インタビュー

変形性膝関節症に対する再生医療とは? 治療のあゆみと可能性について

変形性膝関節症に対する再生医療とは? 治療のあゆみと可能性について
佐藤 正人 先生

東海大学医学部外科学系整形外科学教授 、東海大学医学部付属病院整形外科診療科長 、東海大学大学...

佐藤 正人 先生

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変形性膝関節症(へんけいせいしつかんせつしょう)とは、加齢などが原因で膝関節の軟骨がすり減り、関節が変形して、歩くときに膝に痛みが生じる病気です。手術や保存療法で治療を行うことが一般的ですが、根本的な治療にはならないといわれています。そのようななか、軟骨の細胞を培養して移植する治療法が先進医療として承認されました。今回は変形性膝関節症に対する再生医療について、東海大学医学部外科学系整形外科学 教授 佐藤 正人(さとう まさと)先生にお話を伺いました。

変形性膝関節症とは、加齢などが原因で膝関節の軟骨がすり減り、関節が変形して、歩くときに膝に痛みが生じる病気です。進行すると日常生活にも支障をきたすようになります。

膝に痛みがある方は全国に約800万人いるといわれており、その原因の多くが変形性膝関節症だとされています。さらに、関節の変形があっても痛みがない方もいるため、潜在的な患者さんは推定で2,530万人いるというデータもあります。

変形性膝関節症の従来の治療法には、大きく分けて手術療法と保存療法(手術療法以外の治療)があります。しかし現在、患者さんが受けることのできる治療は選択肢が少ないうえに、いずれも根本的な治療方法ではないため、新しい治療方法の開発が期待されています。また年間の手術件数は、痛みがある患者さん約800万人のうちの10万件程度にとどまり、実際に行われている治療のほとんどが保存療法です。

手術がもっとも適していると判断された患者さんには手術がすすめられることが一般的ですが、実は手術を行ってもよいことばかりとは言い切れません。たとえば、膝関節の傷んだ部分を人工関節に置き換える“人工膝関節置換術”では、人工関節への細菌感染が起こるリスクや、将来的に人工関節の入れ替え手術(再置換術)が必要になる場合などがあります。また、手術が怖くて踏ん切りがつかないという方も多いのではないでしょうか。

一方、保存療法は外来診療で行うことができますが、痛み止めの処方や運動療法など、受けられる内容は限られます。

そこで新しい治療方法として期待されているのが“再生医療”です。再生医療とは、失われた体の組織や臓器が根本的に元どおりになるよう再生することを目指す医療技術を指します。

私は、手術療法と保存療法という2つの治療法の中間にこの再生医療が位置付けられないかと思い、研究に取り組んでいます。

変形性膝関節症に対する再生医療の1つにPRP療法という方法があります*。

PRP療法は、患者さんご自身の血液から多血小板血漿(血小板を多く含む部分)を抽出し、膝関節に注射することで軟骨の修復や痛みの軽減を目指す方法です。保険適用外の治療ですが、薬物療法などの既存の保存療法で効果がなかった方にも有効な場合があります。患者さんの年齢や体調により安定した効果が出にくい場合があることや、施術後数日間は治療部位に腫れ・痛み・熱感が出ることなど欠点もありますが、患者さん自身の血液を使用するため副作用のリスクは低いとされています。当大学では、再生医療等安全性確保法のもとで、厳密に管理されたセルプロセッシング室で無菌的にPRPを作製し、治療と研究・開発を実践している治療方法です。

*PRP療法は自由診療(保険外診療)であり、関節内投与1か所 1回あたり 330,000 円(税込)です。

当大学ではPRP療法のほか、私が実施責任医師を務める“自己細胞シートによる軟骨再生治療” (以下“自己細胞シート移植”)を行っています。

自己細胞シート移植は、患者さんご自身の細胞を培養して移植することで、軟骨の再生を促す治療方法です。2004年から研究を続けてきたもので、2019年に先進医療として承認されました。変形性膝関節症の軟骨欠損に対する世界で初めての細胞シートを用いた再生医療となります。

自己細胞シート移植について、次の項目でさらに詳しく説明します。

軟骨は血行が乏しい組織であるため、一度欠損すると自然再生はしないといわれています。

しかし、細胞シートを移植すると成長因子(細胞の成長などを調整するタンパク質)などが出て、軟骨が治ろうとするはたらきをサポートします。さらに、軟骨を分解する作用のある酵素などの物質からも軟骨を守ることで、より効率的に軟骨の再生が進みます。

また、軟骨が修復再生されることにより本来の関節機能が取り戻され、それによって長期的な治療効果も期待できると考えています。

検査および関節組織の採取

自己細胞シート移植の治療においてはまず、関節鏡(内視鏡)検査で軟骨の欠損の程度を確認します。自己細胞シート移植の適応であると判断された場合は、関節鏡で軟骨と滑膜(関節を包む膜)を一部採取します。

