現在多くの児童精神科は予約制をとっており、すぐにでも相談したい悩みを抱えつつも予約がとれない状況に悩まれている患者さんは少なくはありません。また、児童精神科での診察や治療は一般人である私たちには想像しにくいことから、迷い戸惑いながら受診される子どもや保護者も多々見受けられます。この記事では、元横浜市立大学附属病院児童精神科診療部長の竹内直樹先生に外来受診における、医療サイドの工夫をお話いただきました。
独立した児童精神科診療の標榜は少なく、現在全国的に「予約待ち」を抱える児童精神科が増えています。これは、「発達障害」などがメディアでも度々取り上げられることから、児童精神科受診への抵抗感が減ったことも一因となっています。
一般の人にとって、児童精神科での診療はイメージしづらく、多くの親子は不安を抱えながら来院されます。しかしながら、上述のように予約待ちが増加したことにより、初診を待たされることが多く、不満を抱える方も多いという現状があります。
このほか、受診について両親間で齟齬が生じたり、ときには学校から強引に勧められ、親子が納得しないまま受診に至るケースもあります。
児童精神科医療が普及している地域では、幼児期などの早期介入・早期支援が整備されていますが、「病名」だけが流布され、その後の学校教育などで不安や混乱が生じることもあります。
また、初診で子どもの発達障害や心的外傷性障害の診断を迫る親もいます。PTSD(心的外傷後ストレス障害)か、ASD(急性ストレス障害)かの診断分類よりも、子どもだけでなく、親の精神的な疲弊や混乱を精神医学的に診断して、医療的支援を具体的に明示していく必要があります。このような問題を解消するために、医療へのアクセスの工夫が地域には求められます。
児童精神科は標榜科が少ないため予約待機数が多く、他の支援の教育相談や進路相談などにおいても、予約待ちに関する不満の声をよく耳にします。
身体救急とは異なるために予約待ちが「普通のこと」になりつつありますが、私はこのような現状が常態化することを危惧しています。これは医療としては「非常識」です。私が関わる電話医療相談ボランティアでは、相互の匿名制、24時間相談対応、予約なしの対応、相談の経済的負担の無料、これらをアクセスの原則としています。
例えばASDの場合、最初の1週間がきわめて大切で、この時期の関わりにより精神障害の抑止、ある意味では「未病」に留めるためにも、早期の相談や診療が望まれます。
専門家を受診して安堵する経験がメンタルヘルスの第一歩です。第三者に相談する過程において孤立感が軽減し、言葉によって不安が客観視されます。また、無理のない流れで葛藤を開示していくことは、診断や治療にも有用です。
ひきこもり、家庭内暴力、非行、摂食障害などのケースにおいては、子ども自身が児童精神科の受診を希望することは稀で、多くは拒否します。しかし、子どもを強制的に受診させることは避けたいものですし、医療モデルには性急に誘わない見識が必要です。
受診を躊躇する背景を考えることで、ストレスコーピングや両価性などがわかり、個々の精神病理が顕在化されることもあります。
以前は、子ども自身が受診しない限り診療は成立しなかったのですが、現在は親だけの子どもに関する「医療相談」だけでも子どもが回復することがあります。親子ともに孤独感や疎外感に苦しみ、自分を責め、生い立ちや過去の不遇さに拘泥している悪循環に陥っているときには、この親だけの医療相談に伴走することは重要です。身近な親の不安を支えることで、子どもの日常の歪みが修正され、軽減していきます。
初診の際、親の心中には藁をもすがりたいという思いと、病気と診断されたくない気持ちが混在しており、不安を抱えて受診することが多いものです。
加えて、子どもにとって児童精神科医とはなじみのない未知のものです。偏見も多いことから、「俺はおかしくない」と受診拒否することもあります。先に述べたように、子ども自身が積極的に受診してくることは稀なことですから、受診を拒む子どもを病識がないと即断してはいけません。
「初診」は、児童精神科においてはとくに重要です。初診は、複数の高度な医療検査と同じような価値を含んでおり、「百聞は一見にしかず」といえる精神現症の診察は非常に重要です。
深刻な状況下では精神病理は露わになりやすく、平凡な初診であってさえも、つらいときにこそ心に沁みいることがあり、劇的に落ち着きを取り戻すことがあります。
そのためにも児童精神科医は丁寧な初診、そして一期一会の精神を持つことを心がけたいものです。
特に子どものいじめ、被虐待、犯罪被害などでは、医療へのアクセスの問題は極めて重要です。事故や被害に遭った直後、親子にとっては最も辛い数日が続きます。被害者の子どもは、長い歳月をかけないとカミングアウトできないということもあります。家族を含めた子どもを守るための社会資源に相談しやすくなるよう、アクセスに関する工夫が必要です。
