高齢化に伴い増加の一途をたどる心不全。横須賀市立うわまち病院では、「横須賀市を心不全パンデミック対応モデル地域に」という趣旨のもと、近い将来起こるとされている心不全パンデミックに対する取り組みを行っています。その取り組みの一環として、2019年3月6日(水)、第3回心不全パンデミック講演会が行われました。今回は本講演会のレポートをお届けします。
第1回、第2回心不全パンデミック講演会は、記事1『第1回心不全パンデミック講演会−横須賀市を心不全パンデミック対応モデル地域に』、記事2『第2回心不全パンデミック講演会−横須賀市を心不全パンデミック対応モデル地域に』をご覧ください。
はじめに、開会の辞として横須賀市立うわまち病院の病院管理者である沼田裕一先生より開会の辞がありました。
沼田先生:
人生の最後をどのように過ごすかを、ご本人やご家族、医療従事者間であらかじめ話し合っておく「アドバンスドケアプランニング(ACP)」が近年注目されています。心不全の患者さんの場合、慢性心不全の急性増悪と軽快を繰り返し、長い時間をかけて徐々に心機能が低下していきます。そしてその間に、突然死に至ることもあります。このような症状経過から、心不全の患者さんに対しては、なるべく早期にACPの介入を行い、終末期まで考えていく必要があります。
同時に私たち医療従事者は、心不全を治療するための最善を尽くさなくてはなりません。そこで今回の講演会では、演者の先生方に適切な手術方法や治療のマネジメント方法などについてお話しいただきます。ぜひ今回の講演会で知識を持ち帰っていただき、日々の心不全診療に役立てていただきたいと思います。
続いて、横須賀市立うわまち病院 心臓血管外科部長である安達晃一先生のご講演が行われました。本講演の座長を務めたのは、横須賀市立うわまち病院の副病院長・循環器内科部長・集中治療部部長である岩澤孝昌先生です。
安達先生:
心不全パンデミックといわれるように、高齢化に伴い心不全の患者さんが激増しています。同時に高齢者に対する心臓手術も増加しています。実際、当院では心臓血管外科で開心術を行う患者さんの30%以上が80歳以上の高齢者です。
特に、大動脈弁狭窄症は高齢者数に比例して増加する特徴があります。そのため手術の対象患者さんは今後も増加し続け、年齢もますます高齢化していくと考えられます。そこで、「MICS(低侵襲心臓手術)」が、近年徐々に広まりつつあります。MICS(ミックス)とは、「Minimally Invasive Cardiac Surgery」の略で低侵襲心臓手術という意味です。
※MICSに関する詳細はこちらの記事をご覧ください。
当院ではMICSが適応となる患者さんに対しては、以下の手術をMICSで行っています。
多くの病院では、冠動脈バイパス術は胸骨正中切開で行われることが多いですが、当院では左小開胸のMICSで行っており、3枝病変まで対応しています。また大動脈弁と僧帽弁疾患の同時手術にもMICSで対応しています。
2018年に当院で行った全110例の心臓手術のうち41例(37%)はMICSで行っており、大動脈弁置換術は40%、僧帽弁置換術は66%、僧帽弁形成術は57%がMICSによる手術でした。
それでは、当院におけるMICS-AVRについてご説明します。MICS-AVRとは、小開胸大動脈弁置換術*の略です。
当院では「ストーンヘンジテクニック」という方法を用いてMICS-AVRを実施しています。術野が、イギリスにあるストーンヘンジという遺跡に似ていることから、このような名称で呼ばれています。
大動脈弁置換術…大動脈弁狭窄症(弁が狭くなること)や大動脈弁閉鎖不全症(弁が閉じにくくなること)に対し、壊れた弁を人工弁に置き換える手術
ストーンヘンジテクニックは、心膜を糸で吊り上げて、心臓を右胸壁方向へ引き寄せる方法です。大動脈弁はMICSの切開創からは約12〜15cm離れており、そのままでは大動脈弁に手が届きません。そのため、柄の長い特殊な持針器や鑷子を用いて行われることが多いです。
しかし、ストーンヘンジテクニックで心臓を引き寄せることで、そのような特殊な機器を使用する必要がなく、胸骨正中切開と同じようにMICS-AVRを行うことが可能です。
またMICS-AVRでは、血流が漏れないように糸でしっかりと結ぶことが重要ですが、通常の方法ではノットプッシャーと呼ばれる機器で間接的に糸を結ぶため、感覚が分かりづらいことがあります。しかしストーンヘンジテクニックは、手で直接糸を結ぶことができます。MICS専門の手術器具なくても、糸結びをしっかりとできる点は、大きな特徴といえます。
右小開胸が難しい場合には、胸骨部分切開のMICS-AVRを行います。最近では、大動脈弁狭窄症の90歳以上の症例に対してもMICS-AVRを行っており、術後およそ1週間後にはご自身で立つことができるまでに回復されています。
