胃は「消化器の指揮者」とよばれるほど、体内において非常に重要な役割を担っています。胃切除後障害とは、胃を切除したあと、胃のみならずあらゆる消化器のはたらきが弱まることで、全身にさまざまな不調が現れることをいいます。今回は、川村病院 外科/東京慈恵会医科大学 客員教授の中田浩二先生に胃切除後障害の症状や対処法についてお話を伺いました。
胃切除後障害とは、胃を切除することによって胃だけではなく消化器全体のはたらきが弱まり、今までと同じように食事が摂れなくなったり、体重が減って体力が低下したり、さまざまな体の不調に悩まされる状態になることをいいます。
胃の病気を治すために行われた手術が原因で起こるため、医原性(医療行為が原因で発生すること)の病態ともいえます。
胃の重要なはたらきとして「食べた物を貯えて腸への負担にならない形に加工し少しずつ腸へと送り出すこと」があげられます。これはダムのはたらきに似ていて、ダムは水が一気に川に流れ込んで川が氾濫するのを防いでいるように、胃は腸の処理能力を超えるような多量の食物が急に流れ込まないように調節する役割を果たしています。
また、胃液に含まれる胃酸は、食べ物の消化を助け、殺菌をするだけでなく、鉄やカルシウムの吸収の補助も行なっています。
そのほか、冷たいものを体温まで温め濃いものを胃液で薄めてから腸へ送りだす、胃の蠕動運動(ぜんどううんどう)で食物を消化されやすいように細かく砕く、ビタミンB12の吸収を補助する「内因子」という糖タンパク質や、食欲を増す「グレリン」という消化管ホルモンを分泌するはたらきもしています。
胃切除は多くの場合、胃がんの患者さんに行われる手術ですが、それ以外に悪性腫瘍の一種であるGIST(ジスト:消化管間質腫瘍)やカルチノイドでも適応となります。また良性疾患である、胃・十二指腸潰瘍でも高度の狭窄や穿孔をきたしたり、内視鏡による止血が困難な出血を伴う場合にも胃の切除が必要となることがあります。
胃切除には主に5つの方法があります。病変のある部位や範囲によって、患者さんごとに適切な術式を選択します。
<胃の切除方法>
胃を全部切除します。胃のすべてのはたらきが失われます。食べた物を貯めるはたらきがなくなり、食べたらそのまますぐに小腸へ流れてゆきます。
胃の出口(十二指腸)側を2/3-3/4程度切除します。食べた物を貯める入口側の胃が残ります。胃の貯めるはたらきの一部が残りますが、排出を緩徐にする幽門が切除されるため食べた物は残った胃から小腸へ早く流れてゆきます。
胃の中央部分を切除し幽門を保存します。食べた物を貯める入口側の胃と胃からの排出を調節する幽門が残ります。幽門を保存することで食べた物は長く胃に留まり、残った胃から食べ物が急速に出てゆくことによる症状が緩和されます。胆汁逆流性胃炎も起こりにくくなります。
胃の入口(食道)側を1/4-1/2程度切除します。食べた物を送り出す出口側の胃が残ります。胃の貯めるはたらきは幽門側胃切除と比べて小さくなります。幽門が残るため、残った胃から急速に食べ物が出てゆくことによる症状が緩和されます。
胃の一部をくり抜くように切除します。胃が大きく残るため、胃のはたらきはもっともよく保たれます。
胃外科・術後障害研究会『胃を切った方の快適な食事と生活のために』中田 浩二 先生共著より引用、一部改変
胃を切除する前は、腸へ負担がかからないように胃が守ってくれていました。しかし、胃が切除されることで、先に述べた胃のはたらきが失われてしまい、体にさまざまな症状が現れます。
私もメンバーの一人である「胃癌術後評価を考える」ワーキンググループでは、胃切除後障害の代表的な症状を上図にある23の症状に絞り込み、これらを7つのグループに分類しました。
症状の種類や強さには個人差がありますが、そのなかでも特に出現頻度が高く、患者さんのQOL(生活の質)に大きく影響を及ぼす症状が「食事関連愁訴」と「ダンピング症候群」であることが明らかになりました。
ですから、外科医としては「食事関連愁訴」と「ダンピング症候群」を減らすことをターゲットにして胃切除の方法を改良していくことが、患者さんのQOLの向上につながると考えています。
では、具体的にどのような症状が現れ、どのような対処法があるのか、次項で述べていきます。
食事関連愁訴は、胃を切ったことで食べたものを貯める胃の容量(サイズ)が小さくなることが原因で起こる症状で「小胃症状」ともよばれます。
食事関連愁訴の主な症状は、早期飽満感(食事の途中でお腹がいっぱいになって、十分な量を食べられない)や、もたれ感、つかえ感です。
