「心臓移植」という言葉を聞いたことがある方は多いと思いますが、その実態はあまり知られていません。心臓移植というと、成功率が低く非常に危険であるというイメージを持たれる方も少なくないでしょう。しかし、日本の心臓移植は成功率が高く、患者さんの生存率は世界の中でも飛び抜けて高いと言います。
今回は長年心臓移植に携わってこられた東京大学医学部附属病院の小野稔先生に、移植が適応される患者さんについて、そして、心臓移植の概要とその生存率や移植後の治療についてお話をお伺いしました。
心臓移植とは、脳死(脳の機能が完全に失なわれた状態)になった方から心臓の提供を受け、その心臓を自分の心臓のかわりに植え込むことで心不全から脱却し、延命とQOL(生活水準)の改善を可能にする治療法です。
心臓移植を受けるには、日本臓器移植ネットワーク(JOT)に移植希望者として登録する必要があります。移植施設において必要な検査と審査を経て移植の適応があると判断され、患者さんご自身も同意された場合、JOTに登録することができます。登録された方の中から登録順に血液型や体格などの条件を考慮して、心臓移植が実施されます。
心臓移植の手術は、全身麻酔下でおこなわれ、手術時間は5〜6時間ほどです。しかし、わが国の大多数の患者さんのように補助人工心臓を装着している場合には、10時間程度かかります。
様々な病態の患者さんが心臓移植を必要としますが、最も多いケースは特発性心筋症の患者さんです。特発性心筋症とは、心筋が徐々に変性して線維に置き代わり収縮力や拡張能が低下して、最終的には体に十分な血液を送り出せなくなる病気ですが、原因はまだ解明されていません。
特発性心筋症の中でも、拡張型心筋症の患者さんが移植適応と認定されることが最も多く、日本の心臓移植の約3分の2が拡張型心筋症の患者さんです。拡張型心筋症とは、特に左心室の筋肉の収縮する能力が低下することにより左心室が拡張してしまう病気です。
特発性心筋症の中には拡張型心筋症以外にも拡張相肥大型心筋症や拘束型心筋症があります。数は多くありませんが、これらの病気の患者さんが移植適応とされる場合があります。
次いで多いのが虚血性心疾患で、日本では移植に到達する患者さんの約10%程度です。先天性心疾患においても心臓移植が必要になる場合があります。また、数は多くはありませんが心筋炎と呼ばれるウイルス感染を伴うものがあります。ウイルス感染に伴って起こる急性心筋炎のうちほとんどの場合は回復しますが、回復しなくなり拡張型心筋症と似たような症状になると移植が必要となる場合があります。
上記の様々な病気の患者さん全員に心臓移植が必要かというと、そうではありません。内服治療を十分におこなっても心機能が低下して全身の循環を維持することができなくなった場合、患者さんの症状を総合的に診て、心臓移植が必要かどうか判断します。
上記の病気の患者さんの中で、特に心臓機能が著しく低下して補助人工心臓が必要となるような場合に心臓移植の絶対適応となります。また、心室細動や心室頻拍などの致死的な不整脈のコントロールが困難になった患者さんが移植適応認定されることがあります。
心臓移植の適応については日本循環器学会がホームページで公開しています。しかし、患者さんの症状には個人差があり、一概に検査値のみで判断することはできません。ここが心臓移植の大きな特徴です。
心臓移植の適応には、内服治療の反応性はどうか、実際にどれくらいの日常生活を送れるかなど総合的に判断する必要があります。また、心臓の機能が落ちてくると肝臓や腎臓、肺の機能が影響を受けますが、心臓以外の臓器にどれくらいの影響が出始めているかも重要な評価の対象になります。
移植が必要となる患者さんの病気の経過には典型的なパターンはありません。たとえば、半年以内の短期間で心不全が悪化してしまい心臓移植の登録が必要となる患者さんもいれば、20年以上の長期にわたり心不全の治療を続けて移植適応となる患者さんもいらっしゃいます。心臓移植を必要とされる患者さんの年齢も1歳未満から60歳以上までと、非常に幅広くなっています。
現在、待機している患者さんは550名ほどです。そのうち、なるべく速やかに移植が必要な患者さんは450名くらいです。その450名のうち4分の3ほどの患者さんは植込み型補助人工心臓をつけて、通院しながら移植の機会を待っている状態です。移植が必要だと判断し移植の登録をしたけれども、心機能が移植以外の治療によって回復したという方もいらっしゃいます。
植込み型補助人工心臓の装着期間が長くなるといくつかの合併症のリスクが出てくるので注意が必要です。特に、皮膚貫通部と呼ばれるケーブル出口部が感染しないよう感染管理が重要になります。
また、補助人工心臓をつけているからといって、心不全の状況が悪化しないとは限らないので、通常の心不全の治療に関しての注意事項をしっかり守る必要があります。たとえば、一定の水分制限や塩分制限が必要ですし、カロリーの摂り過ぎにも気をつけなければいけません。過剰な運動にも注意が必要です。内服治療も重要です。このような通常の心不全の管理上必要となることを、補助人工心臓をつけた状態でも続けていくことが重要となります。
補助人工心臓は、一般的には左心系の補助を目的としています。つまり、右心は自分の心臓が機能することを前提にしています。補助人工心臓をつけていても右側の心臓の機能が落ちてくることがあります。右心不全が顕在化してくると、左心の補助人工心臓だけでは対応できない場合も出てきます。このような状態を防ぐためにも、お話したような服薬遵守など通常の心不全の治療を守ることが重要です。
東京大学医学部附属病院 医工連携部 部長、東京大学医学部附属病院 心臓外科 教授
日本心臓血管外科学会 心臓血管外科専門医・心臓血管外科修練指導者日本外科学会 外科専門医・指導医日本循環器学会 循環器専門医日本胸部外科学会 指導医
東京大学医学部、米国オハイオ州オハイオ州立大学心臓胸部外科臨床フェローを経て東京大学医学部附属病院心臓外科で教授を務める。心臓外科の中でも特に重症心不全の治療を専門とし、補助人工心臓、心臓移植を含めた治療を行っている。それらにおいて日本有数の症例数と成績を誇り、国際学会においても高い評価を受ける。東京大学医学部附属病院心臓外科の治療を求め日本全国から集まる患者さんたちのため、日々治療に力を尽くしている。
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