インタビュー

手足や体にしびれ・麻痺・痛みなどが起こる視神経脊髄炎スペクトラム障害――脊髄炎による症状の特徴は

手足や体にしびれ・麻痺・痛みなどが起こる視神経脊髄炎スペクトラム障害――脊髄炎による症状の特徴は
野原 千洋子 先生

東京都保健医療公社 荏原病院 神経内科 部長、東京都地域拠点型認知症疾患医療センター センター長

野原 千洋子 先生

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視神経脊髄炎(ししんけいせきずいえん)スペクトラム障害は、免疫の仕組みに異常が生じ、自分で自分の体の細胞を外敵とみなして攻撃してしまうことで引き起こされる自己免疫疾患の1つで、主に脊髄、視神経、脳に炎症が起こります。炎症の部位によって、目が見えにくくなる、手足がしびれる、しゃっくりが止まらないといったさまざまな症状が現れます。症状が急に進むケースもあるため、早期の受診が重要です。今回は、荏原病院 神経内科部長の野原 千洋子(のはら ちよこ)先生に、この病気の症状や治療方法、注意点などについてお話を伺いました。

視神経脊髄炎スペクトラム障害とは、免疫系に異常をきたし、視神経、脊髄、脳といった中枢神経に対して自ら攻撃を加えてしまう自己免疫疾患の1つです。この病気は従来“視神経脊髄炎”といわれていましたが、視神経と脊髄だけでなく脳などにも病巣が認められるケースもあり、近年は“視神経脊髄炎スペクトラム障害”と呼ばれることが増えてきています。そのためここでは、“視神経脊髄炎スペクトラム障害”としてこの病気を解説します。

症状は病巣ができる部位によりさまざまで、その程度も患者さんによって異なります。

ここでは、主な症状についてご説明します。

視神経炎の症状

急激な視力低下、あるいは視野障害(ものの見える範囲に障害が起こる)といった視覚障害が起こります。視野障害については、視野の上側もしくは下側が見えづらくなる水平性視野欠損や、両目とも左右同じ側が見えづらくなる同名性半盲などが起こるのが特徴です。

脊髄炎の症状

手足や体の一部がしびれる、感覚が麻痺する、力が入らない、手足がつっぱってスムーズに動かせないといった症状がみられます。背中や胸に強い痛みを感じる方も多く、帯状疱疹(たいじょうほうしん)のようなビリビリする感覚、あるいは体をきつく締め付けられる感覚とも表現されます。衣服の着脱も困難なほどの痛みから、皮膚科を受診される方もいます。

そのほか、膀胱や尿道のはたらきが阻害されると、排尿困難や残尿感、頻尿、さらには排便障害といった排尿・排せつ障害が起こる場合もあります。

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脳の病巣による症状

しゃっくりが止まらない、吐き気が長く続く、嘔吐を繰り返すといった症状が現れます。このような症状は延髄(えんずい)最後野(さいこうや)という部分に病巣があるときに出るため最後野症候群と呼ばれ、視神経脊髄炎スペクトラム障害の発症時に約1割の方がこれらの症状を自覚しています。また、しゃっくり、吐き気は平均で14日間、嘔吐は1日に平均で5回と、比較的長く続くことが国際データベースの解析結果からも明らかにされています。

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視神経脊髄炎スペクトラム障害における脊髄の症状の多くは、横断性脊髄炎により引き起こされます。

脊髄には、脳の情報を集めて末梢(まっしょう)に伝え、末梢の感覚を脳に伝えるという仕組みがあります。つまり脳と各器官が脊髄によって情報伝達を行っているのです。

横断性脊髄炎は、脳から腰にかけて長く連なる脊髄を特定の位置(高さ)で輪切りにしたとき、その面全てに炎症が起こっているような状態です。炎症が横断的に広がり、炎症を起こしている位置より下の末梢と脳との情報のやり取りが遮断されてしまうため、麻痺や感覚障害といった症状が広範囲に現れます。

このため、どの位置で横断性脊髄炎(炎症)が起きているかによって、症状の出方は異なります。炎症が起こっているのが脊髄の上側の位置であれば、全身に痛みやしびれなどの症状が出やすく、手足に麻痺や脱力などの運動症状も現れます。脊髄の下側の位置であれば足の麻痺や痛みといった症状が現れます。

最初にみられる症状やその広がり方、強く症状が出る部位、進行速度には大きな個人差があります。背中の痛みから始まり、しびれが出て次第に筋力が低下していくという方もいれば、両足の麻痺が中心で、痛みはあまり出ないという方もいます。

早期に診断を受け、適切な治療を開始すれば当初の症状は改善に向かいます。しかしながら、多発性硬化症などの類似疾患と比較すると、視神経脊髄炎スペクトラム障害は全般的に症状の進行するスピードが速いといわれています。また、症状は多発性硬化症よりも重症であり、非常に速い例では、数時間ほどで重症化してしまう方もいます。そのため、経過観察やほかの病気と診断されると、必要な治療の開始時期が遅れ、失明や歩行機能障害といった重篤な後遺症が残る場合もあります。

