かゆみを伴う湿疹を繰り返すアトピー性皮膚炎は、乳児から成人まで全年齢にみられる慢性の皮膚疾患です。重症化すると、かゆみによる睡眠障害や外見の変化など患者さんの日常生活に大きな影響を与えます。病態や治療薬に対する誤解も多く、その結果、適切に治療できていない方も少なくありません。しかし、ポイントを理解して治療に取り組めば、症状のない状態を長く保つことが期待できます。正しく理解して治療を諦めないことが重要だと、大阪はびきの医療センター診療局長兼皮膚科主任部長、アトピー・アレルギーセンター長の片岡 葉子先生は言います。
今回は、アトピー性皮膚炎を治療する際のポイントや、新しい治療概念であるプロアクティブ療法などについて、片岡先生に伺いました。
アトピー性皮膚炎は、かゆみを伴う湿疹がよくなったり悪くなったりすることを繰り返す皮膚の病気です。また、本人または家族にアレルギー体質がある方に起きやすい病気です。アレルギー体質とは、本人または血縁者が、三大アレルギー体質の病気(喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎〈花粉症を含む〉、アトピー性皮膚炎)のどれか1つ以上にかかったことがある人のことをいい、血液検査でIgE値が高い人が多いです。
アトピー性皮膚炎発症には、肌の素質とアレルギー体質が関係しています。その2つを併せ持つ人に、環境の要素が刺激として加わることで発症すると考えられています。
アトピー性皮膚炎の患者さんは、簡単にいえば“遺伝的に乾燥肌”の方です。
皮膚は、乾燥すると細菌が侵入しやすい状態になります。細菌が侵入しそうになると、自然の防御反応として白血球が集まり、皮膚が赤くなったり、浸出液を出したりします。これが皮膚炎(湿疹)の始まりです。
アトピー性皮膚炎の患者さんは、乾燥肌のために湿疹が起こりやすい肌の素質を生まれつき持っているということになります。
体内に侵入する細菌などから自分の体を守ろうとする自然の防御反応を、免疫反応といいます。免疫反応を担うメカニズムはさまざまですが、中心となるのはリンパ球(白血球の一種)です。
リンパ球は、第1グループの“Th1細胞”と第2グループの“Th2細胞”に分かれてバランスを取りながらはたらいています。アレルギー体質の方は、このTh2細胞のはたらきが優位になりやすいことが分かっています。(1)でお話しした自然の防御反応としてはたらく白血球は、このTh2細胞です。乾燥肌の素質があり、さらにアレルギー体質をもっていると、皮膚への刺激でTh2細胞のスイッチが入りやすいのです。
集まったTh2細胞は、細胞分裂し、湿疹が広がる状態をつくり出します。そしてほかの細胞にはたらきかけて、異物から体を守るためにIgE抗体という物質をつくるよう指示します。IgE抗体とは食物やダニ・花粉など特定の物にアレルギー反応を生じる抗体です。IgE抗体が増加すると、アレルギー反応が起こりやすくなり、食物やダニ・花粉など特定の物に反応して湿疹が生じます。湿疹が広がるということは、Th2細胞がさらに増殖していることを意味しています。その結果、IgE抗体はさらに増えていくわけです。
湿疹が続くと、さらにいろいろな悪循環が起こります。かゆくてかくと皮膚に傷がつきます。かゆみで眠れないと睡眠不足となり、湿疹が治りにくくなります。湿疹で皮膚バリアが傷つくと細菌感染が起きやすくなります。このように数々の悪循環でアトピー性皮膚炎は悪化していくのです。アトピー性皮膚炎では血液のIgE抗体が高い人が多いので、アレルギー反応によって湿疹が起こっている、治療にはアレルゲン(アレルギー反応を引き起こす物質)を除去することが重要と考えている方が多いと思います。しかし、単純なアレルギー反応で起こっているのではなく、湿疹が長く続くこと自体がこのような悪循環を引き起こし、ますます過敏な状態をつくり出すのだと理解することが、アトピー性皮膚炎の治療において重要です。
アトピー性皮膚炎の特徴的な症状は、かゆみを伴う湿疹です。赤くてカサカサ、またはジュクジュクした湿疹ができ、かさぶたになったり臭いが出たりすることもあります。結節というしこりができる方もいます。発症する時期は赤ちゃんの頃が多いのですが、子どものうちに治る方、大人になっても症状が続く方、大人になってから発症する方などさまざまです。
重症になると、湿疹が全身に広がってしまいます。強い炎症により顔が腫れたり、浸出液が激しく出てきたりします。繰り返し引っかいていると、皮膚が分厚くなる苔癬化をきたすこともあります。
