川崎医科大学小児科学教授の中野貴司先生は、20代のとき、自らの志願で訪れた海外の途上国で診療を経験し、途上国医療の厳しい現状を目の当たりにしました。しかし、その現状と向き合い、感染症に苦しむ子どもたちを救うため日々奔走するうち、ワクチンの重要性を知ったと仰います。中野先生は海外での経験を、日本のワクチン接種に尽力し続ける信念と活力に変換し、のちに国際保健医療や感染症対策の第一人者として活躍することとなります。中野先生の取り組みについて、詳しくお伺いしました。
ガーナ共和国の首都・アクラにある「野口記念医学研究所(野口研)」で行われていた、国際協力事業団(JICA…現・独立行政法人国際協力機構)のプロジェクトに参加するため、私は日本から赴任しました。赴任した1987年2月当時は28歳という、若手の医師でした。
その出来事はいくつかの幸運が重なり実現したといえます。当時、私が所属していた三重大学小児科グループは、アフリカへの医師派遣に積極的な姿勢を示していました。また、小児科医の国際協力はまだ一般的ではなく志願者が少なかったため、手を上げた若手医師の海外勤務が認められたのだろうと思っています。いずれにせよ、この赴任が私のターニングポイントとなったのは間違いありません。
赴任当時は現地のことも、国際保健の実情も十分に理解できていませんでした。ただ、アフリカの子どもたちがどのような状況に置かれているかを自分の目で確認し、何ができるのか思考をめぐらすことで、自分自身に成長を促す思いがありました。現地では、その道のエキスパートで経験豊富な国内外の専門家たちとともにガーナの保健医療を向上・底上げするため、調査や健康啓発、保健活動を行いました。そのなかで、確実に学んだことは「ワクチンの重要性」です。
子どもたちがマラリア、コレラ、赤痢、腸チフス、ポリオ、麻疹(はしか)などに感染し命を失い、後遺症に苦しむ姿に何度も直面しました。なおさら、ポリオや麻疹はワクチン接種で命を救えるVPD(ワクチンで防げる病気)。ワクチンさえ接種していれば…と遺憾でしたし、その重要性と有効性を否応なく実感することになったのです。
やがて、ユニセフやWHOの協力を得て、アフリカでも可能な範囲内でワクチン接種を開始できるようになりました。そして、その効果は如実に見えてきました。驚くことに小さな村では、一斉投与により患者数がゼロになるまで改善しました。
西アフリカのガーナ共和国で、強烈かつ貴重な体験をして帰国したあとの1995年、今度は中国へと赴任を決めました。目的は、JICAによる「ポリオ」の根絶に特化したプロジェクト(WHOによる「ポリオ根絶計画」の一環)に参加するためです。
日本は同じアジアの国々のポリオ根絶に向けて大きな役割を果たすべきと考え、一年間にわたり参加しました。しかし、中国では既にAFPサーベイランス(ポリオの典型的な症状の発生状況を調査・集計して、ポリオ蔓延と予防に役立てるシステム)の整備も進んでおり、4歳未満の子どもたちを対象とした「ポリオワクチン全国一斉投与日」(通常は5歳未満が対象だが、中国では4歳未満が対象であった)というキャンペーンも功を奏し、ポリオ患者は減少の一途をたどっていました。
ところが、1995年末になると事態は一変します。雲南省のミャンマー国境付近でポリオ患者が相次いで発生したのです。すぐに山東省から雲南省に活動場所を移し調査したところ、国境を越えて中国の病院を受診していたミャンマーの子どもたちがポリオ患者だとわかりました。
この結果を踏まえ、私たちのプロジェクトチームは中国当局と協議したうえで、国境を中心とした地域一帯へのワクチン集中投与に踏み切りました。すると、現地のポリオ流行が一気に収束し、やがて中国でのポリオ発生ゼロも確認されました。
この出来事で、再び私はワクチンの力を実感しました。また、感染症専門医として世界が目指すプロジェクトに参加し、他国の関係者と協力できたことが、貴重な体験であったと感じています。
私はその後もJICAの青年海外協力隊チームと連携し、各途上国でポリオにかかわる国際活動を継続しました。その功績が認められ2010年には「医療功労賞(海外部門)」を受賞しました。
このような数々の経験で実感したことは、「ワクチンは他の薬剤や治療法とは違い、先進国、途上国いずれにも同じ方法で普及が可能である。それゆえに、誰に対しても等しくその効果を行き渡らせることできる」ということです。
さらに、医療においては世界と日本の間に国境がないことも学ぶことができました。たとえば日本で骨髄移植を受けた後の子どもにも、途上国で栄養不足に陥った子どもにも、同じように免疫不全や感染症がおそいかかる危険性があります。つまり、感染症に罹るリスクは先進国・途上国ともに一定数存在しているため、途上国での経験を日本でも十分に生かすことができるのだということです。
20代で訪れたガーナでの経験以来、「日本の地域医療ノウハウの原点は途上国にあり」が持論となりました。日本にもまだ過疎地が多くあるため、医療環境が十分ではない地域で暮らす患者さんのことも考え、医療提供体制なども整えていきたいです。
川崎医科大学附属病院 小児科 部長
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