
抗リン脂質抗体症候群の患者さんは血栓症や不育症のリスクが高く、特に血栓症では再発予防が重要であることを記事1『抗リン脂質抗体症候群とは?血栓症や不育症、脳梗塞の原因になる自己免疫疾患』でご説明しました。引き続き本記事では、抗リン脂質抗体症候群による妊娠合併症(不育症)の治療についてご紹介します。
不育症とは、妊娠はするものの胎児がお腹の中で正常に発育せず、流産や死産、新生児死を慢性的に繰り返す状態です。通常、不育症には治療法がありませんが、抗リン脂質抗体症候群による不育症は唯一治療が可能であり、適切な治療をすれば7割の患者さんは出産することができるといいます。内科医として抗リン脂質抗体症候群合併妊娠診療ガイドラインの作成にも参加した、北海道大学大学院医学研究科 免疫・代謝内科学分野(内科Ⅱ)教授の渥美達也先生にお話しいただきます。
抗リン脂質抗体とは、記事1『抗リン脂質抗体症候群とは?血栓症や不育症、脳梗塞の原因になる自己免疫疾患』でもご説明した、抗リン脂質抗体症候群に関係する抗体を指します。
抗リン脂質抗体症候群とは、抗リン脂質抗体を持つ方にみられる自己免疫性疾患の一種です。
抗リン脂質抗体症候群は不育症(ふいくしょう:妊娠はするが胎児がお腹の中で正常に発育せず、流産や死産、新生児死を繰り返す状態)のリスクを高めることが知られています。
一般的な流産は妊娠第1期、胎盤が形成される前に起こりますが、抗リン脂質抗体症候群による不育症の場合は胎盤形成後に流産するケースが多く、3回以上にわたって流産を繰り返す(習慣性流産)という特徴があります。
先に少し触れましたが、抗リン脂質抗体症候群により3回以上連続して流産を起こす場合は習慣性流産と診断されます。
かつて不育症や習慣性流産を起こす原因は、妊娠中に胎盤内に血栓ができることによると考えられていました。しかし近年の病理解剖の結果、流産してしまった抗リン脂質抗体症候群の方の胎盤には必ずしも胎盤内に血栓がみられないことが判明します。現在、抗リン脂質抗体症候群による不育症や流産の原因は胎盤の機能不全(トロホブラストという細胞が障害される)が一番大きく関与すると考えられています。
抗リン脂質抗体症候群の方が妊娠した場合、不育症のみならず、妊娠高血圧症候群(PIH)や胎盤機能不全、胎児発育不全(FGR)、HELP症候群などの合併症リスクも高まるといわれています。治療をせず放置しておくと周産期予後が悪くなるため、妊娠した場合は早い段階から治療することが大事です。
流産自体は妊婦さんの約15%にみられる現象で、決して珍しいことではありません。また、原因がわからなかったり、子宮形態異常や染色体異常などによる不育症では治療法がありませんが、抗リン脂質抗体症候群による不育症は治療できます。
不育症のうち抗リン脂質抗体症候群が原因である割合はわずか数パーセントですが、治療できるからこそ、医師は不育症の原因を決して見逃してはならないと考えます。
妊娠後は産婦人科の検診で検査を受けることができます。ただし、これは妊娠してからの検査であり、妊娠前から検査をする方はほとんどいらっしゃいません。
それでは、一度も流産したことがない方で、事前に自分が抗リン脂質抗体症候群であることを知っている場合は予防治療をすべきでしょうか。
私は抗リン脂質抗体症候群合併妊娠の診療ガイドライン作成にも携わったのですが、その立場から述べると、基本的には全身性エリテマトーデス(SLE)でなく流産の経験がなければ一次予防をする根拠はなく、予防すべきではありません。予防治療をせずに無事に出産している方もおられますし、患者さん全員が流産するわけではないからです。

内科的管理が必要なのは、血栓症の既往のある患者さん、そして一度以上流産や死産してしまった方が再び妊娠したタイミングです。この際、妊娠初期から薬物による治療を開始します。
抗リン脂質抗体症候群合併妊娠の治療薬は記事1『抗リン脂質抗体症候群とは?血栓症や不育症、脳梗塞の原因になる自己免疫疾患』でご説明した血栓症に対する治療薬と同じで、バイアスピリン・未分画ヘパリン併用療法が導入されます(海外では低分子ヘパリンを用いていますが、日本では低分子ヘパリンの皮下注製剤が保険適用となっていないため、未分画ヘパリンが用いられています)。この治療により、不育症および血栓症を同時に予防することができます。
なお、この時点では血栓症は起こっていないので、実際に血栓症を起こしたときの投与量よりも少量に抑えます。
すでに血栓症への治療でワルファリンを内服している患者さんが妊娠された場合は、妊娠5週末までにヘパリンに切り替えます。これは、ワルファリンの成分に催奇形性(胎児に奇形が生じる作用)があることがわかっているためです。
バイアスピリン・ヘパリン併用療法による治療を行っても効果が現れない場合、免疫グロブリン大量療法(免疫グロブリンという抗体の主成分を点滴で大量に投与する)を行う場合があります。ただしこれは研究段階の治療法で、すべての方に実施されるわけではありません。

繰り返しになりますが、抗リン脂質抗体症候群による不育症は治療が可能であり、正しい診断と治療を受ければ7割の方は無事に出産できることがわかっています。一方で、抗リン脂質抗体症候群ではない不育症の方が誤診され、不要な治療を受けるケースも散見されます。きちんとした診断と治療を受けるために、抗リン脂質抗体症候群の正しい情報を得ていただきたいと考えます。
北海道大学大学院医学研究院 免疫・代謝内科学教室 教授、北海道大学病院 病院長、北海道大学 副学長
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