特に注意していただきたいのは、顔や頭の症状がひどくなると、白内障や網膜剥離などの重大な目の病気を合併する場合があるということです。かゆみを和らげようとして、こすったり引っかいたりする代わりにパンパンと叩く方がいらっしゃいますが、網膜剥離を起こす危険性が高いので顔を叩いてはいけません。
アトピー性皮膚炎を診断する基準は、かゆみがあること、特徴的な発疹の分布があること、慢性の経過をとることです。
診断の参考として、血液検査を行う場合もあります。重症の方ほど、末梢血好酸球やLDH、TARCの数値の上昇が見られますが、軽症の場合は数値に反映されにくいこともあります。
IgE値は、どのようなものにアレルギー反応が出やすいのかを確認するうえで参考になりますが、アトピー性皮膚炎の原因を調べるために行うわけではありません。数値が高く出た物質を全て取り除こうとする必要はなく、明らかに症状を悪化させている物がある場合のみ注意しましょう。重要なのは、総IgE値が異常に高いときは、アトピー性皮膚炎の症状がコントロールできていない場合が多いことを意識することです。
TARC検査は、アトピー性皮膚炎の症状の勢いを調べることができる血液検査です。アトピー性皮膚炎の治療を正確にすすめるために私が初めて日常診療での応用の方法を見出した検査でもあります。
TARCとは、簡単にいうと“炎症が起こっているときにTh2細胞が出す物質”です。Th2細胞から放出されたTARCは皮膚に広がり、血液に入り込んで全身をめぐるため、採血をするとその量が分かります。
皮膚の炎症を“火事”にたとえて考えるとイメージしやすいかもしれません。皮膚という現場でどれくらいの規模の火事が起こっているのか、その火の勢いを調べる検査ということです。
TARC検査には次のようなメリットがあります。
初診でTARC値を測定すると、患者さんが自分の状態を客観的に把握することができます。症状が長く続いていると、どれくらい悪いのか自分では分からなくなってしまうため、数値で確認することが有用です。症状が落ち着いていると思っても、TARC値が高かったり上下したりするときは、症状をコントロールできていないのだと意識することが大切です。
例外として、慢性的に重症の状態にある患者さんや結節が皮膚症状の主体となっている患者さんでは、TARC検査に重症度が反映されないケースがあるため、TARC値が正常だから安心とは限らないことに注意が必要です。
アトピー性皮膚炎では、症状が軽いように見えても実は皮膚の中で炎症が続いていることが少なくありません。TARC値が少し下がって見た目がよくなると、治ったと思い治療を止めてしまう患者さんがいますが、見かけだけで判断して治療を止めると、体の中に残っている炎症が再燃して症状の悪化を繰り返す可能性があります。TARC値が高いときは体の中に炎症が残っているのだと意識しましょう。
治療の中心となるのは、ステロイド外用剤などによる薬物療法です。
アトピー性皮膚炎は、先述した“悪循環”により症状が悪化していく病気です。患者さんは「薬に頼らず治したい」と思われるかもしれませんが、強い症状があるときは薬物療法を適切に行い、皮膚をよい状態に保ち、悪循環による症状の悪化の連鎖を繰り返さないよう心がけることが重要です。
リアクティブ療法は、症状が出たら薬を塗り、症状が引いたら塗るのをやめるという、従来の治療概念です。
滅多に症状が出ない場合にはこの方法で十分ですが、同じ部位または全身のあちこちに頻回に症状を繰り返す患者さんは多くいらっしゃいます。症状を繰り返す理由として、実は薬を塗って症状がおさまったように見えても炎症が残っていることが分かってきたため、近年では後述のプロアクティブ療法という考え方が重視されてきています。
プロアクティブ療法は、症状がおさまった後も頻度を減らしながら薬を塗り続け、症状の出ていない状態をできるだけ長く保つことを目指す、新しい治療概念です。
症状を繰り返したり、症状が悪化したりしている場合には、プロアクティブ療法を行うことをおすすめします。
アトピー性皮膚炎の治療の最終目標は“症状がないか、あっても軽微で、日常生活に支障がなく、薬物療法もあまり必要としない状態に到達し、それを維持すること”です(日本皮膚科学会『アトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018』より)。
アトピー性皮膚炎は寛解と増悪を繰り返す病気なので「よくなったり悪くなったりするのは仕方がない」と思う方は多いかもしれません。しかし、プロアクティブ療法をしっかりと行うことで、やがて炎症がおさまり、ほとんど薬を使わず、スキンケアのみで維持できるくらいの状態になる患者さんも数多くいらっしゃいます。
