これまでの研究から、ヘリコバクター・ピロリ菌(以下、「ピロリ菌」)の感染に由来する萎縮性の胃炎が胃がんの大きなリスク要因であることが明らかになってきました。胃がんリスク層別化検査は血液検査によってピロリ菌感染と萎縮性胃炎の有無を調べ、胃がんのリスクを層別化。その鍵となるペプシノゲン法を世界で最初に開発された第一人者である認定NPO法人日本胃がん予知・診断・治療研究機構理事長の三木一正先生にお話をうかがいました。
胃がんリスク層別化検査とは、ピロリ菌感染の有無を調べる検査と萎縮性の胃炎の有無を調べる検査を組み合わせ、胃がんをはじめとする病気のリスク(危険度)をA群からD群までのグループに判別するものです。これを「リスクの層別化」といいます。
胃がんリスク層別化検査は、従来の胃がん検診のように胃がんを見つけるためのものではありません。皆さんの胃がんのリスクを層別化し、これまでピロリ菌に感染したことがなく、胃がんになる危険度がきわめて低い方たちを「超低リスク群」として精密検査から除外できるという点に大きな意味があります。その上でB群以降の危険度の高い方たちには内視鏡による精密検査を受けていただき、胃がんができていないかどうかを確かめます。
ピロリ菌に感染して胃粘膜の萎縮が進めば進むほど、胃がんなりやすいことがわかっています。胃粘膜の萎縮の度合いは血清ペプシノゲン値を検査することによって判別します。ペプシノゲンとは、胃の粘膜から分泌されるペプシンという酵素のもとになる物質で、胃の粘膜が萎縮するとその値も低下します。ペプシノゲンの大部分(99%)は胃の中に分泌されますが、一部(1%)は血液中にも入ることから、血液検査で確かめることができます。
血液中のペプシノゲンの濃度が基準値を下回ると、基準値以上の人に比べて胃がんになりやすいことがわかっています。萎縮性胃炎は「胃がんの温床」ともいわれますが、胃がんだけではなく胃潰瘍や十二指腸潰瘍などの病気になるリスクも高くなります。
胃がんリスク層別化検査の結果判定でペプシノゲンの値が基準よりも低く陽性と判定されたC群・D群の方は、できるだけ早く内視鏡検査を受けましょう。その結果、ピロリ菌感染による胃炎が確認された場合は、除菌治療を受けることをおすすめします。
また、ピロリ菌に感染している方や胃粘膜の萎縮が進んでいると判定された方が除菌治療を受けて除菌に成功した場合、胃がんなどの胃の病気になるリスクを下げることはできてもゼロにはなりません。内視鏡検査による定期的な経過観察を継続する必要があります。
胃がん層別化検査は基本的にA群・B群・C群・D群の4つのグループに分類・判定します。A群・B群・C群・D群へと進むほど胃がんになるリスクが高くなります。また、ピロリ菌の除菌を行った方はE群としています。
ピロリ菌の感染がなく(陰性)、胃粘膜の萎縮もみられません。胃がんが発生するリスクがほとんどない超低リスク群です。
ピロリ菌の感染がありますが(陽性)、ペプシノゲン値は基準値以上(陰性)で、胃粘膜の萎縮は進んでいません。胃がん発生率は年率0.1%(1,000人に1人)で、A群を1とした場合のハザード比は8.9です。
※ハザード比:追跡期間を考慮したリスク比率のこと。1を基準として上回るとリスクが高く、下回るとリスクが低くなります。
ピロリ菌の感染があり(陽性)、ペプシノゲン値も基準値以下(陽性)で胃粘膜の萎縮が進んでいます。胃がん発生率は年率0.2%(500人に1人)で、A群を1とした場合のハザード比は17.7です。
ピロリ菌抗体は陰性ですが、胃粘膜の萎縮が進んでピロリ菌が生息できないほど胃粘膜が弱った状態です。ペプシノゲン値は基準値以下(陽性)で、胃粘膜の萎縮が高度に進んでいることを示しています。胃がん発生率は年率1.25%(80人に1人)で、A群を1とした場合のハザード比は 69.7です。
