インタビュー

再生医療で心不全の重症化を未然に防ぐ――治療のタイミングを逃さないで

再生医療で心不全の重症化を未然に防ぐ――治療のタイミングを逃さないで
宮川 繁 先生

大阪大学大学院医学系研究科 心臓血管外科 教授

宮川 繁 先生

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心不全再生医療として2015年に保険適用となった筋芽細胞(きんがさいぼう)シート治療。この治療は最終手段ではなく、なるべく早い段階の実施が理想的です。しかし、医療者間での認知や理解がまだ十分ではなく、治療の選択肢として提示されずに受けるタイミングを逃してしまう患者さんは少なくありません。

「心不全治療に再生医療という選択肢があることを多くの方に知ってほしい」と語る、大阪大学 心臓血管外科 最先端再生医療学共同研究講座特任教授である宮川(みやがわ) (しげる)先生に、筋芽細胞シート治療や、現在研究が進められているiPS細胞を使った心不全の再生医療についてお話を伺いました。

薬物治療や手術でも効果が得られない重症心不全では、最終手段の治療として人工心臓の装着や心臓移植が行われます。日本では、臓器移植法に基づく心臓移植が1999年に大阪大学にて開始後、その数は年々増加しており、2019年には84例の心臓移植が行われました。

しかし、日本のドナー数は諸外国と比べると非常に少ないという問題があります。世界でもっともドナーの数が多いスペインには100万人あたり49人のドナーがいるのに対し、日本には100万人あたり0.99人しかドナーがいません(2019年集計)。

その一方、心臓移植の希望者(登録者)は増加しています。多くの方が心臓移植を待っている状況で、先日当院で心臓移植を行った患者さんも約6年待ってようやく心臓移植を受けることができました。また、なかには心臓移植を待っている間に亡くなってしまう方もいます。

さらに、心不全にはいくつかの治療薬が存在しますが、それらの治療薬では効果が得られない患者さんも数多くいらっしゃいます。今後は、心不全患者さんのさらなる増加が予測されており、このままでは心不全治療における課題は山積する一方でしょう。

こうした課題解決の一助となりうるのが、心不全に対する再生医療です。

私たち大阪大学は、2003年に筋芽細胞シートによる心不全再生医療を開発しました。これは、太ももにある筋芽細胞から放出される“サイトカイン”という物質のはたらきを利用して心臓に新しい血管を作り出し、心機能を回復させるという再生医療です。2015年に保険適用となり、2021年現在、全国にあるいくつかの大学病院で受けることができます。

筋芽細胞シート治療は、2回に分けて手術を行います。

1回目の手術では、患者さんご本人の太ももの筋肉を5〜10gほど採取します。その後、採取した筋肉から筋芽細胞を培養し、所定の細胞数に達したら凍結して一定期間保管します。

そして、2回目の手術で患者さんの胸を15cmほど切開して、心臓の表面に培養した筋芽細胞シートを5枚貼り付けます。貼り付けられた筋芽細胞シートからは、新しい血管を作り出すサイトカインが放出され、弱った心臓に新しい血管が作り出されます。

筋芽細胞シートで弱った心臓を蘇らせる

新しい血管ができ始めるまでには約1か月、そこから血管がしっかり育つまでに約3か月かかります。その後、心臓の血流が改善して酸素や栄養が行きわたり、再び心筋細胞が活性化されるまで数か月かかります。

先日当院で治療を受けた患者さんは、年齢が若かったということもあり、半年〜1年ほどで心機能改善がみられましたが、患者さんの心機能や年齢によっては効果が得られるまで1、2年かかる場合もあります。

筋芽細胞シート治療は、“日常生活で心不全の症状がある場合”と“心臓超音波検査で左室駆出率が35%以下の場合”に実施しています。

ただし、症状については判断が難しいケースがあります。なぜなら、心不全の患者さんは症状が出ることを恐れて自らどんどん行動範囲を狭くされるため、本来の症状が分かりづらいのです。そのため自覚症状がなくても、本来は有症状者である(健康な方と同じ活動をした場合は症状が出る)方は多いと考えられます。適応を考える際には、こうした患者さんの病状の見極めを行うことが大切でしょう。

