インタビュー

婦人科疾患の治療における「腹腔鏡下手術」の変遷

婦人科疾患の治療における「腹腔鏡下手術」の変遷
中村 元一 先生

福岡山王病院 名誉病院長

中村 元一 先生

この記事の最終更新は2016年02月26日です。

子宮筋腫子宮内膜症、卵巣のう腫など良性の婦人科疾患に対する腹腔鏡手術は多くの施設で行われるようになりました。治療を受ける側にとっては低侵襲な手術ですが、一方で施術する側にとっては非常に高リスクを伴います。

2009年に開院した福岡山王病院は2015年8月に婦人科疾患における腹腔鏡下手術5,000例を突破しました。名誉病院長である中村元一先生に腹腔鏡下手術の変遷についてお話を伺いました。

からだに負担の少ない低侵襲でやさしい手術として普及してきたのが腹腔鏡下手術です。良性の婦人科疾患はほぼ腹腔鏡で治療が行えるようになりました。腹腔鏡を用いた手術は、子宮筋腫子宮内膜症、良性の卵巣のう腫や不妊症などの治療にとても有効で、福岡山王病院では、婦人科手術全体の63%ほどを占めています。

腹腔鏡下手術といっても、子宮筋腫のみを摘出するのか、子宮全摘術なのかによっても異なります。術式も「子宮筋腫核出術」をはじめ、全て腹腔鏡を用いて行う「全腹腔鏡下子宮全摘術」、腹腔鏡と膣式を組み合わせて行う「腹腔鏡下膣式子宮全摘術」などの種類があり、多岐にわたる手術を行っています。

私が腹腔鏡下手術を始めたのは、1989年(平成元年)のことでした。九州大学病院に勤務していた頃のことで、子宮外妊娠や卵巣のう腫といった良性の婦人科疾患に対して行いました。いまでは1時間程度で終わる腹腔鏡手術ですが、その当時は3~4時間ほどかかっていました。いまと比べて出血量も多く、開腹手術に切り替えることも少なくありませんでした。

当時、関東の方では腹腔鏡を用いた手術をされていた先生もおられたようですが、その頃九州では、私以外は誰も行っていませんでした。

ある時、地方部会で腹腔鏡による卵巣のう腫の治療の症例報告を行うと、大バッシングを受けたのです。「がんの可能性があるかもしれないのに、おなかの中でなぜそんな治療をするのか?」と。

がんではないことを99.9%確認して行っているといっても、「0.01%はがんの可能性がある」というのです。

ですから、ほぼ確実にがんではないという確証が持てる場合にしか腹腔鏡は使いませんでした。それから、約2000例の患者さんの卵巣のう腫に腹腔鏡下手術を行いましたが、幸いにもがんの方はひとりもいませんでした。もしその当時、がんが出ていたら、私共の腹腔鏡手術はこれ程普及してはいなかったかも知れません。

他の施設で腹腔鏡手術はやっていなかったものですから、 だんだん患者さんが治療を求めて来られるようになりました。治療対象を慎重に選んできたことが、腹腔鏡手術が普及した背景にはあるのだと思います。それは、現在に至っても同じことで、がんの可能性が少しでもあると思ったら腹腔鏡での手術は行わず、がんを専門とする病院に紹介をしています。

腹腔鏡手術に関して、最近話題となったものに筋腫摘出術の時に使用するモルセレーターという医療器機の問題があります。2014年に米国食品医薬局(FDA)が使用を推奨しないとする声明を発表したことをご存じの方もおられると思います。

モルセレーターは、腹腔鏡手術で筋腫を腹腔外に取り出す時に使用するものです。筋腫がもし悪性だった場合、がん細胞を拡散させる可能性があるとして、アメリカでは販売が中止になりました。

アメリカでは、筋腫と思って手術をしたら肉腫だったということが、およそ1000例に3例ほどみられます。日本での割合は1万例に3例程度で、アメリカとは10倍違います。この背景には、保険制度の違いがあります。国民皆保険ではないアメリカでは、術前の検査としてMRI(磁気共鳴画像)を行なわないことが多いため、ルーチン(決まった検査)でMRI検査を行う日本とは医療環境のベースがまず違うのです。筋腫と思って肉腫だった場合の予後についてのエビデンス(科学的根拠)はありません。肉腫は飛び散っていなくても、そもそも予後が悪いものです。

福岡山王病院でも腹腔鏡下手術の時にモルセレーターを使用しますが、必ず患者さんに説明をしています。モルセレーター使用を希望しない場合には少し傷跡が大きくなることや、これらのことを十分に説明した上で、患者さんに選んでもらっています。

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