インタビュー

アルツハイマー病の治療-病気を理解することが最初の一歩

アルツハイマー病の治療-病気を理解することが最初の一歩
山田 正仁 先生

国家公務員共済組合連合会 九段坂病院 院長

山田 正仁 先生

この記事の最終更新は2016年01月20日です。

アルツハイマー病の治療は、薬物治療とそれ以外(ケアやリハビリ)にわけられます。薬物治療は現在、限定的な効果しか得られないため、それ以外の治療が大切となります。また、九段坂病院 院長 山田 正仁(やまだ まさひと)先生は、治療の前にアルツハイマー病そのものを理解してもらうことが特に重要であるとおっしゃいます。その理由と、具体的な治療法についてもお話しいただきます。

アルツハイマー病の治療を行うにあたりもっとも重要なことは、アルツハイマー病についてご家族にしっかりと説明し理解してもらうことです。なぜなら、もの忘れやうつ気分などは本人がしっかりしていないから起こるのだと誤解され、ご本人がご家族から指摘を受ける(たとえば、「少し前に話したばかり」であって「しっかりするように」と励ますなど)場合があるからです。これらの症状はアルツハイマー病によって引き起こされているとご家族が理解し、指摘することでは解決できず、本人のプライドを傷つけることにつながることをわかってもらうことが大切です。

認知症の方は「何もわかっていない」と思われがちですが、わたしはご本人が一番苦しいのではないかと思います。なぜなら、これまで自分でできていたことができなくなり、周りから指摘を受けても覚えていないということが起こるからです。アルツハイマー病では人間関係を深慮する気持ちはなくならないので、周りには何事もないかのように頑張って取り繕おうとしてしまうのです。

しかし取り繕うことも大きな負担となります。頑張りすぎては疲れますし、うつになったり、やる気がなくなるということが起こるのも想像できるのではないでしょうか。そこで元気がない、外に行きなさいとご家族から指摘があるとイライラや怒りの気持ちが生まれてくるのも自然なことです。ですから、これらのことをご家族にわかってもらうことから治療が始まります。そのうえで今後のケアや治療について考えていきます。

アルツハイマー病の治療は、薬物治療とそれ以外に大きく分かれます。わたしが必ずご家族にお伝えすることは、現時点での薬物治療の効果は限定的なので、それ以外のケアやリハビリをしっかりと行うことが重要であるということです。

現在、アルツハイマー病による認知症アルツハイマー型認知症)で使用される主な薬は次のとおりです。

 (i) コリンエステラーゼ阻害薬:ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン

 (ii) NMDA受容体拮抗薬: メマンチン

非定型抗精神病薬・抗てんかん薬・抗うつ薬・漢方薬(抑肝散)などを、相談の上適切に使用する(いずれも保険適応外)。

(引用:認知症疾患治療ガイドライン2010(コンパクト版2012))

前述したとおり、現時点での治療薬の効果は限定的です。抗認知症薬は認知症の症状に対して使用します。症状を改善する効果はありますが根本的な治療薬ではありません。症状を軽減させる効果はあっても症状は進行します。したがって、長期的にみると進行を遅らせる効果があることになります。

非定型抗精神病薬などBPSDに対する薬剤は、BPSDが現れて手に負えない場合に症状を改善するために使用します。BPSDは症状の項(参考「アルツハイマー病の症状-経過とともに進行する」)で述べたように、ケアなど環境の整備を通じてなるべく予防することが基本です。薬には根本的な治療効果はありません。また、BPSDがあらわれたときに使用してよいと認められている薬はなく、統合失調症うつ病の治療薬を応用して使用しているに過ぎないのです(保険適用外)。ですから、使用する際にはご本人・ご家族とよく説明して相談のうえ同意をいただき、症状が改善すれば薬をやめるようにします。

  • コリンエステラーゼ阻害薬3剤(ドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン)

コリンエステラーゼ阻害薬は、アセチルコリンのシナプスにおいてアセチルコリンを分解するコリンエステラーゼを阻害し、アセチルコリンを増加させシナプス機能を改善します。3剤のうち1つを選んで使用します。3剤の効果には差はないとされています。リバスチグミンはパッチ剤(貼り薬)です。

  • NMDA 受容体拮抗薬1剤(メマンチン)

グルタミン酸を神経伝達物質とするシナプスにおいて、カルシウムの過剰流入による神経細胞障害が起こるため、そこにメマンチンがふたをし、カルシウムの過剰な流入を防ぐという薬です。コリンエステラーゼ阻害薬と併用することができる唯一の薬です。

副作用については、コリンエステラーゼ阻害薬では吐き気・下痢がしばしば起こり、メマンチンにはめまい・眠気・頭痛・便秘などの副作用があります。薬の選択の際は剤型や副作用の有無や程度を考慮します。前述したとおり、これらの抗認知症薬は症状を改善しますが、脳病変(神経細胞)そのものをよくする、あるいは進行を止めるわけではありません。副作用によって体調を崩してまで飲む薬ではありません。早期から始め症状が軽減されると、軽度の期間が延長する(進行を遅らせる)ことができるため、早期から医師と相談して治療を考えていくことは重要です。

しかし、抗認知症薬を服用していても長期的にみると認知症は進行します。薬を飲んでいても良くならないといって薬を急にやめてしまうと急激に悪化してしまう患者さんもいますので、アルツハイマー病そのものの特徴、抗認知症薬やBPSDに対する薬の特徴などをしっかり理解するということが大切なのではないでしょうか。

薬物治療の効果は現時点では限定的ですので、認知症の方との接し方が重要となります。認知症の方とご家族が1日中一緒に過ごすのではなく、昼間はデイケアに通ったりしてお互いの時間をもちリフレッシュするということも大切です。ご家族のケアも重要なのです。早い段階から介護保険などの社会的資源を利用して、ケアマネージャーにケアの計画を相談しましょう。

アルツハイマー病について正しく理解することも、接し方を大きく変えるきっかけになるのではないでしょうか。たとえば、物盗られ妄想は一番そばにいる・面倒をみている人間が疑われやすいのですが、そのことを知っていれば、自分が疑われたときに「悲しみや怒り」の感情の前に、「自分が一番面倒をみているのだ」と思うことができるかもしれません。それによって接し方が変わる可能性も大いにあるのではないでしょうか。

現在、世界中でアルツハイマー病に対するさまざまな根本治療薬の研究開発が進んでいます。まだ開発の最終段階で成功した薬はありませんが、少しずつ成果がでてきています。また、発症前の診断が可能になってきたのに伴って発症予防のための介入研究も始まっています。大学病院などではアルツハイマー病の特徴である、Aβ(アミロイドβ蛋白)やタウ蛋白の蓄積に対する治療薬の臨床試験(治験)が活発に行われています。治験に参加することも可能ですので、大学病院などに問い合わせていただくとよいでしょう。

アメリカを始め世界中で認知症の研究が進んでいますが、世界に追随するのみではなく日本発の診断法や治療法が開発され、わが国が認知症克服に向けて世界に貢献することを期待します。

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