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インタビュー

膵臓がんは手術だけでは根治しない-術前治療や化学治療・放射線治療を組み合わせた集学的治療

膵臓がんは手術だけでは根治しない-術前治療や化学治療・放射線治療を組み合わせた集学的治療
藤井 努 先生

富山大学 学術研究部医学系 消化器・腫瘍・総合外科 教授

藤井 努 先生

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この記事の最終更新は2017年02月07日です。

富山大学大学院 医学薬学研究部 消化器・腫瘍・総合外科 教授の藤井努先生は、合併症の多い膵臓がん手術をいかに安全に確実に行えるか、ということを研究されています。

それと同時に、手術だけでは根治しないことがわかってきた膵臓がん治療に、化学治療や放射線治療など他の治療を組み合わせることで根治につながらないかを研究されています。

今回は、今期待されている膵臓がんの「集学的治療」や最先端の技術についてお話を伺いました。

膵臓がんは手術だけでは治りません。膵臓がんを根治するために、レベルの高い手術が求められることはもちろんですが、加えて抗がん剤による化学治療や放射線治療を行わなければ、高確率でがんが再発してしまいます。このようにさまざまな方法で病気を治療することを「集学的治療」と呼びます。この言葉は主にがん治療の現場で使用されることの多い用語です。

膵臓がん治療の分野では、今まで「術後治療」といって手術の後に化学治療を行うことが主流でしたが、2011年より術後治療はもちろんのこと、「術前治療」も重点的に行われるようになりました。この「術前治療」の取り組みによって、膵臓がんは手術を行う前に化学治療や放射線治療をしっかり行うと、手術後に再発しにくくなるということが少しずつ明らかになってきています。

私は今から5年前、2011年から膵臓がんの術前治療を本格的に行い始めました。たった5年という短い期間ではありますが、手術一辺倒の膵臓がん治療よりも、術前治療をしっかりと行ってから手術を行う膵臓がん治療のほうが、より効果的というデータが出ています。

名古屋大学消化器外科学における膵癌切除後の生存率
提供:名古屋大学大学院医科学系研究科 消化器外科

以前は、手術が可能と思われた膵臓がんの場合、すぐに手術を行うのが一般的でした。しかし最新の研究では、たとえ手術が可能と思われた膵臓がんであっても、“必ず”術前化学療法を行うべきという結果となっています。

さらに、血管にがんが浸潤していたり、がんの範囲が大きかったりすると“切除可能境界”と分類されます。この場合ももちろん、手術前に化学療法や放射線療法を行ったほうが術後のがんの経過が明らかによくなります。そのため、検査の結果“切除可能境界”と診断された患者さんにはデータをお見せし、手術を急ぐのではなく、まずしっかりと術前治療を行ってから手術に臨むことをすすめています。

 

切除可能境界膵癌の生存率
提供:名古屋大学大学院医科学系研究科 消化器外科

膵臓がん治療は現在、とても大きな進歩を遂げている途中です。その中でも私が今注目している最新治療は下記の2つです。

素材提供:PIXTA
素材提供:PIXTA

前述のとおり、膵臓がん治療において術前治療が大変効果的であるということは、間違いがないと思っています。しかしながら、膵臓がんに術前治療を行うこと自体が世界的にみてもまだ6〜7年前に始まったばかりと歴史が浅く、今後さらなる発展が見込まれる分野です。

近年、「フォルフィリノックス」と「ナブパクリタキセル」という2種類の新しい抗がん剤の登場により、膵臓がんの術前治療に大きな進歩が起こりました。

日本では共に2013年、2014年に認可されたばかりの新しい抗がん剤です。これらの抗がん剤が膵臓がんに有効であることはすでにわかっています。しかし、その最も有効な使い方については現在世界中でさまざまな臨床試験が行われている最中です。これからますますの発展が期待されています。

すい臓がんが腹膜に転移してしまった場合、最先端治療である「腹腔内化学療法」の効果がかなり高いといわれています。

膵臓がん胃がんが転移するのは臓器や血管だけではありません。「腹膜播種(ふくまくはしゅ)」といい、臓器を包んでいる腹膜そのものにがんが転移し、広がってしまうことがあります。お腹にがんが広がっていれば、手術をすることはできません。この場合、抗がん剤による化学治療を中心に行いますが、その経過はあまり芳しいものではありませんでした。

