私たちヒトの体には免疫機能が備わっており、体をウイルスや細菌から守っています。しかし何らかの原因により、体内に備わる免疫機能が誤って自分自身の組織を攻撃してしまうことがあります。この状態が続く病気を総称して「自己免疫疾患」といいます。
自己免疫疾患には様々な病気が含まれますが、「抗リン脂質抗体」という自己抗体が関与する抗リン脂質抗体症候群では、血栓症や妊娠合併症を発症するリスクが高まります。抗リン脂質抗体症候群による血栓症は脳に生じやすいという特徴があるため、患者さんは脳梗塞を発症・再発しないよう注意しなければなりません。今回は抗リン脂質抗体症候群の病態や症状、治療について、血栓症に対する診療を中心に、北海道大学大学院医学研究科 免疫・代謝内科学分野(内科Ⅱ)教授の渥美達也先生にお話しいただきます。
抗リン脂質抗体とは、これからご説明する抗リン脂質抗体症候群に関係する抗体のことを指します。抗リン脂質抗体は一つの抗体の呼び名ではなく、リン脂質結合蛋白に対する自己抗体の総称です。
リン脂質結合蛋白は、細胞膜の陰性リン脂質に結合する性質をもつ血液中の物質で、β2-グリコプロテインⅠ(aPLβ2GPI)やプロトロンビンが代表的です。これらの蛋白に対する自己抗体は総じて「抗リン脂質抗体」と呼ばれています。
自己免疫性血栓症あるいは自己免疫性妊娠合併症が生じた場合、血液中に抗リン脂質抗体がみつかると抗リン脂質抗体症候群と定義されます。裏を返せば、抗リン脂質抗体陽性でも血栓症または妊娠合併症が生じない限りは抗リン脂質抗体症候群とは診断されません。
抗リン脂質抗体症候群がなぜ起こるのか、その原因ははっきりとわかっていません。基本的には全身性エリテマトーデス(SLE)と同様に、遺伝や環境因子など、複合的な要因が重なり合った結果生じるのではないかと考えられています。なお、抗リン脂質抗体症候群のリスク遺伝子は確認されていますが、これは原因遺伝子ではないため、リスク遺伝子を持つ方が必ず抗リン脂質抗体症候群を発症するわけではありません。
抗リン脂質抗体症候群は基礎疾患を持たない「原発性抗リン脂質抗体症候群」と、全身性エリテマトーデス(SLE)に伴う「続発性抗リン脂質抗体症候群」の2種類に分類されます。
※全身性エリテマトーデス(SLE)については下記記事を参照
『全身性エリテマトーデス(SLE)とは。全身の臓器に症状を及ぼす自己免疫疾患』
抗リン脂質抗体はもともと全身性エリテマトーデス(SLE)の患者さんから発見された抗体であり、抗リン脂質抗体症候群と診断された方の半数(50%)は全身性エリテマトーデス(SLE)の患者さんです。この点から、抗リン脂質抗体症候群は全身性エリテマトーデス(SLE)と非常に近い疾患であり、同時に語られることも多くあります。したがって、全身性エリテマトーデスの患者さんにみられる抗リン脂質抗体症候群は、中枢神経ループスやループス性腎炎などと同様に、全身性エリテマトーデス(SLE)に伴う一症状として分類されています。
現在のところ明確な統計はとられていませんが、抗リン脂質抗体症候群の患者さんは日本に約4万人いると推測しています。
この内訳をご説明しましょう。まず、全身性エリテマトーデス(SLE)の患者さんは全国に6万人いることがわかっています。そのうち3分の1が続発性抗リン脂質抗体症候群であるといわれるため、続発性抗リン脂質抗体症候群の患者さんは約2万人いらっしゃると考えられます。また、上述したように原発性抗リン脂質抗体症候群と続発性抗リン脂質抗体症候群の割合は半々ですから、原発性抗リン脂質抗体症候群の患者さんも2万人と推測できます。両者を合計すると4万人になります。
抗リン脂質抗体症候群の主な症状は血栓症と不育症の2つです。本記事では血栓症について詳細にご説明します。
※抗リン脂質抗体症候群による不育症については記事2『不育症や流産を防ぐには?抗リン脂質抗体症候群合併妊娠に対する治療・管理』を参照
抗リン脂質抗体症候群自体は病気ではなく、抗リン脂質抗体症候群によって生じる血栓症を内科的疾患として捉えます。
抗リン脂質抗体症候群による血栓症の特徴は、動脈と静脈両方に血栓ができる点にあります。
一般的に血栓傾向に伴っておこる血栓症(エコノミークラス症候群など)は静脈によく生じます。しかし、抗リン脂質抗体症候群による血栓症は非常に珍しいタイプで、動脈にも血栓を起こすという特徴があります。また、日本人の抗リン脂質抗体症候群の患者さんには、海外の患者さんと比べて動脈に血栓が生じる割合が多いことが知られています。
動脈に血栓が生じた結果起こる病気としては脳梗塞と心筋梗塞が代表的ですが、抗リン脂質抗体症候群の場合、圧倒的に脳梗塞を発症する方が多くなっています。この理由はまだわかっていません。
