8年にわたるHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンの積極的勧奨(国が積極的に接種をすすめること)の差し控えを見直す機運が高まっていた2021年秋に開かれた『第59回日本癌治療学会学術集会』では、会長企画シンポジウムの1つとして“HPV関連がん(子宮頸がんおよび中咽頭がん)における診療の現状と予防への展望”が開かれました。国内外の研究で示されたHPVワクチンの効果や安全性に関する報告の中から、本記事では新潟大学医学部産科婦人科学教室准教授、関根 正幸先生による大規模疫学調査“NIIGATA STUDY”に基づくHPVワクチンの有効性についての解説を中心に、ワクチンの現状と効果について報告します。
日本でHPVワクチンの積極的勧奨が一時的に中止されたのは、HPVワクチンを接種した後に起こった“多様な症状”についてワクチンとの因果関係を十分に説明できなかったためです。以後8年にわたってさまざまな研究・議論が行われ、ワクチンの安全性について特別な懸念がないということが確認され、明らかにワクチンの有効性のほうが副反応のリスクを上回ることが認められました。このため、2021年11月に接種の積極的勧奨の再開が決まり、2022年4月からは各市町村による接種対象者に向けた接種のお知らせの送付などがスタートする予定です。
こうした一連の流れの中で開かれたシンポジウムで関根准教授は、“子宮頸がん予防におけるHPVワクチンの有効性の実証”として、以下のように解説しました。
この発表では、日本の女性で実際にワクチンが効いていること、積極的勧奨が中止されてワクチンを打たなくなった世代が20歳になりHPVの感染率が再上昇しているといったデータについてもお話しします。
日本では積極的勧奨の中止が続くなか、世界各地からはHPVワクチンの接種率が高まることでHPV感染の減少のほか、がんの前段階を示す“前がん病変”も減少することが報告されています。2020年にはスウェーデンから、がんが進行した状態の“浸潤子宮頸がん”の減少も報告されました。このように、HPVワクチンの有効性については世界的に見て「ほぼ間違いない」という状況です。
日本でも各地でHPVワクチンの有効性に関するさまざまな研究がされており、HPV感染の減少、前がん病変の減少の研究報告がされています。
中でも2020年に大阪大学が全国31自治体のデータを集めて解析した研究では、HPVワクチンには子宮頸がんの前段階となる前がん病変を予防する効果が期待できるということが明らかになりました。前がん病変はその程度によって軽度(CIN1)、中等度(CIN2)、高度(CIN3)と3段階で分類されます。
今回の研究結果では、HPVワクチンの接種者は非接種者と比較して、軽度の前がん病変(CIN1)が生じる確率が42%へ減少、中等度の前がん病変 (CIN2)が生じる確率が25%に減少することが分かりました。
新潟大学でも2014年から“NIIGATA STUDY”という大規模疫学研究を行っています。この研究では県内の20〜26歳の子宮頸がん検診受診者を対象に、ワクチンの有効性をさまざまな観点から調査します。中でもこれまでなかなか明らかにできなかった性的な活動に関するデータがアンケートによって集まったことで、より正確なHPVワクチンの有効性を算出できた点がこの研究の1つの強みです。ここからはこの研究を基にお話を進めます。
まず、HPV感染の予防効果についてみていきましょう。
HPV16・18型感染に対するワクチン*の有効率は、93.9%というデータが出ています。ワクチンの有効率とは、ワクチンを接種していない人と接種した人がHPVに感染した割合を比較して、どのくらい減ったのかを示した割合のことです。つまり、今回の研究ではHPVワクチンを接種したことで、接種しなかった人と比べて感染している人の割合が93.9%減ったということを意味しており、HPV16・18型感染への予防効果が高いということが明らであるといえます。
また、HPV16・18型と特徴が似ているHPV31・45・52型への有効率も67.7%と高いことが分かりました。HPVワクチンでは、特徴が似ているHPV型に対しても効果を示すことがあり、これをクロスプロテクション効果といいます。
* HPVワクチンには主に2価・4価・9価があり、このうち日本で定期接種プログラムとして承認されているのは2価と4価のワクチンです。それぞれは、感染を予防するHPVの種類が異なります。2価ワクチンは子宮頸がんの原因の約60〜70%を占めるHPV16・18型に対して、4価ワクチンはHPV16・18型に加えて尖圭(せんけい)コンジローマという性感染症の原因にもなるHPV6・11型の4つの型に対して感染を予防します。また、9価ワクチンはHPV6・11・16・18型に加えて、HPV31・33・45・52・58型に対しても感染を予防し、90%以上の子宮頸がんの発症を防ぐことができると考えられています。9価ワクチンは今のところ日本での定期接種プログラムには含まれていませんが、安全性と有効性が確認されていることから世界では20か国以上で国の接種プログラムに含まれています。
次に、HPVワクチン接種とそれに伴うHPV16・18型の感染率の推移をみてみましょう。
HPVワクチンの接種を積極的に勧奨された世代(2015~2019年)の接種率は90%前後あり、もっとも接種率が高かった年の感染率は0%まで減少しました。一方、積極的勧奨が中止された世代(2020年)は4割程度の接種率であり、感染率も1.7%まで増えています。この結果からも、HPVワクチンの接種率が低下すると感染率は増加することが分かります。
続いてHPVワクチンの前がん病変(HSIL+)に対するワクチンの有効率を調べたところ、78.3%あることが分かりました。また、ワクチンを接種した人では、HPV16・18型関連の前がん病変を認めなかったことも分かっており、前がん病変への高い効果が期待されます。
NIIGATA STUDYでは、HPVワクチンの効果がどれくらい持続するのかについても研究を行っています。
先行研究によると、20歳代女性でもっともHPV感染率が高いのは23〜26歳であるため、この世代までHPVワクチンの効果が持続している必要があります。そこでHPVワクチン接種から9年が経過した25~26歳の検診者430人についてHPV16・18型の感染率を調べたところ、非接種者の感染率5.4%に対し接種者では0%でした。HPV 31・45・52型についても、非接種者の感染率10.0%に対し、接種者は3.3%とクロスプロテクション効果の持続も示されています。
また、HPVワクチンの効果持続期間について諸外国のデータでは、4価ワクチンの効果持続期間が14年継続するという報告もあります。なお、これらの研究はあくまで「少なくともこの期間は効果が持続していた」という報告であり、この期間を超えたら効果がなくなるというわけではありません。
このように日本でもさまざまな研究から、HPVワクチンの有効性が証明されています。また、9価ワクチンについても90%以上の子宮頸がんの予防効果が期待でき、有効性が高いことが証明されてきていることから、日本でもいずれは9価ワクチンがHPVワクチンの第一選択になる日が来るかもしれません。しかし、現段階では免疫反応を起こす能力の強さやコストの観点などから2価ワクチン、4価ワクチンも十分に有効な選択肢といえますので、接種対象者の方々には9価の普及を待たず、適切なタイミングで2価や4価ワクチンを接種することが推奨されます。
HPVワクチンの接種にあたり不安や疑問があれば、担当医や看護師に相談するとよいでしょう。また、国で設置している“HPVワクチンに関する相談窓口”を利用するのも1つの方法です。
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