COPD(慢性閉塞性肺疾患)は、「21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)」のなかで、糖尿病やがんなどと並んで「対策を必要とする生活習慣病」として取り扱われています。COPDがこのように重視されるのは、病気自体が死因となる例があるだけでなく、肺がんや肺炎など、極めて危険な病気に繋がることもあるためです。
COPDの主な原因はたばこですが、非喫煙者の方も発症することがあり、喫煙者だけがかかるというイメージは払拭していかねばなりません。日本ならではのCOPDの原因について、北海道大学病院内科Ⅰ科長の西村正治教授にお話しいただきました。
COPD(慢性閉塞性肺疾患/chronic obstructive pulmonary disease)とは、たばこの煙などに含まれる有害物質を長期にわたって曝露することで、肺に炎症が起こる生活習慣病のひとつです。長い年月をかけて有害物質にさらされることが背景にあるため、中高年で発症することが多く、日本では特に高齢になって発症するケースが増えています。
COPDは、長らく「慢性気管支炎」や「肺気腫」の総称とされていました。そのため、患者数の多さに比して、「COPD」という疾患名を知らない方は非常に多く、認知度は国民の4人に1人(約25%)程度に留まっています。
しかしながら、COPDは日本人の死因10位を占める疾患であり、肺炎や肺がんにかかるリスクを高めるという意味では、非常に怖い病気でもあります。そのため、国が掲げる「健康日本21(第2次)」では、COPDの認知率を10年間で80%まで高めるという目標も定められました。
本記事を通し、息切れや痰、咳などを主な症状とするCOPDとはどのような病気か、また、なぜ軽症でも放置してはいけないのかを、詳しくお伝えしていきます。
COPDの原因は、主にたばこ煙に含まれる有害物質を取り込むことです。そのため、日本でCOPD患者の男女比をみると、男性患者が圧倒的に多くなっています。一方、女性の喫煙者の割合も高い欧米などでは、COPD患者のうち3~4割を女性が占めています。このことからもわかるように、「男性であること」自体が、この病気のリスク因子になるわけではありません。
また、日本では軽症・中等症のCOPDを発症している、喫煙習慣のない女性もおられます。この原因は、「受動喫煙」にほかなりません。
かつて日本では、会議室、映画館、飲食店などで、ごく当然のこととして喫煙が認められていました。今の若い方には想像もつかないかもしれませんが、たばこの煙がモクモクと漂う環境下で日常生活を送るという時代もあったのです。
「COPD=喫煙者がかかる疾患」というイメージが定着していますが、特に高齢の女性や喫煙習慣のある方のご家族には、「非喫煙者でもCOPDに罹患することがある」という事実を知っていただきたいと願います。
現在の日本ではあまり話題にのぼりませんが、PM2.5による大気汚染がCOPDの原因となることもあります。PM2.5には、たばこの煙に含まれる有害物質のみならず、工場などから立ちのぼる化学物質や車の排気ガスなど、様々な理由で空気中に排出された粒子状の物質が含まれています。したがって、COPDは喫煙が主たる原因となるものの、たばこだけにより発症する病気ではないといえます。
最近になり、COPDは「もともと肺の成長が悪い人のほうが発症しやすい」と考えられるようになりました。たとえば、子どもの頃に呼吸器系の感染症などを繰り返してしまうと、肺が十分に成長しないことがあります。
肺の機能は男性で25歳、女性は20歳~20歳代前半でピークを迎え、この時期を境に低下していきます。これは、加齢によるあらゆる生理機能の低下現象のうちのひとつです。
たばこのみが原因のCOPDの場合は、喫煙によって上述した肺の機能低下速度が加速し、ある閾値に達することで息切れや喀痰などの症状が現れます。
一方、もともと肺の成長が不十分な人は、同じだけの有害物質にさらされたとしても、肺の成長が十分な人に比べ閾値に達するタイミングが早くなるため、COPDを発症しやすくなるというわけです。
また、もともとの肺機能はよい場合でも、たばこの煙に対する感受性が高い(反応しやすい)と、機能低下速度は早まるため、COPD発症のタイミングも早くなります。
このように、COPDを発症するタイミングは、加齢、もともとの肺機能、たばこの煙に対する感受性など、様々な要素が相まって決まるため、全く同じように喫煙していた方同士でも早い人と遅い人がいるのです。
同じ喫煙者のなかでも発症する人としない人がおり、更にCOPD患者が多い家系もあることから、これまで長い歳月をかけて、COPDの遺伝的背景を探る研究が行われてきました。しかし、候補となる遺伝子は多数挙がっているものの、「この遺伝子を持っていたらCOPDを発症する」といった決定的な遺伝子はみつかっていません。