左室駆出率:1回の拍出で左室が送り出す血液量(駆出量)の、左室拡張時の容積に対する割合。

適応を判断する際には年齢も考慮します。筋芽細胞シート治療は患者さんご本人の細胞を使うため、加齢によって細胞の活性が乏しくなっている場合には思うような効果が期待できません。厳密な決まりはありませんが、75歳以上の患者さんは適応外になることが多いです。反対に、細胞が活発な若年者であれば効果が十分に期待できるため、この治療のよい適応といえます。

心筋細胞がほとんど壊死(えし)しているような重症例では、筋芽細胞の力だけで心機能を回復させることは難しく、残念ながら筋芽細胞シート治療の適応とはならないことがあります。

また、手術をしてから効果が現れるまでの数か月間を乗り切るのに十分な心臓の耐容能がなかったり、多臓器不全があり外科手術に大きなリスクを伴ったりする場合には、筋芽細胞シート治療の実施ができません。

多臓器不全:肺や肝臓、腎臓など、体にとって重要な臓器のはたらきが著しく低下した状態。

筋芽細胞シート治療は最終手段の治療と思われがちですが、先に述べたように、より重症な心不全では効果が期待できません。そのため、薬が効かなくなり始めた段階などで実施することで、人工心臓や心臓移植が必要な状態に陥るのを予防することが、この治療の役割だと考えています。

最近は技術の進歩によって、患者さんの心臓の状態から生命予後やどのような経過を辿って悪化していくかが、おおよそ予測できるようになってきました。心不全の悪化が予測される場合には、なるべく早い段階で筋芽細胞シート治療を検討いただきたいと考えています。

しかし、筋芽細胞シート治療を希望される患者さんには、すでに適応にならないほど心不全が重症化してしまっている方が少なくありません。主治医から筋芽細胞シート治療という選択肢を提示されていなかったために、治療を受けるタイミングを逃してしまう方が多くいらっしゃるのです。実際、当院にいらっしゃる患者さんの多くは、インターネットを使って自力で筋芽細胞シート治療について調べて来院されています。

患者さんが適切なタイミングで筋芽細胞シート治療を受けられるようにするためには、心不全治療に携わる多くの医師に、筋芽細胞シート治療のメカニズムや有効性、適応について知っていただくことが大切だと考えています。今後、実際に治療を行った患者さんのデータなどを共有しながら、普及に向けた取り組みにも力を入れていきたいと思っています。

提供 PIXTA
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より重症な心不全の患者さんに対する新たな再生医療として、私たちが開発を進めているのがiPS細胞(人工多能性幹細胞)由来心筋細胞シートを使った再生医療です。3〜5年後の実用化を目指し、現在第3例目まで医師主導治験が完了しています(2021年4月現在)。

これは、あらゆる細胞に分化できる機能を持つiPS細胞から心筋細胞を作り出し、それを心臓に移植することで、移植した心筋細胞が直接的に心臓のはたらきを助けるといった治療法です。筋芽細胞シート治療では効果が見込めないような、より重症な心不全の患者さんを助ける1つの手段になるのではないかと考えています。また、iPS細胞による心筋細胞シート治療は他人の細胞を利用するため、自身の細胞の活性が乏しい高齢の患者さんにもよい適応となると考えています。

iPS心筋細胞は他人の細胞ですので、移植後は拒絶反応を防ぐために約3か月間、免疫抑制剤を服用していただきます。これによって免疫力が低下するため、生魚や生野菜を避ける必要があります。また服用期間中は一時的に腎機能が悪化したり、糖尿病のような状態を誘発したりすることもあります。また、心臓に移植したシートが、良性ではあるものの腫瘍化(しゅようか)するリスクも示唆されています。

