日本でも新型コロナウイルスのワクチン接種が2月17日に始まりました。18歳以上の全国民約1億人を対象にワクチンを接種するという前代未聞のプロジェクトは、単にワクチンの数量を確保するだけでなく、さまざまな準備が必要になります。その調整役の政府ワクチン担当に、河野太郎・行政改革担当大臣が就きました。就任時に「ロジ(ロジスティック=段取り)面を責任もって総合調整する」と話した河野大臣にその役割を詳しく伺いました。
まずはロジの担当として、やっていることを説明します。ワクチンの調達契約を結んでから皆さんが接種するまでには多くの段階があり、ワクチン以外にもさまざまな物資などを調達する必要もあります。
日本で接種が始まったファイザー社のワクチンは、EUの域内で生産したものを持ってこなければなりません。日本政府とファイザーの契約で数量は確保できていますが、どのタイミングで持ってこられるかは「交渉事」になっています。一方で、(輸出の透明性を高めるため、製薬会社がEU域内からワクチンを域外へ輸出する際にEUに事前申告して許可を得なければならないとする)EUの「透明性・委任メカニズム」があり、実際にイタリアからオーストラリア向けのアストラゼネカ製ワクチン輸出申請が不承認になっています。
ですから、ファイザーとは「いつまでにこれだけの量を出荷してほしい」という交渉をしながら、EUを相手に日本向けの輸出は止めさせないよう働きかけをし、とにかく日本に早くワクチンを入れる、ということをやっています。
世界中がワクチンを求めているのに、ファイザーの生産量はまったく足りていませんでした。そこで、既存の生産ラインを止めて、ラインを追加したそうです。ですから、1、2月はかなり生産量が下がり、心配した方もいるかもしれません。しかし、春先から新しい生産ラインが動き始め、4、5月から生産量がかなり増える見込みです。今ある分をまず医療従事者に打ってもらいながら、増産を待っている状況です。
知っておいていただきたいのは、ワクチンが航空便で届いたらすぐに配分して接種、というわけにはいかないということです。たとえば、ある日、数百万回分が届くとします。そこからロット番号(いつ、どの生産ラインで生産されたものか、などを追跡可能にするため使用する番号)のシールを印刷して同梱する必要があります。品質管理のための国家検定も実施しなければなりません。そうしたことをやって、「じゃあ、いつ会場に送れるか」と聞くと、最初は「10日ぐらいかかります」というような話だったので、もっと短縮するように指示しました。
ワクチンの数量を確保して、自治体にいつ、どれぐらい届くからその分の予約を取っていいですよとか、まだ待ってくださいといった調整もやっています。
それから接種用の注射器の問題も出てきました。ワクチン1瓶から6回分が取れるという想定でしたが、当初は田村憲久厚生労働大臣が、特殊な注射器がないと5回分しか取れないと国会で説明していました。それで、6回用の注射器を調達せよということで、メーカーに増産を要請しました。
もう1つ、冷凍庫も確保しました。ファイザーのワクチンは氷点下60~90℃で保管しなければならず、特殊な冷凍庫が必要になります。それを1万台、海外から購入しました。ところが、最初は先方から「船便で送るので数か月後に届きます」と。それでは間に合いませんから、航空便で送るよう要請し、届いたものを配り始めました。
一安心、と思ったら冷凍庫が壊れてワクチンが使えなくなる、という“事件”が発生。普通、家庭の冷蔵庫はそう簡単に壊れないでしょうと、よくよく調べたら、実は特殊な要因が重なったことで起こった“事故”だったことが分かりました。どういう原因だったかというと、壊れた冷凍庫と隣にあった別の冷凍庫で、たまたま0.1秒の間に同時にコンプレッサー(冷媒を圧縮するモーター)が動き出したために瞬間的に大きな電流が流れ、電圧が低下してしまいました。冷凍庫のコンピューターがこれを「電源がオフになった」と誤認してしまったんです。だから、警報も出ませんでした。そのようなことがあったので、電源をつなぐ分電盤を分けるようにしてもらいました。
それから、2月13日に東北地方で最大震度6強の地震が起こった時、関東や東北の広範囲で停電になりました。同じようなことがこれからも起こりうるわけで、対策を検討しました。もし停電が起こったら、多数のワクチンが使えなくなってしまうことにもなりかねません。「自家発電機や蓄電器を1万台配る」などの案も出ましたが、冷凍庫に蓄冷剤を入れておけば、氷点下20℃までを約30時間キープできるということが分かり、停電対策もようやくめどが立ちました。
ワクチンはもともと、厚生労働大臣の所管で、当初は「なんでワクチン担当大臣が必要なんだ」という声もありました。でも厚労大臣は国会答弁とコロナ対策でいっぱいで体がもたないといった状況だったので、「ロジのところだけは引き受けます。だから優先順位をどうするといったようなポリシーは厚労省で決めてください。そのとおりにやりますから」ということで担当大臣を引き受けました。
田村さん(厚労大臣)に毎晩電話をして、「今日はこういうことを決めた。次に決めなければいけないのはこういうことだ」といった感じで話しながら意思疎通と情報共有をしています。
政府内部の話をすると、ワクチン接種にかかるお金は厚労省の予算になるのですが、それを支出するためには財務省と話をつけなければなりません。冷凍庫の調達は経済産業省に依頼しました。国内の輸送は国土交通省の管轄になります。接種会場に学校の体育館を借りるとなれば文部科学省、使用済みの注射針は医療廃棄物だから回収は環境省、接種の実務は自治体にやってもらうことになるので総務省に……からんでいない省庁はどこだ? というほどに、いろいろな役所が関わってきます。
ワクチン接種を円滑に進めるには霞が関の縦割りを排し、横串を通して進めていく必要があります。「規制改革も“横串”を通すのが仕事。それをやっているんだから、ワクチンもやれ」ということで担当を任されたのだと思います。
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