去る2017年3月11日、東京都永田町砂防会館にて「第6回 日本パーキンソン病・運動障害疾患学会(MDSJ)教育研修会」が行われました。第1回目から順に東京、仙台、福岡、札幌、岡山と毎年全国各地を巡って行われてきたこの研修会ですが、今回はパーキンソン病発表から200年の節目の年ということもあり、「パーキンソン病 200年分を一日で学ぶ」と銘打って、さまざまな分野でパーキンソン病を研究していらっしゃる先生が集結しました。
研修会前半ではパーキンソン病の歴史や症状、従来の診断に加え、この10年で急速に進歩したパーキンソン病の画像診断や新しく定められた診断基準についてのプレゼンテーションが行われました。本記事では「パーキンソン病 200年分を一日で学ぶ」前半のレポートをいたします。
パーキンソン病の歴史は1817年、James Parkinson氏により発表された「AN ESSAY ON THE SHAKING PALSYに始まりますが、実は最古の症状報告は1500年代まで遡ります。原因となる神経細胞内の構造物レビー小体が発見されたのは1912年、さらに1960年代にはパーキンソン病の症状が起きる原因がドパミンの欠乏にあるということがわかり、その後に治療の特効薬としてL-ドパ製剤の有用性が確立されます。L-ドパ製剤の登場により、飛躍的に症状が抑えられるようになったパーキンソン病ですが、長期投与を続けていると、ウェアリング・オフ*やジスキネジア*という運動合併症状が起きることが判明し、近年は脳深部刺激療法など脳神経外科的治療にもスポットライトが当たっています。
また日本では現在、パーキンソン病診療ガイドラインの作成を行なっています。現在使用されているパーキンソン病の診療ガイドラインは2011年に改定されたものです。今回は私、順天堂大学脳神経内科の服部信孝が製作委員会の委員長を務め、さらに膨大な情報を取り扱いやすく、道筋を立てて管理できるような診療ガイドラインを目指して鋭意制作中です。
*ウェアリング・オフ…L-ドパを1日3回服薬していても次の服薬までに薬が切れて,運動症状が悪化する現象.血中のL-ドパ濃度が低下してくる時に起こる.
*ジスキネジア…パーキンソン病の薬物治療に伴って起こる異常な運動のこと.頚や上下肢をクネクネと無目的に動かす動きが最も多いが,船をこぐように体を前後に揺する運動などがある.
パーキンソン病はアルツハイマー病に次いで多い神経変性疾患であり、日本にも15〜18万人の患者さんがいます。国の特定疾患、つまり難病指定にも登録されています。パーキンソン病の発症にはレビー小体という神経細胞内の構造物が関与していますが、このレビー小体はa-synuclein(α-シヌクレイン)*というタンパク質の凝集体であることが明らかになっています。
リン酸化されたα-シヌクレインはレビー小体に変化する間にオリゴマーやプロトフィブリルという毒性の高い凝集体を形成します。これらを生成しながら、異常なα-シヌクレインが細胞から細胞へと伝播し、正常なα-シヌクレインに構造異常を働きかけます。これにより、レビー小体が形成されパーキンソン病の運動症状や非運動症状が発症します。
また、一部の遺伝性パーキンソン病の場合、ミトコンドリアのオートファジー*を原因としてパーキンソン病が発症することがわかってきています。オートファジーの異常により分解されるべき古いミトコンドリアがうまく分解されずに集積する傾向があり、これによってパーキンソン病が発症するというメカニズムです。
*α-シヌクレイン…パーキンソン病発症に関わるタンパク質として知られる。
*オートファジー…細胞が本来持っているタンパク質を分解する仕組みの一つ
パーキンソン病には4大症状と呼ばれる代表的な運動症状があります。
パーキンソン病を診断するには、まずこれらの運動症状のうち1つでも当てはまるものがあるかどうかが判断のカギとなります。運動緩慢があればパーキンソン症状を疑い,さらに静止時振戦か筋強剛があればパーキンソン症状があると判断します.そのうえで、類似する症状を持つ疾患ではないことが証明され、L-ドパ製剤を内服することで効果がみられる場合に初めてパーキンソン病であるという診断が下されます。
