インタビュー

統合失調症は早期診断が重要―発症早期に病気を発見するには?

統合失調症は早期診断が重要―発症早期に病気を発見するには?
吉村 直記 先生

国立精神・神経医療研究センター病院 第一精神診療部 第六精神科 医長、国立精神・神経医療研究セ...

吉村 直記 先生

この記事の最終更新は2016年12月13日です。

統合失調症は早期診断・早期治療を行うことで、身体疾患と同様、より早い回復や社会復帰が見込めるといいます。一般的に統合失調症は、「主に思春期から青年期に発症し、幻覚妄想や思考・感情・意欲の障害が出現する、いまだ原因不明の精神病」といわれており、基本的な症状には「思考の分裂」がみられるとされています。発症早期に統合失調症をみつけ、治療に移るには何に気をつければよいのでしょうか。国立精神・神経医療研究センター病院 統合失調症早期診断・治療センター(EDICS) センター長の吉村直記先生にお話しいただきました。

高血圧糖尿病、腎臓病、がんなどの身体疾患は、最初は軽微な症状であっても、放置していると徐々に病状が悪化し、慢性的な状態へと移行してきます。この一連の流れを「臨床病期(clinical staging)」といい、いくつかの臨床病期分類によって治療法などが決まってきます。

精神疾患のひとつである統合失調症においても、病期モデルを当てはめ、病期ごとにその特徴にあった介入方法を取り入れていくことが提案されています。早期発見・治療によって症状の悪化を防ぐことは、言うまでもなく最重要な方策です。将来的には精神疾患においても、身体疾患と同じく病期モデルに基づいたステージごとの治療方法などの開発や実践法が、患者さんのニーズにも合致する洗練された形にまで発展することを期待しています。

慢性的な疾患は合併症が大きな問題となります。たとえば糖尿病の場合、高血糖だけでは特に大きな問題はありませんが、その状態が続いた結果、病期の末期には糖尿病性網膜症や腎症、糖尿病性神経障害などを引き起こすこととなり、患者さんの生活の質(QOL)は大きく下がってしまいます。

同様に統合失調症では、幻覚や妄想、感情の問題、認知機能の低下などの症状が長引くことによって対人交流の減少、引きこもり、労働習慣の未確立などが起こる場合があります。こうなると、充実した生活を送ることは困難でしょう。だからこそ早期発見・早期治療を行い、病期モデルに合致し、その時期に適した治療的介入が重要になるのです。

私たちは一般的に、子どもから大人に成長するに従い、趣味活動や結婚などで社会との交流を深めていきますが、統合失調症の診断と治療が遅れてしまうと、そのような社会参加に影響が出てしまう可能性があります。

統合失調症の診断や治療が遅れると危険な理由は「DUP:duration of untreated psychosis(精神科未治療期間)」という概念から説明することができます。

DUPは、統合失調症などの精神疾患を発症してから「初めて医療機関で何らかの治療を受ける」までの期間(病院で治療を受けていない期間)のことを指します。このDUPが長いほど患者さんの予後は不良となるデータが出ているのです。

統合失調症の早期発見・治療は重要ですが、早期発見に至るには二つの問題があると考えています。

第一に診断の問題、次に医療へのアクセス、すなわち「医療機関につながっていただけるか」という問題です。

統合失調症は、現時点では診断基準となる生物学的な指標がないという大きな特徴があります。

たとえば糖尿病が疑われる場合、血液検査で血糖値ヘモグロビンA1Cを測れば容易に糖尿病と診断できます。また、血圧を測ればすぐに高血圧症を診断することもできます。

これに対して、統合失調症にはそのような生物学的な指標がありません。統合失調症が疑われる患者さんに血液検査や画像検査を行っても、統合失調症を同定するような指標がないので、統合失調症が疑われる状態であっても、典型的な症状が出現していないと「本当に統合失調症かどうか」を判断することが難しいのです。

また、統合失調症を発症していたとしても、すぐに妄想や幻聴といった典型的な症状が生じるケースばかりではありません。はっきりとした症状が現れる以前から、うつ症状や不安症状、微弱な精神症状や睡眠障害、集中力の低下が続いたり、その結果、学校や職場に行けなかったり、ひきこもってしまうような二次的な変化が起きている場合があります。しかし、このような非特異的な症状だけでは医学的に統合失調症と診断できません。

