心臓に血液を送る血管(冠動脈)が閉塞してしまうことで発症する心筋梗塞は、突然死を引き起こす可能性がある疾患です。命を守るためには、発症した際の早急な対応が求められることはもちろん、普段から心筋梗塞の発症を予防することが重要です。
では心筋梗塞はなぜ引き起こされるのでしょうか。また発症を予防するためにはどのような対応が求められるのでしょうか。記事1に引き続き山形大学医学部附属病院第一内科 講師 渡邉哲先生に解説いただきました。
▼記事1はこちらをご覧ください。『狭心症の原因・症状とは? 胸の痛みなどが現れる虚血性心疾患のひとつ』
心筋梗塞とは、心臓が働くために必要となる血液を送る大きな血管(冠動脈)がふさがってしまうことで、心臓の筋肉に血液が届かなくなる病態です。血流が断たれることで心臓の筋肉が壊死していくため、発症した場合には早急に治療を行わないと命に危険が及ぶ可能性があります。
冠動脈がふさがってしまう原因はおもに「プラークの破綻」にあります。血管は加齢やそのほかのさまざまな要因によって徐々に弾力を失い、傷ついていきます。こうした状態を動脈硬化といいますが、この動脈硬化が進むと血管壁に炎症性細胞浸潤や変性LDLが蓄積します。こうしてできた血管のコブのようなものがプラーク(粥腫)です。
この血管内のプラークは、安定したものであれば血管を狭めるだけですが、なかには不安定で突然壊れて(破綻して)しまうものがあります。すると、プラークが破綻した部分と血液が触れ合うことで、プラークが破綻した部分に血のかたまり(血栓)が形成されていきます。こうして形成された血栓が大きくなると、血管の内腔が完全にふさがれ、そこから先への血流が断たれてしまいます。こうして血液の流れがせき止められてしまうと、心臓の筋肉に血液が届かなくなり、心筋の壊死を引き起こします。これが、心筋梗塞が起こるメカニズムです。
心筋梗塞の発症の要因となるものとしては下記が挙げられます。
---
---
上記のいずれも心筋梗塞発症のリスクとなりますが、発症率には男女間で大きな差があることがわかっています。男性では女性に比べて、2倍程度多く、心筋梗塞が発症します。
男性では特に喫煙が大きなリスク要因になると考えられています。心筋梗塞を発症した男性患者さんのうち65歳未満の方では、喫煙者が多い(全体の7割以上)というデータがあります。一般的に喫煙者の割合が最も大きいのは30代で、その割合は全体の3~4割といわれています。このように喫煙者の割合が多い30代であっても喫煙者は全体の3~4割であるにもかかわらず、心筋梗塞を発症した65歳未満の患者さんの多くが喫煙者であったということは、喫煙が重大な心筋梗塞発症リスクであるかがわかると思います。
また、女性の場合には喫煙と糖尿病が大きな心筋梗塞発症リスクであることがわかっています。2006年に発表された厚生労働省班研究「Japan Acute Coronary Syndrome Study(JACCS)」の結果では、女性は喫煙(非喫煙者と比べ8.2倍)が最も大きなリスクであり、ついで糖尿病(健常者と比べ6.12倍)となり、高血圧(健常者と比べ5.04倍)を上回ることがわかっています。さらに私たちが行っている研究でも女性における心筋梗塞の発症要因として糖尿病が挙げられることがわかっています。
心筋梗塞を予防するためには「動脈硬化の予防」と、「プラークを安定化」が重要です。
動脈硬化を防ぐにはさきほどの「心筋梗塞の発症要因」でお話したような高血圧、脂質異常症、喫煙、糖尿病、メタボリックシンドローム、慢性腎臓病(CKD)といったリスク要因を減らしていくことが大切です。食生活や運動といった生活習慣の改善を行い、生活習慣病に罹患している方ではその治療を適切に行うことが求められます。
プラーク自体を安定化させるためにはいくつかの方法が挙げられます。
プラークの破綻は血圧が高いほど起こりやすい、または心筋梗塞は血圧が上昇する朝方に起こりやすいといわれていますが、こうした血圧の上昇、プラークの破綻には交感神経の活性化が関係しています。交感神経が活性化すると血液の粘度が強くなり、血液がドロドロして固まりやすくなります。また血圧が上昇すると、プラークが破綻しやすくなるのです。
そのためプラークの破綻を予防するためには血液をサラサラにする薬剤(抗血小板薬)を用いることが有用とされています。こうした薬剤を用いることでプラークの破綻の予防を図ります。
また血中コレステロール値を下げる薬剤や糖尿病を治療する薬剤の服用、タバコを止めるなど、生活習慣病の改善や禁煙はプラークを安定化させることがわかっています。
そのほか、食事に関しても注意が必要なものがあります。高血圧を是正するために有用であるのは減塩です。減塩を行うことで高血圧を是正し、プラークの破綻の予防につながります。肉などに多い飽和脂肪酸を控え、魚に多いEPAなど不飽和脂肪酸の摂取や、野菜の摂取も勧められます。
