「認知症に関わる課題は、短期的に解決できることではない」とのぞみメモリークリニック院長の木之下徹先生はおっしゃいます。多くの認知症の人を診療してこられた木之下先生に、認知症の認知機能の低下の度合いは個人によって異なること、またそれに合わせた認知症の人との付き合い方についてお話しいただきました。
認知症やMCIの診断には、その人の日常生活やエピソードを知ることや、脳の変化(経過)をみることが重要であると考えています。「軽度認知障害(MCI)とは-認知症のハイリスクグループ」で説明した、DSM-5における神経心理検査だけでは、認知症を正確に診断できない場合があるからです。日本神経学会による認知症の定義は、「一度正常に達した認知機能が後天的な脳の障害によって持続的に低下し、日常生活や社会生活に支障をきたすようになった状態」とされています。しかし、テストの結果だけでは、その方が日常生活に支障をきたしているかどうかは判断ができません。その方の認知機能の点数が健常者の区域であったとしても、前回のテストの点数よりも大幅に下がっていて日常生活に支障をきたしていれば、定義にしたがって認知症と診断せざるを得ない場合があります。つまり、重要なのはテストの結果をそれぞれの人に合わせて見極めることや、日常生活への影響を考えることです。
そのほかに経過を見ることもあります。経過を見る場合は脳の変化をみていきます。のぞみメモリークリニックでは、MRIのデータから特殊なソフトを用いて脳の容積を推計しています。このような検査機器を備えているクリニックは数少ないので、事前に調べていかれるのがよいでしょう。経過観察においては、半年〜1年後に来院していただきます。ただしご自身で感じられる変化があった場合には、半年以内であっても来院していただきます。
さまざまな検査を用いても認知症と診断ができない場合は、ひたすらエピソードを聞き、実際に起こっている事柄の原因分析を行います。たとえば、認知症と間違われるものとして、うつがあります。うつの人が、「物忘れがひどい」と自覚して来院されるケースもあります。エピソードをしっかりと聞き、記憶障害があるのか否か、その原因は何であるのかを調べていきます。
このように、認知症の認知機能の低下の度合いは人によって異なります。ですから、診断は個人に合わせて、画像検査・神経心理検査(認知機能テスト)・エピソードを組み合わせて行っていくことが重要です。また、その個人に合わせるということは、認知症の人に合わせた付き合い方を考えるうえでも大切となります。
「病院に行くことができている認知症の人は一部である-認知症の診療の現状」でもお伝えしたとおり、近年はひとりで病院に来られる方が増えています。ですから医療従事者や家族は、本人が希望する過ごし方はどのようなものかを、本人と一緒に考えていくのがよいのではないでしょうか。
薬物治療の効果についても同様です。厚生労働省の資料によると、現在承認されている抗認知症薬は、認知機能の低下の速度を抑制する効果があるという科学的な根拠が示されています。一方で老化もそうですが、薬を飲んでいても低下していますので、効果を実感することは難しいという結果も確認できています。そのために以下のイラストのように、実際に得られるメリットについては本人にしっかりと理解してもらう必要があります。このような薬の効果を認識していただき、使用するかしないかの判断について、本人の希望を聞きながら行っていくのがよいと考えています。
私の知り合いに、認知症に対する社会の偏見と戦っている男性がいます。この男性は、ご自身が認知症であることを社会に公表したうえで、さまざまな活動を行っています。彼は、「認知症は不便だけど、不幸ではない」と言います。今の認知症の人々とこれから認知症の人々のために活動する姿に頭が下がります。
認知症との付き合い方には、この男性のように周囲に公表するという方法をとる人もいます。逆に周囲に認知症であることを公表することを望まない人もいます。認知症になったあとの過ごし方は人によって異なります。認知症の人が生活しやすい環境とは何か、認知症の人とどのように接すればよいのかなど、認知症に関する課題は短期的に解決できることではありません。少なくとも本人たちが希望する人生の過ごし方を模索することが現在の認知症医療では求められています。ご本人の意思を自分の言葉で伝えられる段階での気づきにより、周囲に理解してもらいながら、今後の人生も充実させるという視点が大切だとも言えます。
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