新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い、依然として医療体制が逼迫(ひっぱく)した状況が続いています。医療体制の逼迫は、医師や看護師をはじめとした医療従事者の負担となっているだけでなく、実は未来の医療を支える医学生たちにも大きな影響を与えています。国内でもスタートした新型コロナウイルスワクチンの接種は、医学生にとってどのような意味を持つのでしょうか。2021年3月に実際にワクチンを接種した1人の医学生(20歳代女性、首都圏の私立大学医学部付属病院実習生)の視点からひもときます。
2020年4月、新型コロナウイルスの感染拡大により、病院で行われるはずだった臨床実習が中止に。現場の医師に師事しながら患者さんと実際に向き合い実技を身に付ける臨床実習は、医学部を卒業するための必修科目です。私はこのとき、規定の実習時間が確保できないと知り、「果たして無事に卒業できるのか」「医師免許はとれるのか」ととても不安になりました。
その後、コロナ禍での特別処置として現場での実習がオンラインで代替可能となりました。これで「単位の取得」という意味での心配は薄れましたが、あくまでもオンラインですから、通常どおりの実習ができません。そのため、卒業後の医師としての能力に差が出てしまうのではないかという思いがあり、不安を完全に払拭することはできませんでした。
周りを見渡しても、私のように不安や焦りを感じる医学生は多かったです。そこで、医学生の有志が集い、一刻も早い病院での臨床実習再開に向けて「コロナ禍の病院で実習をする際の医学生の行動指針」を作成する活動などを開始。そうした活動の成果も実り、感染対策に精通することで教員の許可を得た学生は病院内で実習することが許されているケースがあります。
ただ、それでもコロナ禍の実習には多くの制限があります。私の場合も、リスクの高い内視鏡や気管支鏡の見学などは行うことができませんでした。患者さんと実際に会う貴重な診療時間も15分以内と制限されていて十分に話を聞くことができなかったり、担当する患者さんの人数は1人までと制限があったりしました。
師事する医師に「まだ手技を見た経験がない」と話すとひどく驚かれ、すぐに「この状況だから仕方ないね」と言われました。そのような会話をするたびに、自分たちはほかの医師に比べて遅れているのではないかと不安や焦りを感じます。
そのようななかで、ようやく私たち医学生もワクチンの接種を受けられるというアナウンスを受けたのです。2021年2月末に大学の学生課から新型コロナウイルスワクチンの資料や動画が添付されたメールが届き、接種を希望するかどうかを問われ、ウェブ上でワクチンの接種を予約することができました。その1週間後に接種会場や時間などがメールで届き、無事にワクチンを接種することができました。
周囲の医療従事者は「ようやく届いた、やっと接種できる」という、いら立ちとも安堵ともとれるような反応を示していました。接種者の中で発熱が見られたといった情報もあり、中には不安な気持ちを抱いていた人もいたと思います。
また、単に順番が来たら接種すればよいという簡単な感じではなく、副反応が出た場合を想定して当直の日と重複しないよう接種日を調整したり、年度末で異動を予定している人は「どの勤務先で接種したらいいのか」と複数の病院と連絡を取り合ったりしていたようです。
自分自身が接種するときは、日本でまだ接種している人が少ない新型コロナウイルスワクチンを接種するという緊張と、まだ学生である自分が先んじて接種できることへの感謝、医療を担う者としてよりいっそう勉強しなくては、と意気込む気持ちなどが入り混じっていました。
「副作用が出たらどうしよう」と少しだけ不安な気持ちがあったのと同時に、周りに医師がたくさんいたのでたとえ副作用が出てもすぐに対応できる、という安心もありました。
実際にワクチンを打ってから15分はその場で待機し、その後さらに15分、状態が急変した場合のことを考えて病院の近くで過ごしました。打った瞬間の痛みはそれほど強くなく、子宮頸(しきゅうけい)がんワクチンなどほかの筋肉注射の痛みと大きな差はありませんでした。また、打った直後に痛みはありませんでした。
接種の3時間後には、少し腕がだるいような気がしました(ただ、これはあえて意識したら分かる程度のものです)。37.1度の微熱も出ましたが、倦怠(けんたい)感はなく、だるさは腕のみでした。その後、徐々に筋肉痛のような痛みが出て、翌朝まで続きました。腕のだるさや微熱は接種した日の夜だけで翌朝には収まり、今は普段と変わらない生活を送っています。
ワクチンの普及が進んでも、医療の現場がすぐに変わるわけではありません。そのため個人的には、ワクチンを接種したからといって感染対策に対する意識がゆるむことはありませんでした。
現在、病院では診療の制限や入院時のPCR検査、面会の禁止など医療機関によってさまざまな制限が設けられています。全ては病院内でクラスター発生を防ぐためです。ひとたび病院でクラスターが発生すれば、病棟の閉鎖や職員の隔離、外来や救急の受け入れ中止など多大な影響が生じます。クラスター発生のリスクを確実に除外できない限り、ワクチンが普及したからといって病院での各種制限が解除されるとは思えません。感染リスクの低いものから順番に、時間をかけて安全性を見ながら徐々に制限が解除されていくと考えられます。
実際に接種した身として、ワクチンの接種は強く推奨しています。日本では以前、子宮頸がんワクチンの普及に失敗しており、その影響もあってワクチンに対する市民の不信感が根強く残る国であるといえます。子宮頸がんワクチンにおいて高い接種率を誇るオーストラリアでは、もはや子宮頸がんは消える病気かもしれないという状況がある一方で、日本はいまだに子宮頸がんの罹患(りかん)率が高い国となっているのです。
私は、新型コロナウイルスワクチンが子宮頸がんワクチンの二の舞にならないことを願っています。連日アナフィラキシーの報告件数が報道されていますが、インフルエンザの予防接種でもアナフィラキシーが起こることはあります。これからワクチンを接種する方々には、信頼できる記事やウェブサイトをご自身で判断し、ワクチン接種のリスクとベネフィットを天秤にかけ、自身の判断で接種するという決断をしてほしいです。
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