「息切れ」や「息苦しさ」を感じたとき、どのような原因が考えられるでしょうか。これらの訴えで病院を受診される方は多く、原因も多岐にわたります。長年の喫煙が引き起こす慢性閉塞性肺疾患(COPD)、狭心症や心不全などを想起される方が多いのではないでしょうか。
そんな「息切れ」や「息苦しさ」を引き起こす原因の1つに、「肺高血圧症」という病態があります。肺高血圧症には特別な誘引なく起こる特発性のもの、膠原病などから二次的に発症するもの、そして、近年注目されているものに肺塞栓症(いわゆるエコノミークラス症候群)から進行する慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)があります。
この記事では横須賀市立うわまち病院循環器内科部長の岩澤孝昌先生に、肺高血圧症について、そしてCTEPHについてお伺いしました。
肺高血圧症は、何らかの原因によって肺動脈圧が上昇することにより右心系に負荷がかかり、その結果、右心不全をきたす病態です。肺高血圧症にはさまざまなタイプがあります。指定難病である肺動脈性肺高血圧症(PAH)をはじめ、その多くが現時点で、治療を行っても治りにくい病気です。また、代表的な自覚症状は「息切れ」です。しかし、息切れは肺高血圧症にだけ見られる特別な症状ではないため、病院受診が遅くなったり受診してもなかなか診断に結びつかなかったりすることも少なくありません。肺動脈性肺高血圧症は男女比が1:2.6と女性に多い(日本呼吸器学会より)うえに、若くして罹患するのが特徴です。
肺高血圧症は血液検査の結果や腫瘍のように異物の存在から診断されるものではありません。肺動脈圧が、ある一定の水準より高いかどうかにより診断されます。肺動脈圧はまず、心臓超音波検査で推定値を出し、疑いが高ければ心臓カテーテル検査で実測値を取るのが一般的です。
また、肺高血圧症の定義は4~5年ごとに開かれる国際会議の場(2008年 Dana Point、2013年 Nice)で見直しが行われています。2016年現在、2013年のニースで策定された定義(ニース分類)が利用されていますが、その定義では下記に該当する患者さんが肺高血圧症・重症肺高血圧症と診断されます。
安静時平均肺動脈圧はスワンガンツ(Swan-Ganz: S-G)カテーテルと呼ばれる右心カテーテル法により測定します。20mmHg以下が正常値であり、20~25mmHgの範囲はその境界となります。
2013年のニース分類では、肺高血圧症を原因の違いにより以下の5群に分類しています。
第1群:PAH
第2群:左心性心疾患による肺高血圧症
第3群:肺疾患や低酸素血症による肺高血圧症
第4群:慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)
第5群:原因不明の複合的要因による肺高血圧症
このように、肺高血圧症の種類やその原因は多種多様です。この5分類のうち第1群のPAHと第4群のCTEPHは、特定疾患として難病に指定されています。一方、症例の数でいえば、第3群の患者さんが多いことが分かっています。
肺高血圧症にはさまざまな分類があり、それについては前述したとおりです。それでは肺動脈内の血圧はどのように上昇するのでしょうか。大きく分けて次の2種類があります。
第1群と第4群が1.に、第2群と第3群が2.に当てはまります。
1.についてはさらにそれぞれのメカニズムがあります。
1.血管収縮
私たちの体の中には、血管を拡張させる因子と収縮させる因子があります。肺高血圧症の患者さんの体の中では、血管を拡張する因子が少なくなり、逆に血管を収縮させる因子が増えていると考えられています。
2.リモデリング(再構築)
血管の内部を構成するさまざまな細胞が異常に増殖し、血管の内側の厚みが増していきます。
3.血栓
血管が傷ついたときに出血を防ぐために作られる血の塊を血栓といいます。CTEPHでは、血栓を肉芽組織が取り囲み、吸収するなどして器質化した状態が見られます。