患者さんが目指したいゴールは、症状がない状態を保つことだと思います。そのためには、最初は思い切って薬を使い、早くゼロレベルにして、その後は皮膚のよい状態をキープしながら薬の塗布日数を徐々に減らしていくことが大切です。症状がおさまれば、悪循環による悪化因子を減らすことにもつながるので、薬は徐々に少ない量で維持できるようになっていくわけです。
薬をできるだけ使いたくないからと、塗ったり止めたりしているうちに悪化してしまう患者さんもよくいらっしゃいますが、薬を適切に使うことが、薬を最小限に抑え、長く快適に過ごすために重要です。
プロアクティブ療法では、どこに薬を塗るべきか医師が判断し、患者さんが塗る場所を間違えないよう適切に伝えることが課題だと考えています。
薬を塗るべき場所は患者さんによって異なります。全身に塗らなければならない患者さんもいますが、全身ではなく、局所だけに症状を繰り返している方も多いです。たとえば肘と膝に症状が出る場合はそこだけというように、特定の場所に薬を塗ることで改善が期待できます。
症状がおさまって薬を塗る場所が分からなくなったという患者さんのために、当院では、治療を開始する前に、人体図のイラストを描いて薬を塗るべき場所にマークをつけ、患者さんにお渡ししています。
プロアクティブ療法を行う際に注意していただきたいのは、薬を塗る回数をすぐに減らせるわけではないということです。重症の方ほど、急に回数を減らすとまたすぐに症状が出てしまいます。自己判断で薬を減らさず、医師の指示に従いましょう。当院では、TARC検査で症状の再発のないことを予測したうえで、正常値をキープできるように薬の減量を行っています。
毎日薬を塗って症状がおさまったら、2日に1回、3日に1回、週に2回、週に1回と徐々に回数を減らし、スキンケアだけで症状が落ち着いている状態を目指しましょう。
生活習慣の乱れやストレスにより、アトピー性皮膚炎が悪化することがあります。まずは薬物療法をしっかりと行ったうえで、次のような悪化因子がある場合にはできるだけ回避するよう工夫しましょう。
生活習慣の見直しは非常に大切です。睡眠不足、食生活の乱れ、運動不足がないかセルフチェックし、健康的な生活を心がけてください。
ストレスはアトピー性皮膚炎の悪化因子になることがあります。アトピー性皮膚炎そのものがストレスになって症状が悪化しているケースもあるため、まずは症状をしっかりとコントロールすることが大切です。
湿疹をこすったり引っかいたりして傷ができると、そこから細菌が侵入しやすくなります。細菌感染はアトピー性皮膚炎の悪化因子になるため、皮膚のバリア機能の修復と感染対策に努めましょう。皮膚の表面につく細菌による伝染性膿痂疹*などの感染症を発症したら、できるだけ早く治療を始めてください。
*伝染性膿痂疹:俗に“とびひ”とも呼ばれる、ブドウ球菌や溶血性連鎖球菌などの細菌による皮膚の感染症。
物にかぶれて症状が悪化することがあります。毎日使っている化粧品、仕事で使っているゴム手袋など、日常的に触れる物が悪化因子になっていないかチェックしましょう。
硬いナイロンタオルを使って肌を強くこする、衣類の刺激など、皮膚のバリア機能を傷つけるようなことは避けましょう。
ペットを飼っていると血液検査でIgE値が高く出る傾向があります。耐性がついている方も多いため、触れると明らかにかゆみが出るわけではないなら、ペットをすぐに手放さなければならないとは限りません。ただし、できるだけ清潔に飼うことを心がけ、これから飼いたいという場合には控えたほうがよいでしょう。
アトピー性皮膚炎の多くの方ではハウスダスト、ダニに対するIgEが高いのでこれらが原因と考えられがちですが神経質になることはありません。環境は整理整頓して、ほこりがたまらないよう週に1、2回程度清掃しておくことは大切ですが、過剰な清掃が必要なわけではありません。ただし、大掃除など明らかにほこりの多い場所では注意しましょう。
薬物療法、悪化因子への対策に加えて、スキンケアも重要です。私は患者さんに“スキンケアの三原則”として次のようなことをお伝えしています。
お風呂では、せっけんやボディソープなどの洗浄剤をよく泡立て、手で洗いましょう。“ゴシゴシ洗い”をしないように気を付けてください。
洗浄剤を使い過ぎないことも大切です。洗浄剤はできるだけ肌に優しいものを選び、乾燥具合や体の部位によって使い方を調整してください。たとえば冬は汚れやすいところだけ、夏は汗をかくところを中心に洗浄剤を使うなど、工夫しましょう。
睡眠を十分に取ることや、適度な運動で汗を流すことで、体の中から肌の潤いを保つ効果が期待できます。