細胞シートの移植

組織を数週間かけて培養し、できあがった細胞シートを軟骨の欠損した部分に移植します。移植は高位脛骨骨切り術の手術の際に同時に行います。高位脛骨骨切り術とは、主に病状が中等度以上の患者さんに対して行う治療で、すねの骨の膝に近い部分を内側から切って広げ、固定してO脚を矯正する方法です。

術後の入院とリハビリテーション

術後は1か月程度の入院が必要となります。高位脛骨骨切り術のみを行った場合も、同時に移植を行った場合も、入院期間、リハビリ、安静度といった術後の経過に大きな差はありません。

現状の自己細胞シート移植では、患者さん自身の細胞を利用することから、採取のための手術も1回多く必要になります。そのため、患者さん以外の細胞が移植できるように治験の準備をしています。

具体的には、多指症といって指が1本多い状態で生まれてくる赤ちゃんの指の細胞を使います。多指症の方は赤ちゃんのうちに余った指を取り除く手術を行うことが多く、手術時に提供される指の軟骨を使って細胞を培養することが可能です。

さらに、赤ちゃんの細胞は非常に元気です。患者さんが自分の組織を使った場合、作れる細胞シートは1人あたり2~6枚程度ですが、赤ちゃんの組織を使う場合、1本の指から700枚以上の細胞シートを作ることが期待できます。そのため、軟骨の欠損が大きくても対応しやすく、一度に治療を届けられる患者さんも多くなります。

また、移植する細胞の免疫反応によって拒絶反応が起こることがあるのですが、軟骨は免疫反応が低いといわれており、拒絶反応などのリスクも少ないと考えられます。

ただ実験の際に、軟骨の修復に適した細胞とそうでない細胞がある可能性が判明しました。現在は移植に適したドナーを見つけるための研究を進めています。

2022年2月現在、自己細胞シート移植を先進医療として実施できるのは高位脛骨骨切り術の適応となる患者さんに限られます。高位脛骨骨切り術の適応には年齢など各種条件はありますが、具体的には、関節の内側のすき間が狭くなっていても外側のすき間が保たれている場合などが挙げられます。変形性膝関節症ならばどのような状態でも自己細胞シート移植ができるというわけではありません。一度受診していただき、X線やMRIなどで検査を行って適応の可能性があるかどうか確認する必要がありますのでご注意ください。

自己細胞シート移植を実施する場合には、大きな不具合や副作用などの重篤な有害事象は現在までみられていませんが、高位脛骨骨切り術でも予想される細菌感染や血栓症の発生の可能性、細胞シートを作るときに使用する抗生物質による副作用などのリスクが考えられます。予期せぬ合併症が生じた場合は、速やかに必要な処置を行います。

また、自己細胞シート移植は先進医療ですので、通常の治療と共通する診察、検査、入院費、投薬などのほかは自己負担となり、約400万円(税別)の費用がかかります。加入されている生命保険で先進医療保険などに入っていると実質的に費用がかからないこともあります。

小さな軟骨欠損に関してはすでに保険適用されている再生医療製品もありますが、今後は変形性膝関節症のように軟骨全体がすり減っている場合の治療にも向き合っていかなければなりません。そのためには細胞を用いた治療だけでなく、スキャフォールド(細胞増殖の足場)と呼ばれる材料などを用いた治療や、よりよい手術の組み合わせを検討することも必要になると考えています。

一方で、先述したとおり手術療法と保存療法という2つの治療方法のギャップを埋めることもやはり大事です。最近では、外来ですぐに実施できる治療が注目されており、例としてPRP療法や、患者さん本人の脂肪を用いた細胞治療などが挙げられます。しかし、いずれも保険適用外となっています。

こうした新しい治療法を広く普及させるには、治療の実績を積み重ね、どこでも同じ費用で治療が受けられる保険適用を目指すことが重要です。そのために私たちはこれからも研究を重ね、科学的な根拠を示し続けていきたいと思っています。

変形性膝関節症に関しては、再生医療を含めていろいろな治療法がありますが、まずは保険適用されている標準的な治療法を行うことが一般的です。そのうえで、再生医療に興味がある場合は、科学的な根拠が明らかになっているものを選んで受けていただきたいです。分からないことや気になることがあれば、主治医の先生と相談しながら治療法を検討することをおすすめします。当院では再生医療のセカンドオピニオン外来*も開設しておりますので、お困りのときはご活用ください。

*セカンドオピニオン外来は自由診療であり、1回(30分)につき教授への相談は33,000円(税込)、准教授への相談は27,500円(税込)です。

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