これから先、高齢化がさらに進んでいくことによって、治療法はどんどん低侵襲化していくと考えられます。そのなかで、カテーテル治療であるTAVIが進化していく一方、MICSも今後さらに進化していくことでしょう。
引き続き、横浜市立大学附属病院 心臓血管外科准教授である郷田素彦先生のご講演がありました。座長は引き続き、岩澤孝昌先生です。
郷田先生:
本日は重症心不全に対する補助人工心臓「VAD(Ventricular Assist device:バド)」に関する横浜市大における取り組みについてお話しします。
VADは、左心室の心尖部から引き抜いた血液を上行大動脈に送りこむことで、心臓の代替的な役割を果たします。「体外設置型VAD」と「植込型VAD」があり、それぞれ装着の目的が異なります。
<体外設置型VAD>
<植込型VAD>
それでは、当院における体外設置型VADの実際の症例についてご紹介します。まずは、抗がん剤の1種であるアドリアマイシンの副作用によって心筋障害を起こした症例です。
この患者さんは、悪性リンパ腫に対してアドリアマイシンを含む化学療法を施行後、悪性リンパ腫は寛解に至ったものの、その後アドリアマイシン心筋障害の診断で経過観察を行っていました。そして経過観察中に心不全の急性増悪をきたし、VADによる救命が必要と判断したため、手術を行うことになりました。
術後、内科的に心不全治療を継続しているなかで、VADの深刻な合併症のひとつである脳出血を発症されました。これに対して開頭血腫除去を行い、その後リハビリを行っています。
次にご紹介するのは、拡張相肥大型心筋症の症例です。この患者さんは心不全の診断で近隣の病院に入院後、精査によって僧帽弁閉鎖不全症と三尖弁閉鎖不全症を認めたうえ、右心房・右心室・左心室・左心房のすべてに血栓を認め、心腔内血栓摘除目的で当院に転院搬送となりました。
手術で心腔内の血栓を摘除したあと、弁形成術も併せて行いました。しかし術後も左室駆出率*が改善せず、救命のため体外設置型VADを装着することになりました。その後は、心臓移植登録を行い、東京大学で植込型VADの装着を行っています。現在は在宅治療を行いながら、心臓移植待機中です。
左室駆出率…1回の心拍で心臓が送り出す血液量(=駆出量)を心臓が拡張したときの左室容積で割った値
ご紹介した2例のほか、当院ではこれまで5例の体外設置型VADの手術を行っています。それらの症例を通じて、VADの手術を行うためにはチームの連携が非常に重要だということを学びました。
まずVADチームで重要な存在は、患者さんを支える家族です。先ほどご紹介した患者さんでも、リハビリにはいつもご家族が同伴されていました。そして、その周りには医師や看護師、臨床工学技師をはじめ、リハビリスタッフ、精神科、感染症科、栄養サポートチーム、事務スタッフなど多方面からのサポートが必要です。
当院ではVADチームで定期的に勉強会を開催するなどして、お互いに強い連携を取り合いながら、体外設置型VADの治療を進めています。
このように体外式VADの経験やVADチームの整備を行ってきた結果、当院は2018年に植込型VADの認定施設となりました。
先ほどお話ししたように、植込型VADは心臓移植までの橋渡しのために装着するものです。心臓移植に登録するためには、まず院内の心移植適応検討委員会で心臓移植登録のための条件を満たしているかを検討する必要があります。これには患者さんの心臓の状態や年齢などさまざまな条件がありますが、検討するうえでネックとなりやすい条件が「本人および家族の心臓移植に対する十分な理解と協力がある」という項目です。
心臓移植前の植込型VADの装着にあたっては、家族がVADに関する試験を受けたうえで、常時患者さんに付き添っていただく必要があります。このような負担から、家族が心臓移植を躊躇してしまうケースも残念ながらあります。
無事、院内の心移植適応検討委員会で承認が下りたら、東京大学の心移植適応検討小委員会、日本循環器学会の心移植適応検討委員会での承認を経て、心臓移植登録を行うことができます。
近年、心臓移植登録数や植込型VADの手術数が年々増加してきている一方で、実際に心臓移植を受けた患者さんの数はあまり増加していません。そのため、心臓移植の待機時間は年々延びてきており、近年の待機年数は4年以上ともいわれています。
これほど心臓移植を待っている患者さんが増えている理由は、日本の臓器提供者が他国と比べて極端に少ないためです。なかなか心臓移植が進まない現状があるため、心臓移植を行わず植込型VADを最終的な治療としてもよいのではないかという意見が出ています。そこで現在、植込型VADを最終目的の治療とするDT(Destination Therapy)の治験が進行中です。今後、治験での治療成績が認められ、重症心不全治療の選択肢が広がることを期待しています。
