月経前になると対人摩擦が生じるほどの情動不安定が起こる月経前不快気分障害(PMDD)は、2013年にようやく診断基準がつくられました。しかしながら、月経前不快気分障害(PMDD)そのものの原因やメカニズムは明らかにはなっていません。
月経前不快気分障害(PMDD)は、月経周期に伴った女性特有の症状であるため、周囲の方に理解されにくく、ひとりで悩んでいらっしゃる方も多いのではないでしょうか。
月経前不快気分障害(PMDD)の診断と治療について、引き続き、国際医療福祉大学三田病院精神科教授 平島奈津子先生にお話を伺いました。
月経前に精神症状が強く現れるようであれば、婦人科ではなく精神科を受診していただきたいと考えます。なぜなら、月経前症候群(PMS)にみられるような身体的な症状には、婦人科のピルの服用などのホルモン療法が効果的ですが、ホルモン療法では月経前不快気分障害(PMDD)の精神的な症状は改善されないことが多いからです。
しかし、精神科の敷居が高いと感じるようであれば、月経前不快気分障害(PMDD)の疑いが強い場合でもまず婦人科を受診して問題ありません。婦人科でも月経前不快気分障害(PMDD)は認知されているので、希望に応じてスムーズに精神科へ紹介してもらうことも可能です。
月経前不快気分障害(PMDD)が疑われる場合、月経があった日や体調の変化を2か月間、日記を書いて記録することによって、診断を確定します。
過ぎてしまった出来事についての記憶は曖昧ですので、日記は必ず毎日、前視方的に記録することが大切です。
月経前不快気分障害(PMDD)かもしれないと来院された患者さんの約半数は、月経周期とは全く関係のないところで症状が出ていたということがありますし、月経前は体調が悪いと思い込んでいる方も多くいらっしゃいます。(この場合は月経前不快気分障害とは診断されません。)
婦人科領域では1930年代から、月経前になると身体的にも精神的にも不快な症状を発現する女性がいるといわれていました。その後、1980年代にアメリカで女性が殺人事件を起こし、その女性が月経との関連を訴え、無実になったことがきっかけで、研究が進むことになります。
現在の月経前不快気分障害(PMDD)という名称は、2001年から正式に用いられるようになりましたが、当時はあくまでも『今後の研究のための基準案と軸』に留まるのみで、診断基準としては認められませんでした。2013年にようやくアメリカで診断基準がつくられ、月経前不快気分障害(PMDD)が少しずつ認知されるようになったのです。
月経前不快気分障害(PMDD)の治療には、うつ病や不安障害などに効果があるSSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)という薬が有効だという報告があります。
本邦では現在治験段階ですが、アメリカでは数種類のSSRIが月経前不快気分障害(PMDD)の治療薬として認可されています。
また、月経前不快気分障害(PMDD)とうつ病の場合ではSSRIの作用機序が違うといわれており、うつ病に比べて月経前不快気分障害(PMDD)はSSRIの効果発現が早いという特徴があります。
SSRIは、年齢関係なくどなたでも安心して使える薬ですが、極まれに未成年には衝動性(深く考えずに行動してしまう性質)が発現する場合もあるので注意が必要です。
現在日本で使用されているSSRIは以下の4種類あります。
SSRIはまれに、吐き気、下痢、便秘、発汗などの副作用が出ることがあります。そのため医師と相談しながら副作用が出ないものを選び、はじめは少量ずつ服用します。
月経前不快気分障害(PMMD)の場合、月経周期に合わせてSSRIを服用します。一般的には排卵が起こった後から月経が終わるまでSSRIを服用する、間欠療法を行います。ただし月経前不快気分障害(PMDD)の症状が重い患者さんや、月経周期が不規則な患者さんは、持続的にSSRIを服用します。
また、持続的にSSRIを服用する場合でも、月経と関係ない時期は薬の量を減らす、部分的な間欠療法を行うこともあります。
いきなりSSRIを服用することに抵抗がある患者さんにはピルを使うことがあります。
ただし、ピルの服用の注意点として、ピルの効果は個人差が大きいということと、主に精神症状より身体症状の改善目的で使われることが挙げられます。
