インタビュー

新型コロナウイルス感染症の流行が続く中でのインフルエンザへの備え――手洗いや予防接種など一人ひとりの感染対策が重要

新型コロナウイルス感染症の流行が続く中でのインフルエンザへの備え――手洗いや予防接種など一人ひとりの感染対策が重要
中野 貴司 先生

川崎医科大学 小児科学 教授

中野 貴司 先生

目次
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2020年から始まった新型コロナウイルス感染症の流行により人々の生活意識や行動は大きく変化しました。新型コロナウイルスが発生する以前は、毎年冬季になると1,000万人以上が罹患していたインフルエンザですが、昨シーズン(2020~2021年)は、まったく流行を認めませんでした。しかし、2021~2022年のシーズンにおいてインフルエンザが流行しないという保証はありません。

今回は川崎医科大学小児科学教室教授の中野 貴司(なかの たかし)先生に、インフルエンザの流行や重症化リスクに加え、予防接種などを含む感染対策の重要性などについて詳しくお話を伺いました。

昨シーズンは新型コロナウイルス感染症とインフルエンザの同時流行が危惧されましたが、インフルエンザの流行は観測されませんでした。インフルエンザは毎年冬季に1,000万人以上の方がかかるといわれていますが、ここ数年は発症者数が減少傾向にあり、特に昨シーズンは推計受診者数が約1万4,000人と大きく減少しました[1]

この要因としては、マスク着用、手指衛生の徹底、さらには3密*回避や予防接種率の高さ**からも分かる感染対策への意識の高まりのほか、緊急事態宣言に代表される行動制限や、あるウイルスが流行するとその他のウイルスが流行しない、ウイルス干渉と呼ばれる現象など、さまざまな仮説が考えられています。しかし、1つの要因で全てを説明することも、正解を明らかにすることもできません。インフルエンザが流行しなかった一方で、同じく新型コロナウイルス感染者数が拡大する状況にもかかわらず、2021年春から夏にかけてRSウイルスの近年を大いに上回る流行が認められました。

このように、ウイルス感染症の流行は予想がつきにくい部分も多く、今シーズンのインフルエンザ流行がどのように推移するか、残念ながら現段階で予想をすることはできません。そのため、毎年きちんとインフルエンザの予防をすることが何よりも重要です。

MN作成
厚生労働省「インフルエンザの発生状況」より作成

中には、「インフルエンザにかかっても大したことにはならないから、わざわざ予防しなくてもいいや」と考える方もいらっしゃるでしょう。しかし、インフルエンザは重症化すると命に関わる可能性もあるのです。日本における、インフルエンザの流行による直接的、あるいは間接的な死亡を推計すると、年間死亡者数は約1万人にのぼるといわれています[2]

*3密:密閉空間、密集場所、密接場面

**国立感染症研究所 感染症流行予測調査グラフ 予防接種状況(2021年7月2日時点)より

PIXTA
画像提供:PIXTA

インフルエンザの重症化について、特に注意が必要なのは子どもと高齢の方です。

インフルエンザが重症化すると、まれにインフルエンザ脳症が生じることがあります。インフルエンザ脳症はインフルエンザ罹患時に脳が急激にむくみ、意識障害、けいれんなどを引き起こす病気です。特に15歳未満の子どもで起こることが多く、治療をした場合でも8~9%程度が命を落とす、あるいは25%程度に後遺症が残るといわれています[3]。脳症以外には、乳幼児を中心に中耳炎肺炎などが生じ、基礎疾患のある子どもが肺炎を合併した場合は特に命に関わる恐れもあります。

一方、高齢の方や基礎疾患により免疫の低下している方の場合、肺炎を合併しないよう注意が必要です。特に、体力が落ちている場合には肺炎によって入院を余儀なくされたり、場合によっては命を落としたりすることもあります。医療資源に限りがある状況においては、入院に至らないようにすることが大切です。

