肺にレントゲン検査では描出されないほど淡い影がある場合、手術が必要な肺がんということも、感染症などによる炎症ということもあります。このようなケースでは病気を特定することが非常に難しく、手術により実際の病変をみなければならないこともあります。このような現状を受け、三田病院の岩崎賢太郎先生は、「手術を行うならば患者さんが納得できる材料をそろえるべきである」とおっしゃいます。診断が難しい早期肺がんや小型肺がんに対し行われる気管支鏡的検査の具体的な方法と、確定診断の意義について岩崎先生にお話しいただきました。
実際に使用される気管支鏡は、直径4mmほどと非常に細いものです。このような細い気管支鏡は、今から5~6年ほど前の2010年代初頭に臨床の現場で使われるようになりました。
気管支鏡の先端と胃カメラの先端(細いほうが気管支鏡です)
気管支鏡の先端にはカメラがついており、組織採取などの処置を行うための穴が空いています。この穴に、目的に合わせて多様な鉗子類を入れることができます。たとえば、腫瘍組織を採取する場合は、生検鉗子と呼ばれるV字型の検査補助器具や細胞診ブラシなどを取り付けます。
検査を行なう医師は、先端のカメラにより撮影された気管支内の映像をモニターで観察しながら、がんのある病変へと気管支鏡を近づけていきます。
気管支鏡は主にのどから挿入します。検査を行なう前にのどに局所麻酔をかけ、仰向けに寝ていただきます。気管支鏡を挿入している最中でも、通常通り呼吸することができます。ただし、検査中に声を出すことはできません。
気管支は左右に分岐した後、それぞれ23次元に枝分かれしています。しかしながら、気管支鏡で観察できるのは5次元くらいまでとなっており、それ以降の細い気管支に気管支鏡を進めることはできません。そのため、気管支鏡が到達できない部分(末梢肺)に異常所見がある場合は、CT画像から再構成した気管支内腔の3D画像をナビゲーションとし、病変部へと気管支鏡を近づけていきます。
VBN+EBUS-GS*と呼ばれるこの手法は、特に口から遠い部分に生じた抹消型肺がんの診断に役立ちます。
VBN+EBUS-GSとは:仮想気管支鏡ナビゲーションシステム(Virtual bronchoscopic navigation system)+ガイドシース併用気管支腔内超音波断層法(EBUS-GS:endobronchial ultrasonography with a guide sheath)
病変を観察するのではなく、生検を目的として超音波気管支鏡を用いることもあります。この手技を、超音波気管支鏡下針生検(Endobronchial ultrasound-guided transbronchial needle aspiration;EBUS-TBNA)といいます。
超音波気管支鏡下生検に使用する最もメジャーな超音波気管支鏡は、先端にバルーンがついているコンベックス型というものです。超音波により描出された病変部を針(穿刺針)で刺し、組織を採取し、病理診断を行います。コンベックス型を用いた超音波気管支鏡下生検は、主に縦隔に存在する病変からの診断に対して使用します。
このほかに、ごくふつうの気管支鏡の先端から小さなガイドシースを出し、腫瘍内部でプローブを出して生検を行なう方法もあります。
病変に到達すると画面に映る所見が変わるため、腫瘍に到達したと判断することができます。この検査を行なう際にも、先述の気管支内腔の3D映像を使います。
レントゲンやCT画像でははっきりと判断できない淡い影のような所見がみられたとき、その正体が肺がんであることもあれば、感染症などによる炎症ということもあります。感染症の場合、経過観察をすると数か月で炎症が自然治癒し、影が消失する例もあります。そのため、たとえば既に患者さんが肺の一部を切除しており、再手術を行なうことで生活の質(QOL)が大きく低下する危険がある場合などに、患者さんの生活や性格も考慮したうえで経過観察を選ぶこともあります。
ただし、万が一淡い影の正体が肺がんであり、さらに進行も早い場合は、患者さんの生命に危険が及んでしまう危険性があります。このようなリスクを回避するために、医師や施設の考え方によっては、確定診断をつけずに手術へと歩を進めることもあります。実際に手術をしてがんでないことがわかれば幸運という考え方もあるでしょう。しかし、私個人としては患者さんが納得できるだけの材料がそろえられない場合、侵襲や精神的負担の大きい手術は行なうべきでないと考えています。なぜなら、手術とはリスクを伴うものであり、また「がんかもしれない」という状況のまま手術を受ける患者さんやご家族の緊張や不安は、言い表し難いものがあるからです。
気管支鏡的診断とは、このように画像検査では描出されない影の正体を特定し、確信を持って治療選択を行なうために重要な役割を担っていると考えます。画像では見逃してしまいそうなほど淡い所見でも、気管支鏡を使って生検を行なった結果、肺がんであることがわかったというケースは実際に何例もあります。
肺がんを診断するための気管支鏡的検査のリスクは、このほかの目的で気管支鏡を用いる場合と同様に、ほとんどありません。患者さんにご説明するリスクとしては、主に出血と気胸が挙げられますが、以下に記すように頻度は交通事故に遭遇する確率よりも低くなっています。
ブラシや鉗子で組織を採取する生検を行なうことで、肺や気管支からはわずかな出血が起こります。通常であれば出血量は少量ですが、ごくまれに出血が多くなり、バルーンや止血剤を用いた止血処置が必要になることがあります。ただし、合併症として出血が起こる頻度は0.66%(1000人に7人程度)とまれです。
肺を覆う胸膜に傷がつき、肺がパンクしたような状態になる気胸が起こる頻度は0.4%(250 人に1人)です。気胸は起こったとしても軽いことが多く、わずかに縮んだ肺は数日安静にすることで回復していきます。ただし、もともと肺気腫をお持ちの方は、漏れてしまう空気の量が多くなる傾向があります。気胸の重症度が重い場合には、胸腔ドレナージという処置をほどこしますが、実際の臨床現場でこのような措置が必要になる方はほとんどいません。
起こり得ると考えられる重い合併症には、気管支穿孔(穴が空くこと)があります。しかし、日本呼吸器内視鏡学会のデータによると、2010年に行われた調査では気管支穿孔の発生報告はなかったとされています。
このように気管支鏡的診断のリスクはほとんどありませんので、検査を控えている読者の方には安心してお受けいただきたいとお伝えしたいです。
現時点では肺がん診療ガイドラインにおいて、レントゲンで判断できる明らかな肺がんでも、診断が困難な微小な肺がんでも、早期がんであれば手術以外に治療の選択肢はありません(2018年3月時点)。そのため、患者さんのなかには「これほどわずかな影でも手術になってしまうのか」とショックを受けてしまわれる方もおられます。
20年先、あるいは30年先には、ごく早期の肺がんの気管支鏡的治療が可能になっていて欲しいと願っています。現在でも、たとえば0期の食道がんには皮膚切開を伴わない内視鏡的治療が行われています。将来、気管支鏡による治療が可能になれば、患者さんの皮膚に傷は残りませんし、全身麻酔のリスクを負う必要もなくなります。
ただし、「1a1期」といわれる最もステージが低い肺がんであっても、がんであると診断しないことには治療へ進むことはできません。
今後、早期肺がんの治療選択肢が広がり侵襲のない治療が可能になったとしても、その選択肢を選ぶためには、やはり診断がなされている必要があります。治療を行なうために、どのような難しい例であっても診断をつけるという大前提は、時代が進んでも変わらないと考えています。
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