母児感染症には様々な種類があり、感染を生じる病原体の種類によってその対策が異なります。妊娠・出産を予定している場合、何に気を付ければよいのでしょうか。東京大学附属病院講師・周産期病棟医長の永松健先生にお話を聞きました。
出産時に感染することが多い感染症です。症状は慢性肝臓病の発症ですが、通常は無症状であることがほとんどで、重症化するまで気づくことはほとんどありません。
母体がB型肝炎ウイルスを保有していることが判明している場合、出生後の適切な時期に新生児に人免疫グロブリンという薬を投与し、ワクチン接種を行うことで新生児への感染を防ぐことができます。
単純ヘルペスウイルスにより外陰部に痛みを伴う水疱が生じる病気です。初感染の場合は水疱の数も多くなり、しみておしっこをすることもつらくなる場合があります。また、一旦治癒しても、程度は軽いものののちに水疱が生じて痛みを伴います。妊娠中に性器ヘルペスが発症した場合には、妊娠していない状態と同様に抗ウイルス薬の内服あるいは点滴の治療を行います。子宮内で胎児に単純ヘルペスウイルスが移行することはまれですが、分娩のときに外陰部に水疱の症状があると、産道での感染が発生する危険性があります。
新生児に感染を生じた場合には重症化して赤ちゃんの命に関わる可能性も否定できません。そのため、出産が近い時期に、外陰部にヘルペスが出ている場合は帝王切開での分娩を行い、産道感染のリスクを避ける必要があります。
外陰部のほか、口のまわりに水疱ができる口唇ヘルペスという病気もあります。これも同じ単純ヘルペスが原因であり、出生後にお母さんの口唇ヘルペスの水疱から新生児に感染が生じる危険を伴います。お母さんに口唇ヘルペスの症状がある場合には赤ちゃんに触れるときにマスク、手洗いの徹底、アルコール手指消毒を行うことが大切です。
HIV(ヒト免疫不全)ウイルスはAIDS(後天性免疫不全症候群)を生じる原因ウイルスです。妊婦がHIVウイルスに感染していると、妊娠中に胎児へ感染する可能性(経胎盤感染)および経腟分娩に際して感染する可能性(経産道感染)があります。
ただし、近年の抗HIV薬の進歩により治療成績は大きく向上しています。HIV感染のある妊婦に対して内服治療を行うことで胎内での感染リスクを低減し、HIV感染の妊婦から生まれた赤ちゃんにも予防的に薬剤の投与を行います。分娩については産道感染の危険性を減らすため帝王切開が行われることが一般的でしたが、ウイルス量が低いお母さんであれば経腟分娩も検討されます。
GBSは誰でも持っている可能性がある常在菌の一種で、性感染症ではなく、保菌していること自体でお母さん側に問題はありません。しかし、GBSは赤ちゃんに感染すると重症化する危険性があります。そのため、妊婦健診では妊娠後期にGBSのスクリーニング検査と、お母さんが保菌しているかどうかの確認が行われます。お母さんがGBS保菌である場合には、分娩に際してアンピシリンという薬を点滴することで赤ちゃんへの感染を防止することができます。
風疹は妊娠中に胎盤を通じて移行し、胎児に先天性風疹症候群という先天異常を引き起こします。妊婦健診では初期に風疹の抗体の有無についてチェックが行われます。風疹ワクチンの接種や過去の風疹感染により抗体を持っている場合は、胎児への感染の心配はありません。
しかし、抗体を持っていない妊婦は家族を含め周囲の人々から風疹がうつる危険性があるため、注意が必要となります。抗体の無い女性は、妊娠中に風疹ワクチンを打つことはできないため、妊娠前もしくは分娩後に風疹ワクチンを接種することが望ましいです。また、男性の風疹抗体保有率が低いことが問題となっており、夫の風疹抗体の有無やワクチンの接種が社会的な課題といえます。
クラミジア・トラコマチスという病原菌により子宮頸管・卵管に炎症を起こす、不妊症の原因の一つとしても知られている感染症です。妊娠中のお母さんがクラミジアに感染しており、赤ちゃんに移行した場合には、結膜炎や肺炎を起こす可能性があります。そのため、妊婦健診ではお母さんのクラミジア感染の有無を確認するため、頸管粘液採取によるスクリーニングの検査が行われます。
もしもクラミジアの感染が確認されたら、アジスロマイシンという抗生物質で治療を行います。クラミジアは性交渉を契機に感染するため、パートナー(夫)も同時に治療を行うことが大切です。
母親からトキソプラズマ・ゴンディという寄生虫が赤ちゃんに移行することによって感染します。症状は小脳症、脳の炎症、黄疸、心臓、肺、目の炎症など多岐に渡ります。妊娠中(特に初期)に母体が初感染した場合には、胎児期あるいは出生後に赤ちゃんに問題が生じることがあります。胎内感染では出生時に明らかな症状がなくとも、出生後に数か月たって症状が出現する場合があるため注意が必要です。
トキソプラズマの感染源は、生肉の摂取やガーデニング作業などが中心です。猫の糞中にも多く含まれるため、お子さんと一緒に砂場遊びをすることは感染のリスクを高めるかもしれません。妊娠中の感染をどのように確認するのかについて確実な方法はありませんが、妊婦の末梢血中のトキソプラズマに反応するIgM抗体を測定するスクリーニング方法はあります。
しかし、妊娠中の感染でなくてもIgMの陽性が出てしまうケースもあり、結果の判断が難しいことが問題点です。妊娠中の感染が疑われる場合にはお母さんに薬を服用していただき、母児感染の危険性を減らしていきます。
サイトメガロウイルス(CMV)は、新生児感染症を引き起こすウイルスのひとつです。CMVは、実は多くの人が幼少期などに感染経験を持ち、自然治癒している場合も多いことが知られています。しかし、CMVに感染したことがなく、妊娠中に初めて感染してしまった妊婦では胎児に悪影響を及ぼす可能性があります。これを先天性サイトメガロウイルス感染症といいます。
東京大学医学部附属病院 女性診療科・産科 准教授
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