パーキンソン病の運動障害はドパミンの欠乏によって脳波のリズムが変化してしまうことが原因とされています。そのため、治療としてドパミンを増やす目的でL-ドパ製剤の投与をしますが、長期的にこれを使用した治療を行なっているとジスキネジアなどの運動合併症や、幻覚・妄想などの精神症状が合併症として起きてしまうことも明らかになっています。これらの合併症を踏まえ、治療時は大量・断続的・長期のL-ドパ製剤投与をなるべく控えるよう心がけることが大切です。
パーキンソン病は上記のような運動症状がよく知られていますが、嗅覚障害、自律神経障害など実は多くの非運動症状も抱えています。なぜなら、パーキンソン病による神経変性は黒質ドパミン神経細胞*を超え、全身に広がっているからです。むしろ運動障害発症よりも20〜30年前に何らかの非運動症状が先に出ているのではないかと考えられています。運動障害が現れる進行期だけでなく、非運動症状が現れ始める発症期からしっかり診察していくことが必要です。
パーキンソン病の代表的な非運動症状の1つとして嗅覚障害が挙げられます。嗅覚障害はパーキンソン病患者さんのうち70~80%にみられる、日常の臨床現場では見過ごされやすい症状の1つです。日本では「においスティック(OSIT-J)」と呼ばれる日本人に馴染みのある香りで構成された嗅覚の評価方法を用い、検査することができます。
また、パーキンソン病は自律神経にも大きな影響をもたらします。そのため、下記のような障害を引き起こすことがあります。
この中で最も頻度の高い症状は便秘で、発症前〜発症初期にすでに出現していることが多いとされています。
*黒質ドパミン神経細胞…中脳にある黒質という部位ではドパミンが生成されている。パーキンソン病ではこの黒質の神経細胞が変性、脱落することにより、ドパミンの生成ができなくなり、欠乏してしまう。
パーキンソン病の非運動症状としてもう1つ重要視されているのが、うつ、認知機能低下、幻覚・妄想などの精神障害です。これらの症状は患者さんのQOL(生活の質)を大きく左右しますので、パーキンソン病患者さんを介護するご家族にも関心の高いトピックです。
パーキンソン病における精神障害はまずうつや不安、アパシー(気分が沈んで無気力になること)などの気分障害から始まります。パーキンソン病によるうつは神経物質の伝達がうまくいかなくなることが原因とされています。そのため、いわゆる大鬱病とは違い、希死念慮などの強い心の動きはなく、徐々に意欲や喜びが減衰していきます。気分障害によって周りに興味がなくなり、体を動かさなくなってくると、次に認知機能や運動機能に障害が生じるようになっていきます。記憶障害の強い患者さんの中にはアルツハイマー病を合併している患者さんもいます。
パーキンソン病の精神障害は最終的に妄想や幻覚を引き起こすこともあります。はじめは本人も幻覚であるということを認識できるのですが、3年も経過すると幻覚と現実の境がつかなくなり、妄想になってしまいます。このような症状に陥りやすいのはパーキンソン病の罹患期間が長いご高齢者といわれています。
パーキンソン病の画像診断はこの10年で大きな進歩を遂げています。今回はMRIとシンチグラフィーについてお話します。
パーキンソン病は通常のMRI検査で発見することはできません。そのため「ニューロメラニン強調画像」「磁化率強調画像」という2つの特別な撮影方法を用いて画像診断を行います。これらの撮影方法を用い、パーキンソン病を引き起こす黒質神経細胞の減少や、鉄の蓄積増加、あるいは黒質の中で最も早く変化が起きるNigrosome1を可視化することに成功し、すでに多くの医療施設で実用化されています。これらの画像診断は多系統萎縮症(MSA)、進行性核上性麻痺(PSP)、大脳皮質基底核変性症候群(CBS)、大脳皮質基底核変性症(CBD)、
正常圧水頭症、血管性パーキンソニズムなど、パーキンソンと類似した病気の鑑別の際に活用されています。
