JAとりで総合医療センター 病院長 冨滿弘之先生
認知症という言葉に、不安や恥ずかしさを感じる人は少なくないだろう。
しかし、JAとりで総合医療センターの病院長である冨滿 弘之(とみみつ ひろゆき)先生は、認知症は特別な人だけのものではなく、生きていれば誰にでも起こりうる変化として捉えることが大切だと語る。
まずは「恥ずかしいことではない」と受け止めることが、認知症の適切な対応への第一歩になる。冨滿先生に、そんな認知症の初期サインや周囲の関わり方、そして豊かな生活を続けるためのヒントについて伺った。
認知症とは、いったん正常に発達した脳が、何らかの理由によって認知機能が低下し、日常生活をうまく送れなくなった状態を指します。一定の年齢になれば必ず発症するというわけではありませんし、40歳代で発症する若年性認知症の方もいらっしゃいます。
では、私たちが日常生活の中で、病気のサインにどうやって気付けばよいのかをお話ししていきましょう。
認知症は原因疾患によってさまざまですが、大きく分けると、アルツハイマー型認知症のようにゆっくり進行するものと、原因によっては適切な治療で改善が期待できるものがあります。私たちの重要な役割は、この「改善の可能性がある認知症」を見逃さないことです。
進行のスピードは、病気を見極めるうえで非常に大切なポイントになります。
一般的に、アルツハイマー型認知症などは年単位で少しずつ物忘れが進んでいきます。一方で、2〜3週間から半年ほどの間に急激に認知機能が悪くなるような場合は、何らかの治療で改善できる可能性が高いと考えます。
ご家族が病院に来られた際、私はよく「お正月はどうされていましたか」とお聞きします。お正月には家族や友人と普通に会話をして楽しく過ごしていたのに、わずか2か月で何もやらなくなってしまったとしたら、それは非常に早い進行です。すぐに検査をして原因を見つけなければなりません。
また、物忘れだけでなく、なんとなくぼーっとしている、話しかけても反応が鈍いといった意識の変化も、急激に進行するタイプによくみられるサインです。これまで普通にできていた電話をかけてこなくなったなど、日常のちょっとした変化に気付くことが早期発見につながります。
離れて暮らしているご家族の方が、久しぶりに会った際の違和感から気付くケースもよくみられます。実際、1年前はまったく問題なかったのに、旅行先でホテルの部屋番号すら覚えられなくなっていることに驚いて受診につながったというご家族の方もいらっしゃいました。
次に、もし認知症が始まったご家族がいたら、どのように接すればよいかをお話ししましょう。
症状が少しずつ出始めたとき、最も不安を感じて苦しんでいるのはご本人です。
多くの方は、何度も同じことを聞いてしまう自分に気付き、自信を失ってしまいます。そうすると、家族には尋ねることができても、外の人には自分の失敗を知られたくない、隠したいという思いから、部屋にこもって誰とも話したくなくなってしまう方も少なくありません。
逆に、どんどん外へ出ていって迷子になってしまうケースもあります。これは、道が分からなくなっても恥ずかしくて人に聞けず、あそこの角まで行けば思い出すかもしれないと歩き続けるため、遠くまで行ってしまって帰れなくなることで起きます。
不安や恥ずかしさを抱えているご本人に対し、頭ごなしに物忘れを指摘したり、無理やり病院へ連れて行こうとするとどうでしょうか。多くの方は反発してしまいます。
また、無理に連れて来られても、検査や服薬を拒否されてしまえば、治療につながりません。
求められるのは、まずご本人が困っている気持ちに寄り添い、責めずに「ちょっと相談に、一緒に行ってみようか」と優しく声をかけることです。
どうしてもご家族の言うことを聞いてくれない場合は、ケアマネジャーさんなどにお願いして、時間をかけて関係性を築いてもらうことも1つの方法です。この人は自分に悪いことをしない人という信頼関係ができてから、その方のすすめで一緒に病院へ来ていただくと、うまくいくことが多いと実感しています。それほどまでに、ご本人が安心できる関係性を作ることが重要になります。
実は医療者である私自身も例外ではなく、患者さんに「この医者は悪い人じゃない」と心を許してもらい、実際に治療を始められるまでに2年半もの月日を要した方もおられました。
