ウイルス性肝炎は近年有効な治療方法が続々と確立され、感染者数が徐々に減少してきているといわれています。しかしながら、自覚症状がなく気づくと重篤な肝炎、肝硬変、さらには肝臓がんの原因になることもあり、予防や検査の啓発が急がれています。
今回は札幌医科大学医学部消化器内科学講座准教授の佐々木茂先生に日本での感染者が多く、近年若者の感染者も増加しているというB型肝炎ウイルスについてお話しいただきました。
ウイルス性肝炎は肝臓が肝炎ウイルスに感染することによって傷み、次第に肝炎(肝臓が炎症を起こし腫れてしまうこと)や、肝硬変(肝炎が悪化し、肝臓が硬くなり小さくなってしまうこと)を引き起こしてしまう疾患です。また、肝炎ウイルスに感染すると肝臓がんのリスクが非常に高まることでも知られています。
ウイルス性肝炎のほとんどは放っておくと徐々に病状が進行するため、罹患してしまった際には、早期発見・早期治療がとても大切です。しかしながら、ウイルス性肝炎は急性肝炎・劇症肝炎など症状の強い特殊な場合を除き、慢性肝炎といって長期的に肝炎が続き、その間自覚症状がほとんどありません。そのため意に反して発見が遅れがちであるという問題があります。
肝炎ウイルスはA型、B型、C型、D型、E型と大別して5つのウイルスに分類され、ウイルスの種類によって、感染経路や進行、治療方法などが大きく異なります。
なかでもB型とC型の肝炎ウイルスは5つのウイルスのうち、日本での感染率が最も高く、治療や予防の啓発が急がれるウイルスです。そこで今回はこれら2つのウイルスに絞ってウイルス性肝炎についてお話しします。
まず、B型ウイルス性肝炎についてご説明します。B型肝炎ウイルスは現在日本に110〜140万人の感染者がいると推測されている比較的感染性の強いウイルスで、その感染力はHIV(ヒト免疫不全ウイルス)の100倍ともいわれています。また同じ肝炎ウイルスの仲間であるC型肝炎ウイルスと比べても、およそ10倍の感染力があります。
B型肝炎ウイルスは出産時や性交渉時に感染することがわかっています。子どもから大人までいつでも感染する可能性はありますが、最も感染しやすい感染経路は出産時の母子感染です。そのため多くの場合、幼少期に感染してしまいます。母子感染とは、B型肝炎ウイルスを保持している母親から赤ちゃんが生まれてくる際、産道などで赤ちゃんにウイルスが付着し感染してしまうことをいいます。
・肝臓がんへのリスクが健常者よりも上がる
・自分の子どもやパートナーにB型肝炎ウイルスをうつしてしまう可能性がある
B型肝炎ウイルスの厄介なところは、一度感染してしまうと体内から完全に排除するのは、まず難しいということです。B型肝炎ウイルスはDNAウイルスといい、感染者の肝臓の細胞のDNAにウイルスが入り込んでしまうため、治療しても完全にウイルスを排除することができません。つまり、一度感染すると感染者はB型肝炎ウイルスと一生付き合っていかなければなりません。
実はB型肝炎ウイルスは感染したからといって、全員が肝炎を発症するわけではありません。むしろ80%の方は肝炎や肝硬変を発症せず、ただウイルスを保持しているだけに留まります。このように症状のないB型肝炎ウイルス感染者のことを「キャリア」といいます。
ウイルス性肝炎は体内に入った肝炎ウイルスとその方が生まれ持つ免疫との抗争によって起こります。同じウイルスを保持していても、人によって肝炎の症状が出たり、出なかったりするのはその人の免疫の強さに起因すると考えられています。
したがって同じB型肝炎ウイルスを持った母親から生まれた複数の子ども達が、皆母子感染を起こしB型肝炎ウイルスに感染していたとしても、彼ら全員が肝炎や肝硬変になり、肝臓がんのリスクを伴うとは限りません。それぞれの免疫の強さによって肝炎になってしまう方もいれば、ならない方もいるという可能性は十分にあり得ます。
また一言に肝炎といっても、症状や病状により大きく2つに分けられます。
・劇症肝炎、急性肝炎など一過性の肝炎
・継続的に炎症の続く慢性肝炎
この場合、注意しなければならないのは、2つ目の慢性肝炎になってしまう場合です。慢性肝炎は、長期的に肝臓を蝕むことにより、肝硬変、肝臓がんの原因となってしまうからです。それではここで、どのような方が慢性肝炎になってしまうのかを説明します。
まず免疫の強い方はB型肝炎ウイルスに感染し、一時的な肝炎を引き起こしたとしても、短期間の肝炎でウイルスが排除されるので、慢性肝炎になることはほとんどありません。先ほども述べましたが、数字にして80%の感染者はウイルスを持っていても肝炎の症状がないキャリアとして一生を終えます。
このような感染者が急性肝炎や劇症肝炎を引き起こす場合、食欲不振、肝硬変に発展すると気だるさや黄疸(おうだん)などの自覚症状を覚えることもあります。しかし、そのほとんどが治療の必要もなく自然に治癒してしまい、治癒と同時にウイルスの大半も体外に追い出されてしまいます。場合によっては、本人の気づかないうちに肝炎が発症し、気づかないうちに自然治癒してしまっていることもしばしばあります。
一方で注意すべき慢性肝炎になりやすいのは、免疫が弱く、ウイルスをうまく排除することのできない感染者です。ウイルスと免疫との抗争が長期的にダラダラと続いてしまうことで肝臓が傷み、継続的に炎症を起こし続けてしまうのです。特に肝臓がんになりやすいのはこのような慢性肝炎を引き起こす感染者の場合で、放っておくと40~50代という働き盛りの頃にはすっかり肝機能が衰え、キャリアの感染者よりも高確率で肝臓がんに罹患してしまいます。