MIBG心筋シンチグラフィーはもともと心臓の自律神経の働きをみる検査です。しかし、1994年パーキンソン病がMIBG心筋シンチグラフィーの集積低下をもたらすということがわかり、2015年にはMIBG心筋シンチグラフィーがパーキンソン病の診断支持基準に初めて取り入れられました。パーキンソン病によるMIBG心筋シンチグラフィーの集積低下は心臓の交感神経の障害が原因であるということも明らかになっています。
従来のパーキンソン病診断の基準には下記のような問題点がありました。
上記のような問題点を踏まえ、Movement Disorder Society(MDS)では2015年に新しい診断基準を定めました。この診断基準は支持的基準・絶対的除外基準・・相対的除外基準という3つの基準を用いてより精密にパーキンソン病の診断が行えるよう取り決められています。また、患者さんの臨床的な症状に合わせて診断基準に幅をもたせることにより、発症してからなるべく早い段階で診断できるように工夫されています。今後はこの診断基準が全国のスタンダードになることでしょう。
パーキンソン病は中脳黒質にレビー小体(α-シヌクレインの凝集)が観察される神経変性疾患です。黒質の神経細胞が障害されることが原因でドパミンが減少し、パーキンソン症状が発現します。神経変性疾患には様々な不溶性の蓄積物が蓄積することがあり、例えばプリオン蛋白が凝集するプリオン病や狂牛病、βアミロイドが凝集するアルツハイマー病などがあります。これらを総称しconformation diseaseと呼ぶこともあります。
パーキンソン病のレビー病理所見は、嗅球・延髄から現れ始め、徐々に広がっていくことがBraakらにより示されました。これはパーキンソン病の臨床症状が、嗅覚症状などの非運動症状、運動症状、認知機能障害という順に症状が現れて来ることに合った仮説です。この進展を考える上で、近年ではα-シヌクレインがプリオンのように広がっていくという可能性が示唆されており、実験的にはα-シヌクレインを脳に移植する部位によってα-シヌクレインの広がりに差があるとも報告されています※。
また、パーキンソン病では神経細胞だけではなく、心臓、嗅球、筋層間神経叢、皮膚など全身に亘って病理的所見がみられます。心外膜神経束の免疫染色をみると、パーキンソン病とレビー小体型認知症では、TH(tyrosine hydroxylase) 陽性線維*の著明な減少が観察されます。こういった特徴はパーキンソン病関連疾患の神経病理を見分ける手がかりになります。そのほかパーキンソン病関連疾患である多系統萎縮症・進行性核上性麻痺・大脳皮質基底核変性症などでは抗α-シヌクレイン抗体で染色されるグリア封入体、抗リン酸化タウ抗体で染色されるタフト・コイル小体の有無、グリアにおけるタウ蓄積、繊維構造物など、病変の分布と蓄積物の違いがあります。各特徴の知識をもって診断することが重要です。
* TH 陽性線維…抗TH抗体に反応する神経線維。THはカテコールアミン作動性ニューロンに発現しているため、この線維の有無を確認することでカテコールアミン作動性ニューロンの検出が可能になる。
※Masuda-Suzukake M, et al. Acta Neuropathol Commun. 2:88. 2014.
【各講演の演者紹介】(敬称略)
▼パーキンソン病の歴史とガイドライン2017概括
服部信孝(順天堂大学脳神経内科)
▼パーキンソン病の発症・進展機序
高橋良輔(京都大学神経内科)
▼パーキンソン病の運動症状とその発症機序
花島律子(北里大学医学部神経内科)
▼パーキンソン病の非運動症状1
高橋一司(埼玉医科大学神経内科)
▼パーキンソン病の非運動症状2
柏原健一(岡山旭東病院神経内科)
▼パーキンソン病の画像診断
渡辺宏久(名古屋大学脳とこころの研究センター)
▼パーキンソン病の新しい診断基準と鑑別診断
武田篤(国立病院機構仙台西多賀病院)
▼パーキンソン病と類縁疾患の神経病理
長谷川一子(国立病院機構相模原病院神経内科)
関東中央病院神経内科 部長
織茂 智之 先生の所属医療機関
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