冒頭でも申し上げたように、40歳代のような現役で働いている世代の方にも、認知症の初期サインは現れるものです。これまで難なくこなしていた業務ができなくなったり、少し仕事の負荷が増えただけでパニックになってしまったりするケースが見受けられます。周囲から見ればこれくらいでどうしたのだろうと思うような変化が、実は認知症の始まりであることは少なくありません。
仕事がうまくいかなくなると、ご本人は自信を失い、職場の人間関係にも影響が出てしまいます。そのような変化に職場の人が気付いた場合は、見て見ぬふりをせず、ご家族に連絡して早めに病院を受診していただくべきでしょう。
ご本人も仕事での失敗には気付いていることが多いので、具体的な失敗事案に基づいて丁寧にお話しすれば、初期の段階であれば受診に応じてくださるはずです。
病院に来ていただければ、血液検査や脳MRI、脳波など、認知症の検査を行います。ですが、検査を行っても明らかな異常が出ないことがあります。そんなとき、ご家族のお話や実際の様子から絶対に何か変だと感じたときは、私は諦めずに診察や治療を継続します。
これまでも、検査では異常がなかったものの、発症2年後に脳のはたらきを整えるお薬を処方したところ、症状が改善して元の生活に戻られた患者さんがいらっしゃいました。
医学的な検査結果はもちろん重要ですが、それ以上に目の前の患者さんが発しているサインを見逃さないことが医師には求められます。いつもと違うというご家族のお話を信じて、患者さんと向き合い続ける姿勢が大切だと思っています。
もしも認知機能が少しずつ低下していったとしても、実際には周囲とコミュニケーションを取りながら、その人らしい社会生活を続けていくことは十分に可能です。
ご家族には、ご本人ができることは積極的にお任せするようにお伝えしています。
洗濯物をたたむなど、簡単な手伝いをお願いし、終わったら必ず「ありがとう」と伝えてあげてください。人はいくつになっても、認知機能は低下しても、誰かの役に立ちたいという思いを持っています。たとえ完璧にできなくても、役割を持ち、感謝されることで、ご本人の意欲は大きく引き出されます。
仕事をされている方であれば、周囲がサポートしながら出勤を続け、できる範囲の仕事をお願いすることで、社会とのつながりを保つことができます。認知症の方の場合、独りきりで家にこもってしまうのが一番よくありません。社会の中で自分の居場所があると感じられる環境を作ることが、その方の豊かな生活を支えます。
認知症は、誰でもなりうる病気です。だからでしょう、私は時々、自治体などが主催する健康講話などで認知症についてお話をすることがありますが、多くの方が認知症の予防について熱心に質問されます。
結論から申し上げると、認知症を完全に防ぐことはできません。しかし、発症と進行を遅らせることはできます。
私がいつもおすすめしているのは、とにかく体を動かすことです。筋肉を動かすことで脳の栄養因子が分泌されることや脳血流が増えるなど、よい影響を与えることが分かっています。1日数千歩を目安に歩くことを習慣化することが大切です。
また、たとえ寝たきりの方でも、手足をさすってあげるだけで脳の血流が増えると分かっているので、そのような対応をしていただきたいと思います。
もう1つ大切なのは、いつも新しいことに興味を持ち、意欲的に取り組むことです。そこで重要なのは、趣味の存在でしょう。
定年退職してから趣味を探そうと思っても、なかなかうまく見つからないものです。現役で働いているうちから、仕事以外の楽しみを見つけて習慣化しておくことを強くおすすめします。
ご家族の様子が急に変わった、これまでできていたことができなくなったという場合は、迷わず脳神経内科を受診してください。急激に進行する症状の中には、治療で改善できるものが隠れているかもしれません。
また、ゆっくり進行するアルツハイマー型認知症であっても、現在では、初期の段階ならお薬で進行を緩やかにすることができます。ご家族だけで抱え込まず、気になる変化があればいつでもご相談いただきたいと思います。
繰り返しとなりますが、認知症は誰もがなりうるものであり、身近なものです。どうか、認知症になることを決して恥ずかしいことだと捉えないでください。恐れすぎることなく、ご本人とご家族が安心して笑顔で過ごせる時間を少しでも長く保てるよう、私たち医療従事者がしっかりとサポートさせていただきます。
取材依頼は、お問い合わせフォームからお願いします。