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インタビュー

ワクチンギャップはなぜ発生したか。日本で定期接種になっていないワクチン

ワクチンギャップはなぜ発生したか。日本で定期接種になっていないワクチン
堀越 裕歩 先生

WHO Western Pacific Region Office, Field Epidem...

堀越 裕歩 先生

1990年代から2010年頃にかけて、ワクチンによって予防することが可能な病気で日本の多くの子どもたちが後遺症を持ったり亡くなったりしていました。海外ではすでに普及していたワクチンを、なぜ日本では使用することができなかったのでしょうか。ワクチンギャップとは何か、なぜワクチンギャップは発生したのか、東京都立小児総合医療センターの堀越裕歩先生にお話をうかがいます。

「ワクチンギャップ」は、住んでいる国や地域によって、予防ワクチンを受けられる人と受けられない人が発生してしまう状況を指す言葉です。諸外国では無料で受けられるワクチンが、日本で受ける場合は任意の有料接種になってしまうなど、しばしば経済状況に左右されることもあります。

さらに、WHO(世界保健機関)がごく当たり前に接種が必須であるとすすめるいくつかのワクチンが、日本では定期接種化が遅れまだB型肝炎、ロタウイルスのワクチンは定期接種の対象になっていません。日本は、おたふくかぜ(ムンプスウイルス)のワクチンを先進国では定期接種していない数少ない国です。現在では定期接種とされている風疹ワクチンですが、制度が改定される過程で予防接種を受けていない20代~40代の男性を中心に流行が拡大し、特に妊娠中の女性や胎児に影響を与えるとして、その危険性が大変危惧されています。

WHOが指示しているが日本で定期接種対象になっていない(任意接種)ワクチン>

ムンプスウイルス―流行性耳下線炎(おたふくかぜ)

B型肝炎ウイルス―B型肝炎

ロタウイルス―胃腸炎

インフルエンザワクチン―インフルエンザ ※65歳以上は定期接種

2013年以降に定期接種対象となったワクチン>

ヒブ/インフルエンザ菌b型―インフルエンザb型感染症(髄膜炎を含む)

小児肺炎球菌―肺炎球菌感染症(髄膜炎を含む)

ヒトパピローマウイルス―子宮頸がん

水痘帯状疱疹ウイルス(水ぼうそう)-水痘

1990年代から2007年くらいまでは、日本で新規ワクチンの承認が停滞した時期でした。専門家が科学的にワクチンの効果を検証して、有害事象の対応を制度化すればよかったのですが、世論や社会の風潮として、感染症のワクチンによる予防効果よりも、有害事象が中心に取り上げられ、なかなかワクチンの必要性・重要性が認識されませんでした。絶対に安全でなければ、新規のワクチンは導入しづらい社会の雰囲気がありました。背景には、麻疹風疹・ムンプスワクチンに含まれるムンプスワクチンで髄膜炎の副作用が起こり、1992年に国は集団訴訟で敗訴し、1993年にこのワクチンが見合わせになったことなどが影響しています。1994年に予防接種法が改正され、集団義務であった予防接種が、個別に接種を勧めますという予防接種に変更されました。予防接種の安全性について、過剰に慎重になり、新規ワクチンの承認が停滞したのは時代の流れでもあったでしょう。

たとえば、「新しい薬やワクチンを使いましょう」という流れになったとき、その時点での医学的な知見で予想をしえなかった事態が起きた場合に、その責任をワクチン接種した医師や接種を決めた行政にとらせる、というのは酷な話です。

海外の行政には、通常そういったワクチンに関する訴訟が免除される制度があるのですが、日本の場合、そういった免訴がないために、たとえば厚生労働省の特定の人物が個人名で訴訟を起こされてしまうという事態が起こり得ます。あまりにも責任が重い医療の意志決定は行政が決断できず、あいまいな状態のまま問題の先送りを引き起こしやすくなります。本来は、そのような重大な意思決定は、行政の外の専門家の集団によってなされるべきで、これは海外とのシステム上の大きな違いです。現在は、2013年より厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会が設置されています。

1990年代といえば、海外ではヒブ(インフルエンザ菌b型)ワクチン、2000年には肺炎球菌ワクチンなどがすでに実用化されて、特にヒブワクチンなどは十分な効果が証明されていました。海外ではヒブによる細菌性髄膜炎は、もはや「過去の疾患」といわれるほどワクチンが普及していました。しかし現在ではほとんど見ることはないヒブや肺炎球菌による細菌性髄膜炎も、2010年頃までは、日本の大きな病院に勤めていれば毎月のように診る病気でした。細菌性髄膜炎は、命を落としたり、難聴や麻痺などの後遺症を残すことのある重い病気です。

およそ15年もの間、海外ならばワクチンで予防できる疾患によって、後遺症を残してしまう子どもたちや亡くなってしまう子どもたちを毎年発生させてしまいました。

アメリカなどの海外に比べ、「ワクチンを承認して使用する」という行政システムが、日本では停滞したことがワクチンの普及を遅らせた原因のひとつであると感じます。もともと疾病を予防できるワクチンは非常に重要なものであり、本来であれば行政にワクチン専用の部署があってもいいほどだと思います。しかし当時は、どんなワクチンをつくるか、どんな病気に使用するか、いつ導入するか、ワクチンで予防できる疾患の発生頻度の把握、ワクチンの有害事象のモニターとその補償などの意思決定が速やかになされず、世界の医療常識から取り残されてしまったのです。

  • WHO Western Pacific Region Office, Field Epidemiologist、東京都立小児総合医療センター 感染症科 非常勤

    日本小児科学会 小児科専門医・小児科指導医

    堀越 裕歩 先生

    小児患児に感染症が多いにも関わらず、それぞれの診療科が独自に感染症診療を行うという小児医療の現状を変えるべく、2008年トロント大学トロント小児病院感染症科に赴任。感染症症例が一挙に集約される世界屈指の現場において多くの臨床経験を積むとともに、感染症専門科による他診療科へのコンサルテーションシステム(診断・助言・指導を行う仕組み)を学ぶ。2010年帰国後、東京都立小児総合センターに小児感染症科設立。立ち上げ当初、年間200件~300件だったコンサルタント件数は現在1200件を超える。圧倒的臨床経験数を誇る小児感染症の専門家がコンサルタントを行うシステムは、より適正で質の高い小児診療を可能にしている。現在は後進育成にも力を注ぐ。

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