PAHとCTEPHは特定疾患になっているため、医療受給者証の交付数から患者数の動向を判断することができます。2013年(平成25年)時点でPAHがおよそ2,500人、そして2010年(平成22年)頃を境にCTEPHという病態も増えてきているという傾向が見られます。
上記のグラフが示すとおり、横須賀市のデータでは肺高血圧症発症時の平均年齢はおよそ70歳と高齢で、その内訳は女性が64.3%、男性が35.6%という比率になっています。
肺高血圧症の初期によく見られる症状
肺高血圧症の進行期に見られる症状
肺高血圧症の症状を詳しく診ていくと、「軽い動作をした時の息切れ」と「呼吸困難」があるのが分かります。また立ちくらみやめまい、足のむくみなどは右心症状であり、これらの症状が出ているということは右心不全をきたしており、肺高血圧症が進行していると考えられます。
軽い動作や運動をしたときに息切れがあった場合には、その「息切れ」という主訴を重要視し、できればそれが軽い運動のときに出た段階で見つけることが大切です。私たちは地域の内科医の先生方に、失神したりむくみが出てきたりしたときにはもう遅いのだということをお伝えし、「息切れ」が労作や運動に伴って出てきたときには、なるべくその時々で早めに教えてくださいということをお願いしています。肺高血圧症の患者さんは中高年の女性に多く見られるため、更年期や貧血の症状ではないかということで見過ごされてしまうと、肺高血圧症の診断にたどり着くことが困難です。「息切れ」といえば「肺高血圧症」も鑑別に入れるという意識付けが重要です。
私たちの体はじっとして動かないでいると肺動脈圧はあまり上がりませんが、肺高血圧のごく初期の段階では運動時に肺動脈圧の上昇が顕著になるとされています。そこで、カテーテル検査をする部屋で寝たまま自転車を漕いでもらい、その状態でスワンガンツカテーテルを使って肺動脈圧の上昇を見るという検査を行っている病院もあります。
肺高血圧症の診察所見としては下記のものが挙げられます。
聴診所見
右心不全の徴候
肺高血圧症を合併する病態の臨床所見
しかし、これらはある程度、肺高血圧症が進行してから現れる所見が多く、早期発見にはあまり役に立ちません。たとえば、聴診所見や右心不全の徴候などがそれに当たります。そのため自覚症状を注視する必要があります。
心電図に関しては、肺高血圧症のときに出てくる特徴的な心電図所見がいくつかあります。しかし、私たちが調査したところではこれも残念ながら相当進んでからでなければ見られないということが分かりました。
肺高血圧症の患者さんの多くは普通に外来を受診し、「息が切れる」などの症状を訴えています。肺高血圧症はたとえ「息が切れる」などの症状が出ても、胸部X線撮影に結果が表れるまでに、さらに時間を要するケースがあります。そのため、肺高血圧症に罹患しているにもかかわらず、見過ごされている患者さんもいると考えられます。
肺高血圧症という病気は頻度が高くないと思われていますが、実は目の前にいる患者さんが肺高血圧症による息切れを訴えているのかもしれません。そして特徴的な所見がないために、そのまま見過ごされてしまう患者さんが想像以上に隠れているとも考えられるのです。
横須賀市のデータから自覚症状の内訳を見ても、約半分の方はやはり息切れを訴えています。そして約4分の1の方がさらに呼吸困難までも訴えています。胸痛を訴えていたのは13人、むくみを訴えていたのは8人、失神も8人です。このあたりの症状が出ているのはもう重症の方ということになります。心肺停止で救急搬送されて肺高血圧症だと分かった方も5人いらっしゃいました。非常に重い症状から軽い症状まで多岐にわたっていますが、多くの方はやはり軽い症状を訴えて来られているということが分かります。
「肺高血圧症の症状」でも述べたように、胸部X線撮影や心電図検査で所見が現れるのは肺高血圧症が進んだ段階になってからです。これは胸部CT検査でも同じことがいえます。より早期のうちに発見するために有効なツールは心臓超音波検査(ドップラーエコー)です。
また、肺高血圧症の確定診断や経過を診ていくうえでは、心カテーテル検査による肺動脈圧の測定が必要になります。基本的にスワンガンツカテーテルと呼ばれる心カテーテル検査を行います。このカテーテル検査によって安静時の平均動脈圧が25mmHg以上であることが肺高血圧症診断の基準になります。
