視神経脊髄炎(NMO)は、主に視神経と脊髄が障害される疾患です。はっきりとした原因は不明ですが、発病すると視力障害、運動障害、感覚障害などの重篤な症状が引き起こされ、再発を繰り返すことが特徴です。近年では、症状が類似した多発性硬化症(MS)との新しい鑑別方法が示されるなど研究が進み、再発後の見通しに希望が持てるようになりました。
今回は、視神経脊髄炎(NMO)の症状や鑑別方法について、国立研究開発法人 国立精神・神経医療研究センター病院 医長の岡本智子先生に伺いました。
視神経脊髄炎(neuromyelitis optica:NMO)は、自己免疫疾患の1つで、主に視神経と脊髄に障害を起こす炎症性の疾患です。自己抗体によって攻撃された領域に炎症が引き起こされることが特徴で、視神経や脊髄など障害が起こる場所によって異なる症状が現れます。
※自己免疫疾患とは
私たちの体には本来、体外のものを異物と認識する役割を持つ免疫系が存在します。免疫系が何らかの理由で正常に働かなくなると、自分の体内にある物質を異物と誤認することがあります。その際、産生された細胞や抗体(自己抗体)が、自分の体を攻撃してしまう反応のことを、自己免疫疾患といいます。
※視神経・脊髄とは
視神経とは、眼球で集められた外界からの情報を脳に伝える神経線維の集まりです。視神経炎が起こると視力低下や眼球の痛み(眼痛)などの症状が現れます。
脊髄とは、脊柱管のなかを通る中枢神経です。脊髄炎が起こるとしびれや脱力などの症状が現れます。
2012年のデータでは視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)をあわせた患者数は約17,000人とされていました。[注1]患者数は増加傾向にあり、2017年現在では約20,000人と推測されています。
注1:難病情報センター 多発性硬化症/視神経脊髄炎(指定難病13)
※多発性硬化症(MS)とは
多発性硬化症(multiple sclerosis:MS)は、視神経脊髄炎(NMO)と症状の類似した疾患です。この2つの疾患の違いについては、後述の「視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)の違い」をご参照ください。
視神経脊髄炎(NMO)は、圧倒的に女性の患者さんが多いことが特徴です。多発性硬化症(MS)も女性の罹患率が高い疾患です。
視神経脊髄炎(NMO)が発病する平均年齢は、30代半ばから30代後半です。ただし年齢層は幅広く、50代や60代でも発病する可能性があります。小児や、80代で発病された方もいます。
一方、多発性硬化症(MS)の平均年齢は20代後半くらいで、小児にも多くみられます。
自己免疫性疾患の多くはまだ、原因がよくわかっていません。なぜ抗体がつくられるのか、どうして自分の細胞を障害(攻撃)するのかということもよくわかっていない疾患が多く、あるとき突然発症したというケースもあります。
また、視神経脊髄炎(NMO)は地域や人種で発症率の異なる可能性が示唆されていますが、確立はしていません。多発性硬化症(MS)では緯度、人種、日照時間が関連しているという疫学報告があります。
視神経脊髄炎(NMO)が発症する誘因については研究が進められており、2017年現在では下記のようなことが推測されています。
原因が確定しているわけではありませんが、発病率は緯度によって変わるという報告があります。視神経脊髄炎(NMO)の患者は欧米に比べて日本に多く、国内でもどちらかというと九州など南の方で多くみられることから、緯度が関係するのではないかという説があり研究が進められています。一方、欧米は多発性硬化症(MS)の割合が高く、北の方で多くみられます。
地域によって異なる理由としては、元々の遺伝的な素因、食生活や腸内細菌のバランスなどが関係しているのではないかといわれています。
