠のない噂などが飛び交い、インフォデミック(不確かな情報が感染症のように伝わり、社会が混乱する状況)の発生が危惧されています。「予防接種で助けられる人を増やし、病気で苦しむ人を減らしたい」と話す中山久仁子先生(家庭医療・感染症専門医*、マイファミリークリニック蒲郡 理事長)に、ワクチンをめぐる諸問題とそれらに抱く思いを伺いました。

*感染症専門医:日本感染症学会認定

「途上国で困っている人を助けたい」―子どもの頃に抱いた思い

医師を志したのは、中学生のときにアフリカで干ばつによる飢饉や難民問題が起きていることを知り大きな衝撃を受け、「私に何かできることはないか」という思いを抱いたことが最初のきっかけです。高校で進路を選択する頃には、医療の不足する地域に赴いて病気やけがで困っている人を助けたい、と考えるようになりました。

当時、医師の研修は臓器別の専門性を追求することが一般的で、多くの同級生たちは皆そのような道に進みました。しかし私は医療の足りない地域でさまざまな状態の人を診療できるようになりたかったため、全身を診られる「ジェネラリスト」に憧れていました。そして医学部卒業後の研修は、当時は珍しかったスーパーローテート(総合診療方式)という全科をローテーションする研修に迷うことなく進みました。

医師になって初めて研修した病院は、地域に根付いた総合病院でした。ジェネラリストを目指す自分にとって、その病院でコモン・ディジーズ(よくある病気)を数多く診られたことは非常によい経験になりました。また、その病院には当時は珍しかった緩和ケア病棟(ホスピス)があり、人の死について深く考える機会は貴重な経験となり、その後の臨床に役立ちました。後期研修の病院は、これもまた当時珍しかった感染症の臨床を学ぶことができ、感染症診療の重要性を実感しました。途上国では結核、マラリアなどの感染症で亡くなる方がまだまだ多かったので、いつかアフリカなどで医療をするなら臨床感染症の知識は必要不可欠だと思ったのです。

感染症内科医として実感した予防接種の大切さ

のちに感染症科で働いていたときに実感したのが、予防接種の大切さです。たとえば、当時はHib(ヘモフィルスインフルエンザ菌b型)ワクチンの定期接種がスタートした時期で、接種を受けていない子どもが髄膜炎を起こすことがありました。Hibによる髄膜炎は最悪の場合命にかかわり、また、助かった場合でも1~3割ほどの割合で聴力障害などの後遺症が残る可能性がありました。Hibによる髄膜炎で病院に入院した子どものお母さんが、涙を流しながら「ワクチンを打っておけばよかった――」と後悔されている姿が今でも記憶に残っています。そんな姿を目の当たりにすれば、適切な予防接種の必要性を痛感せざるを得ません。

医師6年目でアフリカ南東部のマラウイ共和国(以下、マラウイ)へ赴きました。マラウイは国内に十分に病院がなく、国立病院と県立病院、そしてその下の地域にあるのは小さな掘立て小屋のような診療所でした。そこで定期的に、WHO(世界保健機関)やユニセフ(国際連合児童基金)を通じて提供されたワクチンが接種されていました。都市部から離れた所に住むマラウイのお母さんたちは半日がかりで山を越え、子どもたちを診療所に連れてきていました。当時、マラウイでは乳幼児の死亡率が高く、マラリアや下痢症などで多くの子どもたちが亡くなっていました。日本で定期接種となって患者数が激減したような麻疹(ましん)などのワクチンで防げる感染症が命取りになり得ることを過去の経験からよく知っていて、「防ぐことのできる病気は防ぎたい」とワクチン接種に熱心でした。お母さんたちは子どもたちを守ろうと一生懸命で、ワクチン接種を受けた後は何度も「ありがとう、ありがとう」と言って帰って行く。そんな姿が目に焼きつきました。

黒人の子供たちと女性 写真:PIXTA

写真:PIXTA

ワクチン政策のひずみに落ちた世代

2011年に、アジアで風疹(ふうしん)という感染症が流行しました。風疹は発熱、発疹(ほっしん)、リンパ節の腫れなどの症状を起こし、妊婦が感染した場合赤ちゃんに先天的な異常が生じる恐れのある病気です。アメリカなどではすでに排除宣言が出されていますが、2012~2013年には日本で数千人規模の流行が起こり、45人の赤ちゃんが先天性風疹症候群(妊娠初期に風疹ウイルスに感染し、出生児に先天性の心臓病、難聴、白内障などが生じる)と診断された、という経緯があります。

私は、妊娠中に風疹にかかり出産した母親と先天性風疹症候群の当事者で構成される患者団体の方と交流するなかで、その人たちの苦悩や不安を身近に感じました。

このような日本とアフリカでの経験を通じて「ワクチンで防げる病気があるのに、なぜこんなふうに苦しみを抱える人たちが生まれてしまうのだろう。ワクチンで助けられる人を増やし、病気で苦しむ人を減らしたい――」という思いが募っていきました。