血栓症以外にも、抗リン脂質抗体に関連した症状が複数生じることがあります。これを抗リン脂質抗体関連疾患群と呼びます。
*抗リン脂質抗体関連疾患群の一例
抗リン脂質抗体関連血小板減少症
抗リン脂質抗体関連弁膜症
抗リン脂質抗体関連神経疾患(舞踏病、横断性脊炎症、てんかん)
抗リン脂質抗体症候群によって起こる抗リン脂質抗体関連血小板減少症では「血小板数が減少することで出血しやすくなる」ため、臨床症状は一般的な血小板減少症と関連しています。しかし、これらは少し性質が異なります。
一般的な血小板減少症では、自己免疫の誤作動により血小板数が減少し、些細なことで出血しやすくなります。血栓が生じることはありません。
これに対して抗リン脂質抗体関連血小板減少症の場合は、血小板数が低くなっているときは出血リスク、血小板が増加傾向にあるときには血栓のリスクが高まります。つまり、抗リン脂質抗体関連血小板減少症では出血と血栓両方のリスクがあるのです。そのため、単純に血小板が減少するだけの血小板減少症とは区別して考える必要があります。
抗リン脂質抗体症候群は厚生労働省の特定疾患に指定されており認定基準が発表されていますが、全身性エリテマトーデスなど他の膠原病と同様に、現在のところ国際的な抗リン脂質抗体関連血栓症の診断基準は存在しません。そのため現状では、2006年に提唱された国際分類基準案(札幌基準シドニー改変)という分類基準(臨床研究のときに疾患を定義するときに使われる基準)を診断基準として使っています。
なお、厚生労働省から発表されている認定基準は下記の通りです。
【厚生労働省による特定疾患の認定基準】
臨床基準
1. 血栓症
画像診断、あるいは組織学的に証明された明らかな血管壁の炎症を伴わない動静脈あるいは小血管の血栓症
- いかなる組織、臓器でもよい
- 過去の血栓症も診断方法が適切で明らかな他の原因がない場合は臨床所見に含めてよい
- 表層性の静脈血栓は含まない
2. 妊娠合併症
① 妊娠 10 週以降で、他に原因のない正常形態胎児の死亡、または
② (i)子癇、重症の妊娠高血圧腎症(子癇前症)、または(ii)胎盤機能不全による妊娠 34 週以前の正常形態胎児の早産、または
③ 3回以上つづけての、妊娠 10 週以前の流産(ただし、母体の解剖学的異常、内分泌学的異常、父母の染色体異常を除く)
検査基準
1. International Society of Thrombosis and Hemostasis のガイドラインに基づいた測定法で、ループスアンチコアグラントが 12 週間以上の間隔をおいて 2 回以上検出される。
2. 標準化された ELISA 法において、中等度以上の力価の(>40 GPL or MPL、または>99 パーセンタイル)IgG 型または IgM 型の aCL が 12 週間以上の間隔をおいて 2 回以上検出される。
3. 標準化された ELISA 法において、中等度以上の力価 (>99 パーセンタイル)の IgG 型または IgM 型の抗抗体が 12 週間以上の間隔をおいて2回以上検出される。
(本邦では抗β2-GPI 抗体の代わりに、抗カルジオリピンβ2--GPI 複合体抗体を用いる)
前項の診断基準に記載されている通り、抗リン脂質抗体症候群では血栓症の有無が診断における臨床基準の一つとなります。そのため、一般的には血栓症を証明する検査を行います。
抗リン脂質抗体症候群による血栓症は脳に多く起こるので、検査では主に脳のMRIやCT撮影をします。静脈血栓を疑う場合はCTや静脈エコーを実施することもあります。
抗リン脂質抗体症候群による急性期血栓症に対しては、通常の血栓症の治療と同様に抗血栓療法が行われます。治療薬は妊娠合併症のものと共通で、低用量アスピリンや他の抗血小板薬、あるいはヘパリン(血栓症のみの場合はワルファリンを使うこともあります)が用いられるのが標準的です。
抗リン脂質抗体症候群と診断されても、血栓が生じていない段階ではあくまで「血栓症のリスクが高い状態」です。この段階での一次予防、すなわち予防的治療はエビデンスがないため、基本的には推奨していません。
これは、喫煙や脂質異常症が抗リン脂質抗体症候群と同じく血栓症のリスクを高めても、喫煙者や脂質異常症の方が全員血栓症の予防治療をするわけではないのと同様です。
ただし血栓症のリスク因子が重なる場合は予防治療を行ったほうがよい場合もあるので、予防治療をするか否かは医師が他のリスクとの兼ね合いをみて判断します。
たとえば、全身性エリテマトーデス(SLE)に伴う続発性抗リン脂質抗体症候群の方でステロイドホルモンを服用しており、かつ抗リン脂質抗体の力価が高い場合は一次予防をする可能性があります。
抗リン脂質抗体症候群による血栓症は再発の頻度が非常に高いため、「二次予防」が非常に重要です。