視神経脊髄炎(NMO)や多発性硬化症(MS)が遺伝するのかどうかについて、はっきりしたことはわかっていませんが、家族内に患者が複数人いる例があり、遺伝的要素があることは推測されています。特に多発性硬化症(MS)の患者さんの場合には、家族に膠原病(こうげんびょう)やアレルギー疾患の方がいるというケースが多くみられます。しかし、遺伝に関する大規模の研究が実施できていないこともあり、視神経脊髄炎(NMO)は症例数が少ないことからも、原因を確定することはできていません。
ストレスが発病の原因になることがあります。必ずしもすべての方に当てはまるわけではありませんが、患者さんのなかには、試験を受けるなど非常にストレスが高い状況下で発病したという方がいます。風邪や出産後などで免疫やホルモンのバランスが崩れているときも、抵抗力が弱まって罹患しやすくなるといえます。
視神経脊髄炎(NMO)の原因になり得る要素としては、自己免疫疾患を引き起こすような感染症や、感染を予防するワクチン接種があります*。
*新型コロナウイルスワクチンについては、日本神経学会が視神経脊髄炎や多発性硬化症などの患者さんに対し接種を推奨しております※。新型コロナウイルスワクチン接種は、患者さんの病状や治療薬との兼ね合いもあり、主治医と相談して実施してください。
※COVID-19 ワクチンに関する日本神経学会の見解 第 3 版(2021 年 6 月 24 日)
視神経脊髄炎(NMO)は、炎症の生じる場所によって症状が異なります。脊髄で障害が起こった時に多くみられるのは、主に感覚障害*と筋力低下です。
脊髄のなかでもたとえば、首の骨の部分に存在する頸髄(けいずい)で障害が起こると、手の感覚障害やしびれが起こります。頸髄の下にある胸髄(きょうずい)、さらに下の腰髄(ようずい)で障害が起こると下肢のしびれが起こります。場所によっては帯状のしびれや痛みが起こることもあります。
また、感覚障害が非常に強く現れる方がいます。大きな脊髄炎、たとえば胸椎の、3椎体(連続した3個の骨)にわたる脊髄炎が急に生じたとき、下肢の完全対麻痺などの重篤な症状が現れ、いきなり車椅子を使用するようになる方もいます。
感覚障害…手足がしびれたり、皮膚に触れる感覚が鈍くなったりする障害。
視神経が障害されると、視力障害が現れます。初期の症状で多いのは眼痛や視野欠損です。片目がいきなり光覚弁*になったり失明したりという重篤な症状が出ることもあります。
光覚弁…光の点滅など明暗のみが区別できる状態のこと。
視神経脊髄炎(NMO)は、視神経と脊髄以外に大脳にも障害が起こることがあります。特徴的なのは脳幹部*の障害です。しゃべりにくい、ものが二重に見える(複視)などの症状がみられます。大脳に大きな障害が起きて意識障害が生じることもあります。初発症状(初めて現れる症状)がしゃっくりという患者さんもいます。
脳幹部…生体が生存するための基本的な働きを司る脳の器官。
視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)の違いは下記の通りです。
視神経脊髄炎(NMO)は多発性硬化症(MS)に比べて、より重篤な障害をきたすことがある疾患です。たとえば視神経脊髄炎(NMO)で視神経炎が生じると、片目が急に失明したり、両目に同時に障害が起こったりすることがあります。
多発性硬化症(MS)は、患者さんにもよりますが、視神経炎に関しては少し視野が欠ける程度です。また、視神経脊髄炎(NMO)に比べて急性期*治療の反応性が良い場合が多くみられます。
急性期…病気が始まり、病状が不安定かつ緊急性を要する期間。
視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)では画像所見が異なります。
多発性硬化症(MS)の脳MRIの特徴として、視神経脊髄炎(NMO)では一般的にはみられないOvoid lesion(オボイドリージョン)という、大脳に現れる特徴的な病変(病気による変化が起きている箇所)があります。これを確認することは両者を区別する1つの要素となります。