つまり、COPDは複数の遺伝子変異により起こる、多因子遺伝性疾患である可能性が高いということです。
唯一、COPDとの因果関係がわかっている遺伝性疾患として、「α1-アンチトリプシン欠損症」という病気が挙げられます。これは、肺を壊すタンパク分解酵素(プロテアーゼ)から自己を守るアンチプロテアーゼのひとつが、先天的に欠損してしまっている疾患です。
欧米では、全COPD患者のうち、α1-アンチトリプシン欠損症の方が数%いるといわれています。しかし、日本ではα1-アンチトリプシン欠損症はわずか20家系ほどしかみつかっていません。
したがって、α1-アンチトリプシン欠損症は欧米人とアジア人が分かれてから発生した、人類史的には比較的新しい遺伝性疾患と考えることができます。
ですから、日本人のCOPDは、特別な遺伝性疾患とはほぼ関係していないといえます。
冒頭で、COPDは従来「慢性気管支炎」や「肺気腫」と呼ばれていたと述べました。しかし、これはCOPDが起こるメカニズムを考えると正しいとはいえません。この理由をご理解いただくため、本項では、COPDの発症メカニズムについてお話します。
1本の気管が枝分かれした太い気管支は、肺の中で更に10回から20回ほど枝分かれします。その先にはぶどうの房のような「肺胞」(空気の房)があります。
合計でおよそ3億~4億ある肺胞へと繋がる、内径2mm未満の非常に細い気管支のことを「末梢気道」といいます。COPDとは、この「末梢気道」とその先の「肺胞」に炎症が起こる疾患です。
慢性気管支炎とは、枝分かれを繰り返す前の比較的太い気管支に起こる炎症であり、末梢気道と肺気腫の炎症を指すCOPDとは本質的に異なります。
肺気腫とは、肺胞の壁に炎症が起こり、壁が破壊されて「ぶどうの房」のような気腔の集まりが「巨峰の房」のように大きくなっていく病気です。COPDでも多かれ少なかれこの肺気腫が起こりますが、それだけではなく必ず慢性の末梢気道炎症を伴っており、その両者の病変が相俟って肺の働きを低下させているので、肺気腫とだけ呼ぶのは正しくはないということになるのです。
慢性気管支炎は、末梢気道ではなく太い気管支に炎症が起こる疾患です。太い気管支は細い気管支に比べ分泌機能が高いため、喫煙などにより粘膜に炎症が起こると、気道分泌物である「痰」が出やすくなります。喫煙を続けているCOPD患者で咳・痰が多いのはそのためです。このような慢性気管支炎の症状は、多くの場合、喫煙をやめることで治まります。
一方、COPDという病気の本質は、「末梢気道と肺胞に炎症が起こり、肺胞の組織が破壊される」というものです。組織の破壊は「過去の出来事」であり、元に戻ることはありません。
そのため、既にたばこをやめており、現在は喀痰症状がない場合でも、COPDを発症していることはあります。
慢性気管支炎の症状である痰は出なくなっていても、COPDの治療で息切れは楽になり、COPDがリスクとなる肺炎を予防し、また肺がんを早期にみつけるための検診を受けていただく必要があるため、両者の違いを明確化させることは重要です。
COPDは呼吸機能が落ちていく進行性の病気であり、理論上は「元に戻る」ということはありません。そのため、かつてCOPDは「発症してしまったら為す術がない病気」というイメージをもって語られていました。
しかし、進行速度を加速させている喫煙をやめることで、進行の程度を抑えることは可能です。
また、治療の改良も進み、現在では中等症や重症のCOPDでも、肺の働きを改善させる薬物治療や呼吸リハビリテーションによって、ある程度まで症状を軽減させることができるようになりました。
次の記事2『COPDの病期分類と危険性-重症でなくとも早期治療と「肺がん検診」を受けよう』では、COPDの治療についてお話します。
北海道大学 名誉教授、豊水総合メディカルクリニック 、一般社団法人北海道呼吸器疾患研究所
日本内科学会 認定内科医・内科指導医日本呼吸器学会 呼吸器専門医
呼吸病態生理学、とくにCOPDを専門とし、これまでに日本呼吸器学会理事長、日本学術会議連携会員、日本内科学会理事・評議員、日本肺癌学会評議員、日本アレルギー学会評議員、日本呼吸ケア・リハビリテーション学会理事、日本肺高血圧・肺循環学会常務理事を歴任する。教授・科長を務める北海道大学大学院呼吸器内科学講座、北海道大学病院 内科Iでは、教室の伝統である「全身を診られる良き臨床医を育てる」という理念のもと呼吸器疾患全般をカバーし、臨床・研究・教育すべてに全力を注ぐ。教室からは、北海道外に慶應大学呼吸器内科、筑波大学呼吸器内科等へ教授を輩出している。
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