乏精子症(ぼうせいししょう)とは、精液中の精子の数が少ないことをいいます。精子の運動率が低い精子無力症と並んで、男性不妊の原因のひとつとされています。しかし、これらはまったく別の病態というわけではなく、ひとりの男性に合併して見られることもあります。この記事では男性不妊の原因である乏精子症について帝京大学医学部附属病院泌尿器科の木村将貴先生にお話をうかがいました。
乏精子症の定義は、精液検査で精液1cc当たりの精子数が1,500万以下、射出精子当たりの総精子数(精液量×濃度)が3,900万以下とされています。健常男性の精子数は億単位ですので、それに比べると1,500万という数字はかなり低いものです。
ただし、2010年にWHOの基準が改定されて1,500万になるまでは2,000万以下とされていましたので、結局のところ、これは単に数字上の問題でしかないともいえるのです。実際には記事1でもご説明したように総運動精子数で判断することが多いということもありますし、精子運動率が低い「精子無力症」と合併している「乏精子無力症」と呼ばれるケースも少なくありません。
なぜこの40%、1,500万という基準値が決められているかという理由ですが、避妊せずに12か月以内に妊娠した人たちの精液検査のパラメーター(下図参照)を見ると、5パーセンタイルの値(赤枠で囲んだ部分)がちょうど運動率が40%、精液量が1.5cc、総運動精子数が1,500万となっています。
パーセンタイルが5というのは、たとえば100人をデータの数値順に並べたとき、下から5番目の人がこの数値だったという意味です。しかし、このデータはすべて妊娠した人のパートナーのものですから、5パーセンタイルより下であっても妊娠する確率はゼロではないということになります。
つまり、ここで重要なことはけっして基準値以下だから妊娠しないというわけではないということです。
この図の中で一番左側の2.5パーセンタイルの人も総精子数でいえば顕微授精レベルですが、妊娠はしているということになります。ですから、不妊症の治療 -体外受精胚移植(IVF-ET)ではけっして数字だけを見て諦めないようにしていただきたいのです。精液検査の結果が悪くてもパートナーの条件がよければ妊娠することはありますし、もちろん治療に反応しないこともあります。個々の状況によって考え方も治療方法は変わるということをご理解いただきたいと思います。
よく「この値では自然妊娠は難しいですか」とか「体外受精は難しいですか」という質問を受けることがあります。もちろん厳しいかもしれませんし、ステップアップを勧めざるを得ないときもありますが、検査の数値は絶対的な数字ではないということです。
乏精子症は精子の濃度が低く、精子無力症は精子の運動率が低いことをいいます。実際には乏精子症と精子無力症を合併している方もかなりの割合でいるため、精子無力症と乏精子症の病態を明確に区別することは難しいといえます。
乏精子症の場合も造精機能障害に対する治療として精子無力症と同様の治療を行います。酸化ストレスがあると精子形成のメカニズムに影響をきたして精子の濃度が低下する可能性があるため、まずビタミンEやコエンザイムQ10による抗酸化療法を行います。さらにそこへホルモン療法を重ねることもあります。
ホルモン療法に用いられるクロミフェン(抗エストロゲン製剤)は、エストロゲンに拮抗的に作用してネガティブフィードバックで下垂体からのFSH(Follicle Stimulating Hormone:卵胞刺激ホルモン)、LH(Lutenizing Hormone:黄体形成ホルモン)というゴナドトロピンを増やし、最終的には精巣内のテストステロンを増やすことによって造精能を改善させます。
ただし、クロミフェンには少々使いづらい点もあります。クロミフェンを使うとテストステロンの値が上昇しますが、テストステロンはアロマターゼという酵素によってエストロゲンE2(エストラジオール)に変換されます。そのため、どうしてもE2が増加しますが、E2の値が50以上になるとそのことが造精能、つまり精子の形成に悪影響を及ぼすといわれています。また、エストロゲンはいわゆる女性ホルモンなので脂肪がついて太りやすくなります。そのため、クロミフェンを使うと2〜3キロ程度の体重増がしばしばみられます。
ホルモン療法には強力なエビデンス(科学的根拠)はないものの、6か月以上の内服で有意に精子濃度と運動率の上昇が認められたとされています。特にクロミフェンに至ってはART(Assisted Reproductive Technology:体外受精・顕微授精などの高度生殖補助医療)の成績が向上し、メタアナリシス(メタ解析)という統計手法でデータを解析した結果、2.4倍の妊娠率向上が報告されています。
このようにクロミフェンによるホルモン療法の効果は十分期待できるものの、副作用的な問題でやや使いにくいところがあるため、今後はアロマターゼ阻害薬に移行していくものとみられます。実際、アメリカではすでにクロミフェンとアロマターゼ阻害薬はほぼ同じくらい使われるようになってきています。