超音波検査はあくまでもスクリーニングのためのものであり、その結果だけで薬剤による治療を開始するわけではありません。必ずこの心カテーテル検査に基づいて、25mmHg以上であれば治療介入して積極的に圧を下げるようにします。
先にもご説明しましたが、肺高血圧症は下記のとおり分類されます。肺高血圧症はその原因も多岐にわたっているため、分類ごとにその治療方法も異なります。
第1群:PAH
第2群:左心性心疾患による肺高血圧症
第3群:肺疾患や低酸素血症による肺高血圧症
第4群:CTEPH
第5群:原因不明の複合的要因による肺高血圧症
たとえば、第1群:PAHには投薬治療がメインになります。また、第4群:CTEPHでは外科手術がメインになります。
※PAHとCTEPHについて詳しくは以下の記事を参照ください
記事2 「(難病)慢性血栓塞栓性肺高血圧症とは――症状・検査・治療・予後」
記事3 「(難病)肺動脈性肺高血圧症の原因・検査・治療(薬物療法)を解説」
PAHとCTEPH以外ではどうでしょうか。第2群の左心性心疾患による肺高血圧症や第3群の肺疾患や低酸素血症による肺高血圧症などは、その原因となるそれぞれの疾患をしっかりと治療することが重要になるため、これらについては原疾患に対する治療を並行して行いながら診ていく必要があります。
特に手強いのは肺疾患による肺高血圧症です。肺線維症や間質性肺炎、たばこの吸いすぎによるCOPDの患者さんなどが肺高血圧症になった場合、薬剤を投与してもむしろ低酸素血症を助長することがあり、今のところ効果的な治療があるとはいえません。ただしCOPDの急性悪化によって右心不全の症状が現れ、なおかつ肺高血圧症を合併している患者さんにおいては薬剤を併用すると心不全の状態が改善するという傾向があり、そのようなケースにおいては薬剤による治療介入の余地があると考えられます。
甲状腺機能の異常はニース分類の第5群、原因不明の複合的要因による肺高血圧症の1つに列挙されています。私たちの研究における肺高血圧症の登録患者さんの中にも甲状腺機能亢進症の方が4名ほどおられましたが、その方々は甲状腺機能亢進症を適切に治療することによって肺高血圧症が治っています。チアマゾールなどホルモン値を抑えるはたらきをする薬剤を投与し、肺動脈圧が正常になったところで再度入院してスワンガンツカテーテル(心カテーテル検査)を行ったところ、正常値への改善が見られました。
強皮症などのいわゆる膠原病は、肺高血圧症における重要なキーワードの1つであるといえます。強皮症は全身性と限局性の2種類に分かれますが、肺線維症になるような全身性強皮症よりも、むしろ指先など末梢の皮膚硬化が見られる限局性の皮膚硬化症と呼ばれる患者さんにおいて、肺動脈圧が40~60mmHgといった高い状態で見つかることがあります。
そのような末梢に生じた強皮症の皮膚潰瘍に対して、肺高血圧症の治療薬であるエンドセリン受容体拮抗薬のボセンタンなどを使うときれいに治るケースがあるということが分かっています。そこで、強皮症に対する薬物療法をきっかけに肺動脈圧がどう変わったかを見てみると、ボセンタンを投与した人の肺動脈圧が下がるということが分かってきました。
そのため現在は、膠原病の患者さんに対しても肺動脈性高血圧症と同じようにエンドセリン受容体拮抗薬あるいはPDE5阻害剤といった内服薬を使っていただき、肺動脈圧が上がらないように予防しています。
その他の混合性結合組織病(MCTD)や全身性エリテマトーデス(SLE)などの場合は、ステロイドなどを用いてそれぞれの病気に対する治療をしっかりと行うことによって肺動脈圧も下がるため、我々循環器内科医が治療に介入することはあまりありません。
私たちはリウマチ内科などで強皮症を含む膠原病を特に扱っている近隣の医療機関と連携をはかり、もちろん当院の内科でも、患者さんを見逃さないように留意しています。
2010年当時、この三浦半島地区での肺高血圧症の診断や治療がどのようになっていたのかというと、実際のところ十分に浸透・普及しているとはいえない状況にありました。