これらの症状を術式の工夫で防ぐためには、胃をできるだけ大きく残すことや胃全摘術後に小腸を使って胃の代わりとなる「代用胃」を作製する空腸パウチ再建があります。
ダンピング症候群とは、ダンプカーのように食べたものがドサッと腸に流れ込むことで、腹部だけでなく全身にさまざまな症状をもたらすことをいいます。
ダンピング症候群は「早期ダンピング症候群」と「後期ダンピング症候群」に分類されます。
※早期ダンピング症候群
早期ダンピング症候群では、食事開始後から約30分以内にさまざまな症状が現れます。症状はねむけ、全身倦怠感、冷汗、動悸、全身熱感、めまいなどの全身症状、および腹部膨満、腹鳴、下痢などの腹部症状と多岐にわたっています。
食べたものが一気に腸へ流れ込むことでさまざまな消化管ホルモンや体液性因子の分泌、神経反射を介して循環虚脱をきたすなど体のバランスが崩れることが原因と考えられています。
※後期ダンピング症候群
後期ダンピング症候群では、食後1.5〜3時間後に全身にさまざまな症状があらわれます。
胃から腸へ食物が一気に流れ、糖質が急速に吸収されることで、一時的に高血糖状態となります。それに対して、血糖値を下げるホルモンである「インスリン」が過剰に分泌され、今度は逆に低血糖状態となります。
主な症状は、低血糖からくる空腹感、だるさ、冷汗、動悸、脱力、めまい、手指のふるえ、呼吸が速くなる、頭痛、失神などです。
低血糖状態になることが原因なので、症状があらわれるかその前兆を感じたら飴やジュースなどの甘いものを摂取して、症状が落ち着くまで安静を保つようにしましょう。
私は患者さんに、胃切除後障害の症状を和らげるために、「胃のはたらきを食べ方(脳)で補う」という意識を持つようにすすめています。具体的に伝えている主な内容は以下の通りです。
<食事の際に気をつけること>
など
食べる物(食材)に気をつけることは大切ですが、あまり心配しすぎて食べたい物を我慢すると、せっかくの食事の楽しみが奪われてしまいます。ですから、患者さんには偏りすぎず少量であれば食べたい物をそれほど我慢する必要はないと話しています。
また、胃切除後の体に負担の少ない調理法としては、「煮る」「ゆでる」「蒸す」などがあげられます。
本記事では、胃切除後障害の概要や、主な症状、食事による対処法を述べてきましたが、実際には他にもさまざまな症状や対処法があり、また患者さんによって個人差もみられます。患者さんが胃切除後の体の変化を理解し、それに合わせた食事や生活の習慣を身につけて快適に生活できるように支援する複数のツールがインターネット上で提供されています。また胃切除後障害の状態を評価してそれぞれの患者さんに適した対応を行うためのアプリも開発されています。これらを活用することで患者さんがご自身の生活をコントロールして今よりも快適な生活が送れるようになると信じています。
記事2『胃切除後障害のために食事や生活に支障を感じている方への支援について』では、胃切除後障害に悩む患者さんを支援するツールや、胃切除後障害の克服に向けた組織的な取り組みについてご紹介します。
胃切除後障害は、胃の病気を治すために胃を切除することによって起きる医原性の疾患です。さまざまな症状が現れ、日常生活に支障をきたすことがあります。
胃切除後障害の診断や治療は必ずしも容易ではなく、適切な診療を行える施設も多くありません。
胃外科・術後障害研究会では胃切除後障害による身体の不調や生活上の支障で困っている患者さんの診療窓口として、全国に約50箇所の胃切除後障害対応施設を設けホームページに掲載していますので、お困りの患者さんは一度ご相談ください。
胃外科・術後障害研究会 会長 瀬戸泰之
同 胃切除後障害検討委員会 委員長 中田浩二
川村病院 外科 、東京慈恵会医科大学 客員教授
日本消化器外科学会 消化器外科専門医・消化器外科指導医日本消化器病学会 消化器病専門医・消化器病指導医日本消化器内視鏡学会 消化器内視鏡専門医日本がん治療認定医機構 がん治療認定医日本消化管学会 胃腸科専門医・胃腸科指導医日本外科学会 外科専門医・指導医
東京都生まれ。1984年東京慈恵会医科大学卒業。学生時代は空手道部主将を務め(三段)、国際大会にも出場。内科疾患・外科手術と消化管機能障害に関する研究と臨床に従事。「胃癌術後評価を考える」ワーキンググループ/胃外科・術後障害研究会を通じて胃切除後障害の克服に向けた全国的な活動に取り組んでいる。
中田 浩二 先生の所属医療機関
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