風疹だけでなく、日本にはさまざまな病気に対する予防接種が行われています。まずは子どもの頃の定期接種をすべて接種することが基本ですが、実際には、定期接種が始まる前の世代、2回打つべきワクチンを1回しか打っていない世代など、ワクチン政策のひずみに落ちてしまっている大人がいます。

たとえば麻疹は1978年に定期接種がスタートしましたが、当時の接種回数は1回でした(1972年10月1日生まれ以降が対象)。その後2006年から2回接種となりました。当時、1990年4月2日~2000年4月1日生まれの方を対象に中学1年と高校3年時に2回目の接種の機会をつくる特例措置がありましたが、その前の世代の1972年10月1日~1990年4月1日生まれの方は、定期接種としては1回しか接種する機会がなく、十分な免疫がついていない可能性があります。

ほかにも、かかった場合に亡くなることもある破傷風(傷口から破傷風菌が入り込んで感染を起こしさまざまな神経に影響を及ぼす病気)は、赤ちゃんのときに4回、11~12歳でもう1回の計5回の定期接種がありますが、その後大人になっても予防効果を持続させるために10年毎に1回のワクチン接種が推奨されています。しかし、そのような大人に必要なワクチンの情報は行きわたっていないという現状があります。

*国が推奨するワクチン接種の対象者について、詳しくは次のページをご覧ください。

防げるはずの病気で苦しむ人を1人でも減らしたい

日本では、2013年にHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの問題も起こりましたね。当時日本は「ワクチン後進国」と呼ばれており、Hib、小児肺炎球菌ワクチンと同時にHPVワクチンも定期接種になったのです。しかしHPVワクチンの定期接種がスタートしてから2カ月後、有害事象(因果関係の有無を問わずワクチン接種後に生じたあらゆる好ましくない出来事)に関するセンセーショナルな報道を契機に、国は積極的な勧奨を差し控えました(ただし定期接種の位置付けは変わらず、公費での接種は現在も可能)。

ワクチンの啓発にあたって難しいと思うのは、Hibワクチンなどはそれを打つことで子どもが髄膜炎を起こさないためワクチンの効果が分かりやすいのですが、一方HPVワクチンはがんを予防するワクチンで、思春期に接種してそのがんの予防効果が分かるには10年、15年という長い時間がかかる点です。時間が経てばその効果は証明できるはずなのに、それよりも先に副反応や有害事象のことが注目されてしまい、このような状況が生まれてしまったように思います。

実際、HPVワクチン非接種の世代の方が子宮頸(しきゅうけい)がんを発症するケースをいくつも見ています。現在、愛知県蒲郡市の子宮頸がん検診をクリニックで行っているのですが、子宮頸がんの前段階である前がん病変が見つかる方の多くが「HPV陽性」です。一方、「HPV陰性」で前がん病変が見つかる方というのはまれです。

泣いている女性 写真:PIXTA

写真:PIXTA

お子さんを望む女性に前がん病変が見つかったとき、その方は本当に大きなショックを受けますし、中には、幼い子どもとご家族を残して亡くなってしまう方もいます。現在、年間約1.1万人の女性が子宮頸がんにかかり、約2800人の方が子宮頸がんで亡くなっています。子宮頸がんにかかる人の多くが20~30歳代の女性で、30歳代までにがんの治療で子宮を失ってしまう(妊娠できなくなる)女性が、毎年約1200人います。私はそのような方を1人でも減らしたいと強く思います。

HPVワクチンの積極的勧奨が差し控えられてから、HPVワクチンの接種率は1%以下になりました。このような状況でしたが、HPVワクチンの啓発には少しずつ追い風も吹いてきました。というのも、近年、HPVワクチンの接種が順調に行われている諸外国から前がん病変が減少したという報告が出てきており、さらにHPVワクチンによって子宮頸がんの前がん病変だけでなく子宮頸がんそのものを減少させることを証明する新たな論文が出てきたのです。また、日本産婦人科学会や日本小児科学会、そして日本プライマリ・ケア連合学会としても厚生労働省に積極的勧奨の再開の要望書を提出しました。

そういった働きかけも功を奏したのか、国が発行するHPVワクチンに関するリーフレットが2020年にフラットで分かりやすい内容に一新されました。病気のこと、ワクチンの効果や副反応について、バランスよく丁寧に説明されています。2020年10月には厚生労働省から都道府県に対して「HPVワクチンの接種対象の女性と保護者宛てに、個別送付による定期接種のHPVワクチンの対象者であるという情報提供をするように自治体に通知・依頼し確実な周知に努めること」という内容の事務連絡が出ました。思春期のお子さんがいるご家庭では、自治体からのお知らせなどを見逃さずにワクチン接種をご検討いただきたいですね。

※厚生労働省のHPVワクチンに関するリーフレットの情報はこちらをご覧ください。

※中山久仁子先生のワクチン啓発の取り組みについて、詳しくは次のページをご覧ください。

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