この病気の症状は実にさまざまで、先に述べたような症状から判断して眼科や皮膚科、消化器内科といった診療科を受診される患者さんが多くいらっしゃいます。ところが視神経脊髄炎スペクトラム障害は一般的によくみられる病気ではないので、普段この病気を診断する機会がないような診療科の医師が、その症状から視神経脊髄炎スペクトラム障害を疑うのは容易ではありません。

たとえば、吐き気や嘔吐などの症状があると消化器内科を受診される方が多いでしょう。しかし、これらの症状が視神経脊髄炎スペクトラム障害によっても現れることを、全ての医師が認識しているとは限りません。そこで「消化器には異常がない」と判断され経過観察となると、診断や治療が遅れてしまいます。

また大脳などに病巣がみられ、頭痛や半身麻痺があると、脳腫瘍(のうしゅよう)と間違えられるケースもあります。

患者さんが早期診断・早期治療にたどり着く可能性を高めるためには、医療従事者をはじめ広く社会が視神経脊髄炎スペクトラム障害の症状について理解することが重要です。多くの医師が初診でこの病気を疑い、必要な検査を行ったり神経内科に紹介したりするようになれば、早期診断の可能性はよりいっそう高くなります。そして、多くの方が視神経脊髄炎スペクトラム障害を知れば、自分や周囲の人に症状が出たときに、この病気の可能性を意識しながら受診するようになるでしょう。社会全体が視神経脊髄炎スペクトラム障害という病気に対する理解を深めていく必要があると感じています。

視神経脊髄炎スペクトラム障害は、長年にわたり多発性硬化症などの病気との差異について議論されていました。2004年から2005年にかけて、視神経脊髄炎に特異なIgG抗体*1“抗アクアポリン4(AQP4)抗体*2”が見つかり、これをきっかけに病気の原因解明が進むことになります。現在、多発性硬化症とはまったく別の病気であると分かっており、治療法も進歩してきました。

MN作成

脳や脊髄といった中枢神経内にアストロサイト*3という細胞があり、神経に栄養を運んだり、神経細胞のはたらきをサポートしたりしています。このアストロサイトの足突起(そくとっき)部分が末梢の血管と中枢神経系とをブロックする血液脳関門*4を形成しています。そして、その足突起部分に水分子の出入りを調節するアクアポリン4(AQP4)*5というタンパク質が多く存在します。

典型的な患者さんの血液中には、このAQP4を攻撃する抗AQP4抗体が出現しています。抗体というのは本来、ウイルスや細菌などから体を守るはたらきをするものですが、抗AQP4抗体は逆に体にダメージを与えてしまいます。

AQP4に抗AQP4抗体が結合すると、足突起に強い炎症を起こし血液脳関門にまでダメージを与えます。最終的には神経細胞を破壊するに至り、視神経脊髄炎スペクトラム障害のさまざまな症状を引き起こすのです。

*1 IgG抗体:血液中に多く存在する抗体。細菌や毒素と結合し、異物を排除する

*2アクアポリン4(AQP4)抗体:アクアポリン4(AQP4)を異物とみなして攻撃する抗体

*3アストロサイト:神経細胞を支え、必要な物質を供給している細胞

*4血液脳関門:血液中から脳組織への物質の移行を厳密に制御する仕組み

*5アクアポリン4(AQP4):細胞への水分子の出入りを調節するタンパク質

視神経脊髄炎スペクトラム障害の診断に際しては、主に次のような検査を行います。

血液検査

血液中に抗AQP4抗体があるかどうか調べる検査で、この病気の診断に欠かせません。ただし、同じ患者さんでもステロイド治療による影響などで時期によっては陰性と出る場合があります。また、症例によっても陰性と出る場合があります。

MRI検査(脳MRI、脊髄MRI)

強い磁気と電波を用いて脳や脊髄などの断面画像を撮影し、この病気に特徴的な病変の有無を確認する、極めて重要な検査です。

髄液検査

背中から背骨の間に針を刺す腰椎穿刺(ようついせんし)(ルンバール)という方法で髄液を抜き取り、髄液中の細胞数やタンパク質の濃度などを調べます。

眼科検査

視力検査、視野検査、瞳孔反射などの検査を行い、視神経のはたらきを確認します。

2015年の改訂診断基準に基づいて診断します。現在の診断基準では、抗AQP4抗体が陽性か陰性かにかかわらず診断できるようになりました。

血液検査で抗AQP4抗体が陽性の場合、視神経炎、急性脊髄炎、ほかの原因によらないしゃっくり・嘔気・嘔吐を起こす最後野症候群のエピソードなど6つの主要臨床症候のうちいずれか1つがあることに加え、ほかの自己免疫疾患などの除外診断が必要です。