視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)では治療方法が異なります。どちらも第一選択としてステロイドパルス療法を行いますが、その後は再発予防のために、主に視神経脊髄炎(NMO)では経口ステロイドを内服し、多発性硬化症(MS)では経口カプセルや注射薬を使用します。詳しくは記事2『視神経脊髄炎(NMO)の治療方法』で紹介します。
視神経脊髄炎(NMO)はかつて、症状が似た多発性硬化症(MS)のなかに分類されており、鑑別することの難しい疾患でした。しかし、2004年にLennonらが抗NMO-IgG抗体の存在を発表したことをきっかけに、異なる疾患であることが明らかになりました。この抗体は、抗アクアポリン4抗体と呼ばれており、視神経脊髄炎(NMO)の患者の血清中にみられます。
2015年に診断基準が改訂されてから、視神経脊髄炎(NMO)は診断がつきやすくなりました。現在、診断基準は米国医学雑誌「Neurology」に、日本語訳版は「多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017」に記載されています。[注2][注3]
注2:「Wingerchuk et al. Neurology.2015;85(2)」 P177-89
注3:「多発性硬化症・視神経脊髄炎診療ガイドライン2017」P318資料6
視神経脊髄炎(NMO)の検査方法は下記の通りです。
<視神経脊髄炎(NMO)の検査方法>
視神経脊髄炎(NMO)は血液検査によって鑑別することができます。血液検査では、主に抗アクアポリン4抗体*(以下、抗AQP4抗体)の有無を検査します。
抗AQP4抗体は、視神経脊髄炎(NMO)の患者の血清中だけにみられる自己抗体です。抗AQP4抗体が陽性であれば多発性硬化症(MS)と区別する証明となります。
ただし、抗AQP4抗体が陽性である割合は、視神経脊髄炎(NMO)の患者全体の70~80%といわれています。陰性の場合には、多発性硬化症(MS)との鑑別が非常に難しくなります。
抗AQP4抗体……アクアポリンは、細胞膜に13種類存在するタンパク質の一種で、細胞に水だけを通す役割を持っている。抗AQP4抗体とは、体内のアクアポリン4を攻撃する自己抗体のこと。
血液検査では、抗AQP4だけに限らず、免疫関連の抗体の有無を検査します。
視神経脊髄炎(NMO)は、シェーグレン症候群*などの自己免疫疾患が合併する可能性のある疾患です。合併症についても血液検査で調べることができます。
また、血液検査で検査が可能な抗MOG抗体(髄鞘(ずいしょう)*を構成する成分MOG(モグ)を攻撃する自己抗体)は、近年研究が進められている抗体の1つです。抗AQP4抗体が陰性の場合でも、抗MOG抗体が陽性になる視神経脊髄炎(NMO)があります。抗MOG抗体の検査については標準化が期待されています。
髄鞘…神経細胞がもつ突起を取り巻く細胞膜。
シェーグレン症候群…主に目や口などに乾燥症状が現れる疾患。
髄液検査は腰の部分に針を刺して採取した髄液を調べます。脳や脊髄の炎症の程度や破壊された髄鞘の成分がみられる場合もあります。
自覚症状がない場合でも、視力の低下や、視神経炎がみられる場合には、視神経脊髄炎(NMO)を疑います。特に若い女性で視神経炎を繰り返す場合は、眼科で検査することをお勧めします。
MRIでは画像的に異常を調べます。脊椎の3椎体以上にわたって脊髄の異常がみられることは、視神経脊髄炎(NMO)を疑う重要な特徴です。頸椎7椎体、胸椎12椎体、腰椎5椎体あるうち、3椎体に連続した脊髄炎が確認できるかどうか、詳細な検査が必要とされます。
誘発電位検査は、頭部に電極をあてて神経に刺激を与えて行う、電気生理的な手法です。障害の重さがどの程度かということを調べることができます。視神経脊髄炎(NMO)については、視神経を調べるVEP、脊髄を調べるSEPを実施します。
視神経脊髄炎(NMO)と多発性硬化症(MS)との区別が難しいケースでは、症状の現れ方でも鑑別することができます。
国立精神・神経医療研究センター病院 脳神経内科 副部長
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