またプラークの安定化には運動も効果的です。運動により血流がよくなると、血管内皮からNO(一酸化窒素)という物質が産生されます。NOには血管を拡張させたり、動脈硬化を予防する作用があることがわかっています。こうしたことから運動もプラークの安定化に有用であることが知られています。
心筋梗塞を予防するためにはこのように適切な薬物治療を行い、食事や運動の習慣を見直すことが重要といえるでしょう。
心筋梗塞を発症したことのない患者さんに対して、心筋梗塞を発症させないように予防を行うことを一次予防といい、すでに心筋梗塞を発症した患者さんに対して再度発症させないように予防を行っていくことを二次予防とよびます。
一次予防であっても、二次予防であっても行う予防方法は基本的に変わりません。しかし二次予防では、一次予防と比べて目指すべき血圧値、血糖値、血中脂質の値などがより厳密となります。二次予防を行う際には主治医と相談のうえ、一次予防のときよりもよりしっかりと治療を進めていく必要があるといえるでしょう。
また、一度心筋梗塞をおこした場合には、心臓の筋肉の細胞が壊死してしまっている部分があることから、再発の予防だけでなく心不全の予防、不整脈による突然死の予防などにも気を付けなくてはなりません。そのため二次予防では単に再発を予防するだけではなく、機能が弱まった心臓の働きに注意しながら、そのほかの病態の発症にも気を付けていくことが重要になるでしょう。
近年では、心筋梗塞発症後の救急医療対策が進んだことから、心筋梗塞は以前よりも救える疾患になってきたという見方もなされています。東京都 CCU ネットワーク*のデータによると、施設へと運ばれて入院した急性心筋梗塞患者さんの死亡率は5%を切るとされています。こうしたデータからも「心筋梗塞は助かる疾患だ」という認識がなされることがあるのです。
*東京都 CCU ネットワーク……急性心筋梗塞を中心とする急性心血管疾患者さんをより迅速に救急搬送し、専門施設へと送ることを目的につくられたネットワーク
しかし、山形県が進めている急性心筋梗塞発症登録評価研究事業という調査では驚くべきデータが得られています。本事業では病院に到着された急性心筋梗塞患者さんのデータだけでなく、山形県の死亡小票のデータもとることで、病院に搬送されていない急性心筋梗塞患者数を明らかにしてきました。
上記は、本事業で得られた急性心筋梗塞発症数のグラフです。青色のグラフが病院到着時に生存が認められていた患者さんの数、そして赤色のグラフが病院に到着される前に死亡が確認された患者さんの数を示しています。
このグラフをみてみると、急性心筋梗塞を発症された患者さんのうち、病院に到着される前に亡くなってしまった患者さんは1年中、季節を問わず、全体の約半数程度いらっしゃることがわかります。これは循環器内科医にとっては非常に驚くべきデータです。急性心筋梗塞は助かるようになったと考えられていたのは、亡くなられる前に病院に搬送された患者さんの場合であって、実際には急性心筋梗塞を発症した患者さんのうち約半数は病院に搬送される前に亡くなってしまっていたということが明らかになったのです。
こうしたデータをみると「救急搬送に時間がかかったのでは」と考えられる方もいらっしゃるでしょう。しかし、本データを読み解いてみると搬送時間の長さはあまり関係がないのではないかと考えられます。このグラフでは1月~12月までの急性心筋梗塞発症数が示されていますが、どの月をみてみても、季節を問わず約半数の患者さんが病院到着前に亡くなられています。搬送時間が長くなることで亡くなる方が多くなるのであれば、雪道で搬送に時間を要する冬場などでは搬送前の死亡者数がより多くなることが予想されます。しかし、本データをみてみるとそうした季節による変動はみられず、どの季節においても死亡者の割合に変わりはありません。こうしたことから私たちはこのデータで示されている病院搬送前の死亡者の多くは突然死によって亡くなられた方ではないかと予想しています。
山形県のように県をあげて大規模に急性心筋梗塞の発症登録を評価しているような事例は少なく、さらに死亡小票のデータまでを合わせて調査しているものはめずらしいといえます。そうした調査によって「搬送前の急性心筋梗塞による死亡数の多さ」というのが明らかになったわけですが、こうした事実はまだまだ医師のあいだでは認識が広まっていない部分だと感じています。こうした状況から、急性心筋梗塞による死亡というのは過小評価されている可能性があるのではないかと考えています。