また、ピルは婦人科でのみ処方されるので、ピルでの治療を希望される方は、精神科ではなく婦人科を受診する必要があります。
はっきりとした科学的な根拠があるわけではないのですが、月経前不快気分障害(PMDD)の患者さんのなかでも比較的症状の軽い方は、漢方薬で症状が寛解する方もいらっしゃいます。しかし漢方薬の効果も個人差があります。
月経前不快気分障害(PMDD)の症状の改善に、認知行動療法が有効な場合があります。
認知行動療法は薬物療法と並行して行い、カウンセリングによって患者さんの抱えているストレスを整理していきます。
月経前不快気分障害(PMDD)の患者さんは、自尊心を失い、自分に落胆している方が多いのですが、ご自身で症状を知り、対処法や治療法を知っていると認識することで症状が軽くなることもあります。
SSRIは、安全性の高い薬ですが、患者さんの副作用などを考慮して少しずつ量を増やして使用します。そのため月経前不快気分障害(PMDD)の治療を始めたばかりの時期は、薬を服用していても症状が出ることがあります。
また、私はこの治療開始間もない時期について、あらかじめ周りの方の理解を得ること、月経前の症状が出現する時期には大切な仕事や大切な人に会う予定を入れないよう患者さんに説明しています。
薬の量が増えると月経前不快気分障害(PMDD)の症状は大幅に改善されます。ですから、それまでの間をどのように過ごせばいいのかという注意点を患者さんと確認しているのです。
月経前不快気分障害(PMDD)は、薬を服用して一時的に症状を取り除くことができても、患者さんの抱えるストレスなど根本的な要因を改善しなければ再発することがあります。
治療期間は個人差がありますが、約1〜2年は薬を服用しカウンセリングを行いながら、患者さんの身の回りの環境を整えていくことが必要です。
また、月経前不快気分障害(PMDD)の症状が改善されたからといって、治療が終了するわけではありません。今まで月経前不快気分障害(PMDD)の症状で発散していたストレスとどのように向き合っていくのかを主治医と相談しながら考えていかなければなりません。
個人差がありますが、規則正しい生活習慣を心がけることによって月経前不快気分障害(PMDD)の症状を予防・改善することができます。
特に適度な運動は重要です。運動が直接症状を改善するわけではありませんが、自律神経を整える作用があり、ストレス解消や気分転換になります。
また、抑うつ障害群であるうつ病や気分変調症、そして月経前不快気分障害(PMDD)は体内時計のリズムが狂うと症状が悪化するため、毎日、朝日を浴びて体内時計を調整することを意識しましょう。
最近の研究では、大豆イソフラボンの摂取が月経前不快気分障害(PMDD)の予防に効果があることがわかってきました。ただし、大豆イソフラボンの吸収には個人差があるといわれているので、偏った食事をするのではなく、バランスのいい食事を心がけることが大切です。
記事1『月経前症候群(PMS)とは違う?うつ病の一種である月経前不快気分障害(PMDD)の症状と原因』で述べたように、月経前不快気分障害(PMDD)は、月経前に易怒性(いどせい)が現れることが特徴的ですが、症状が現れることは日頃溜め込んでいたストレスを発散する機会になっているといえます。しかし、この状態が続くことはよくありません。月経前不快気分障害(PMDD)の症状でストレス発散をするのではなく、普段から親しい人に自分の気持ちをうまく伝えること(アサーション)を意識的に行って、ストレスを溜め込まないことが大事です。
私たちは、日々の生活に流されてしまいがちですが、月経前に限らず、ご自身の体や気持ち、そしてストレスと向き合い、自分のことをよく知ることが大切だと考えます。
ぜひ毎日日記を書いて、自分の体調の変化を把握してください。
月経前不快気分障害(PMDD)は、女性特有の、月経周期に合わせて発現する症状ですので、周囲の方たちに理解されず、苦しんでいる方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。
適切な治療を行えば、症状は改善されることがほとんどですので、月経前不快気分障害(PMDD)が疑われる場合は、ひとりで悩まずに精神科を受診してほしいと考えます。
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