アロマターゼ阻害薬はテストステロンからE2(エストラジオール)への変換を阻害することによって、相対的にテストステロンを増やしE2を減らします。そうするとヒト絨毛性性腺刺激ホルモン、すなわちFSHやLHも増えるという治療法です。アロマターゼ阻害薬を使っている病院は日本ではまだそれほど多くはありませんが、我々のところでもちょうどこれから使い始めようとしているところです。クロミフェンと比べて副作用がなく、効果も期待できると考えています。
ホルモン療法は高度乏精子症(Cryptozoospermia)と呼ばれる、より重度の乏精子症に対しても有効です。高度乏精子症は乏精子症の中でも精液所見がさらに悪く、遠心分離してやっと精子が検出できるような重症例ですが、これらのホルモン療法で改善したという報告があり、治療の重要なオプションであるといえます。
乏精子症の方の射出精子は、精巣で精子が形成されて精巣上体から精管を通り、射出に至るまでの間に強い酸化ストレスを受けるといわれています。したがって精巣から直接採ったほうが精子の質は良いとされます。高度乏精子症の方に対しては1回目の顕微授精でうまくいかなかった場合には、Micro-TESE(顕微鏡下精巣内精子回収法)といって精巣から直接精子を回収する手術を行っています。また、奥さんが高齢であまり時間をかけられないという方には、最初からMicro-TESEを行なうことも検討します。
帝京大学医学部付属病院ではこの手術を1泊2日で行っています。手術後はゆっくり休んでいただいて、術前投与の3時間後にさらに抗生剤の点滴を行いますので感染症のリスクは日帰り手術より少なくなります。我々としては2日休める方には1泊2日での手術をお勧めしますが、忙しい方には日帰り手術も提示しています。
もしも不妊治療を諦めようと考えるときには、奥さんが諦めているのか、それとも旦那さんが諦めているのか、あるいはお二人とも諦めているのかということは、きちんと考えておかなければなりません。
もちろん、不妊治療を諦めるときには夫婦の同意のもとで決断されるわけですが、私自身としては、おそらく治療のつらさや負担は女性のほうが大きいのではないかと感じています。経膣超音波で針を刺す採卵時の痛みや排卵誘発剤の副作用のつらさもありますし、仕事があって頻繁にクリニックに通えない方もいらっしゃるでしょう。
奥さんがもうこれ以上は、と不妊治療を諦めようとするとき、パートナーとして夫には何ができるのかということをまず考えていただきたいのです。もし精液検査の結果が良くないために奥さんの治療に負担がかかっていて、そのことが諦める原因になっているのであれば、やはり奥さんの負担を軽減してあげるべきですし、男性が協力することで別の方法に方向転換できるかもしれないということを知っていただきたいのです。
男性が不妊治療に介入することによる精神的な効果は計り知れません。ひとりで治療しなければならない女性の孤独感や治療負担感などは男性には想像し難いものがあります。やはり男性が協力してくれるという安心感や信頼感は母体にとって非常に大切です。
日常の診療の中でも、たとえば精液検査の結果が悪くて精索静脈瘤の手術を予定した矢先に妊娠がわかったり、あるいは、顕微授精を検討していたようなカップルでも男性不妊外来に通い始めたことによって自然妊娠したり、そういった不思議なことがときどき起こります。科学的ではないと言われるかもしれませんが、私自身、やはり男性が協力することによる精神的な影響は大きいのではないかと感じています。
ただ、男性不妊外来に来られる方でさえ、残念なことにご自分の精液検査の数値を知らなかったり、理解していなかったりする方がたくさんいらっしゃいます。婦人科のクリニックなどで精液検査をしたことがあるという方に結果がどうだったのかをお尋ねしても、運動率や濃度について答えられる方はまずいません。
男性の心理として、精液検査の結果が正常だと言われた時点で「自分のせいではないんだ」と思ってしまう部分があります。それがあたかも免罪符のようになってしまい、ARTの方向にシフトしていくというパターンがありがちなのではないでしょうか。
不妊のおよそ40%には男性側の因子が関係しているといわれている以上、産婦人科の精液検査が正常だったということを鵜呑みにするのではなく、実際の検査数値を持って泌尿器科の診察を受けていただきたいと考えています。精液の状態は変動も大きいため、スクリーニングだけでも受けていだだく価値はあります。
男性として自分の精液検査の結果が悪ければショックを受ける方も少なくないでしょう。しかし、そこでもまた別の問題があります。たとえ精液検査の結果が悪くても、精子が1個さえあれば体外受精や顕微授精ができるという考えがあまりにも根強いのではないか-私はそのことを危惧しています。実際そうだとしても、それは精子の質を少しでもよくするということを放棄していると言わざるを得ません。
ARTに取り組んでいてなかなかうまくいかないというカップルであっても、男性側の要因を改善することによって体外受精や顕微授精の成績も上がるといわれているのですから、ぜひ少しでも早く泌尿器科に来ていただきたいと考えています。
杉山産婦人科新宿 男性外来担当、帝京大学医学部附属病院 泌尿器科 非常勤講師
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