インタビュー

HIV・AIDS(エイズ)とは?感染経路から潜伏期間、初期症状まで

HIV・AIDS(エイズ)とは?感染経路から潜伏期間、初期症状まで
松下 修三 先生

熊本大学エイズ学研究センター 教授

松下 修三 先生

この記事の最終更新は2017年07月02日です。

HIVやエイズと聞くと、私たちはいまだに「やがて死に至る恐ろしい病気」「感染者に触れただけで自分も感染する」など、恐ろしい病であることを連想しがちです。しかし、HIVは日常生活ではもちろん、唾液や血液にも触れただけでは感染しない、感染力の弱いウイルスと考えられています。また、HIV感染がエイズ発症を意味するわけではなく、免疫機能の低下によって合併症を発症した時点でエイズと診断されます。今回はHIVについて、基礎知識から検査の重要性に至るまで、熊本大学エイズ学研究センター病態制御分野(現:松下プロジェクト研究室)教授の松下修三先生にご解説いただきます。

HIV(Human Immunodeficiency Virus:ヒト免疫不全ウイルス)は、人の免疫機能を司るヘルパーTリンパ球(CD4細胞)やマクロファージに感染するウイルスです。

私たちは普段意識していませんが、空気中や土壌の中、また、自宅のリビングの絨毯やソファなど、生活するあらゆる場所には病原体となりうる微生物が存在しています。これらの“日和見”病原体は、毎日、体内に入りこんできますが、健康であれば体の免疫機能が感染を防御するため、病原体はそのまま体外に出ていきます。こうした免疫機能を統括するのがCD4細胞です。しかしHIVに感染すると、こうした細胞が失われていきます。

HIVに感染後、数年間は自覚症状のない時期(無症候期)が続きますが、進行するにつれて体の免疫機能が低下していきます。ですからやがて、健康であれば自分自身の免疫機能で発症を防ぐことのできる病気(口腔カンジダ症、カリニ肺炎のような日和見感染症)を発症します。このように、HIV感染によって抵抗力が落ちることで発症する疾患のうち、厚生労働省が規定する代表的な23の合併症のいずれかを発症した状態をエイズと診断します。

日和見感染症…免疫機能が低下している方が、健康であれば感染しないような毒性の弱い細菌やウイルスなどの病原体に感染すること。

HIVの感染から発症まで

厚生労働省規定のエイズ発症基準となる23の合併症

A.真菌症

1.カンジダ症(食道、気管、気管支、肺)

2.クリプトコッカス症(肺以外)

3.コクシジオイデス症

(1)全身に播種したもの

(2)肺、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの

4.ヒストプラズマ症

(1)全身に播種したもの

(2)肺、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの

5.ニューモシスティス肺炎

(注)P. cariniiの分類名がP. jiroveciに変更になった

B.原虫症

6.トキソプラズマ脳症(生後1か月以後)

7.クリプトスポリジウム症(1か月以上続く下痢を伴ったもの)

8.イソスポラ症(1か月以上続く下痢を伴ったもの)

C.細菌感染症

9.化性細菌感染症(13歳未満で、ヘモフィルス、連鎖球菌等の化膿性細菌により以下のいずれかが2年以内に、2つ以上多発あるいは繰り返して起こったもの)

(1)敗血症

(2)肺炎

(3)髄膜炎

(4)骨関節炎

(5)中耳・皮膚粘膜以外の部位や深在臓器の膿瘍

10.サルモネラ菌血症(再発を繰り返すもので、チフス菌によるものを除く)

11.活動性結核肺結核又は肺外結核)(※)

12.非結核性抗酸菌症

(1)全身に播種したもの

(2)肺、皮膚、頚部、肺門リンパ節以外の部位に起こったもの

D.ウイルス感染症

13.サイトメガロウイルス感染症(生後1か月以後で、肝、脾、リンパ節以外)

14.単純ヘルペスウイルス感染症

(1)1か月以上持続する粘膜、皮膚の潰瘍を呈するもの

(2)生後1か月以後で気管支炎、肺炎、食道炎を併発するもの

15.進行性多巣性白質脳症

E.腫瘍

16.カポジ肉腫

17.原発性脳リンパ腫

18.非ホジキンリンパ腫

19.浸潤性子宮頚癌(※)

F.その他

20.反復性肺炎

21.リンパ性間質性肺炎/肺リンパ過形成:LIP/PLH complex(13歳未満)

22.HIV脳症(認知症又は亜急性脳炎)

