「起こす必要のない感染症はできるかぎり予防すべきである」という考えが、医療の基本です。しかし、ワクチンに関する不利益な側面を知ることによってワクチンへの恐怖が拭いきれないのも、多くの方の本音ではないでしょうか。私たちは、ワクチン接種のリスクや副作用をどのように認識し、どのように選択したらいいのでしょうか。東京都立小児総合医療センターの堀越裕歩先生にお話をうかがいます。
ワクチンは、定期接種化されていないと自己負担になってしまうため、何を接種するかの選択性も多くの方にとって重要な問題になるでしょう。一番安いワクチンでも、接種の際に窓口で支払う金額は6,000円ほどです。金額だけ見ればそれほど大きな金額には見えないかもしれませんが、たとえば、若い世代のご夫婦や、お子さんがたくさんいらっしゃるご家庭の場合、ワクチン接種1本の金額も、まったく負担にならないとはいえません。この費用の問題も、ワクチン接種を遠ざけてしまう理由のひとつだと考えます。
では、その6,000円をどのワクチンに使えばいいのか、というのは親御さんにとっても非常に難しい問題です。数あるワクチンや、深刻な合併症のある多くの病気をひとつひとつ親御さんが調べあげることもまた、現実的ではないでしょう。ですから、私たち医師も、まだみなさんに十分知られていない小児感染症やその危険性についてもっともっと啓蒙や教育をすべく、インターネットなどでVPD(ワクチンのある感染症)の情報を提供するなどの取り組みをしています。しかしインターネットでは、本当に正しい情報だけでなく、ワクチンに対する否定的で不確かな情報までも不必要に獲得してしまうこともあります。ですから、もっとも望ましいのは、お子さんのかかりつけの小児科の医師に相談することだと思います。
VPD(Vaccine Preventable Diseases) ワクチンがある=予防できる感染症
・おたふくかぜ ・風疹
・ヒブ感染症 ・破傷風
・ヒトパピローマウイルス ・髄膜炎菌
・狂犬病
ワクチンの種類にもよりますが、一般的に「不活化ワクチン※」とよばれるワクチンの場合、接種した直後に副反応がでることがあります。赤ちゃんのうちに接種することの多い、肺炎球菌、ヒブ、四種混合ワクチンなどがそれにあたります。これらのワクチンに関しては、翌日くらいに症状が表れることが多いです。なかでも、副反応の頻度が高く一番よく知られているのは肺炎球菌の場合で、発熱することがあります。そのほか、接種した患部が痛む、赤く腫れるなどもよくみられる症状ですが、基本的には数日でよくなりますし、発熱は1日以上続くことはほとんどありません。それに対して、肺炎球菌による髄膜炎などでは、命を落とすこともあるので、予防のメリットが副反応のデメリットを明らかに上回ります。
「生ワクチン※」と呼ばれるワクチン、おたふくかぜ・水痘・麻疹などに関しても、接種後1週間くらいで微熱が出たり、軽い皮膚症状が出たりしますが、重症化することはほとんどありません。
ワクチン接種で医師が一番危惧するのは、非常に稀な副反応ですが、アナフィラキシーショックです。しかし、アナフィラキシーショックが発症するのは、多くは接種してすぐですから、帰宅後に自宅で症状がでるということはありません。また、クリニックや病院で接種する場合、15分~20分は観察にしてから帰宅を促す(アナフィラキシーがないことを確認してから帰宅を指示する)ので、ワクチンを接種したショックによって亡くなってしまうような事態になることは極めて稀です。またアナフィラキシーは、ワクチンに限ったことではなく、普段、口にしている食べ物や病院で処方されるお薬などでも起こり得ます。アナフィラキシーは怖い病気ですが、過去に同じワクチンで起こしたことがあれば接種できませんが、非常に稀ですので起こしたこともないのにアナフィラキシーを恐れる必要はありません。
ワクチン接種後に自宅で注意していただきたいのは、徐々に皮膚の発赤や腫脹が拡がってきた場合です。四種混合などの場合は軽く赤みが数センチでることはあるのですが、もしお子さんの上腕が赤く腫れあがってパンパンになってしまうなどの症状が表れた場合は、すぐに病院を受診したほうがいいでしょう。
医学的な考え方として、ワクチンを接種した場合の副作用と、病気にかかった場合の危険性を比較した場合、病気にかかった場合のほうがはるかに不利益があると考えます。さらにいえば、製品化されているワクチンは、その副作用よりも、接種した場合の効果のほうがはるかに高いからこそ製品化されているのであり、それほど病気にかかった場合の不利益は大きいと考えられています。
また、よく目にする相談のなかに、「予防接種に行ってインフルエンザなどほかの感染症をもらってしまった」というお話もあります。しかしそれはワクチンを接種したからインフルエンザになってしまうわけではありません。ワクチンと無関係にかかってしまっているのです。最近のクリニックでは、予防接種の外来と一般外来を分けて診療にあたっているところもあります。小児科診療のあるクリニックでは感染症にかかったお子さんを診療することが多いので、必然的にウイルスが多い環境になってしまいます。それでは当然、待合室などで感染する確率も高くなりますから、もしどうしても心配な親御さんは、一般外来と予防接種外来を分けて診療にあたっているようなクリニックを選んでかかられるのもいいのではないでしょうか。
残念なことに、医療に100パーセントの安全はありません。ワクチンを接種したからといって100パーセントその病気にかからないとも言い切れませんし、副作用はまったく生じないということも言い切れません。
しかしそれは、どんな治療法にも薬にもいえることです。繰り返しますが「ワクチンの副作用と病気にかかった場合のリスクを考えた時、どちらのほうが患者さんにとって不利益になるか」を基準に医療は考えられています。親御さんにはぜひ慎重にワクチン接種を検討していただき、必要であればお子さんのかかりつけ医に積極的に相談していただきたいと思います。
※不活化ワクチン…細菌やウイルスの毒性をなくし、抵抗力をつけるために必要な成分だけを取り出しワクチン化したもの。
※生ワクチン…生きたウイルスや毒性を弱めたウイルスを接種することにより、体の状態をその病気にかかった状態と同じくすることによって抵抗力をつけようとするワクチン。
WHO Western Pacific Region Office, Field Epidemiologist、東京都立小児総合医療センター 感染症科 非常勤
日本小児科学会 小児科専門医・小児科指導医日本小児感染症学会 暫定指導医米国感染症学会 会員欧州小児感染症学会 会員米国小児感染症学会 会員米国病院疫学学会 会員米国微生物学会 会員
小児患児に感染症が多いにも関わらず、それぞれの診療科が独自に感染症診療を行うという小児医療の現状を変えるべく、2008年トロント大学トロント小児病院感染症科に赴任。感染症症例が一挙に集約される世界屈指の現場において多くの臨床経験を積むとともに、感染症専門科による他診療科へのコンサルテーションシステム(診断・助言・指導を行う仕組み)を学ぶ。2010年帰国後、東京都立小児総合センターに小児感染症科設立。立ち上げ当初、年間200件~300件だったコンサルタント件数は現在1200件を超える。圧倒的臨床経験数を誇る小児感染症の専門家がコンサルタントを行うシステムは、より適正で質の高い小児診療を可能にしている。現在は後進育成にも力を注ぐ。
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