今まで膵臓がんだけでも不治の病といわれてきましたが、さらに進んで腹膜播種が見受けられる場合、残念ながらまず助からないというのが一般的な見解です。2013年に発表された海外の論文では、ひどい腹膜播種の場合、見つかってから6週、つまり発見後1ヶ月半で亡くなってしまうこともあります。このデータをご覧になれば腹膜播種の恐ろしさがおわかりいただけるかと思います。

この恐ろしい腹膜播種に対する治療として今注目されている方法が「腹腔内化学療法」です。元々は胃がん治療で活用されていた手法ですが、近年膵臓がんでも用いられるようになりました。この治療は金属のボタンをお腹の皮膚に埋め込み、ビニールのチューブでお腹に直接抗がん剤を流し入れます。これにより、静脈注射では腹膜まで届かなかった抗がん剤の効果がしっかり腹膜にとどまります。

膵臓がん治療における「腹腔内化学療法」はテスト段階で、日本全国の実施件数も33例と少ないものですが、すでにその成績には目を見張るものがあります。33例のうち、半数の患者さんは浮遊しているがん細胞が消失し、3分の1の患者さんは腫瘍マーカー(血液検査時にがんの有無を示す数値)が正常値に戻りました。さらに驚くべきことは「腹腔内化学療法」の効果が腹膜播種の消滅だけでなく、その大元である膵臓がんにも現れ、膵臓にできた腫瘍が小さくなって手術を行えるまでになった件数が33件中8件、つまり4分の1の患者さんは手術ができるまでに病状が改善しました。腹膜播種が発見から6週で死に至る病であることを考えれば、これは画期的なことです。

膵臓がん治療における「腹腔内化学療法」の論文は、2016年に米国の一流紙に掲載されました。

この治療の課題として、効果があるとされている「パクリタキセル」という抗がん剤に保険適用の認可が下りていないため、この治療が行える施設が限られていることがあります。将来的に保険が認められるまでの道のりは長いですが、比較試験などを行い認可が下りれば、膵臓がん治療により明るい未来がみえてくるはずです。

これまでの術前・術後治療の話を通して、膵臓がんの治療が消化器外科や内科だけではなく、化学治療部・放射線治療部の協力によって成果を上げていることはご理解いただけたかと思います。

私は集学的治療の取り組みのひとつとして形成外科や血管外科の先生と手を組み、膵臓がんの除去と同時に、がんに巻き込まれている主要血管のがん部分を切除し、切除した血管を吻合(ふんごう・血管・腸管などを手術によってつなぐこと)するという一歩進んだ手術にも着手しています。

ここ数年、膵臓がん手術時に門脈や肝動脈という主要な血管を切って、転移したがんを切除し、切った血管を吻合するという大がかりな手術を行ってきました。私たち消化器外科は膵臓とその付近に転移したがんを切除し、がんを切除する際に切断した門脈はわれわれが、肝動脈は細い血管なので形成外科の先生が顕微鏡を使って吻合します。このような連携プレーによって手術が無事成功した患者さんは、皆さん今でも経過が良好で、すでに3年以上無再発でお元気にご存命の方もいます。

また、膵臓がんが門脈にひどく浸潤してしまっている患者さんに、血管の自家移植手術も積極的に行っています。この患者さんは門脈に浸潤したがんがかなり大きかったために、がんを完全に除去するためには門脈を7cmも切断しなければなりませんでした。これだけ大幅に血管を切り取ってしまうと、切断した血管と血管をどんなに引っ張っても縫合することはできません。そこで、患者さんご本人の首にある内頸静脈を切り取って、それを門脈と門脈をつなげるように移植しました。この患者さんも術後経過は良好で、手術をして2年、がんの再発は無くお元気に生活されています。

もし術前治療を行う化学療法や放射線治療の先生方、血管縫合を専門とする形成外科の先生方の協力がなければ、これらの患者さんの手術を成功させて、元気になってもらうことはできませんでした。私は医師が一丸となって患者さんの治療に尽力することができることをとても光栄に思っています。

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