最後は、自治医科大学附属さいたま医療センター センター長である百村伸一先生のご講演です。座長は沼田裕一先生です。
百村先生:
心不全パンデミックという言葉が示す通り、日本では感染症が蔓延するような勢いで心不全患者さんが増加しています。その数は100万人以上で、今後も高齢者を中心にさらに増えていくと考えられています。
そこで、高齢者における心不全の特徴について整理してみたいと思います。主な特徴としては以下のようなことが挙げられます。
HFpEF(ヘフペフ)… 左室駆出率は保たれ、収縮機能は正常なのにもかかわらず、拡張機能が低下した心不全
フレイル(虚弱)…加齢と共に心身の活力(運動機能や認知機能等)が低下し、複数の慢性疾患の併存などの影響もあり、生活機能が障害され、心身の脆弱性が出現した状態であるが、一方で適切な介入・支援により、生活機能の維持向上が可能な状態像
サルコペニア…加齢や病気で筋肉量が減少することで、握力や下肢筋・体幹筋など全身の筋力低下が起こること
心不全の増加と同時に問題となっているのが、心房細動の増加です。心房細動の発症率も心不全と同様、年齢と共に上昇していくことが分かっています。
また心房細動と心不全には共通のリスク因子があり、両者を合併しやすいことも特徴です。そのため、心房細動の患者さんが外来受診した際には、同時に心不全を合併していないかを確認するべきでしょう。さらに、心房細動と心不全を合併している患者さんは、心不全単独の患者さんに比べて認知機能障害やフレイルを合併しやすいことも分かっています。
心不全の患者さんに対する心房細動対策として、洞調律*に戻してそれを維持する「リズムコントロール」を行うのがよいのか、あるいは洞調律に戻すことは諦めて心拍数を整える「レートコントロール」がよいのか、現在もどちらがよいのか分かっていません。これに関してはいくつかランダム化比較試験が行われていますが、すべてにおいて両者に有意差はありません。
しかし、2018年に発表された「CASTLE-AF」という臨床試験で、リズムコントロールの治療であるカテーテルアブレーションの有用性が示されました。これを受けて今後のカテーテルアブレーションの進歩によっては、リズムコントロールが推奨される時代が来るかもしれません。
洞調律…心臓が規則的なリズムを保っていること
心不全や心房細動の患者さんは、脳卒中の発症頻度が高いという報告があり、その発症予防にいかに努めるかは大きな課題です。
心房細動の患者さんに行う抗凝固療法のひとつに、DOAC(直接経口抗凝固薬)がありますが、心不全を合併している患者さんでは、DOACによる心房細動のコントロールが難しいといわれています。そこで登場したのが、新しい経口抗凝固薬である「NOAC」です。DOACとNOACの効果を検証した大規模臨床試験のメタ解析では、心不全のある患者さんとない患者さんのイベント発症率(脳卒中や出血、頭蓋内出血、死亡、心血管死亡率)において有意差は認めておらず、心不全の患者さんにはコントロールがしやすいNOACが推奨されます。
最後に、心不全と心房細動を合併した患者さんの腎機能低下についてお話しします。心房細動・心不全がある患者さんが慢性腎臓病を合併しやすいことは、いくつかの研究で明らかとなっています。
それでは、慢性腎臓病を合併している患者さんにおいて、心房細動に対する抗凝固療法はどのように行うべきなのでしょうか。慢性腎臓病の患者さんにおいて、ワルファリンとリバーロキサバンを比較した臨床試験では、リバーロキサバンを使用したほうが脳梗塞や出血、頭蓋内出血の発生率が非常に低かったという結果が出ています。さらに、リバーロキサバンを使用したほうが、腎機能低下を抑制することも分かっています。これらの結果から、慢性腎臓病を合併した患者さんに対して抗凝固療法を行う際には、安全かつ有効であると考えられるリバーロキサバンを使用することが望ましいといえるでしょう。
3名の先生方からは、心不全診療における貴重かつ重要なお話があり、参加者の皆さんにとっては非常に有意義な時間となったことでしょう。横須賀市立うわまち病院では、今回の心不全パンデミック講演会をはじめ、心不全に対するさまざまな取り組みを行っています。これらの取り組みが、今後起こりうる心不全パンデミックに地域で立ち向かうための構築体制につながることが期待されます。
横須賀市立うわまち病院 病院管理者、公益社団法人 地域医療振興協会 副理事長
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