統合失調症の前段階を表すARMS:at risk mental state(精神病発病危険状態:微弱あるいはごく短期間の症状が生じたり、最近の機能が低下しているなど、統合失調症へ移行するリスクの高い状態)の方のうち、本当に統合失調症に移行する患者さんは2~4割といわれています。つまりARMSと診断されても、最終的には統合失調症と診断されない方のほうが多いのです。

早期発見を意識しすぎて、安易に統合失調症の診断をしてしまうと、そうではない方まで統合失調症にしてしまう(過剰診断)恐れがあります。これは大きな問題で、早期診断が難しい理由の一つになっています。

もう一つの課題は、いかに患者さんが適切な医療にアクセスできるかという点です。

どのような病気でも、患者さんに病院に来ていただかなければ発見することができません。体の病気に罹った患者さんのほとんどは自らすすんで病院を受診されますが、統合失調症の患者さんの場合、自ら不調を訴えて精神科医療機関を訪れるケースは少なく、家族や友人など、周囲の方に連れられて受診することがよくみられます。つまり、周囲の方が「様子が変だ」と気づかなければ病院を受診できないのです。この理由は、周囲が病気や症状への理解に乏しかったり、精神疾患への偏見があるためです。そのため、周囲の方が病気に対する関心や理解を深め、ご本人の病院へのアクセスにご協力いただけると、統合失調症を早期に発見し、治療を行いやすくなります。

統合失調症の発見において、特に「幻聴」は重要なサインです。幻聴のなかでも、頭の中で誰かが話しているような幻聴や、自分の行動を命令・解説される幻聴が比較的特徴的な症状といわれています。

※幻聴の中には話し声ではなく、電車の音のような単純音が聞こえるように感じる「要素性幻聴」もあります。精神疾患の中には統合失調症以外にも幻聴が現れる病気があるので、幻聴すなわち統合失調症ではありません。

幻聴と同様、妄想にも注意していただくとよいでしょう。統合失調症の妄想では「見張られている」「後をつけられている」「嫌がらせをされている」「監視カメラを仕掛けられている」「盗聴されている」などの被害妄想が中心で、うつ病の患者さんに現れることのある「家が潰れて貧乏になる」「健康であるにもかかわらず重病になったと考える」という貧困妄想や心気妄想といわれる妄想は多くありません。

国立精神・神経医療研究センターの統合失調症早期診断・治療センター(EDICS)では、統合失調症に対する検査を積極的に行っています。

患者さんが統合失調症であるかを診断する検査と、その方の機能的な状態を評価する検査は異なります。EDICSではそれぞれ「生体検査」と「心理検査」に分類し、検査を進めています。

  1. 生体検査:頭部MRI、血液生化学検査、光トポグラフィー(近赤外線スペクトロスコピー Near Infrared spectroscopy:NIRS)、脳波、心電図など
  2. 心理検査:精神症状評価、神経認知、社会認知、社会機能、知能、自閉症スペクトラム指数などを検査する。すべて行った場合、所要時間は二時間半程度。

精神科において、病気の診断をする際にはおおまかな順序があります。

まず、最近や過去の精神症状や経過、遺伝負因や身体疾患の既往歴、生まれてから現在までの生活の状況などを詳しく伺います。その後検査を行いますが、通常精神科医は患者さんが精神疾患であると診断する前に、まず身体的な病気による症状ではないかを調べなければなりません(たとえば、甲状腺疾患の場合でも精神症状が起こるからです)。このような器質的要因(きしつてきよういん:何らかの臓器などが原因で起こる)の病気を見逃さないために、まずは生体検査として脳の検査やMRI検査、血液検査、心電図、胸腹X線検査などを行い、体の異常の有無を調べます。

身体疾患による精神症状ではないと判断された場合、今度は統合失調症や躁うつ病など、内因性の精神疾患に該当するかを確認し、最後に心因性(不安障害、人格障害など)疾患の可能性を考えていきます。

