てんかん治療の基本は抗てんかん薬を用いた薬物療法ですが、3割強の患者さんでは薬で発作が消えません。これを薬剤抵抗性難治てんかんと呼びます。このうち一部の患者さんでは、外科手術で発作が抑制される場合があります。仮に最終的には手術に至らなくても、詳しい検査によって手術以外のよい治療方法に結びつくこともしばしばです。今回は手術適応と手術の概略について説明します。
患者さんの中には、最初から「手術で治して欲しい」とおっしゃる方もいます。しかし、手術ではメリットもデメリットもありますから、まずは薬物療法が最優先です。薬で治療しても1年以内に発作が抑制される見込みのない方の場合に限って、外科治療を検討するのが普通です。ただし乳幼児の重症てんかんの場合、手術のタイミングが遅れると精神発達遅滞の問題があるので、緊急、もしくはなるべく早い手術治療を検討すべきというケースもあります。
早めの外科治療を願う方がいる一方で、むしろ大きな問題となっているのは「手術はあくまでも最終手段」と考える医師がいることです。かつては「2年2剤で外科治療を」という言葉がありました。適切な治療薬を適切に使用して2年たっても発作が消えない場合に手術を検討する、という意味ですが、実際には何種類もの薬を組み合わせて試しているうちに、手術にたどり着くのが10〜20年後になってしまうことがよくありました。最近では「1年2剤」で効果がみられなければ専門施設で手術を検討すべき、といわれています。たとえ手術にならなくても、1年2剤の段階で精密検査を受けることはその後の治療に大きな意味を持つからです。
てんかんの手術を大きく分けると、「完全に発作をゼロにすること」が目的、つまり根治術としての「焦点切除術」があり、「発作を軽くするか少なくすること」を目的とする姑息的手術として「離断術」と「迷走神経刺激療法」の2つがあります。さらに、切除術のプランを立てるため頭蓋骨の内部に電極を埋め込む手術がありますが、これは検査のための手術です。
てんかん発作の原因となる部位を、「てんかん焦点」と呼びます。てんかん焦点を厳密に絞り込むことは困難なので、この焦点部分を含むと思われる脳組織を最小限に切除するのが焦点切除術です。
海馬硬化が明らかな内側型側頭葉てんかんや、MRIなどの画像検査で血管腫や脳腫瘍などの病変が明らかな場合、1回の手術で焦点切除を行うことが可能です。一方、焦点部位がはっきりと断定できない場合や、切除したい場所が言語や記憶、手の運動感覚などの重要な脳機能を司っている可能性がある場合には、手術を2回に分けて行うことがあります。
最初の手術では脳の表面や内部に電極を留置し、いったん麻酔を覚まして病室に患者さんを戻します。てんかん発作が脳のどの部位から始まるのか、頭蓋内の電極を使って詳細に調べるのです。さらに、この電極を弱い電流で刺激し、その瞬間の脳の機能を調べることによって、切除で重大な障害が出ないかどうかを知ることができます。こうした一連の検査を「マッピング」と呼びます。こうして「切除すべき部分」と「切除してはいけない部分」を決めてから、2度目の手術を行って、電極を取り除きつつ焦点切除を行うというものです。
成人における難治てんかんの原因として多いものの1つです。側頭葉の前半分を切除する手術と、さらに限られた範囲を切除する「選択的扁桃体海馬切除術」とがあります。
てんかんの原因となっている部分がMRIで明確な場合や、手術で留置した電極による脳波検査で明らかになった場合、該当する部分の大脳の皮質を切り取ります。
てんかんの原因となっている部分が多数に及ぶ場合、複数の部分(葉)を切り取ることもあります。
離断術には「脳梁離断術」と「半球離断術」などがあります。
脳梁とは文字通り「脳の梁(はり=建築物で柱と柱をつなぐ水平の構造物)」ですから、左右の大脳をつなぐ水平な神経の大きな束です。脳梁は左右の大脳半球の情報を瞬時に橋渡しをする大切な役割を果たしていますが、ある種のてんかんでは脳梁を介して、異常なてんかん活動が行き来するために発作が左右の大脳を巻き込み、失立発作(急に転倒して頭部を打撲する危険が大きい)などをきたします。脳梁離断術では、大脳の左右の連絡を切断することによって、発作が大きくなるのを防ぐことを目的としています。これによって発作が軽くなる、少なくなるなどの効果が得られますが、時には発作が完全に消失することも報告されています。大脳の左右が連携する正常なはたらきに障害が出るという問題がありますが、乳幼児の場合やもともと精神発達遅滞がある場合には症状は目立ちにくく、発作を抑えることのメリットのほうがはるかに大きいのです。
半球離断術は、先天的に左右いずれかの大脳に大きな奇形がある患者さんなどで、発作が連続して止まらないような重症なてんかんが乳幼児期から発症する場合に適応となります。そのままだと、てんかん発作の異常が反対側の正常な大脳にまで波及し、患児はいずれ寝たきりでミルクも飲めなくなり、肺炎などで死亡する危険性も大きいのです。手術は緊急で考慮される場合がありますが、生後間もなくで体が小さい場合は手術そのもののリスクも高く、タイミングが問題となります。日本ではこの手術ができる施設は少ないのが現状ですが、治療施設同士の連携で自衛隊機を使って患者さんを搬送し、遠隔地の患者さんを手術した事例もあります。
迷走神経は、自律神経の中で副交感神経のはたらきを担っており、左右で対に存在します。このうち心臓への影響が小さい左側の迷走神経に、頸部大動脈付近で電極を巻き付けることによって、長期的に迷走神経を刺激することが可能になります。刺激装置はちょうどペースメーカーの装置のように左胸の皮膚の下に埋め込みます。刺激条件を調整しながら毎日刺激することによって、発作を減らすことを目的としています。てんかん外科では姑息的手術もしくは緩和的治療法と呼ばれています。留置直後は発作の抑制効果が弱くても、2年、3年とたつうちに発作の回数が半数以下に減る例も少なくありません。
てんかんの外科治療は、脳神経外科のほかの手術に比べてもかなり安全といわれています。死亡率は1%未満であり、失語や半身不随などの大きな後遺症が残る率も数%未満です。しかし手術のリスクはゼロとはいえません。リスクの程度は、個々の患者さんによっても異なります。手術によって受けるメリットとリスクを、きちんと医師から説明を受けたうえで判断する必要があります。
手術直後に一過性の精神症状が出ることもありえます。数週間で落ち着くのが普通ですが、精神科医による薬物療法などが必要となる場合もあります。
手術が成功しても、原則として術後の1~2年は抗てんかん薬を手術前と同様に服用し続ける必要があります。発作が消えた場合は、その後に減薬を検討します。しかし、手術後も薬を飲み続ける必要がある方が約半数いるといわれています。
概要:海馬硬化が原因。薬が効きづらいが手術の効果が高い
手術方法:側頭葉前方切除術、選択的海馬扁桃体摘出術
概要:血管腫、脳腫瘍、外傷、先天奇形など
手術方法:病変と必要に応じて周囲の脳組織の切除
概要:病理組織では微小な先天奇形が発見されることが多い
手術方法:頭蓋内に電極を留置した後に脳の部分切除術
概要:先天奇形もしくは一側性の脳炎など
手術方法:大脳半球離断術
概要:急な転倒による頭部外傷が問題
手術方法:脳梁離断術
東北大学大学院医学系研究科 てんかん学分野教授
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