除菌治療によってピロリ菌抗体値とペプシノゲン値は改善し、胃粘膜の萎縮も次第に回復します。ピロリ菌に感染していた時期に胃粘膜の変異が起こっているため、一定の胃がん発生リスク0.2%(500人に1人)という予測データもあります。
ピロリ菌(ヘリコバクター・ピロリ)は人間の胃粘膜だけに生息する、らせん状の形をした桿菌(かんきん)の一種です。胃酸を中和するウレアーゼという酵素を出すことで、胃の中でも生息することが可能です。ピロリ菌の感染は4~5歳の幼少期に起こり、慢性的に胃粘膜の炎症が持続した結果、年齢が高くなるにつれて胃粘膜が薄く萎縮した状態になっていきます。これを慢性萎縮性胃炎といいます。
ピロリ菌に感染していなければ胃がんの発症はほとんどありません。1,603名を対象に調査した結果、ピロリ菌感染者のグループからは5%の胃がんが見つかりましたが、非感染者からは胃がんが見つからなかったというデータがあります。
胃がんになりやすい人はピロリ菌の感染による胃粘膜の萎縮が進行し、胃が老化した状態にあることがわかっています。しかし、ピロリ菌に感染していない方は歳をとっても胃粘膜の萎縮が進みません。つまり、ピロリ菌に感染していると胃は歳をとり、感染しなければ若いままの状態を保っているのです。
ピロリ菌の感染は、まだ免疫力が弱い4~5歳頃までの幼少期に起こります。A群の方(成人)の場合、将来的にも胃がんになるリスクはほとんどなく、無症状であれば内視鏡による二次精密検査を受ける必要はないと考えられます。
一方、ピロリ菌感染が陽性であるB・C・D群と除菌を行ったE群の方は、内視鏡による精密検査でがんができていないかどうかを定期的に調べ、もし胃がんができても早期に発見することを目指します。
ピロリ菌の感染による胃粘膜の萎縮はゆっくりと進行するため、血清ペプシノゲン値は5 年以内ではほとんど変化しませんが、胃がんリスク層別化検査を受けた10年後、あるいはもっと後になって胃がんが発見されるかもしれません。ですから、胃がんリスク層別化検査の判定がA群以外の方は、医師と相談のうえで内視鏡検査を継続していくことが大切です。
2013年2月にピロリ菌感染胃炎に対する除菌治療が保険診療の対象となったことにより、胃がんリスク層別化検査の対象者の中にピロリ菌の除菌治療を受けた方が多く含まれるようになってきました。
本来はB群であった方がピロリ菌を除菌した場合、血清ペプシノゲン値とピロリ菌抗体値が変化して、検査結果の上ではA群に分類される「見かけ上のA群」となります。また、本来はC群であった方が除菌した場合、検査結果の上ではD群と区別がつかず、やはり「見かけ上のD群」となります。
この「見かけ上のA群」は、ピロリ菌に感染していない超低リスク群である「真のA 群」とは別のものであり、「見かけ上のD群」もまた、超高危険群であるD群とは異なります。これらのケースでは、ピロリ菌に感染していた時期に発生した胃の粘膜の変異細胞が除菌後も潜んでいると考えられるため、胃がんのリスクとしては「高危険群」と捉える必要があります。
したがって、胃がんリスク層別化検査を行なうときには、除菌歴を問診でしっかりと確認することが欠かせません。除菌した方たちはE群として分類上区別し、医師と相談しながら内視鏡による経過観察を定期的に行う必要があります。また、超高危険群であるD群を見落とさないためには、ピロリ菌検査を単独で行うのではなく、ペプシノゲン法とセットで行なうことが重要です。
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