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「がんはなぜ治療が難しいのか」 腫瘍内科医に聞く、進化する薬物療法と仕事・生活を守る視点

公開日

2026年04月09日

更新日

2026年04月09日

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2026年04月09日

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浜松医療センター腫瘍内科部長/呼吸器内科 小澤雄一先生

本来、私たちの体には傷ついた細胞を修復したり、不要になった細胞を自ら死なせたりする機能が備わっている。しかし、その制御システムから外れ、「不老」となって増え続ける細胞がある。それががん細胞だ。

なぜ、がんはこれほど治療が難しく、私たちの命を脅かすのか。そして、治療が長期化する現代において、患者のがんをどう抑えながら仕事や生活をどう守ればよいのか。

がん細胞の正体から進化する薬物療法の状況、そして治療効果と共に「患者さんが大事にするもの」を尊重した抗がん剤選択まで、がんの薬物療法に精通する浜松医療センター(静岡県浜松市)腫瘍内科(しゅようないか)部長の小澤 雄一(おざわ ゆういち)先生に詳しくお話を伺った。

がん細胞とは? ルールから逸脱した「不老」の身内

がんは、基本的にはもともと自分の細胞です。人間の体は無数の細胞からできており、それらは全て遺伝子という設計図によって管理されています。たとえば指の細胞は指の機能を、舌の細胞は舌の機能を果たすように定められた範囲で生きるよう、遺伝子から指示が出ているのです。

さて、私たちは普段、太陽の光や熱い食べ物、物理的な刺激などによって日々遺伝子に傷を受けながら生活しています。
しかし人の細胞にはもともと遺伝子の高い修復能力が備わっており、傷ついた箇所は次々と修復されていきます。もし万に一つ修復に失敗したとしても、その細胞は「アポトーシス」というあらかじめ遺伝子に組み込まれたプログラムによって、自然に体から死滅します。

ところが、非常にまれにその過程をすり抜けて生き残ってしまう細胞が現れます。遺伝子に異常を受け、与えられたルールから逸脱してしまった細胞、これが「がん細胞」です。

がん細胞の大きな特徴の1つに、「無限に近い増殖が可能」であることがあります。これは老化しない、つまり「不老」ともいえます。たとえばある研究者が70年以上前に採取したがん細胞は、研究室のシャーレの中で今も増え続けており、世界中で使われています。普通の細胞には増殖回数に上限があり、そこに近づくにつれて「老化」し最終的には死んでいきますが、がん細胞は環境さえ整っていればほぼ永遠に増え続けることが可能です。

「不老」と聞くと羨ましく感じるかもしれませんが、このようなルールから外れてプログラムを無視して暴走する、老化しない細胞の存在は、細胞の集合体である生物にとってはその根幹を揺るがす事態につながります。たとえば、指の細胞の一部が「指の形をつくる」という役割を忘れて勝手に増え続けたら、もう指にはなりません。私たち人間を含め生物がその形を機能的に保ち生存していられるのは、全ての細胞が定められたルールに従い必要なときにのみ増え、増殖を繰り返すことで老化し、最終的にアポトーシス(細胞死)で排出されるからなのです。

同じ服を着た100人の中に紛れた10人の犯人をどう倒すか

がん細胞の、この「もともとは自分の細胞である」という事実こそが、「がん」の治療が難しい大きな理由の1つです。ヒトの細胞と異なる仕組みを持つ細胞が相手であれば、その違いを狙うことで相手だけに有効な薬を作ることができます。身近なところでは、植物に対する除草剤や虫に対する殺虫剤もそうですし、細菌に対する抗生剤、ウイルスに対する抗ウイルス剤も同様です。

しかし、がん細胞と正常な細胞は大変似通っているためその差を狙うことが難しく、がん細胞に対する薬剤は正常な細胞もある程度傷つけてしまうことになります。同じ服を着た100人の中に10人だけ“犯人”がおり、この“犯人”だけを薬で倒さなければならない、という状況を想像してください。強すぎる薬では90人の善良な人も倒されてしまいますし、弱すぎる薬ではどちらにも効きません。

“犯人”にできる限り効き、正常な細胞に効かない薬を得るため、現在多くの抗がん剤ががん細胞と正常な細胞の増殖の速さの違いを狙っています。そしてさらに大きな違いを見つけ出し、そこを狙い撃ちにする治療法を開発することで、より効果の高い、より安全性の高い抗がん剤を開発する――これが現在がん薬物療法が目指し挑んでいることの1つになります。

では、なぜ薬物療法で挑むのでしょうか。
手術や放射線治療もまたがん細胞に対する大変強力な武器ですが、手術も放射線も「切除した場所」「照射した場所」にしかその効果が及びません。そして切除や照射ができる範囲には限界があります。ある程度の範囲を超えて広がってしまった病気に対しては、血液に乗って全身のすみずみにまで行き渡る「薬物療法」が治療の主力となるのです。

免疫療法と分子標的薬が拓く、がん薬物療法 新時代 

皆さんの中には、「抗がん剤」の副作用と聞くと髪が抜ける、吐き気がする、白血球が減って感染に弱くなる、といった症状をイメージされる方が多いのではないでしょうか。これは多くの場合「殺細胞性抗がん剤」と呼ばれる、いわゆる昔からの抗がん剤で広くみられます。これらの薬剤は前述のとおりがん細胞の「増殖が速い」という特徴を狙っていますので、正常状態でも増殖が速い細胞、髪の毛、爪、口の中の粘膜、そして白血球など血液成分を作る骨髄などもまた比較的大きな影響を受けてしまいます。

