HIV感染症とは、HIV(ヒト免疫不全ウイルス)に感染することにより免疫機能が徐々に低下していく病気です。近年、HIV感染症の治療は進歩し、治療をしっかりと続けていれば病気をコントロールできるようになりました。また、患者さんの状態やライフスタイルに合わせて、複数の治療薬の中から適切なものを選べるようになっています。
横浜市立市民病院 感染症内科 科長の吉村 幸浩先生は「HIV感染症の患者さんには、納得して治療を続けていただくことが大切」とおっしゃいます。先生に、HIV感染症の治療の特徴や治療中に心がけてほしいこと、医師としてのモットーなどについてお話を伺いました。
HIV感染症についてまず強調したいのは、“短命で亡くなってしまうような病気ではない”ということです。かつてメディアで大きく報道されたイメージがいまだに強く残っており「HIVに感染したら、非常に重篤になり短命で亡くなってしまう」と思っている方もいるかもしれません。しかし現在は効果が期待できる薬が開発されており、薬を飲み続けていれば病気をコントロールすることが可能です(2024年6月時点)。 HIVは体の中に入ると増殖していきますが、適切な治療を続けていればウイルスの増殖を抑制することができ、寿命も一般の方と変わらないといわれています。
HIV感染症の治療が進歩するにつれ、性交渉による感染についても“U=U”というメッセージが提唱されるようになりました。これは“血液中のHIVの量が検出感度未満(Undetectable)に抑えられている期間が半年以上続けば、性行為によって他者に感染することはない(Untransmittable)”という科学的根拠に基づいたメッセージです。
HIV感染症を治療する目的は、体内のウイルスを限りなく少なくすることです。治療の基本は飲み薬であり、病気をコントロールするために服用を継続する必要があります。飲み薬の種類は複数あり、食後でないと吸収できないものや、食事の有無を気にせずに服用できるものなどさまざまです。基本的に複数の種類の薬を飲む必要がありますが、近年は1日1回1錠だけ飲めばよい薬も登場しています。
最近ではより副作用の少ない薬も開発されてきていますが、長期間にわたって服用することにより、これまでに実施された臨床試験では分からなかった副作用が出る可能性もあると考えられます。現状では、一部の薬で体重増加の副作用の可能性があるといわれています。効果を確認するだけでなく、このような副作用を見逃さないためにも、患者さんは定期的な受診が大切です。当院では、状態が安定している患者さんには3〜4か月に1回の頻度で受診していただいています。
また飲み薬以外の治療法では、注射薬という選択肢もあります。現時点では、飲み薬による治療によってウイルスの量が適切に抑えられているなど一定の条件で、注射薬に切り替えることが可能です。
HIV感染症の治療中は定期的な受診が大切です。しかし中には、自身の判断で受診をやめてしまう患者さんもいらっしゃいます。HIV感染症は短命で亡くなるような病気ではなくなったと冒頭で述べましたが、適切な治療をしなければ命に関わることに変わりはありません。
HIV感染症になり治療をしないとウイルスが増え、免疫が極度に落ちてしまいAIDS(エイズ:後天性免疫不全症候群)の発症につながります。逆に言えば、薬をしっかりと飲んでいればAIDS の発症を抑えることができますので、可能な限り早期にHIV感染症の治療を始め、継続することが大切です。
HIV感染症の治療は現状では一生涯続ける必要があります。そのため、途中で「薬を飲むこと自体に疲れてしまった」とおっしゃる方も少なくありません。真面目な方ほど「毎日同じ時間に薬を飲まないと」とプレッシャーを感じてしまうようですが、一番大切なことは治療をやめないことです。もし飲み忘れてしまっても思い出した時点で飲むといった対処法があるので、あまり自分にプレッシャーをかけ過ぎないようにとお話ししています。また、将来的により患者さんに合った新たな治療法が登場するかもしれません。その際に最大限の効果を発揮するためにも、今の治療をしっかりと続けウイルスの増殖を抑えておくことが大切だと私は考えています。
近年は、新型コロナウイルス感染症の流行をきっかけに、病院から足が遠のいてしまった方もいると思います。一度通院をやめてしまうと、また病院に通うことにハードルの高さを感じる方もいるかもしれません。ご自身の生活や心の状態が落ち着いたタイミングで構いませんので、一度足が遠のいた方もまた受診するようにしてください。
治療を行っていてもHIV感染症の患者さんの免疫は、HIV感染前と比べて低下している状態です。そのため、HIV感染症そのものの治療だけでなく、ほかの感染症を予防するための各種ワクチン接種も推奨されています。
ワクチンは、HIV感染症の治療を始める前よりも、治療開始後にウイルスが減ってからのほうが効果が出やすい傾向にあります。そのため当院では、できるだけ治療初期の段階でワクチン接種についてご案内し、ウイルスが減ってきたら速やかに接種してもらうようにしています。
HIV感染症では、患者さんご自身が病気のことを十分に理解し、納得して治療を続けていただくことが大切だと考えています。治療薬を選択する際は、まずは患者さんの状態に合わせて効果と安全性が期待できるものを候補に挙げます。そのうえで、一人ひとりのライフスタイルなども考慮して、毎日飲み続けることができそうなものを選択していただいています。
