炎症性腸疾患の患者数は増加の一途をたどり、日本では約20万人が罹患していると推定されています。原因不明の難治性疾患ですが、さまざまな要因が複雑に絡み合って発病するとされています。福岡大学筑紫病院消化器内科の平井郁仁先生に炎症性腸疾患の原因についてお話をうかがいました。
炎症とは、生体が何らかの有害な刺激を受けたときに働く免疫応答によって出現する症候のことで、発赤、熱感、腫脹、疼痛を「炎症の四徴候」といいます。また、これに機能障害を含めて「炎症の五徴候」と呼ばれることもあります。腸を炎症の場とする炎症性腸疾患では障害を受けた場所や範囲によってこれらの炎症の徴候が現れます。下痢や腹痛、発熱といった症状は腸の炎症の結果生じてくる徴候なわけです。
炎症性腸疾患は、原因不明ではっきりとした病因がわかっているわけではありませんが、腸内細菌の存在下に遺伝的な因子や食事、感染といった環境因子が加わり、そこに免疫異常などが複雑に絡み合うことで消化管の炎症を発症させ、増悪と再燃を繰り返すと考えられています。つまり、食事や抗生物質の投与などによって腸内細菌叢(ちょうないさんきんそう)が変化したり、感染や喫煙、ストレスなどによって粘膜防御機能が変化したりすることをきっかけとして発症するのではないかと考えられています。
人間のからだは、1個の受精卵から細胞分裂してできた60兆個の細胞からできています。この60兆個の細胞のひとつひとつにはマーカーがつけられていて、その印がないものについては非自己として認識されるのです。免疫とは、自己と異物である非自己を識別して生体を守るという働きを行います。例えば、物を食べるとき、食物は自己としての目印がついていないため、厳密にいえば免疫反応が起こってその物質を排除・攻撃の対象として認識します。しかし、通常は腸管の消化の働きによって排除・攻撃の対象となることはありませんが、基本的に食べ物は人間にとって最大の非自己であり、腸管は常に免疫の役割を担っているのです。
このように免疫異常のスイッチは病気によって異なっており、無数にある組み合わせの中から合致した場合に免疫異常を発症させます。炎症性腸疾患もその組み合わせによって起きる疾患なのです。
炎症性腸疾患と関連があるとされる遺伝子も特定されています。NOD2という遺伝子ですが、欧米では特にこの遺伝子をもっている場合、持っていない場合に比べて発症しやすいことや重症化しやすいことが分かっています。ただ、日本人の場合は、若干NOD2陽性の割合は低いので、別の遺伝子が関与しているといわれています。
例えば、喫煙がリスク因子となるクローン病に対して、潰瘍性大腸炎では逆に喫煙がリスクを低下させるといったことも報告されています。特にヘビースモーカーで禁煙をした場合に発症しやすいとされています。
その他にも、炎症性腸疾患の発症には衛生状態との関連も指摘されています。世界的にみても、早くから近代化が進んだヨーロッパや北米で患者数は増加傾向にあるのです。日本も高度経済成長期を経て先進国になって以降に罹患者が増加しているのです。
福岡大学筑紫病院 准教授 、福岡大学筑紫病院 炎症性腸疾患センター 部長、日本大腸検査学会 会員
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