年齢も若く持病もない方などは重症化リスクが低いといえますが、無症状でインフルエンザウイルスに感染していた場合、意図せず重症化リスクが高い方々にインフルエンザをうつしてしまうことも考えられます。重症化リスクの高い方々をインフルエンザから守るためにも、多くの人が感染を予防し、自らのインフルエンザ罹患を回避するだけでなく、他人にうつさないようにするということが大切です。

MN作成
中野先生ご監修のもと作成

そこで重要視される感染対策が以下のとおりです。

  • 手洗いで感染経路を断つ
  • マスクの着用によりウイルスを他人に撒き散らさないようにする
  • 人混みを避けることでウイルスへの曝露(ばくろ)を回避する
  • 十分な休養と栄養摂取を心がけ、免疫力向上に努める
  • 予防接種によって死亡リスクの軽減、あるいは発症予防をする

これらはインフルエンザに限らず新型コロナウイルス感染症などを含むウイルス感染症における基本的な感染対策といわれています。感染対策には、手洗いやマスクの着用などの普遍的な対策(どのウイルス感染症にも共通する対策)に加え、疾患特異的な対策(特定のウイルス感染症に特化した対策)として予防接種が含まれます。

複数の感染対策を実施することで対策の層が厚くなり、より感染症への予防効果が高まることが期待できるのです。

MN作成

このように、複数の対策を実施することで予防効果を高める安全管理のことを、穴の空いたチーズを重ねて穴を塞ぐというイメージで“スイスチーズモデル”と呼びます。昨シーズンは新型コロナウイルス感染症の影響で人流が抑えられていた部分もありましたが、今シーズンはその状況が変わる可能性も大いにあります。一つひとつの対策単体では完全に感染を防ぐことができなくても、その時々の状況に合わせて複数の対策を重ね、ときにはある対策を強化することで補い合い、より予防効果を高めることができます。

スイスチーズモデルのウイルス感染対策の中でも、インフルエンザに特異的な対策として挙げられるのがインフルエンザ予防接種です。インフルエンザ予防接種の有効性は、接種する方の年齢などによっても異なります。6歳未満の子どもを対象としたコホート研究*では発症予防効果が22〜25%[4]、高齢の方を対象としたコホート研究では発症予防効果が34〜55%[5]といわれています。こうした数字を見ると、発症予防の有効性が低いと感じる方もいらっしゃるかもしれません。しかし、高齢の方の場合には死亡回避の有効率が80%以上あるといわれています[5]。重症化しやすい高齢の方においてこれは特筆すべき点ではないでしょうか。

前述のスイスチーズモデルのように、インフルエンザ予防接種をほかの感染対策と組み合わせればより効果的にインフルエンザを予防できることに加え、比較的多くの方が安全に接種できることから、インフルエンザに特異的な対策として予防接種は重要な役割を果たしているといえるでしょう。

*コホート研究:特定の病気が起こる要因や特性について仮説を立て、その要因・特性を持つ集団と持たない集団に分けて一定期間観察し、病気の罹患率などを比較する研究。どういった要因がどのような病気につながるのか、あるいはどのような因果関係があるのかを明らかにすることが目的。

インフルエンザ予防接種の副反応として多いのは、接種した部位の赤みや腫れ、痛みなどです。また、発熱や頭痛、寒気、体のだるさなどが見られることもあります。これらの副反応は多くの場合2〜3日程度で解消します。

また、まれな副反応として、強いアレルギー反応である“アナフィラキシー”が起きることがあります。皮膚の赤みや痒み、呼吸困難や喘鳴、腹痛、血圧低下など複数の症状が出現します。接種後30分以内におきることが多いので、接種後一定時間は医療機関で様子を見るようにしましょう。帰宅後に体調の変化が見られた場合も速やかに医療機関に相談することが大切です。

インフルエンザ予防接種には、主に65歳以上の方向けの“定期接種”と、生後6か月未満の乳児と定期接種の対象者を除くすべての方を対象とした“任意接種”があり、それぞれ接種可否の基準が異なります。