お風呂上がりは、肌に水分が残っているうちに保湿剤を塗りましょう。乳液やクリームなど、自分に合った保湿剤を選ぶことも大切です。
患者さんの中には、症状が重く、外用剤によるプロアクティブ療法だけでは症状をおさえられない方もいます。発疹のタイプによっても、たとえば痒疹という強いかゆみを伴うしこりがある場合は塗り薬だけでの治療が難しいため、ほかの治療を併用し、治療効果の底上げを狙うことがあります。
塗り薬だけでは十分な治療効果が得られない場合の選択肢として、シクロスポリンという内服免疫抑制剤や、2018年に登場したデュピルマブという注射薬などがあります。ほかにも、新薬の研究開発が進められています。
患者さんから「治療しても治らないと思って諦めていました」と言われることがよくありますが、アトピー性皮膚炎は治療を止めたら症状をさらに長引かせてしまうため、諦めないでください。繰り返しますが、症状ができるだけない状態を長く維持することが治療のゴールまでの近道です。そのためには最初は薬を使って症状のない状態を維持し、その次に薬が減っても症状のない状態、と段階を踏んでゴールへと向かうことです。
本記事で解説したプロアクティブ療法は、アトピー性皮膚炎のさまざまなメカニズムが明らかにされてきたことで生まれた新しい治療概念です。TARC検査の登場や新薬の開発なども含め、アトピー性皮膚炎の治療は進歩しています。ぜひ、症状がよくなることを信じて治療に臨んでいただければと思います。
地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪はびきの医療センター 副院長/皮膚科主任部長/アトピー・アレルギーセンター長
地方独立行政法人大阪府立病院機構大阪はびきの医療センター 副院長/皮膚科主任部長/アトピー・アレルギーセンター長
日本皮膚科学会 認定皮膚科専門医・指導医日本アレルギー学会 アレルギー専門医・指導医日本心身医学会 認定専門医日本皮膚免疫アレルギー学会 理事日本皮膚科心身医学会 理事アトピー性皮膚炎治療研究会 事務局長European Academy of Allergy and Clinical Immunology 会員
1983年に広島大学医学部を卒業。大阪船員保険病院皮膚科を経て、大阪府立羽曳野病院(現・大阪はびきの医療センター)皮膚科に勤務。現在皮膚科主任部長、診療局長およびアトピー・アレルギーセンター長兼任。皮膚科以外にアレルギー学、心身医学にも精通し、診療に取り入れている。専門とするアレルギー性皮膚疾患の中でも特にアトピー性皮膚炎の治療に尽力し、よりよい治療を目指した臨床研究活動にも精力的に取り組んでいる。長期寛解維持を治療の目標とし、重症例の治療の徹底と患者教育をかねた教育入院“アトピーカレッジ”を10年以上にわたり実施している。
片岡 葉子 先生の所属医療機関
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手湿疹ですが、痒みと痛みがともなっています。
体が温かくなると痒くなり、身体が冷えたり乾燥していると痛み出します。寝ている時にかきむしっているみたいで(無意識です)一向に良くなりません。皮膚科に通って飲み薬と塗り薬ももらいましたが、使ってはいますが完全には治りません。かきむしっている所はかき餅の表面みたいにひび割れて、つゆが出てきたりしてます。
IgEについて
血液検査をしたらIgeが558ありました。基準上限値が250なのでかなり高いと思います。 自覚症状等特にありません。これが高いとなにか不具合がでるのでしょうか
慢性的な皮膚炎
子供時代からアレルギー性鼻炎持ちで、皮膚炎も併発していました。20代も、季節の変わり目には荒れてしまうなどあったのですが、30代になって以降、より皮膚が赤く爛れるような状態になってしまう機会が増えました。ステロイド剤に頼るのではなく、根本的な治療を行いたいと思い、医者を変えて、内服薬など試しているものの、まだベストアンサーにたどり着けていません。これは仕方ない状態であって、根気強く、さまざま試して見るしかないのでしょうか?
身体全体が痒いです。
去年から、頭から足先まで痒くてたまりません。色々、塗り薬や液体薬など試したんですが一向に良くなりません。皮膚科でも色々薬を出されたんですが効果が無いのです。 最近はシャワーを浴びるだけでも身体が染みてしまって悩んでます。 乾燥肌でもないんですが原因がわからず困っています。
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