治療薬は日々進歩していて、薬が開発されたばかりの頃は1日に複数回、何錠も飲む必要がありましたが、今では1日1回1錠飲むだけでよいものも発売されました。このような薬の登場によって、服用を続けやすくなったのではないかと思います。たとえば、飲み込む力が低下している高齢の方は、嚥下(飲み込むこと)しやすい錠剤または注射薬を選ぶといった工夫が可能になりました。実際に、若い頃から治療を受けてきた患者さんが高齢になられて飲み込む力が弱くなった場合は、錠剤が小さい薬や1日1回1錠の服用で済む薬もあるとご紹介することがあります。また、高齢の患者さんでは、ほかの持病のお薬を服用しているケースも少なくありません。中には1日に10錠以上飲まなくてはいけないような方もいらっしゃいますので、1日1回1錠の服用でよい薬は飲み忘れの防止や、服用に伴う負担の軽減につながると考えています。
薬の包装も、以前はボトルタイプだけでしたが、現在はPTP包装(薄い金属とプラスチックで1錠ずつ包装されたもの)というシートタイプも登場しています。ボトルタイプは「持ち歩くのにかさばる」という声が患者さんから上がっていたので、1シート7錠の包装になっているシートタイプは喜んでくださる患者さんが多いようです。たとえば1週間以内の短期の出張であれば1シートというように、持ち運ぶ量を調整できるメリットは大きいでしょう。また1週間単位で管理することができるので、飲み忘れを防ぐことができ毎日の服用の手助けになると思っています。
もしも「新しい薬に変えてみたいけれど副作用が不安で迷っている」ということがあれば気軽に相談してほしいと思います。また、治療の見直しを行ったときや、新しい薬の服用を始めた際には、これまでになかった症状が現れることもあります。わずかな症状であっても、重篤な状態につながる場合もありますので遠慮なく伝えてください。
なお、前述したように飲み薬以外の治療法として注射薬も登場しています。注射薬による治療は、毎日薬を飲むのが難しい方や、高齢で飲み込む力が弱くなっている方、錠剤を見るだけで鬱々としてしまう方などに役立つのではないかと考えています。
私がHIV感染症の診療に携わるようになったのは、大学4年生のときにウイルスに関する研究室で学んだことがきっかけでした。その研究室の教授がケニアにあるHIVの研究所と共同研究を行っていたため、2〜3週間ケニアに行って勉強できる期間があったのです。
私がこの研究室に入ることを希望したのは、単純に“ケニアに行ってみたい”という動機からだったのですが、今となってはHIV感染症の分野に携わる貴重な経験だったと思っています。ほとんど無知の状態からHIV感染症を知り、“治療が難しい病気である”と初めて実感したときのことを今でも覚えています。
私が診察で関わる患者さんには、多様な年代、人種、職種、考えの方がいらっしゃいます。HIV感染症の治療だけでなく、一人ひとりの生活がよりよくなるよう、禁煙や体重の管理など患者さんの健康のためにプラスになることを考えるのが私の役目です。医師として、病気で困っている患者さんを助けることで、患者さんが元気に長生きできるようになると、うれしく思います。
さまざまな方の治療を担当してきましたが、中でも印象に残っているのは70歳近い元ホテルマンの患者さんです。私が当院で初めて担当したHIV感染症の患者さんで、すでにAIDSを発症した状態で入院されてきました。その方は、服装や言葉遣いなどマナーに関することをたくさん教えてくださいました。当時の私は医師になって4年目で、人間としても未熟な部分が多かったと思います。ホテルマンとしての経験を長年積んだ患者さんから、いろいろなことを学ばせていただきました。
その方の病状は重く、退院したときにはお話ができないような状態でした。1人の人間としてどうあるべきか大切なことを教えてくださった方が、最終的に寝たきりになってしまったのを見たとき、重篤な状態にならないよう早期発見・早期治療をしてもっと多くの患者さんを救いたいと強く感じたことを覚えています。
今もHIV感染症の診察を行うときは、この患者さんとのエピソードを思い出しながら“どうすればその人にとって適切な選択ができるのか”と考えるようにしています。
HIV感染症の診療では、患者さんが薬をきちんと飲めているかを確認するようにしています。検査結果などから患者さんが薬を継続的に飲めていない状況が分かれば、どうしたら飲めるようになるかを一緒に考えるようにしています。
ただし、HIV感染症の治療を進めていく際、医師の力だけでは限界があると考えていますので、看護師や薬剤師とも連携を取りながら治療を進めることを大切にしています。たとえば、患者さんに積極的に話しかけてくれる看護師や、血液検査の結果やアドヒアランス*を確認してくれる薬剤師がいたり、悩みを聞いてくれるカウンセラーがいたりすることで、さまざまな方向から患者さんを支えることができると考えています。
医師には話しにくいけれど、薬剤師になら薬について相談しやすいという患者さんについては、薬剤師に相談していただくのも1つの方法だと思っています。薬剤師経由で患者さんのご希望をお伺いできれば、次回の診療で薬についてあらためて一緒に検討することが可能です。当院でも、今までボトルで薬を処方していた患者さんに薬剤師がシートタイプのものを提案し、それがきっかけでシートタイプの薬に変更した事例があります。
*アドヒアランス:患者が積極的に治療を受けていく(内服など)姿勢を表す。
私は治療を通して、HIV感染症の患者さんが少しでもやりたかったことを諦めずに済むような環境を整えられればと思っています。充実した生活を送ったり、夢を追いかけたりすることができるようサポートしていきたいのです。HIV感染症の正しい理解につながるよう啓発活動にも力を入れています。
患者さんにとっては、治療は一生涯続くものなので大変なこともあるでしょう。できる限り元気に過ごせるよう、患者さんの生活全体をサポートしていきたいと考えていますので、どのようなことでも気軽に相談してください。
吉村 幸浩 先生の所属医療機関
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