事件直後の1週間に、子どもが睡眠、食事(三食)の生活リズムを取り戻すことができれば、心も落ち着きを取り戻すことが多いものです。
脆弱性(ヴァルナビリティ)だけではなく、回復力(レジリエンンス)を評価することも重要です。
未曽有の犯罪被害経験の後、心が動揺しているときには些細なことや情報により、親子の心身は揺れます。また、事件に伴う動揺や事件聴取などの疲弊だけではなく、ネット検索や関連する書籍などにより、さらなる情報被害で苦悩を深める親子もいます。不幸な情報ばかりがニュースに取り上げられる報道の偏りも影響しています。子どもが将来PTSDになるかもしれないという、予期不安に悩んで親子が受診をしてくる例もあります。
私が勤めていた児童精神科では、予約外の初診や再診を受け入れてきました。ただし、地域資源、人材、各病院の位置づけなどで診療は制約されますので、私のやり方が正しいとは主張しません。制度論議にすりかえるのではなく、どのような地域・施設の医師であっても、臨床の問題意識を持ち、「開かれた」診療に心をくだいていただきたいものです。このような姿勢が子どものメンタルヘルスを支え、その地域にあったアウトリーチや予防にもつながるのです。私はこれらのことを電話相談のボランティアの経験を通して学びました。立場や視点を変えて、地域から病院や医療をみることを大切にしたいと感じています。
前項までに、医師ができるだけ早く、子どもの相談に応じるべき問題について述べました。しかし、乳幼児期や小学生年齢の不適応行動に対しては、発達障害の診断名や疑い、あるいは「特性」が洪水状態のように用いられている現状があります。安直な診断や医療概念が流行することにより、以下のような過剰診断の「副反応」ともいえる事態にも繋がります。
授業妨害や喧嘩などの不適応に、教育対応ではなく、児童精神科医療を紹介され、薬物治療を条件に通学が再開された小学生がいました。また、校内暴力行為を行った中学生が、ADHD(多動性障害)と診断されたものの怠薬傾向のために親のコンプライアンスを責められた例でも、その後の養護施設の暮らしでは薬がなくても容易に落ち着いた実例もあります。ですから、私は「衝動行為、不注意、学習障害、愛着障害、コミュニケーション障害、社会性の問題」などと、短絡的に医療の症状や病名が頻用される現状に危惧の念を抱いています。周囲の人間が疾患名にばかりとらわれてしまい、目の前の子どもへ関心を注ぐことを止めて、思考停止状態になることは危険です。本来子どもを理解するために存在する病名が、学校教育における社会防衛のために利用されてしまうような危機感を覚えるのです。これは、病名がひとり歩きし始めているような事態であり、インクルージョンを逆行させる結果になる危険性もあります。
療育機関や特別支援学級が増えたことで、病名により生活の場がわけられる時代になってきました。多様な教育ニーズの受け皿として「通級制度」、「適応指導学級」など、教育環境の選択幅が増えるのはよいことですが、ときには診断名によって普通教育からの排除の意味合いを感じさせる実状もあります。しばしば、「発達障害や特性」の視点による早期介入・早期支援が子どもにとって本当に支援になるのかと疑問を抱くこともあります。もちろん子どもを最大限に伸ばす環境を整えることも大切ですが、さまざまな子どもと過ごすことは、子どもの権利であり、多様性の中で共に生きるという経験ができます。
不登校の場合には学籍があっても周囲から忘れられてしまうことがあります。「ふつう」とされる子ども達の無関心や知らないことが、将来の障害への蔑視や偏見の芽を作ってしまうことを怖れます。小学校では特別支援級や通常級との交流もありますが、中学校では、それほど交流が活発とはいえません。就学時期は、生活圏の変化や心身の成長により可塑性に富む成長の時期です。特別支援教育制度を問題視しているのではなく、実際の運用時に教育的かどうかを総括して考えるべきです。医者は医療ニーズの目的や背景、また限界を常に配慮して臨床を続けることが必要です。
家庭や学校が外に開かれ、医療を利用することは一概に悪いことではありません。しかし社会の余裕のなさや分業化により、子どものありがちな問題行動や軋みに際してすぐに医療に頼り、安直に薬物治療が施されて悪循環に陥った症例をみることもあります。本来障害をもつ子どもを守るための診断名などが、子どもの排除や交流を断つ方向へ使われることを懸念します。
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