私たちとしては、できれば免疫抑制剤は使用したくありません。そこで、京都大学iPS細胞研究所のCiRA(サイラ)が、免疫抑制剤を服用しなくても他人に移植できるiPS心筋細胞の開発を進めてくれています。私たちはそれを一部提供いただき、免疫抑制剤がなくても体内に生存しうるかチェックを進めています。この開発が成功すれば、免疫抑制剤を服用する必要のないiPS心筋細胞シート治療が実現できるのではないかと考えています。

また、シートの腫瘍化というリスクに対しては、数ある心筋細胞の中から腫瘍化するリスクのあるものを見つけ出し、それを叩き壊す技術をすでに確立しています。免疫をなくしたマウスでの検証では、この技術を用いることで腫瘍化が防げることはすでに実証されています。

提供PIXTA
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私たちは現在、筋芽細胞やiPS心筋細胞を使ったシート以外の再生医療の開発もいくつか進めています。

1つは、お腹の脂肪にある“間葉系幹細胞(かんようけいかんさいぼう)”を手術用の接着剤(生体組織接着剤)を使って心臓表面に直接スプレーすることで、心機能の回復を図るものです。心筋細胞シート治療を行うためには、細胞加工施設を併設する必要があるため、なかなか普及しづらいという課題がありますが、この治療法であれば特別な設備がなくても実施できるため、再生医療の普及に貢献するのではないかと考えています。

また、プロスタサイクリン製剤という抗血小板薬を用いた再生医療も開発しています。この製剤は、本来は抗血小板薬として開発されましたが、下痢などの副作用が強く出現することからあまり使われていませんでした。

そこで、大阪大学がこの薬剤を製薬会社から引き取って研究を進めたところ、筋芽細胞シートのように、新しい血管を作り出すサイトカインが放出されることを発見し、再生医療としての使い道を見出しました。それを冠動脈バイパス術の際に投与したり、あるいは飲み薬として使用できたりしないかなど、使用方法を模索しています。

そのほか、エクソソームを使った再生医療の研究も行っています。エクソソームは発見当時、細胞が不要なものとして細胞外に放出するものと考えられていました。しかし、実はその中にはサイトカインやマイクロRNAといった生体の再生を促す物質が含まれており、細胞間情報伝達をつかさどる物質として注目されています。iPS心筋細胞を作製する際、その培養液の上澄みにエクソソームが豊富に含まれるのですが、私たちはそれを抽出して薬剤にし、注射するという試みを行っています。普通であれば捨ててしまわれるようなものも、使い方によっては役に立つのです。

提供 PIXTA
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私は25年ほど、心不全患者さんに対して薬物治療から外科治療まであらゆる治療をしてきました。そのなかで、どれだけ手を尽くしても救えないケースも多々あり、悔しい思いをたくさんしてきました。

「今ある治療をしているだけでは、患者さんの命は救えない――。」既存の治療法の限界を感じ、何か新しい治療法はないかと模索し続けて辿り着いたのが再生医療です。

すでに筋芽細胞シート治療が保険適用となり数年が経ち、心不全患者さんの心機能改善効果については私たちも実感しています。しかし、先に述べたように、適切なタイミングで再生医療を受けられない患者さんが多くいらっしゃいます。多くの医療者や一般の方々に、再生医療を知ってもらえれば、これからの心不全治療の在り方は大きく変わるのではないかと期待しています。

技術は日進月歩で発展しています。これだけ技術が発展しているのですから、外科医であろうとそれを駆使しない手はないでしょう。医療に応用できそうな技術があれば、それを貪欲に勉強して、外科治療というフィールドに取り込んでいく姿勢が治療の発展には欠かせないと考えています。

もう、切り貼りだけの外科は通用しません。これからは、再生医療のような“脱外科治療”と外科の手術手技や知識をコンビネーションさせて、より有効性のある治療を展開していきたいと考えています。将来の外科は、今とは姿・形を変えた、新しい学問や治療になるかもしれません。

私は外科医ではありますが、できるだけ患者さんには痛い思いをさせたくありません。それは、再生医療の開発を進めてきた大きな理由でもあります。再生医療の普及によって、多くの心不全患者さんが人工心臓や心臓移植に頼らずに天寿を全うできる時代が来ることを願っています。

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