インタビュー

転移性脳腫瘍の特徴と治療の選択肢

転移性脳腫瘍の特徴と治療の選択肢
野本 由人 先生

三重大学大学院医学系研究科 先進がん治療学講座 教授

野本 由人 先生

鈴木 秀謙 先生

三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座 脳神経外科学 教授

鈴木 秀謙 先生

田中 寛 先生

塩川病院 ガンマナイフセンター 放射線科

田中 寛 先生

目次
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肺がんや乳がんなど身体(からだ)に発生したがん細胞の一部は、ほかの臓器に転移することがあります。このうち、がん細胞が脳へ転移したものを転移性脳腫瘍(てんいせいのうしゅよう)といいます。

以前は有効な治療手段が限られていた転移性脳腫瘍ですが、近年では、効果的な治療法が開発されたことで患者さんの生活の質(QOL)を保ちながら治療を続けることが可能になってきました。治療の選択肢には、どのようなものがあるのでしょうか。

今回は、三重大学大学院医学系研究科 先進がん治療学講座 教授の野本 由人(のもと よしひと)先生、三重大学大学院医学系研究科 臨床医学系講座 脳神経外科学 教授の鈴木 秀謙(すずき ひでのり)先生、塩川病院 放射線科の田中 寛(たなか ひろし)先生に、転移性脳腫瘍の特徴と治療選択肢についてお話を伺いました。

鈴木先生:臓器などに発生したがんは、進行して大きくなってくると一部のがん細胞が血液中に漏れ出し、血液の流れに乗ってほかの臓器や器官へと転移することがあります。これを血行性転移といい、なかでもがん細胞が脳へと移動し、そこで増殖したものを転移性脳腫瘍と呼びます。脳への転移のしやすさはがんの種類によって異なり、転移性脳腫瘍は特に肺がんの患者さんに多く認められます。

MN
転移性脳腫瘍の成り立ち

野本先生:がん研究の進歩や、新たな診断・治療法が普及したことに伴い、近年はがん患者さんであっても長生きできるようになってきました。たとえば、1993~1996年にがんと診断された男性患者さんの場合、5年生存率(診断から5年以上生きることができた人の割合)は約49%でしたが、2009~2011年に診断された患者さんでは約62%と増加しています。

したがって最近は、患者さんががんと共存しながら過ごす期間が長くなりつつあり、その経過のなかで転移性脳腫瘍などの“がんの転移”を経験する方が増えているのです。

野本先生

野本先生:転移性脳腫瘍が起こると生存期間が短くなってしまうだけでなく、多彩な症状が現れるようになります。

田中先生:転移性脳腫瘍による症状は、大きく“局所症状”と“頭蓋内圧亢進症状”に分けられます。局所症状は、転移性脳腫瘍ができた脳の部位の機能が障害されて生じるものです。たとえば、1人で歩くことができない、うまく話せなくなるといった症状が起こることがあります。

一方、頭蓋内圧亢進症状は、転移性脳腫瘍が大きくなり、その周辺の組織がむくむことで頭蓋骨内(ずがいこつない)の圧力が高まり脳に負担がかかることによって起こります。代表的な症状は頭痛や吐き気などです。

これらの症状は患者さんの日常生活に大きな影響を及ぼすため、転移性脳腫瘍に対する治療は生存期間を延ばすことだけでなく、症状の改善のためにも重要な役割を担っています。

田中先生

鈴木先生:転移性脳腫瘍に対する治療法には、主に外科手術・放射線治療・薬物治療があります。治療法は、腫瘍の大きさや部位、原発巣(最初に発生した腫瘍のこと)のがんの状態、患者さんの全身状態などを総合的に考慮して選択されます。

これまで転移性脳腫瘍に効果を示す治療薬がほとんど存在しなかったため、従来の転移性脳腫瘍の治療には、主に外科手術と放射線治療が用いられてきました。

脳神経外科医の立場からお話しすると、外科手術は開頭して転移性脳腫瘍を取り除く方法で、特に腫瘍が大きい場合などに選択されます。ただし、腫瘍が視神経など重要な神経のそばにある場合や、脳の深いところにある場合には適応が難しいこともあります。

野本先生:放射線治療は、脳全体もしくは腫瘍に向けて放射線を照射する方法です。外科手術に比べると、比較的小さな腫瘍に対して用いられることが多いでしょう。体にメスを入れる必要がないため入院期間も短く、患者さんへの負担が比較的少ない治療法といえます。

田中先生:患者さんによっては、お話しいただいた方法を組み合わせて治療することもあります。たとえば、転移性脳腫瘍が原因で発作症状が起こっている患者さんの場合には、発作によって意思に関係なく体が動いてしまうため放射線を正確に照射することができません。このような場合は、外科手術で発作の原因となっている大きな腫瘍を取り除いた後に、それ以外の腫瘍に対して術後に放射線治療を行うことがあります。

鈴木先生:さらに最近は、がんの遺伝子解析の結果に基づいて選択する分子標的治療薬(がん細胞の目印となる物質を標的として、がん細胞を攻撃する治療薬)や免疫チェックポイント阻害薬(免疫ががん細胞を攻撃する力を保つ治療薬)などが、転移性脳腫瘍に対しても有効であることが分かってきました。こうした薬を用いた治療をほかの治療と組み合わせることで、長期にわたり転移性脳腫瘍をコントロールできるようになりつつあります。

鈴木先生

鈴木先生:そうしたなかで、がん患者さんの生活の質(QOL)を保ちながらより長い生存期間を目指すには、転移性脳腫瘍のみならず原因となった原発巣のがんと合わせた“全身的ながん治療”を考えていく必要があります。

肺がんに対する薬物治療中に転移性脳腫瘍が見つかった患者さんを例に挙げると、転移性脳腫瘍に対する治療だけを考えれば、外科手術で腫瘍を取り除くことも選択肢の1つになるでしょう。しかしながら、手術を行う場合には肺がんに対する薬物治療を一定期間中止しなければならず、その間に肺に発生したがんが大きくなってしまうことも考えられます。このため最近は、肺がんに対する薬物治療を継続しながら、転移性脳腫瘍が大きくなる前に放射線治療を実施するというように、全身の状況を踏まえたがん治療が行われるようになりつつあります。

鈴木先生:転移性脳腫瘍に対する治療の中でも、身体への負担が比較的少なくほかの治療とも組み合わせやすい放射線治療は、これまで多くの患者さんに対して行われてきました。私たち脳神経外科医も、腫瘍の大きさや数、部位などから判断して外科手術を避けられる患者さんに対しては、積極的に放射線治療と薬物治療の併用を検討するようになっています。

野本先生:転移性脳腫瘍に用いられる放射線治療には、“全脳照射”と“定位放射線照射”があります。

MN

全脳照射は脳全体に放射線を照射する方法です。腫瘍の数が多い場合などに用いられることが多く、転移性脳腫瘍をきたしやすい小細胞肺がんでは、予防的に全脳照射を行うこともあります。ただし、全脳照射は脳や頭部の正常な組織にも放射線が当たるため、高次脳機能障害(知覚、注意、言語、判断などの障害を指し、物忘れなどを生じる)などの副作用を引き起こしてしまうことがありました。

一方、腫瘍だけに焦点を絞って放射線を照射する方法が定位放射線照射です。近年はガンマナイフなどの高精度な治療装置も登場し、より幅広い患者さんに副作用のリスクを抑えながら正確な治療を目指すことができるようになりました。以前であれば、全脳照射が行われていた患者さんであっても、定位放射線照射を使いながらより安全な治療が期待できるようになりつつあります。

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