一方、抗AQP4抗体が陰性の場合でも視神経脊髄炎スペクトラム障害が否定されるわけではありません。主要臨床症候のほとんど全てを認めた場合、除外診断を行ったうえで診断されます。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の治療は、症状が出たときの急性期治療と再発予防のための治療、残った症状を和らげる対症療法の3本柱で行われます。

発症直後は、病巣に起きた炎症を鎮めるため、ステロイドを3~5日間点滴投与するステロイドパルス療法を行います。これを1クールとして、通常1~2クール行います。

これにより改善がみられなければ、早期に血漿交換療法(けっしょうこうかんりょうほう)に移行します。これは血液をいったん体外に取り出し、好ましくないはたらきをする抗体を除去して再び体内に戻すという治療です。

この病気は治療をしなければ年1~1.5回再発するといわれ、再発のたびに症状が悪化し、後遺症が増えていく可能性があります。重篤な後遺症を残さないためにも、再発予防は重要です。

再発予防についてはステロイド薬と免疫抑制剤を用いる治療が一般的ですが、ステロイド薬の長期服用による副作用の問題もあります。

近年、視神経脊髄炎スペクトラム障害の病態に特化した生物学的製剤(抗モノクローナル抗体製剤)が複数開発され、従来の薬での治療が難しい場合などに使用されるようになりました。今後は生物学的製剤が治療の主流になると予想されますが、従来の治療薬との使い分けの基準策定などが課題になると考えています。

急性期治療を適切に行ったとしても、症状が残ってしまう場合があります。

そのようなときには、症状を和らげるための治療を行います。痛みやしびれ、排せつ障害といった症状の軽減を目指す薬物治療のほか、筋力の保持を目的としたリハビリテーションも大切な対症療法の1つです。

この病気は下肢に麻痺が残るケースが多いため、当院ではリハビリテーションスタッフが入院中の歩行訓練をサポートしています。また退院後もリハビリテーションを継続できるよう、足を使った有酸素運動のプログラムを患者さんの状態に合わせて提案しています。

まずはマスク着用、手洗い、密を避けるといった基本的な感染対策が重要です。また、同居のご家族も同様の対策を徹底していただければ、より強固に患者さんを守れるでしょう。

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免疫が低下していると新型コロナウイルスに感染しやすい、あるいは重症化しやすいという不確かな情報が広まり、免疫抑制剤による再発予防治療を自己判断で中断してしまう患者さんがいらっしゃいますが、これは絶対に避けていただきたいと思います。再発予防治療を中断してしまうと再発のリスクが大幅に高まります。コロナ禍であっても基本的な感染防御をしつつ再発予防治療を継続することが非常に重要です。

再発すれば病態は悪化し、後遺症が残ります。さらに万一、コロナ禍で病床がひっ迫している時期に再発してしまうと、すぐに入院できないという事態も考えられます。また、再発時の急性期治療で行われるステロイドパルス療法は、その後新型コロナウイルスに罹患した際の重症化リスクを高めるともいわれています。

このように再発リスクと新型コロナウイルス感染症の重症化、両方のリスクを高めてしまうため、再発予防治療の自己中断は避けるべきです。場合によっては別の視神経脊髄炎スペクトラム障害の薬への変更も検討できますので、ご心配でしたら必ず主治医にご相談ください。

視神経脊髄炎スペクトラム障害の患者さんも、新型コロナウイルス感染防御対策としてワクチン接種が推奨されています。副反応が出やすい、また病気の再発リスクが高まるといった報告は出ていないため、接種を前向きにご検討ください。同居のご家族など周囲の方も、可能な限り接種いただければと思います。

もちろん、ワクチン接種後も継続して基本的な感染対策の徹底に努めましょう。

視神経脊髄炎スペクトラム障害は症状が出たときに早期に診断し、いかに早く的確な治療を開始できるかが重要なポイントになります。しかし残念ながらこの病気はまだ認知度が低く、症状が進行して診断される方や、不適切な治療を受けていたという患者さんはいらっしゃるのが現状です。そのため医療関係者や患者さん、ご家族はもちろん、一般の方にもこの病気について広く知っていただきたいと思っています。

近年、視神経脊髄炎スペクトラム障害の病態の解明、治療方法が著しく進歩しています。

視神経脊髄炎スペクトラム障害だと診断されたからといって、それまでの生活や将来の希望を全て諦める必要はありません。仕事を続け、お子さんを産み育てている方もいらっしゃいます。心身に無理のかからない範囲で、診断前に近い生活を続けていただきたいと願っています。

病気と付き合いながら充実した人生を送るには、再発予防のための治療が必須です。そしてご家族や周囲の方も、患者さんに過度の負担がかからないよう、できる限りのサポートをお願いします。何か不安があれば自己判断せず、必ず主治医にご相談ください。

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