今後はこうした事実をよく広めていき、さらに急性心筋梗塞による死亡を減らしていくように対策を立てていくべきだと感じています。そのためにも循環器内科医としてさらに心筋梗塞の発症と再発を防ぎ、患者さんの命を救っていけるように尽力していくことが大切だと感じています。心筋梗塞の予防には生活習慣の改善や、発症の大きなリスク要因となるタバコを控えることが重要です。心筋梗塞の発症メカニズムを知り、正しい予防を行うことで、心筋梗塞の発症を未然に防げるよう心がけていきましょう。
山形大学医学部附属病院 第一内科 循環器内科
山形大学医学部附属病院 第一内科 循環器内科
日本内科学会 総合内科専門医日本循環器学会 循環器専門医日本超音波医学会 超音波専門医・超音波指導医
山形大学医学部附属病院第一内科の循環器内科にて講師/病院教授をつとめ、研究面では動脈硬化、心不全、急性心筋梗塞の疫学、心エコー、突然死などの研究に力を入れている。山形大学医学部附属病院では心臓に関するほぼすべての病気に関して診断、治療を行える設備を備えており、循環器内科の全てのスタッフが冠動脈インターベンション(PCI)を行い、それぞれの専門分野にとらわれない診療を展開している。こうした体制を持つことから、幅広い知識と技術をもつ循環器医の育成にも力を入れている。
関連の医療相談が25件あります
急性心筋梗塞
お尋ねします 先日 家人を,目前で亡くしました 急性心筋梗塞でした 私は倒れて3~4秒位で現場にいたんですが、唖然として顔を見つめるだけで、何もできませんでした その後1分後位に口を3~4回位プープーと 目を3~4回位開け 次にお腹を膨らまかし、そのうち左腕で起きようとする仕草しました その後日ネツトで調べましら「死線期呼吸」の行為だそうです もし、心臓マッサジーを施していてば助かったしょうか お尋ねします その日、本人は倒れる1時間半ぐらい前に、寝とれば動悸がしないが立ち上がると動悸がすると言って起床し、病院に行くと言っていたそうです 食事も,何ら普段と変わり無く済ましたそうです 尚倒れる,5分ほど前に一言、二言、言葉を交わしています 尚 私は 人工呼吸、心臓マッサージの講習も実習も受けた事がありませんが悔やまれます その後直ぐに救急隊が 人工呼吸をしてくれましたが駄目でした 急性心筋梗塞でAEDは使えなかった状態だったです 今でも その場面が脳に焼き付き、何も出来なかった事の悔しさが募ってたまりません 尚 こんな場面で無知識の者が出来る延命処置は なかっでしょうか 重ねて お尋ねいたします 救急車は4~5分位できてくれ救急隊の1人の方が 今脈が止まりましたと告げられていました 敏速な対応をしたつもりですので諦めらめ切れません 尚 家人は毎年、健康診断は受け、1 カ月程前は 職場を変るため指定の病院にて健康診断をうけ、何れも異常が無かったそうです 本人50歳 男性、酒もタバコもしません 最後に前兆が無くても急性心筋梗塞は起きますか ストレスとの関係はありますか お尋ねします 宜しくお願いします
健康診断結果における心電図判定について
健康診断の結果にて心電図判定にて「要経過観察」の結果がでました。 所見として「Q波」という記載があったのですが、何が問題なのか不明でした。 付属の健康診断説明にも説明がなく、何を注意すればいいのでしょうか? 過去(3年前)の検査は洞徐脈、右軸偏位という所見もありました。
心臓の詰まりと首の絞めつけ感
7、8年程前から2、3ヶ月に一度位、心臓の動きが一瞬詰まったような感じになり、その後首がグッと絞められたように苦しくなり血の気が引きます。今のところ5秒ほどの出来事なので我慢出来ますが、これが長くなると倒れそうで心配です。2年程前に別の症状で心電図をとった時には異常はありませんでした。たまにしか起きないので受診するほどではないと思っていましたが心筋梗塞や血栓の詰まりなど何か病気が潜れていることは考えられますか?
呼吸時の胸の痛みについて(受診は必要か?何科に行けば良いか?教えてください)
昨夜からですが、呼吸時に胸の奥に痛みがあり、続いていて少々気になるので、何科を受診すべきか(あるいは放置しておさまったら医療機関にかかるほどでもないのか…)教えてください。 【場所】 左胸の奥(中?)のほう 【痛みの症状】 骨がこんがらがった(?)ような痛み。(刺すような、と表現するのもちょっと違うような…。) 呼吸に合わせてきゅっと痛くなるのですが、主に息を吸うときに痛い。 【いつから】 昨晩から現在まで。 過去にもこのような何とも言えない痛みが胸の周辺で発生することは稀にあって、 しかしいつもしばらくするとおさまるので特に気にしてきませんでした。 今回は症状がちょっと長く続いているので気になっています。
※医療相談は、月額432円(消費税込)で提供しております。有料会員登録で月に何度でも相談可能です。
「心筋梗塞」を登録すると、新着の情報をお知らせします
「受診について相談する」とは?
まずはメディカルノートよりお客様にご連絡します。
現時点での診断・治療状況についてヒアリングし、ご希望の医師/病院の受診が可能かご回答いたします。