これらの検査によって統合失調症と診断され、研究に同意頂いた患者さんにのみ、心理検査(症状評価、機能評価)を受けていただきます。

※EDICSで実施している心理検査は研究が目的であるため、あくまで同意が得られた患者さん対してのみ行われます。

心理検査では、患者さんの「認知機能」に特に焦点を置いています。

それではここより、実際にEDICSで行っている検査の内容について、その一部を簡単にご紹介しましょう。

PANSSは、統合失調症の患者さんの精神状態を全体的に把握するために作成された評価尺度です。

ここでは妄想や思考概念、幻覚による行動など、患者さんの精神状態を7段階でチェックして点数化します。たとえば陰性症状(本来あるべき機能が失われている状態)の尺度には「引きこもり」「抽象思考が困難」などが項目に設けられています。その他不安感、罪責感、抑うつなど、計30項目に渡って患者さんの精神状態のチェックを行い、重症度の診断を行います。

※精神状態の評価には色々な検査がありますが、PANSSはよく使用されている検査の一つです。

BACSとは、統合失調症の患者さんが障害されている「認知機能」について評価する検査で、「言語性記憶」「ワーキングメモリ」「運動機能」「言語流暢性」「注意と情報処理速度」「遂行機能」の6つの内容から成り立っています。

下記に遂行機能の検査の一例を示します。

BACS(統合失調症認知機能簡易評価尺度)のイラスト
BACSで提示されるイラストのイメージ

検査では一枚の紙に類似した二つのイラストを示し、「左の状態から右の状態になるためには、何回玉を移動すればよいか」を患者さんに考えていただきます。

人の表情から感情を読み取ることは、私たちが人と交わる社会で暮らしていくために重要な能力であり、社会認知機能の一つと考えられています。FESTは、その社会認知機能を評価する検査の一つです。テストでは様々な表情をした人間の写真をみて、その方が「喜び」「悲しみ」「怒り」「恐怖」「驚き」「嫌悪」「感情なし」のうち、どの感情に相当するかを考え、答えていただきます。

なお、これらの検査は時間と労力がかかるため、一般的な医療機関ではほとんど行われていません。一部の大学病院や大規模な病院では実施されているので、検査を受けたい場合はあらかじめ調べておくとよいでしょう。

統合失調症には、前駆期・急性期・慢性期・安定期という4段階のフェーズがあります。

一般的に、急性期では幻覚や妄想といった症状が激しいので、まずは薬物療法によってそれらの症状を治療します。症状が安定して、ある程度日常生活を送れるようになってから次の治療ステップに進みます。

回復期への移行後は、ご本人の心理状態に配慮しながら、病気の説明(心理教育)や生活環境の調整を行っていきます。

ここでいう生活環境の調整とは、生活と治療の場の設定を意味します。

具体的には、下記のような例が挙げられます。

  1. 患者さんが退院して自宅に戻ったとき、ご家族がどう対応したらよいかを共に考え、アドバイスする
  2. 患者さんが引きこもりがちな場合、デイケア、地域活動支援センターや作業所などの社会資源を使っていただけるよう調整する
  3. 患者さんが就労している方であれば、復職プログラムを紹介する
  4. 退院後の生活や悩み事の相談や助言、家事などの援助、服薬指導などのために、訪問看護師やヘルパーの導入を検討する

勿論、医師だけではこれらのサービスを提供することはできません。看護師や薬剤師、心理士、ソーシャルワーカー(精神保健福祉士)など、様々な職種と連携し、多職種チームを組んで患者さんのサポートにあたることが大事です。

慢性期以降は、できる限り病気の再発を防ぎ、患者さんが充実した人生を送れるようになることが最大の治療目標になります。つまり、患者さんの「生きがい」に目を向け、リカバリー(ご本人が人生を有意義に過ごすための支援をする)するという考え方が非常に重要です。統合失調症において、単純に幻覚や妄想がなくなった状態が治療のゴールではありません。復職や結婚など、何がリカバリーになるかは個人によって異なりますが、こうした支援を推進することも統合失調症の慢性期~安定期における治療目標の一つだと考えています。

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    吉村 直記 先生

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