慢性肝炎を招くB型肝炎ウイルス感染者のうち、90%は母子感染でウイルスに感染してしまった方です。母子感染でB型肝炎ウイルスに感染するとおおよそ30代あたりまでにその感染者がキャリアで済むのか、慢性肝炎になってしまうのかの明暗がはっきりします。
というのも母子感染でB型肝炎ウイルスに感染した場合、幼少期にすぐ肝炎が起こるということはありません。免疫が成立する20代あたりまではウイルスと免疫が共存している形となり、20歳前後に感染者の免疫機能が整った段階で初めてウイルスと免疫の抗争が起こり、肝炎が発症します。
ほとんどの感染者はこの段階でウイルスとの抗争に勝ち、強いウイルスを排除しキャリア化することに成功します。しかし、20代前後になっても免疫の成立が弱く、ウイルスと争うものの排除がうまく行えない方は繰り返し攻防が続く状態となり、慢性肝炎に発展します。
また、大人になってから性交渉などでB型肝炎ウイルスに感染した場合、例外を除いてほとんどは一過性の肝炎で済みます。そのため大人になってからの感染者には慢性肝炎になってしまう方が少ないという特徴があります。
B型肝炎ウイルスは幼少期に感染し、40代以降に慢性肝炎になるという感染者がほとんどでした。しかし、1996年以降日本に欧米型のB型肝炎ウイルス「ジェノタイプA」が流入してきたことにより、性交渉によって20〜30代でB型肝炎ウイルスに感染し、若年のうちに慢性肝炎になってしまう方が徐々に増えてきています。
ジェノタイプAは人の免疫と共存する特徴を持つB型肝炎ウイルスで、感染してもウイルスと免疫が抗争を起こさず、慢性化しやすいという問題があります。そのため、免疫が成立し、ウイルスと対等に戦える健康な成人が感染した場合でも、一過性の肝炎で済まず慢性肝炎になってしまいます。
ジェノタイプAのB型肝炎ウイルスは日本のなかでも関東圏と沖縄に集中して感染者がいます。この地域に多い理由としては、海外から流入している人口が多いことや、性風俗が栄えている地域であることが挙げられます。
B型肝炎ウイルスに感染している方であれば、肝炎や肝硬変の症状がある方も、症状のないキャリアの方も、肝臓がんに罹患するリスクを持っていることには変わりがありません。しかし前述の通り、ウイルスを持っているだけで症状のないキャリアの方と比べると、肝炎・肝硬変を持っている感染者の方が肝臓がんに罹患するリスクは高く、B型肝炎ウイルスを持つ肝臓がん患者さんのうち70%は肝炎・肝硬変を持っています。B型肝炎ウイルスの慢性肝炎は進行が比較的早いため、40代で肝臓がんに罹患してしまう感染者もいます。
従来のB型肝炎ウイルス感染者は、出産や性交渉により家族にウイルスをうつしてしまう可能性がありました。しかし、近年はB型肝炎ウイルス感染を防ぐワクチンの登場により、その懸念がかなり抑えられてきています。
現在、産婦人科では妊娠時のB型肝炎ウイルス検査を徹底しており、この血液検査によって母親がB型肝炎ウイルスを保持していると判明した場合、出産後に赤ちゃんにワクチン注射を打ち、感染を予防しています。
また、B型肝炎ウイルスの感染者が結婚する際に、将来的な感染を防ぐため、パートナーにワクチンを打ってもらうこともあります。このようにそれぞれのライフイベントに合わせてワクチンを有効に活用することで、B型ウイルス性肝炎に新規で罹患する患者さんは大幅に減ってきています。
前述の通り、B型肝炎ウイルス感染者がウイルスを完全に追い出すことはできません。そのため、継続的な治療が必要です。
以前はB型肝炎ウイルスに対する治療方法がほとんどありませんでした。C型肝炎同様に1980年代に登場したインターフェロン注射が長らく使用されていましたが、この薬は消化器官の不調や脱毛、肺炎などさまざまな副作用を引き起こすことでも知られており、患者さんは辛い思いをしてきました。またインターフェロン注射は直接ウイルスを攻撃するというよりは、体の免疫力を高めウイルス撃退に加勢するような仕組みであったため、それほど強い効果が見込めませんでした。
しかし2000年代に突入してようやく、B型肝炎ウイルスを直接攻撃でき、副作用の少ない飲み薬がいくつか開発されました。近年主に使用されている薬は下記の3つです。
・エンテカビル水和物
・テノホビル ジソプロキシルフマル酸塩
・テノホビル アラフェナミドフマル酸塩
B型肝炎ウイルスは継続的な治療が必要で、従来の薬は飲んでいくうちに耐性(ウイルスが薬剤に打ち勝つ力)がついてきて、薬が効きにくくなることが課題でした。しかし2006年に登場したエンテカビル水和物は、継続的に飲んでも耐性がつきにくく、長期的に効果をもたらす薬として今最も多く使われています。これらの薬の登場によって、全滅とは行かずとも体内に残存するウイルスが減少してきているのは明らかです。長期的な予後はこれからわかってきますが、今後B型肝炎ウイルスによる肝臓がんのリスクはどんどん減ってくるかもしれません。
札幌医科大学 医学部消化器内科学講座 准教授
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