ただ、ここ10年、20年で薬物療法は大きな進化を遂げました。その代表格の1つが「免疫療法(免疫チェックポイント阻害剤)」です。実は私たちの免疫は、がん細胞を見つけて攻撃する力をもともと持っています。しかし、がん細胞は免疫から隠れる「バリア」を張り免疫から逃避することがあり、このようながん細胞は免疫に影響されずに増殖してしまいます。免疫チェックポイント阻害剤はこのバリアを剥がし、自身の免疫の力を再活性してがんを攻撃させるという画期的な仕組みの薬です。

もう1つの代表格が「分子標的薬」です。さまざまな分子標的薬がありますが、特にがんの原因となっている特定の遺伝子異常に合う専用の薬が高い効果を示すことが分かっています。鍵穴を探し、その形に合わせてぴったりと合う鍵を使うようなイメージでしょうか。この鍵穴はがん細胞の弱点でありそこをピンポイントで突く形になりますし、正常な細胞にはこのような鍵穴はないため、効果と安全性を高いレベルで両立することも状況によっては実現できるようになってきています。

このようながんの遺伝子異常に基づいた「分子標的薬」による治療について、「遺伝子治療」や「iPS細胞による治療」と混同されることがありますが、これらはまったく別のものです。遺伝子治療は生まれつきの遺伝子異常などを修復するものですし、iPS細胞は人工的に遺伝子を組み込んで細胞を初期化(どんな細胞にもなれる状態)する技術です。私たちががん治療で行っているのは、あくまでがん細胞が持つ遺伝子の「傷」を見つけ、それに合った薬を選ぶというものになります。

増える選択肢が広げる可能性 医師と患者で考える治療戦略

免疫療法、分子標的薬の登場と拡大によりがん薬物療法の選択肢は増えました。そして同時に、がん治療は複雑になりました。免疫療法も分子標的薬も全ての方に効くわけではありません。遺伝子異常やタンパク質の発現を評価し、さまざまな臨床試験の結果から一番効果が高いと思われる薬剤を選択することが求められます。さらに、患者さんの背景もまたさまざまです。もともと腎臓や心臓が悪い方もいますし、2つ、時には3つのがんがある方もいます。がん自体も、大きさ、場所、転移臓器、増殖の速さ、付随する症状など、症例によって性質は多彩に異なります。これらを総合的に判断し、その方にとって最適な薬を選ばなければなりません。がん治療医、そしてがん薬物療法を専門とする腫瘍内科医に求められる役割は年々大きくなっています。

最善と考える治療選択肢が複数ある場合(治療間の効果にあまり差がない、比較するデータが足りず優劣を決めがたい)も増えています。このようなとき、医師の経験・考えも大事ですが、患者さん自身の「生活」や「希望」を踏まえた治療選択も重要です。

どうしても髪の毛が抜けるのは避けたい、という方もおられますし、逆に副作用のリスクが高くても少しでも高い効果が期待できる治療に挑戦したいという方もいます。とはいえ必ずしも患者さんの希望を優先することが正解というわけでもありません。抗がん剤の専門家としての意見を述べつつ、患者さんが大事にする点にどう対応できるか、もしくはできないか、を示しながら、個々の患者さんにとって最善の治療方針を共同で決めることを重視しています。

仕事や生活を守る。がんと共に生きる時代の「両立支援」

先に述べたように、抗がん剤治療はこの10年、20年ほどで大きく進歩しました。抗腫瘍効果の向上により、がんと向き合いながら長く生活していける患者さんが増えています。これはとても喜ばしいことです。

ただ、その一方で治療期間が長くなることや、新たな負担も見えてきています。病気そのものへの不安に加え、治療費や通院の負担、仕事や家庭との両立など、患者さんが抱える悩みは決して小さくありません。

近年は、副作用対策の進歩もあり、仕事を続けながらがん治療を受けることが以前より現実的になってきました。そして実際に、そのような患者さんは決して珍しくなくなっています。

仕事は、単に収入を得るための手段ではなく、社会とのつながりであり、生活の支えであり、人によっては夢や希望、生きがいにもなります。だからこそ、治療によって大切な生活基盤が失われてしまうことはできるだけ避けたいと私たちは考えており、たとえば当院では、患者さんが仕事をしながら、そして生活を守りながらがん治療を続けられるように医師、看護師、社会福祉士からなる「両立支援チーム」を立ち上げています。両立支援では、雇用者との情報共有・連携を通して、患者さん自身ができることを最大化することが目標になります。

がん医療が進歩した今、病気をできるだけしっかりと抑えることに加えて、患者さんの仕事や暮らしそのものを支える医療を目指すことが、これからますます重要になると考えています。

患者さんの「生活」に寄り添う

新しい知識と経験に基づき、患者さんの「生活」に寄り添った医療を提供することが、私たちがん治療医、そして腫瘍内科医の大事な役割だと考えています。

その具体的な取り組みとして、たとえば私のいる浜松医療センターの腫瘍内科では、肺がんや大腸がんといった代表的ながん治療の専門性を高めるのはもちろんのこと、原発不明がん(原因が不明ながんのこと)や肉腫(軟部組織や骨などのがんのこと)など、専門の診療科が見つかりにくい希少がんの受け入れも行っています。

がんと診断された直後は、誰しも動揺し、深く考えることが難しいものです。それでも、診察室ではぜひあなたのご希望を口にしてください。
「今の仕事をできるだけ続けたい」。
「趣味の時間は守りたい」。
「家族と過ごす時間をできるだけ長くしたい」。
そういった一言が、あなたにとっての「最善の治療」を見つける鍵になります。うまくいったときも、そうでないときも、お互いに意見を交わしながら、最善の道を一緒に探し、歩んでいければと考えています。

取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。

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