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インタビュー

肺がんの分子標的薬――適用条件と効果は?

肺がんの分子標的薬――適用条件と効果は?
金 永学 先生

京都大学医学部 呼吸器内科 助教

金 永学 先生

目次
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この記事の最終更新は2017年08月12日です。

肺がんの治療は分子標的薬の登場によって大きく進歩してきました。分子標的薬は特定の遺伝子の変異ががんの発生・進行に大きく関与している場合、その遺伝子の働きをおさえることにより効果的にがんを攻撃することができます。正常細胞に与える影響が少なく、副作用が少ないことが魅力の1つです。

分子標的薬は効果のある肺がん患者さんが限られます。今回は分子標的薬の概要や、どのような患者さんに効果を示すのかなどについて京都大学医学部附属病院 呼吸器内科 助教の金 永学先生にお話を伺いました。

分子標的薬をご説明するにあたり、まずは肺がんの種類についてご理解いただく必要があります。肺がんには大きく分けて小細胞がんと非小細胞がんの2つの種類があり、非小細胞がんはさらに扁平上皮がんと非扁平上皮がんに分類されます。日本人の肺がんの約85%は非小細胞がんであり、その中でもっとも多いのが腺がんです。このような分類は、基本的にはがん細胞を採取し、顕微鏡でその形をみて行います。

小細胞がんや扁平上皮がんは、ほとんどの場合、喫煙を原因に発症します。人の体は喫煙によって体内に有害な物質を取り込むと、毎日のようにさまざまな遺伝子が変異を起こします。これら1つ1つの遺伝子変異にはがんを引き起こす力はなくても、長年にわたってたくさんの遺伝子変異が積み重なることによって発がんに至ると考えられています。このように発がんにたくさんの遺伝子の変異が複合的に関わっている場合、分子標的薬での治療はあまり有効とはいえません。たくさんの遺伝子の異常を同時に抑えることは難しいからです。

いっぽうで非扁平上皮がんは喫煙の影響が比較的少ないがんです。このがんはさまざまな機序で発生しますが、特定の遺伝子の遺伝子変異が発がんに大きく作用していることがしばしばあります。このような状態は「がんの発生・進行が特定の遺伝子変異に依存した状態」ということができ、がんの発生・進行に関わっている特定の遺伝子のことを「ドライバー遺伝子」と呼びます。分子標的薬はこのような特定の遺伝子変異によって発生したがんを効果的に治療することができます。「ドライバー遺伝子」という特定の1つの遺伝子の異常をおさえることは比較的簡単だからです。

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分子標的薬はがん細胞に存在するドライバー遺伝子を攻撃することで、がん細胞にだけ作用する治療薬として開発されました。そのため抗がん剤と比較すると治療時に正常細胞に与える影響が少なく、副作用が少ないことが特徴です。しかし、重篤な副作用をおこす可能性がまったくないわけではありません。分子標的薬の副作用については、記事2『肺がんの分子標的薬、副作用は?―― 適用を絞り、管理をすれば副作用を抑えることができる』を御覧ください。

特定の遺伝子が強力な遺伝子変異(ドライバー遺伝子変異)を起こすことによって発生してしまったがんには分子標的薬を使った治療が有効です。分子標的薬によって変異を起こしている特定の遺伝子さえ抑えてしまえば、がんの進行を食い止めることができるからです。

現在、肺がん治療分野で分子標的薬のターゲットとなる遺伝子や、その候補となる遺伝子が次々に発見されています。なかでも健康保険承認されている治療が存在し、ガイドラインで検査が推奨されているドライバー遺伝子は下記のとおりです。

<検査することがガイドラインで推奨されているドライバー遺伝子>

  • EGFR遺伝子変異
  • ALK融合遺伝子
  • ROS1融合遺伝子

このなかで最初に臨床の現場で投与され、実用化されたのがEGFR遺伝子変異に対する分子標的薬「ゲフィチニブ」です。分子標的薬の歴史に関しましては記事2『肺がんの分子標的薬、副作用は?―― 適用を絞り、管理をすれば副作用を抑えることができる』を御覧ください。

分子標的薬はドライバー遺伝子に変異が存在する患者さんを対象に用いられます。たとえばEGFR遺伝子変異が存在する患者さんにはEGFR遺伝子の働きを抑える分子標的薬の効果が期待できますが、EGFR遺伝子変異が存在しない患者さんにEGFR遺伝子の働きを抑える分子標的薬を投与しても効果はまったく期待できません。

該当する患者さんのほとんどは非扁平上皮がんの患者さんです。実際、非扁平上皮がんの患者さんのうち40%ほどはEGFR遺伝子変異が発がんに大きく影響しています。またALK融合遺伝子は5%ほど、ROS1融合遺伝子は1〜2%といわれています。

分子標的薬は該当するドライバー遺伝子の変異を持つ患者さんには非常によく効くことがわかっています。下の図はアメリカからの報告で、ドライバー遺伝子をもつ患者さんを正確に診断し、適切な分子標的薬を投与することの重要性を明確に示しています。

分子標的薬の効果・生存率
分子標的薬と抗がん剤の効果比較。
オレンジ:ドライバー遺伝子変異がみつかり、適切な分子標的薬を用いた場合
みどり:ドライバー遺伝子変異がみつかったが、適切な分子標的薬が投与されなかった場合
みずいろ:ドライバー遺伝子変異がみつからなかった場合
Kris MG. JAMA 2014;311:1998-2006.ご提供:金先生

分子標的薬は基本的にステージ4の患者さんや手術後に再発された患者さんに使用されます。より早期の場合には手術や放射線治療など別の治療手段が検討されるからです。ステージ4と診断され、以前の治療であればあと1年しか生きられないといわれていた方が、分子標的薬の服用によって5年以上も生存されている例が最近ではめずらしくはなくなってきています。

前述の通り、肺がんの発生・進行に関与しているドライバー遺伝子の候補が現在も続々とみつかっています。これらのドライバー遺伝子が網羅され、それぞれのターゲットに合わせた分子標的薬が開発されれば、肺がんの治療成績は今まで以上に向上することが期待されます。実際、年内に新たなドライバー遺伝子(BRAF遺伝子変異)とそれに対する分子標的薬(ダブラフェニブ+トラメチニブ)が承認される見込みとなっています。

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