患者さんが少なかったということはあるにせよ、バルーン拡張術も普及しておらず、薬剤についても東京や神戸などの先駆的な病院に比べると十分な処方がなされていないというのが実際のところだったのです。そこで横須賀市内科医会や当院の管理者である沼田先生をはじめとして、肺高血圧症について三浦半島全域をあげて取り組んでいくことが検討されました。
そして2011年、私たち横須賀市内科医会では、横須賀市およびこの周辺地域の肺高血圧症患者さんがより早期に診断され、その原因や重症度に適した最新かつ最良の治療を受けられるよう、地域医療連携システムの構築をめざしました。
杏林大学医学部循環器内科教授の佐藤徹先生をはじめ、日本国内においてこの領域の第一人者である先生方は、これまで古典的な薬だけで工夫をしながら治療に取り組んでこられました。そういった先生方も新しい薬剤を普及させなくてはいけないということで、私たちのところへ講演に来てくださいました。また、他にもさまざまな肺高血圧症の先生方を講師に迎えて勉強会も行いました。
私たちは横須賀市内科医会を通じて約400の医療機関にパンフレットを配布し、患者さんに自覚症状が出た場合には、どんな軽い症状でも紹介していただき、超音波検査でスクリーニングを行うようにしました。
スクリーニングの対象となる患者さんは以下のとおりです。
1.労作時に息切れがある
2.12誘導心電図にて以下の所見がある
▶ V1にてR波が高く、V6にて深いS波を有する
▶ 右軸偏位、右脚ブロック、右室ストレインパターン、SIQIIITIIIの所見を有する
3.胸部X線にて肺動脈の拡大や心拡大がある患者さん
4.先天性心疾患、膠原病(特に強皮症、SLE、MCTDなど)、肺疾患があり、肺高血圧症が疑われる患者さん
これらに当てはまる患者さんには肺高血圧症が潜んでいる可能性があるため、スクリーニングのために当院の外来に来ていただくことにしました。医療機関に配布したパンフレットには、典型的な心電図所見と肺の動脈が太くなっている胸部X線画像を掲載しました。
実際の肺高血圧症の診療の流れを以下に示します。医療連携で肺高血圧症の疑いがあった方については当院でスクリーニングを行い、そして右心カテーテル検査を施行します。そのときに問題があれば肺動脈造影も行い、膠原病・特発性肺動脈性肺高血圧症(IPAH)・慢性血栓塞栓性肺高血圧症(CTEPH)・先天性心疾患の4つに分けます。そしてその後の治療方針を選択していくという流れです。
下記のグラフは当院での2002年からの年次肺高血圧症登録症例数です。今回の研究に登録されたのが、2011年以後の105例となります。
この研究の開始後、肺高血圧症として登録されている患者さんが年々増加傾向にあることが分かります。
急性肺塞栓症以外の肺高血圧症82例において、血栓内膜摘除術(PEA)やバルーン肺動脈拡張術(BPA)をはじめ、エポプロステノールのためのカテーテル挿入なども含め、患者さんの体に負担のかかる侵襲的な治療を選択した症例の内訳を以下に示します。
私たちのデータは三浦半島地区に限定されているため、症例数はそれほど多いわけではありません。BPAの施行例も、病変数としては14病変です。しかし、今回の活動を通じて肺動脈性肺高血圧症がみつかってきたり、あるいはCTEPHの患者さんでBPAが必要な患者さんが出てきたり、中には生体肝移植を予定しているようなびまん性肝内シャントという症例が肺高血圧症をもとに見つかったりしています。
横須賀市内科医会における地域医療連携の取り組み「肺高血圧症への挑戦」の成果としては、新たな肺高血圧症の患者さんがスクリーニングされ、積極的な肺動脈圧正常化を目標とした治療が導入されるようになってきたことが挙げられます。今後もこの活動によって、三浦半島地区における肺高血圧症患者さんの予後を改善していくことが求められると考えています。
横須賀市立うわまち病院 副病院長・循環器内科 部長
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