23.HIV消耗性症候群(全身衰弱又はスリム病)

(※)C11活動性結核のうち肺結核及びE19浸潤性子宮頚癌については、HIVによる免疫不全を示唆する所見がみられる者に限る。

 

引用:厚生労働省(http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou11/01-05-07.html

本邦におけるエイズの患者さんに多くみられる合併症として、カリニ肺炎やカンジダなどの真菌症、様々な消化器症状や、HIV関連認知機能障害などが考えられます。HIV関連認知機能障害とは、HIVウイルスが脳に侵入し、グリア細胞という脳を守る細胞に感染することで神経委縮が起こり、認知機能が障害された状態を示します。東京の調査では、症状の軽いものまで含めるとHIV感染・エイズの患者さんのうち3分の1はHIV関連認知機能障害を合併しているともいわれています。その他、非結核性抗酸菌症も多くみられ、女性の場合は子宮頸がんも起こることがあります。

カリニ肺炎の初期症状は空咳(喀痰を伴わない咳)から始まり、進行すると呼吸数の増加・呼吸苦・息切れ・微熱などの症状が現れます。最初は呼吸器症状が中心であるため、一般的には呼吸器内科を受診し、そこでHIVを疑われることが多いです。

また、HIV感染が発見されるきっかけとして、性感染症(梅毒性器ヘルペスアメーバ赤痢B型肝炎など)が挙げられます。

引用:日本エイズ学会
引用:日本エイズ学会

HIVの主な感染経路は性行為による粘膜感染で、誰でも感染する可能性があります。ただし、感染ルートが決まっているため、リスク行動をとらない限り感染する確率はゼロです。当然ながら、素手で接触したり唾液がかかったりしても感染することはありません。

性行為による粘膜感染の他、未検査の血液製剤や輸血、注射器の使いまわしも感染経路となることがあります。以前は母児感染も多くみられましたが、現在は妊娠時から健康診断で検査がしっかりと行われているため、妊婦健診を受けていれば母児感染のリスクはありません。

世界でたった一人、骨髄移植によってHIVが完治した方がいます。この方は「ベルリンペイシェント」といわれており、HIV感染後、経過観察中に急性骨髄性白血病を発症しました。この急性骨髄性白血病に対する治療として、2009年に骨髄移植が行われました。その際、HIVが細胞に吸着するときに必要なCCR5という分子に欠損のある、特殊な遺伝的背景を持つ骨髄ドナーの細胞が用いられました。この遺伝的背景を持つヒトはHIVに感染しないといわれています。

この患者さんは2回移植を受けた後、驚くべきことに、HIVウイルスが全く検出されなくなったのです。この患者さんのHIV感染症治った理由として、感染したウイルスの増殖がCCR5依存性であったことが考えられています。しかしながら、このような遺伝的背景を持つ骨髄ドナーがたいへん少ないこと、さらに、骨髄移植に危険が伴い、死亡例もあることなどから、現在ではこの治療法はほとんど行われていません。

世界的にHIVの感染者数は毎年100万人のペースで増え続けており、HIV予防対策は世界的な課題といえます。流行を防ぐために重要なのは、早期段階で検査を受けて、しっかりと治療を行うことです。

2010年の研究で、片方がHIV陽性、そしてそのパートナーがHIV陰性である4000組のカップルを2群にわけて、1群はすぐに治療を開始し、もう1群はガイドラインで治療開始の基準値に検査の値が下がるまで待ってから治療を開始して、後日HIV陰性のパートナーの感染率を調べる調査が行われました。

この結果、すぐに治療をした群では、HIVに感染したパートナーは1人しかいませんでした。一方治療開始を待った群では、27人のパートナーがHIVに感染しました。この結果、できる限り早く治療を開始したほうが、パートナーの感染の抑制につながることが証明されたのです。つまり、HIV治療はHIV感染の予防にもつながるということです。

HIV感染の予防のためには、コンドームの正しい装着が重要です。コンドームを装着することで粘膜同士の接触を防ぎ、粘膜感染を防止することができます。性行為の途中から装着しても予防にならないので、最初から使用してください。正しく使用すれば、ほぼ100%の確率で性感染症を予防できます。

HIV感染者の大多数は男性同性愛者です。妊娠の可能性がないために、男性同性愛者におけるコンドームの使用率は高くありませんが、HIVや上述した性感染症の予防のためにも、しっかりとコンドームの装着を心がけることが望ましいのです。

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