それぞれにおいてインフルエンザの予防接種ができない方、判断に注意が必要な方は以下のとおりです。

MN作成
国立感染症研究所 感染症情報センター「インフルエンザQ&A」より作成

インフルエンザ予防接種は流行時期に合わせ、毎年12月中旬頃までに接種を終えることが推奨されます。特に13歳未満の子どもは2回接種が必要であり、接種中に風邪などをひいて2回目の接種日が延びることも懸念されるため、10〜11月頃には接種をスタートさせたほうがよいでしょう。

費用に関しては、任意接種と定期接種で異なります。任意接種の場合、保険適用がなく原則は全額自己負担となります。ただし、市区町村(自治体)やお勤めの会社によって独自の助成事業を行っていることもあるため、お住いの自治体やお勤め先にご確認ください。

また、定期接種の場合には、自治体によっては接種費用が公費で負担される可能性があります。詳しくはお住まいの地域の保健所や保健センター、医療機関などに確認してみましょう。

基本的にインフルエンザ予防接種は、その他の予防接種と間隔をあける必要はありません。また、医師が必要と認めた場合には2種類以上の予防接種を同時に実施することも可能です。

ただし、新型コロナワクチンは使用開始から間もないので、その他の予防接種との併用に関して不明な部分もあるため、2021年7月現在、ほかのワクチンと13日以上の間隔を開けて接種することが定められています。

一方、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)は、すでに新型コロナワクチンとその他のワクチンの同時接種や、近い間隔での接種を認める声明を出しており[6]、日本でもいずれはこの制約が取り払われる可能性があります*。

*編集部追記:現在は、医師が特に必要と認めた場合に他のワクチンとの同時接種が可能になっています(2024年9月時点)。

感染症への対策の基本はなんといっても、予防にあります。新型コロナウイルス感染症の流行に伴ってあらためて周知された手洗い、マスクなどの感染対策を励行し、来るインフルエンザの流行期に備えましょう。また、予防接種も重要な感染対策の1つです。人類は天然痘ポリオ麻疹(ましん)といった重篤な感染症を予防接種によって克服してきました。インフルエンザ予防接種は有効性が著しく高いものではないかもしれませんが、ほかの感染対策を組み合わせて、感染防止に役立ててほしいと思います。

特に、今シーズンは昨シーズンとはまた異なる状況にあります。たとえば新型コロナウイルス感染症のワクチン接種がこのまま進めば、人々の活動がより活発化し、人混みを避けることが難しくなることなどもあるでしょう。その場合には、その他の対策を強化して、インフルエンザ感染対策の層を厚くするなどの工夫ができるとよいのではないでしょうか。

皆さんにはぜひ、インフルエンザに備えるために予防接種を含むさまざまな情報を集めたうえで、正しい判断ができるよう情報の取捨選択をしていただきたいと思います。高齢の方や子どもは重症化リスクが高い一方で、自由に情報を集められる環境にない場合も多々あります。そのような場合には、ご家族からインフルエンザ予防に関する情報を伝えてあげることも必要となるでしょう。

今、医療の世界では“共有意思決定(SDM:Shared decision making)”といって、医師と患者さんが医学的根拠を共有したうえで話し合いながら意思決定をすることが重要視されつつあります。自分で集めた情報はもちろん、必要に応じて信頼できる医師に相談しながら予防接種などを検討するようにしましょう。

[1] 厚生労働省 インフルエンザに関する報道発表資料 2020/2021シーズン

[2] 厚生労働省 新型インフルエンザに関するQ&A

[3] 厚生労働省 インフルエンザ脳症研究班 「インフルエンザ脳症ガイドライン【改訂版】」

[4] 平成12〜14 年度厚生労働科学研究(新興・再興感染症研究事業)報告書:「乳幼児に対するインフルエンザワクチンの効果に関する研究」〔主任研究者;神谷齊(12,13 年度),加地正郎(14 年度)〕

[5] 平成9〜11 年度厚生科学研究(新興・再興感染症研究事業)報告書:「インフルエンザワクチンの効果に関する研究」(主任研究者:神谷齊).

[6] CDC Interim Clinical Considerations for Use of COVID-19 Vaccines Currently Authorized in the United States

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