一般的に、一度脳梗塞を起こした方が1年以内に血栓を再発する可能性は約2%ですが、抗リン脂質抗体症候群による血栓症の場合は9%と4倍以上の差があります。ですから、一度血栓症を発症した方には、必ず再発予防の治療を受けていただきます。抗リン脂質抗体が陽性である限りは、生涯にわたって二次予防の抗血栓療法を継続しなければなりません。
抗リン脂質抗体症候群は血栓症のリスクの一つであるため、再発予防のためには他のリスクを減らすことが大事です。
一般的に見逃されてしまうような軽度な脂質異常症やLDLコレステロールの上昇は徹底的に管理し、禁煙指導も入念に行います。また、女性の場合は静脈血栓のリスクとなる避妊用の低用量ピル内服は禁忌となります。
抗リン脂質抗体症候群は難病ですが、特殊な治療薬を要する疾患ではありません。治療法も抗凝固療法あるいは抗血小板療法ですから、地域の診療科で管理していただいても大きな問題はないと考えます。実際、北海道大学では地域の先生と連携して抗リン脂質抗体症候群の患者さんのフォロー体制を築いています。
近年、抗リン脂質抗体による補体の活性化が抗リン脂質抗体症候群の病態に関係すると考えられています。こうした補体の活性化成分に対してモノクローナル抗体という物質が有用であるという報告がなされており、現在世界的に治験が行われている最中です。
また、全身性エリテマトーデス(SLE)の治療薬「ヒドロキシクロロキン」が抗リン脂質抗体症候群の一次予防に有用であるとも推測されており、現在欧州にて効果検証が行われています。
北海道大学大学院医学研究院 免疫・代謝内科学教室 教授、北海道大学病院 病院長、北海道大学 副学長
関連の医療相談が2件あります
抗リン脂質抗体の有無はどこで調べられますか?
限局性強皮症になり30年ほど経ちました。顔面、頭部に症状があり、ゆっくり進行しています。 顔面には常時ではありませんが、患部の神経痛のような痛みがあります。また、萎縮のせいでしょうか、あくびをすると患部の周りがこむら返りのようにつりますが、しばらくすると治ります。 頭部には脱毛があり、少しずつ範囲が広がっています。 通院していたこともありましたが、現在は治療はしていません。 「限局性強皮症の患者さんの抗リン脂質抗体の有無は検査するべき」とのことを初めて知りました。どこで調べられますか?
網膜中心動静脈閉塞症について
先日、主人が右網膜中心動脈閉塞症を発症しました。 運動習慣は、1ヶ月に200㎞ほどのジョギングを10年以上しており、これまで職場健診でも異常を指摘されたことはありません。 6/8の6時頃、起床すると突然右目にモザイクがかかったような状態で、ひどい視野障害が出現していました。9時頃、総合病院眼科を受診。眼底検査をし、まず網膜中心静脈閉塞症の診断を受け、その後造影検査にて網膜中心動脈閉塞症の診断も受けました。13時頃より、眼球マッサージおよびダイアモックスの点滴を受け、リマプロストアルファデスク錠5μgを処方されて、その日は帰宅となりました。 週末を挟んで、6/11循環器内科で、CAVI・ABI・頸動脈エコーの検査を受け、動脈硬化および血栓の異常はありませんでした。その後、同日の眼科再受診で、眼科医からは今後視野改善の期待はできない、処置が早かったから失明しなくてよかった、といったコメントでした。 その日は、リマプロストアルファデスク錠ダイアモックス錠アスパラカリウム錠の3種類の薬が14日分処方されました。2日後の6/13再診、心電図、採血、採尿検査でも異常なし(心房細動や血管炎、膠原病等も否定)。 次回、1週間後再診予定となっています。 今後は、悪化予防の経過観察を続け、血管新生緑内障などに注意していくとのことです。 現段階で、右目は失明ではないですが、発症時から改善も悪化もなくひどいモザイクがかかった状態です。以下、質問です。 ●この病気の発症頻度、確率はどれくらいあるのでしょうか?また、基礎疾患もないこの年齢で罹患するのは、何か他の原因が考えられるでしょうか?今後、自分で注意できることはあるのでしょうか?●眼科医からは、今後視野改善の期待はできない、眼鏡やコンタクトでの矯正も無理だろうと言われましたが、全く方法や可能性はないのでしょうか?●今回、動静脈の合併発症です。ネット情報では、動脈の場合は片眼のみの発症が多く合併症も記されていませんが、静脈の場合は反対側の正常な目にも発症したり、緑内障や網膜剥離の合併リスクがあるため、レーザー凝固術を受けることもあると記されています。今のところ、治療は6/8の点滴および内服薬のみとなっていますが、このまま経過観察でいいのでしょうか?●上記の診療内容を踏まえて、セカンドオピニオンを求めた方がいいでしょうか?
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